第15話 残像だ

 世界が変わってから、未だに美紀ちゃんに出会えていない。

 でも俺の回りには、ありがたいことに春さんがいてくれた。いつも明るく、逞しく、凛々しい春さん……。


「春さん! うううっうううう。春さん、春さん!」


 市長への怒りと、春さんを失った悲しみ。そして春さんの美しい顔を拝めた過去への感謝。複雑な感情が俺の中に芽生える。あの日々はもう……。うううううっ。


「ふう。死ぬところでした。なんか市長、鳴神家みたいな力を使いますね」


 ……春さんが俺の隣で冷や汗をぬぐっていた。

 春さん!?


「いや、え? 春さん、たった今お腹を貫かれて! それで死んじゃって! 俺悲しくて! わっ、泣いちゃった」

「いえ、この程度では死にません。それにあれは残像だ」


 ……残像ではなくね? 残像、言いたいだけだろ。


「我が形代家にも秘儀があるとおばば様が言ったはずです。今のがそれです。紙に神の依り代を作り、その神聖な領域に我が一族の魂を入れさせて貰うことにより、一度だけこうして身代わりになってくださいます」

「は……はえー」

 すげー。ちゃんと神秘的な力持ってたんだ。

 身体能力の高いただの美人さんだと思ってたから、これにはびっくり。


「だから、さっきのは残像だ」

 残像言いたいだけだろ!


「……娘、お前も同じ穴の狢だったか。おもしろい」


 春さんの身代わりの紙……残像がまだ市長の腕に絡まっている。

 煩わしそうに振りほどこうとするが、紙はむしろ広がりを見せて市長を包み込むように動いていく。

 まるで紙が意思を持ち、生きているみたいだった。


 おそらく形代家の力なんだろうな、あの仕掛けも。


 そのままラッピングされてくんねーかなーと願ったが、化け物の力を宿した市長はそんなに甘くなかった。


 自身の体から猛烈に炎を発して、紙を完全に焼き払った。さっきも腕から炎を放って加速していたな。それで尋常ならざるスピードを獲得して、春さんを一瞬にして貫いていた。凄い力だ。なんか格好いい。


「人形ごときで僕を止められると思うな」

 人形ではない――。

「「残像だ!」」


 春さんと声がはもる。俺も残像と言いたいだけ。


「鳴神の、お前には僕のスパーリング相手になって貰うよ。僕がどれだけ強くなったか試してみたいんだ。……お礼は、僕の偉大な自伝小説の最初の強敵兼犠牲者として記しておいてやる」

 ……悪くないな。

 敵訳って格好いいんだよな。


 カリスマ性ある感じで、決めゼリフは『残像だ』で頼む。


 冗談はさておき、まだ生きたいので抵抗させて貰う。


 市長は力試しをしたいと言っているように、次第に体の回りの炎を大きくしていく。離れた今の位置からでも熱さが感じられるし、飛んでくる火花だけでも危なっかしい。

 己の限界値を知っておきたいんだろうな。俺も初めて封印術を習得したころ、むやみやたらに使ったものだった。


 高性能PCを買った時に、ベンチマークソフトでやたらと限界を確かめる感覚に近いのかもしれない。


「春さん。家の裏に井戸があります。水を汲んできて下さい。ここは俺が時間を稼ぎます」

「冗談言っている場合ですか。真面目にやってください」


 はっ。


「ごめん。玄関に消火器がある。そっちの方がいいかも」

 現代のものを使うべきだった。


「怒りますよ」

「なっなんで?」

「この世ならざる力を持った相手には、同じ力で対応するのが当然でしょ」

「はっ!」


 さっき、春さんが死んだと思った時、俺は本能に従って封印術を構えていた。

 なのに気づけば、相手が人間だということで封印術の構えを解いていた。

 俺は馬鹿だ。


 空からドラゴンタイプの、威力100もありそうな技を使って飛んできたやつに、消火器で対応しようとしていたとは。

 散々自衛隊がギュウギュウに返り討ちにされた映像を見て来たじゃないか。戦車でも無理なものを、消火器って。まじか俺。引くわー。


 ……相手は人にあらず。ミミズの魔物や、イノイノと同じものだと思わなければ。


「駆除しますか」

「その意気です」

 俺の封印術の構えを見て、春さんが安心したように下がっていった。一緒には戦ってくれないみたい。信用の証であるかもしれない。


「ふう」


 集中。

 炎はますます天高く上がる。

 俺の半壊した家の側面も焼かれ始めたので、そろそろ止めないと。……まじで家どうすんだよ。


 相手の全力を引き出してから叩き潰す。なんてどっかの戦闘民族みたいな思考はない。あの王子、引き出しておいていっつも負けるからな。


 敵は完全体ではなく、第一段階で叩き潰せ。


「時を越え、力を得し古の言霊よ。我が力と共鳴し、封印の結界を強化せよ。【天命の楔】」


 封印術、強化の呪文。


 我が家には古くから主封印の呪文がかかっている。

 見ての通り、災害には意味をなさず、家も老朽化する。そもそも誰が主封印をかけたのかもわからず、その意図も分からずだった。修復の呪文だけを定期的にかけていたのだが、我がご先祖様はこういう事態を想定していたらしい。


 賢すぎて震えそう。今度墓参りに行きます! セブンのスイーツも添えます!


 家を囲っていた古い主封印が姿を見せる。

 春さんも、市長もずっと見えてなかったみたいで、強化されてはっきりと見えるようになった主封印に驚いていた。


 ドーム型に我が家を広く囲っている。温室栽培のビニールハウスに似ている。害虫対策ばっちりね!


「なんだこれは!? ん!? ああっ、炎が!」


 一人キャンプファイヤーで盛り上がっていた炎が、次第に沈下していく。徐々に弱まっていく炎は、最後に手のひらに残るくらいのサイズになり、それも市長の目の前で綺麗さっぱり消えてしまった。


 顔を見ると、先ほどまで浮かび上がっていた紫色の血管まで綺麗に消えている。残ったのは、隻腕のインテリ市長だけである。


「ぼ、僕の炎をどこにやった!」

大慌てだが、俺もいまいち説明ができない。たぶん力を封じたのだろうな、くらいの理解だ。


「残像だ」

「真面目に話せ!」


 ノリ悪っ。これだからインテリは。友達とかいなさそう。


「悪いがここは俺のホームだ。ホームってのは家のことじゃなく、自陣とか本拠地のホームね」

「……わかっている」

「そんなところに殴り込みって。そりゃどうなってもおかしくないでしょ。そもそも、あんた馬鹿だろ」

 ビシッと指を向ける。

 有利な状況なので、どんどん言わせて貰うぜ。


「よくわかんない力を手にした途端はしゃいで、いきなりその道の先輩に喧嘩売るって。俺の家、500年の歴史があんだぞ。この力の書物なんて山のように残ってるっつーの」

 まあ読んだことないんだけどね。


「あんたが俺に負けんのは、至極当然の結果だよ」

「……ふざけるな。僕は負けない。僕は世界を手にすると決めたんだ! 引けないところまで来ている」


 いや、街の人たちはまだ許してくれるんじゃないかな? そう説得しようとしたが、市長の顔にまたあのどす黒い血管が浮いてきて、驚いて言葉が詰まった。


 力が戻った?


 その杞憂が当たったようで、手のひらにまた炎が現れるのを目にした。


「きたきたきた!!」


 主封印に押されてか、先ほどよりは遥かに勢いが弱いが、それでも炎が増えていく。完全に市長の体に纏わりつく。


「これが限界か。まあ、この程度で良いだろう。まずはお前を殺してもとの状態に戻る」

「殺すって……。市長本気かよ」

「当たり前だ――!! あつっ! ああああああああああ!!」


 脅しの殺す発言ではなかったのだろう。ゾッとさせる表情を見せ、その発言をした後、市長は地面でのたうち回り始めた。


 自身が発した炎に焼かれ始めたのだ。


「おおっ!? うわわわわ。消火器取ってくる!」


 急いで玄関にあった消火器を取って来て、使い慣れない消火器に苦労しながらも、なんとか粉上のものを大量に吹き出すことに成功した。


 真っ白の粉を市長の顔面に浴びせるのは申し訳なかったが、死ぬよりはいいだろう。てか勢いつよ! 市長窒息しないか!?


 けれど……。


「はあはあはあ……」

 炎が全く収まらない。

 熱さも、勢いも不思議とずっと一定で、やはりこの世の力ではないのだなと思い知らされる。申し訳ないが、炎が熱すぎて近づけない。俺にはもうどうすることもできなかった。


 その炎は小一時間も続き、市長がいた場所には焼き崩れた灰だけが残った。


「おそらく、封印術の力で自身の力を制御しきれなかったんでしょうね」

「市長……」

 それって、俺の封印術が原因で死んじゃったってことか?


 俺を殺すつもりの相手だったから、返り討ちにしたのは正当防衛になるだろう。けれど、俺は人を……。


「一件落着。家がボロボロね。疲れたことだし、今日は私の家に泊まって言ってください」

「春さんの家に!?」

「はい。分けて下さった食料もありますし、当分は私の家で今後のことを考えましょう」

「はい!」


 5秒で市長への罪悪感は晴れた。






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