第Ⅻ章 クラウド協奏曲
それから、夜更けまで園田が語ったことは次のようなことだった。
世に言うプラットフォーマーが世界を席巻するようになったのは、前にも触れたが2000年代の中ごろのことである。その後の日本は、Web2.0と呼ばれるこの時期に完全に出遅れてしまい、シリコンバレーの後塵を拝する形となった。バブル崩壊から数えて、失われた三十年である。
「きついわね。」
「まぁ、そう言うな。」
園田の説明は続く。
それはさておき、プラットフォーマーの出現により、コンピューターの処理能力とそれが扱うデータ量は、飛躍的に増大した。所謂、ビッグデータの時代の到来である。彼らはクラウドと呼ばれる仮想空間に、ほぼ無尽蔵のストレージ容量とこれまたほぼ無限大のコンピューターリソースを実現したのだ。ストレージは土地が安い沖縄に拠点を置いて、マシンはバカでかいのを大手町に準備しよう、などと日本の大手企業がのんびり進めているうちにである。ある意味負けて当たり前だったかもしれない。それはともかく、プラットフォーマーたちは、確実に世界征服を進めて行った。結果として、GCPにAWS、そしてマイクロソフトAzure などが生まれたというわけである。
「GAFAMね。」
「置いて行かれたもんだよなぁ。」
「シリコンバレーに草木もなびいたわけか。」
「mixiやgreeも最初は頑張ったんだけどな。目先の金儲けに走っちまったからなぁ、、、」
とは、園田の回想だ。どこかですでに述べたかもしれない。郷愁は置いておくことにしよう。先に進むのが肝心だ。
さて、こうして迎えたビッグデータの時代とは何か?まさしくデータがビッグだから、例えば統計処理で用いられたサンプリングといった手法は必要がなくなる。それまでは、集めたくても集められないから、サンプリングと言って、集めたいデータの代表的だと思われるものをピックアップして集めては、処理していたのだ。なけなしの、それこそ虎の子のようなサンプルである。しかし、少数のサンプルだけで多数の母体を推測するわけだから、どうしても外れる場合もある。サンプリング統計の限界である。ビッグデータはそのサンプリングの必要をなくした。全部突っ込めばいいからだ。サンプルデータではなく、全データをビッグなままでいいからだ。
「ビッグデータって、元々そう言う意味なんだぁ。」
「はじめて知ったかも。」
「そのまんまね。」
もしかすると、こんな若者は皆さんの近くにもいるのかもしれない。
そこで、園田は質問した。
「では、みんなに聞くが、そもそも何でビッグデータって、扱えるようになったんだ?」
暫し、質問の意図を探る三人。まるで当たり前すぎて、逆に答えが見つからない、といった表情だ。
「先生がそう言うってことは、昔はビッグデータって扱えなかったってことですか?」
と洋平。
「あったり前だろ、、、」
と言って見たはいいものの、何故か後が続かないリュウノスケ。代弁するように房江が続けた。
「私たちって気が付いたらビッグデータで、何でって聞かれても空気みたいな存在だからってぐらいしか言えないかも、、、」
いうなれば、ビッグデータネイティブな世代とでも言えようか。世に言うZ世代の特徴の一つであろう。
「ハ、ハ、ハ、確かに君らにとってビッグデータは水や空気みたいな存在だろうね。」
そして次から話す内容を、思案気に頭で整理する園田。すると暫くしてこんなことを話し始めた。
「ビッグデータとは、簡単に言うと大量なデータってことだよな。」
頷く三人。
「では、大量のデータがあるとして、それをみんなはパソコンで処理しないとならないとする。」
同上。
「その時のパソコン選びで一番大切にすることは何?」
どうといった質問ではない。即答に近い答えが返ってくる。
「C PU!」
「メモリ容量!」
「どっちも、それにSSDも。」
「そうだね、まぁ、つまり処理速度だね。」
頷く三人と続ける園田。
「これは当たり前のことだけど、ある程度大きなデータを処理したいなら、それに見合った処理速度がないと、話にならない。逆に言えばだ、ビッグデータの時代になったら、まず誰もが考えるのは、コンピューターの処理速度を上げることだ。」
皆さんもご存じと思うが、世界中で処理性能を競ったものだ。
「つまり、コンピューターの処理性能の向上だ。この処理性能を上げることをスケールアップという。」
言葉を区切る園田。
「しかし、このスケールアップにはちょっと厄介な問題が付きまとうんだ。何だと思う?」
「うーん、技術が難しいって言うのは当たり前だもんなぁ、、、」
「そうよねぇ、、、時間が掛かるって言っても、のんびりやってる訳にもいかないしぃ、、、」
「あ!」
と、洋平が、
「お金が掛かるとか?!」
「その通り。」
ハイタッチの洋平に、園田も応える。
「榊原の言うとおり、このスケールアップには、物凄くお金がかかる。しかも、速くなればなるほど、ほんのちょっとの差なのに、べらぼうなお金がかかる。」
「まぁ、パソコンも速い機種だとバカ高くなるしなぁ。」
「ゲーム用の機種とかね。」
「それなぁ、、、」
若い年代でも、この感覚は共有できるようだ。
「因みに日本のスパコンって、今世界で何位か知ってるか?」
「あ、え、処理速度がですか?」
「ちょっと前まで世界一だったんじゃなかったっけ?」
「え?日本が世界一なんじゃないのぉ?」
「残念ながら世界一位だったのは二〇二〇年で、それからは二位みたいだね。」
「へー。」「へー。」「へー。」
とは言うものの、それほど悔しそうな顔色でもない。国家の威信、今の若者はこう言ったものよりも、サッカーやWBCなのかもしれない。
「これは先生の愚痴になるけどさぁ、昔、民主党政権ってのがあってね、そうだなぁ、君たちが生まれた頃になるかなぁ、、、」
民主党が政権についたのは、鳩山由紀夫を首相とした二〇〇九年である。丁度彼らが生まれて間もない頃の事である。因みに退陣したのは二〇一二年でたった三年間の出来事だった。
「その時、それまでの自民党政権の無駄遣いを徹底的に見直すって言ってね、色んなものが予算削減されたんだけど、その中にスパコンの開発予算というのも含まれていてね、、、」
特段の感慨もない様子の三人ではあるが、素直に耳を傾けている。
「それで政府に『世界一位になるためには、この予算が必要なんです』って、当時のスパコンの開発者が泣きそうになって訴えたんだよ。」
泣き真似の園田。両手を顔に添えるのが、年代を感じさせる。
「そしたら、なんて言われたと思う?」
ある程度の年齢の方ならご記憶にある方も多いだろう。
「え?なんて言ったんですか?」
「政府としては削減したいわけだからぁ、、、」
「あー、何か聞いたことあるようなぁ、、、」
回答する園田。
「『二位じゃダメなんですか?』って言われたんだよ。」
「うわぁ!」
「それ来たぁ!?」
「そうそう、それそれ。女の人ですよね。やたらとスーツの襟を立てるのが好きな、ショートヘアーの、、、なんて言う人だっけなぁ、、、」
「蓮舫議員ね。」
「そぉー、レンホウさんだわ。」
「ホ~。」
「詰まんねーんだよ。」
男子はあまりご存じないらしい。
「まだ、現役の議員でやってるけどね。」
「ホ~。」
「だから詰まんないって。」
「ハァ。」
若い人はあまりご存じないらしい。
「まぁ、これで果たしていくらの予算が削られたかはわからないけど、、、」
まとめる園田。
「要はスケールアップというのは、お金がかかるってことだ。」
頷く三人。
続ける園田。
「で、ねちっこいようだが、ビッグデータの話を続けると、その頃、ビッグデータに一番悩んでいたのは、Googleだったんだ。」
「ここで出てくるんだ。」
「何か俺らの時代に近づいた感あるなぁ。」
「そうねぇ、気が付けば、GoogleとインスタとAmazonだったからね。」
ここに来てグッと現実感を三人も感じてきたようだ。
「なんせ、世界中に転がっている全てのデータに順番を付けて表示させようとしたんだからね。」
「あーそーか。」
「確かに、検索エンジンってそうだよなぁ。」
「考えてみれば凄いことなのねぇ。」
別に不勉強でもなんでもない。日本で安全と水がタダなのと同じことだ。
「そこで奴らが編み出したのが、MapReduceに代表される、分散並列処理なんだ。」
「マップ?」
「リデュース?」
「分散並列?」
MapReduceは、Googleが大規模なデータセットを処理するために開発したプログラミングモデルおよび処理フレームワークである。詳しい方は、HadoopやSparkといったものもご存じだろう。それらの技術的なことは、話しの主題から外れるのでこれ以上立ち入らない。ただ、日本が失われつつある時期に生まれた、失わせた側の、強力な技術革新だったことは確かである。
「そう、分散並列ってところがポイントだ。」
三人の眼も食いつきが良いことを示している。
「さっきパソコンの処理性能の話をしたが、ビッグデータを扱おうとしたら、もう一つの方法がある。何だと思う?」
「分散並列ってくらいだから、、、」
「俺も分かった気がする。」
「なら言って見て。」
と房江に言われたリュウノスケが答えたのは、
「台数を増やす?!」
グータッチをする園田とリュウノスケ。その流れで洋平、房江ともタッチを交わす。
「ご名答。台数を増やす、つまりコンピューターを並列化させて、処理を分散するんだな。」
「横にずらっと並べるって感じですね。」
「その通り。処理する量が増えれば増えるにつれて、台数も増やしていくってわけだ。こうして分散並行処理を増幅させることをスケールアウトという。」
園田が確かめるように三人を見る。
「スケールアップとスケールアウトかぁ。」
「縦にも横にも増やしていくんだな。」
「あぁ、アップとアウトだもんね。割と良い例えね。」
房江に褒められたリュウノスケが、まんざらでもない表情を浮かべた。そして思いついたように、
「それに、安いマシンを何台も繋げる方が、スパコン一台より安上がりかも、、、」
「確かに、数打ちゃ当たる説!?」
「説あるコアトル。」
房江のギャル語は良いとして、確かにその通りである。単純な処理であるなら、高価なマシンで処理するより、安いマシンを並べる方が経済的だ。
三人の手ごたえを見た園田は続けた。
「しかし、このスケールアウトにも、ちょっと面倒な問題があった。さて、なんでしょうか?」
今度はスケールアウトにまつわる問題である。
「お金だと、答えが被るしなぁ、、、」
「台数が増えると出てくる問題ってことはぁ、、、」
「あ、置き場所?」
房江が気が付く。
「ピンポン。」
何台もコンピューターを並べるわけだから、場所も取る上に、重量だって嵩んでいく。
「その上、面倒なのは、空調でね。」
「空調?」
「何のために?」
「空気を清浄にするんですか?」
「いや、空気を冷やすのさ。」
これも最近の人はご存じないか、あるいは実体験は少ない方が多いのではなかろうか。昔はマシン室などというものがあり、大型コンピューターが設置されるそうした部屋は、ひんやりとして冷房が効いていたものである。
「パソコンでは実感がわかないけど、コンピューターって言うのは熱を持つものでね、処理性能の高い大型になるとかなりの発熱量になるんだよ。」
使い慣れたノートパソコンでは、思いもつかないコンピューターの置き場所。
「ただのスペースがあればいいってもんじゃないんだ。」
「あぁ、広くて重さにも耐えられて、、、」
「その上、空調設備もしっかりしてないといけないのね。」
「そんなの、東京のビルになんておいて置けるか?その家賃だけでとんでもないことになっちゃうだろ。」
現に当時の日本でも、データセンターを大手町などから沖縄などの地価の安い地方に移すことなどが、頻繁にみられたものだ。
「なるほど。スケールアウトもなかなか曲者ってことですね。」
「スケールアップは金を食い、スケールアウトは場所を食う、ってね。」
洋平が、『なるほど、上手いね。』と、口に出そうと思った瞬間、
「ウザ!」
と、房江が一刀両断した。
口ごもるリュウノスケ。
更に追い打ちをかける園田。
「スケールアップとスケールアウト、実はもう一つ問題がある。」
「は?」
「まだあるんですかぁ?」
「先生、ストーカー?」
と、房江にストーカー呼ばわりされてしまった園田。冗談であることが十分わかっているので、そのままスルーして続ける。すると、
「絶対に負けられない試合がある、ってよく聞くよなぁ。」
と意外なことを言い出した。
「えぇ、サッカーの代表戦とかでよく聞きますよね。」
「それで良く負けますけどね。」
「カビラ・ジェイよ、ジョン・カビラの弟よ。」
確かに負けることはよくあるが、決して川平慈英氏の責任ではない。
「それで言うと、絶対に落とせないマシンってのもアナロジーとして成り立つよなぁ。」
「アナロジーってか、現実としてありますよね。」
「例えば?」
「例えば、ロケットの発射とか、、、」
「そうね、ロケット発射の制御システムが途中でダウンとか、おっそろしぃ。」
「まぁなぁ、それでも失敗したりするけどなぁ。」
「打ち上げの失敗とマシンが落ちるのとは別問題だけどな。」
「いや、まぁ、そうだけど、、、」
「そう言えば、銀行なんてのもそうよねぇ、、、」
「そうだね、たまにシステムトラブルで大ごとになるよなぁ。」
「銀行の頭取とか、給料返上したりしてね。」
「でも、その頭取じゃぁないわよねぇ、システム作ったのって。」
「まぁ、そうだけど、責任はあるんじゃね。」
「、、、」
などなど色々あり、
「でだ、仮にそういうマシンがあったとしたら、みんなならどうする?」
と、園田が本題に入った。
暫くの沈黙。シンキングタイム。
するとリュウノスケが、ややニヤつきながら口を開いた。
「俺、言ってもいいっすか?」
思わず見つめる洋平と房江。
「あぁ、当然さ。」
そう回答を促す園田の言葉に、リュウノスケは、
「冗長化させますね。」
の一言。
「?」
「ジョウチョウカ?」
「そう、簡単に言うと二重化するってこと。」
「マシンを二つ用意するってことかぁ。」
「一つがダメになった時でも良いようにってことね。」
「その通り。」
理解を共有した三人。
「冗長化って、普段は使わない言葉だよなぁ、、、」
「まぁ、俺もたまたま聞きかじっただけだけどね。」
「どこで聞きかじったの?」
「いや、俺の知り合いにかなりのゲーマーがいてね、そいつが家のインターネット回線を冗長化してるんだって言ってたんだよ。」
「へー、ゲーマーかぁ。」
「フォートナイトとかぁ?」
「あぁ、フォートナイトとかワールドオブ何とかとか、、、しかし、実際やるとなると結構面倒臭いだろうけどね。」
説明不要と思われるが、フォートナイト、ワールドオブウォークラフト、ともに世界的に人気のあるオンラインゲームである。
「そうだよなぁ、別々のプロバイダーと二つ契約しなきゃいけないんだもんなぁ。」
「うわぁ、モデムとか二つあるんだぁ、、、ママが許さないだろうなぁ、、、その前に必要ないし。」
みなさんはどうだろうか。
「因みに聞くが、そのゲーマーの友人は、何でその面倒臭い冗長化って言うことをしたんだい?」
そう問う園田に、リュウノスケが当然のことのように答える。
「そりゃぁ、回線の不都合でゲームを邪魔されたくないからでしょ。」
「つまり、ゲーマーとしては、一瞬でもインターネットを途切れさせない用心のため、わざわざ冗長化して二回線も繋げていたってことだね。」
リュウノスケが頷き、それを見た洋平も房江も頷いている。
「なら、丁度いい例なので聞くけど、何でそのゲーマーはわざわざ二つ別々のプロバイダーと契約したんだっけ?同じプロバイダーで二回線契約するのではだめだったの?」
リュウノスケは意外な方向からの質問だったようで戸惑った。
すると洋平が助け舟を出した。
「だって、同じプロバイダーなら、両方とも落ちちゃうんじゃないですか。」
「そっかぁ!」
と合点が言ったのは房江である。
「如月は分かったみたいだなぁ。」
と、園田が振ると、
「だって、ネズミが齧ったとか、本当に電線自体が切れた場合じゃない限り、同じプロバイダーに二回線あっても、繋がっている元が落ちたらどっちも落ちゃいますよね。」
「まぁ、ネズミが齧れる電線って時点でヤバいけどね。」
「それよりネズミ自体いなくなってるけどね。」
プイと横を向く房江。
スルーして続ける園田。
「如月の言うとおりだね。別の言い方をするなら、同じプロバイダーなら二回線の契約をしても冗長化の対策としては不十分、と言うことだな。」
頷く三人。
「では、意味は全くない?」
冗長化としての意味はないが、二回線にすることには、その他の意味がないのか。
すると房江が、
「なしよりのあり?」
と、変なギャル語で自信はなさそうに答えた。
「ない訳ではないっていう意味だね。何でそう思う?」
と翻訳した上で、問いかける園田。
「同じ速度の回線を二本引いたとしても、回線速度が速くなるわけではないから、直接的な意味はないですよね。」
といって、周りの理解を確かめると、
「でも、ゲームとかって、裏でやってる処理とかもあるから、そうした並行処理の通信は二本あればその分速くなる。結果としては全体として速くなることはあれ、遅くなることはない。」
園田がリュウノスケと洋平の顔を見やると、自然と拍手しだす男性陣。園田がまとめる。
「つまり、全体のスループットが向上すると言うことだな。」
続ける園田。
「元のゲーマーの彼に戻ると、そうやって回線を冗長化させることで、彼は絶対に落とせないマシンを実現させたってことだね。さらに二回線にすることでスループットも上げながらね。」
そしてまとめる。
「こういう風に、マシンの落ちなさ加減、言い換えると動き続けられる能力、それをアベイラビリティーといって、可用性とか稼働率とかと呼ばれている。」
アベイラビリティーは日本語で可用性だが、稼働率とは厳密な意味では相違するものである。ただ、ここで深入りする必要はないだろう。単語としては稼働率の方が直感的だと思われる。
すると園田が、
「という完全無欠の冗長化なんだが、それでももう一つ特別なことをしない限り落ちる場合がある。さて、その落ちる場合とは何でしょうか?」
絶対に落ちない冗長化といっておいて、すぐにその真逆の質問である。
「特別なことを当てるのでもいいぞぉ。」
と園田は言う。
「先生の質問から推察すると、二回線とも同時に切れるってのは違うんですね。」
と確認するのは洋平である。
「おぉ、ご指摘ありがとう。何なら回線は三本でも四本でも良いぞ。」
考え込む三人。
「冗長化させても落ちる場合、ってことですよねぇ。」
「ネズミが齧るんじゃなくてですよね。」
「と言うことはぁ、、、」
「そうだ、と言うことはぁ、、、何かなぁ?」
そう園田がもったいぶると、
「ゴジラとか来たりして、、、」
と冗談めかしたリュウノスケだったが、
「フ、フ。」
と園田は笑みを浮かべた。それを見て、
「あれ、東日本大震災とか?!」
「あぁ、阪神淡路大震災かぁ。」
「南海トラフ地震ね。」
と三人が続いた。
「まぁ、東京近郊でも、近畿地方でも、似たような地域でマシンを冗長化しても、大震災が来たらおじゃんだろうな。」
「そうかぁ。実際来たもんなぁ、、、」
「ある意味マシンなんかより落ちちゃいけないのが、落ちたもんなぁ、、、」
「マシンダウンじゃなくて、メルトダウンだもんねぇ。」
東日本大震災が起きたのは2011年3月11日、彼らが生まれて間もない頃だが、彼らにとっても我がごとのようなのだろう。
すると園田がこう続けた。
「と言うことは?」
一瞬呆気にとられる三人。
「だから、ゴジラが出てきても大丈夫な、特別なことは何?」
「え?」「え?」「え?」
と、園田の質問の真意を理解しきれない三人。
「じゃぁ、林、パソコンで検索してくれないか?」
と園田がリュウノスケに依頼する。
「えぇ、良いですよ。何で検索しますか?」
といって、Macのノートを開く。
「じゃぁ、『Azure、地理冗長』で検索してみて、、、」
との言葉で検索すると、
「あぁ、それそれ!」
と、園田が差すリンク先を開いてみるリュウノスケ。すると、
「何ですか、このGZRSって?」
「?」
「?」
「まぁ、そこに書いてある通りだから、読んでみなさい。」
言われるがままにページの記事を読む三人。
ここで言うGZRSとは、マイクロソフトの用語で、GeoZoneRedundancyStorage の頭文字である。要は地球規模で冗長ストレージを構成するというもので、言い換えれば大陸間バックアップとでもいうものだ。南米大陸とモンゴル平原に冗長構成のシステムを置いておけば、たとえ日本が沈没しても動き続けると言うわけだ。
なお、同じGZRSでも、ゲノム解析のGZRSではないことを付け加えておく。ゲノム解析には後ほど触れるので、その際に出てくるかもしれない。先に進む。
「成程、これなら日本でゴジラが暴れても大丈夫ってことですね。」
「しっかし、えらいことやってんなぁ、、、しかも、六重化って、、、」
「でもお金掛かるんじゃぁないんですか?」
といった疑問に、Q&Aする園田。立ったままリュウノスケにマウスを借りながらの、パソコン授業によくある風景だ。
「ちょっと混乱するかもしれないが、最初先生が例に出していたのは、マシン本体の冗長化で、GZRSはストレージの冗長化だ。」
「CPUとDiskの違いですね。」
「CPUってかVMですよね。」
「VMとかって、ヴァーチャルマシンってことですよね。」
と気が付く房江。
「その通り。まさにヴァーチャルなマシンだな。マシンはどこで動いていようと、落ちなければいいだけだから、Azureではクラウド側で勝手にやってくれるんだよ。」
「へー、で、データは自分のものだから、どこに置くかは自分で決めるのか。」
「まぁ、それもクラウドの上ってことだけどね。」
「クラウド、てえてえ。」
たまにギャルな房江である。
園田がそれまでの話をまとめる。
「という訳でだ、アベイラビリティもスケールアップもスケールアウトも、ぜーんぶ、クラウドが面倒見てくれるようになったって訳だ。」
「なるほどね~。」
「クラウド様々だな。」
「クラウド、しか勝たん!」
まぁまぁ、ギャルの房江のようだ。
それはさておき、
「でも、それで失うものもあったけどね。」
「え?失うもの?」
「だって、全部クラウドがやってくれるんですよね。」
「クラウドになって失ったものぉ?」
三人とも思い浮かばないようだ。
「スケールアップもスケールアウトも、それにアベイラビリティーも、それぞれ悩ましいところはあったけど、それなりに悩み甲斐って言うかさぁ、、、何といえばいいかなぁ、、、」
「あぁ、何となくわかります、炊飯器じゃなくて、飯盒と薪で米を炊く感じじゃないですか?」
とは洋平。
「何それ?」
「あぁ、俺も分かる気するなぁ、オートマじゃなくてマニュアル車の感じですよね。」
とはリュウノスケ。
「あんたまだ免許ないわよねぇ。」
「房江もたまに言うじゃん、出汁パックより昆布と鰹節から取った方が美味い出汁が出るって。」
「それか干しシイタケね。」
と答えた房江が、
「そうか、楽になった分、手触り感というか、面白味が薄れたって言うか、、、」
園田が引き取る。
「まぁ、何でもかんでもクラウドがやってくれちゃうから、ここを使う必要がなくなったと言うことだけどね。」
と、頭を指さしながら園田が言う。
確かにそのとおりで、言い換えれば、クラウドになる前は、全部自前でスケールアップやスケールアウトを計画実行せねばならず、コンピューター技術者はそこに最も頭をひねらせていたとも言えるわけである。
「言うなれば、クラウドがITエンジニアから頭脳労働を奪ったということかぁ。」
と大人びた表情の洋平。
「ITエンジニアのブルーカラー化ってことだなぁ。」
リュウノスケも悩ましげだ。
嘆息する男二人。
すると房江が、
「頭脳労働からの解放、ということにはならないんですか?」
それに園田は優しい眼差しで答えた。
「クラウドだけでなく、AIにchatGPT、まさに如月が今言ったようなことが物凄いスピードで進行しているんだろうね。」
そして続けた。
「それが解放になるかどうか、そして解放された暁に何ができるようになるのか?それは、きっと君たちの時代なんだろうなぁ。」
そう言って遠い眼をする園田。
その言葉の意味を、それぞれに受け止める三人。
四人に無言の時間が訪れる。
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