第XV章 パラダイムシフトパラダイス
折角なので、ここで時間を巻き戻し、この日の昼のリュウノスケとキャリーの様子を見ておくことにしよう。
リュウノスケが待ち合わせの何時ものファミレスに時間通りに着くと、既にキャリーは待っていた。少し奥まった席から手を振っているのが見える。
「ゴメン、待たせちゃったね。」
「ううん、私も今来たばっかり。」
そう言いながらキャリーの向かいに座るリュウノスケ。
「注文は?」
「まだ、何も、、、」
「なら頼もうか。」
と、リュウノスケはテーブルに立てかけられたメニューを手に取った。
ぎこちない空気が二人の間に漂う。
選ぶとなく、メニューの隅から隅まで目を通すリュウノスケ。手持ち無沙汰に視線が宙を舞うキャリー。
すると、ふとリュウノスケが思案気に呟いた。
「ドリンクって、セットで頼むとドリンクバーになるんだなぁ、、、」
ファミレスなどで良くあるメニューで、ドリンクだけだと単品だが、ご飯ものも付けたセットにすると、ドリンクはお替りや別種類も飲むことのできるドリンクバーになるというものである。
キャリーもそのことは知っているので、次の言葉を待っていると、
「ドリンクバーになるからって、今から二人で飯食い出したら、いくらなんでもおかしいよなぁ。」
とこういう場に似つかわしいのか、似つかわしくないのか、良く分からないことをリュウノスケが言う。
『プッ!』
その言いぐさが可笑しくて、キャリーは思わず吹き出しそうになってしまった。思わず手で口を押さえるキャリー。
それに気付いたのか気付かなかったのか、リュウノスケは続ける。
「じゃぁ、俺、アイスオーレにしようかな。」
というと、
「じゃぁ、私も同じもので、、、」
と、キャリー。
「サイズは?」
「S。」
「じゃぁ、俺はMにしようかな。」
と言って、メニューをしまい、タブレットのボタンを何度か押して、注文するリュウノスケ。
注文も終わってしまった二人。
ぎこちない空気が二人の間に、再び漂う。
やがて、リュウノスケが意を決して口を開いた。
「連絡くれて、ありがとう。」
努めて冷静にリュウノスケは言った。
「本当は俺の方から連絡しようと思っていたから、嬉しかった。」
キャリーもそう言うリュウノスケの言葉が素直に嬉しかった。
だが、
「オフで会ってお話したいなと思って、、、」
そう言うのが精一杯だった。
「あぁ、俺もリモートでは良くないと思っていたから、ありがたいと思った。」
と、リュウノスケも何故か両腕を両膝にしっかりとついて喋っている。
一瞬の間の後、
「あの。」「あの。」、同時に発する声。
「どうぞ。」「どうぞ。」、同時に出す右手。
『では私から』なのかどうか分からないが、多分そんな意味だろうはずのパントマイムのような仕草をしてから、リュウノスケが話し出した。
「あれからもう一度、キャリーの言ってくれた反証可能性というものと、進化論というものを自分なりに整理し直してみました。」
キャリーが頷くのを確かめ、リュウノスケは続けた。
「それから、みんなからも色々助言をもらいました。」
三枝も房江も洋平も、彼らなりに助言を与えていた。
「でね、結局のところ、『進化論も反証可能性はないわけじゃぁない』、ってことだよなと。」
キャリーの理解を促そうと、言葉を途切らせないように、
「つまり、『進化論も部分的には反証可能』ってことだよね。でも、ということは、『進化論は部分的には反証不能』ってことだ。」
キャリーが頷いたところを見ると、理解したようだ。
「そりゃぁ、そうだよね。サルが人間になるところを実験しましょうって言っても、現段階では不可能だからね。」
そんなことが出来る将来は、否定はできないが、少なくとも現時点でできないことは確かだ。先に進むリュウノスケ。
「ということは、カール・ポパーがいう科学の定義からすると、半分は科学で、もう半分は科学じゃないってことになる。」
その通り、仮に科学の定義がカール・ポパーの言う通りとするなら、進化論は部分的には科学と言えるが、必ずしも全部が科学と言うわけではなくなる。
「でね、だったら科学じゃなくても良いっか、って考えてみたらさぁ、何かそんな感じもしてきてさぁ、、、」
キャリーはリュウノスケの言葉の意図が掴み切れないのか、不安そうな眼をしていた。
「ダーウィンなんて糞っ垂れって言うかさぁ、あ、違うか、反証なんて糞っ垂れかぁ。」
ただ、そういうリュウノスケの表情は、投げやりでもなく開き直りとも取れなかった。
「だって、考えてみたらさぁ、反証不可能な学問って沢山あるんだよね。」
キャリーを安心させるように、リュウノスケは言葉を続けた。
「例えば政治学って、実験は出来ないよね。社会実験とかはよく言うけど、それはカール・ポパーが言う実験ではないもんね。」
キャリーの顔を見ると、リュウノスケの言いたいことが見えてきたようだ。
「もっと大雑把に言えば、政治学とか社会学とか経済学とか、総じて文系の学問って厳密な意味での反証可能性ってないとも言えるかなってね。」
とは言うもののすぐ言葉をつなぎ、
「でも、だからって言って学問として劣っているとか、役に立たないって言ってる訳じゃないよ。」
キャリーの顔色を見て、言葉を続ける。
「むしろ、厳密な反証が出来なくても、どこかでどうにか役に立つことは出来ないかって考えてるものだよね。」
キャリーの顔色が和む。
「でさぁ、進化論に反証不可能なところはありますねって認めたらさぁ、どうなるかって言うとさぁ、、、」
どうやら話の核心はここからのようである。キャリーも思わず気を引き締めた。
「理論で行くよね。」
多少、カクッとはなったキャリーだったが、だが落ち着いて考えてみると、確かに一理ない訳でもないことに気が付いた。
「そうかぁ、実験できないんだったら、理屈で行くしかないものねぇ、、、」
「そう。」
「理論で行くしかないかぁ、、、」
「そう、そう、実験できないんだから、理詰めの理論で勝つしかないんだよ。」
「理詰めの理論で行くのかぁ?!」
「そう、考えて考えて、理詰めでもって絶対間違えないって言うまで、理屈で持って行くしかないんだよ。」
そう言うリュウノスケの眼はちょっと怖かったので、息を呑んだキャリーだった。だが、狂っている眼とも思えなかった。
気が付くと、テーブルには何時の間にか頼んだSとMのアイスカフェオレが二つ並んでいた。
仕草でリュウノスケに勧められるままに、ストローで一口すするキャリー。リュウノスケも同様だ。そして続ける。
「って考えるとさぁ、実験だって似たようなところもあるんじゃないかなって思えて来てね、、、」
ちょっと不思議なことを言い出すリュウノスケ。
「実験も似ているって、理論に似ているってこと?」
ちょっと困ったように首を傾げるキャリーに笑みを浮かべながら、
「例えばさぁ、録画は撮り直しが効くけど、生放送は撮り直しが効かない。だから怖い、とかさぁ、たまに聞くじゃない。」
「あぁ、私もどこかで、映画はNGなら監督が止めるけど、舞台は始まったらやり切るしかない、とか、聞いたことがあるかも。」
みなさんもご存じのことである。ただ、この比喩が実験とどう似ているのだろうか。
「でもさ、よく考えてみて。」
そう言うとリュウノスケはキャリーを睨んだ。何事かとやや身体がこわばるキャリー。
「さぁ、キャリー、君は女優で、今若手ナンバーワンの売れっ子男性俳優と、ファミレスでアイスカフェオレを飲むシーンを撮っているとする。」
突然のことで、後れを取るキャリーだが、構わず先を走るリュウノスケ。
「周りには多くのスタッフがいる。正面にはカメラマン、その奥には監督。周りで照明さんがライトをたき、音声さんが竿みたいなガンマイクを上からぶら下げている。横の方には特殊効果の人が控え、あちこちにはエキストラの役者さんたちもいる。額の汗をぬぐうために、メイクさんはすぐ走り寄れる場所にいるし、スタイリストさんも服の乱れをすぐに直せるようにスタンバっている、、、」
リュウノスケの言葉が目くるめくように、ありきたりなファミレスを非日常的な空間へと作り変えていく。
「その上、もう撮影が始まってから六時間が経過している。現場に疲労感が漂い始めるのも無理はない。そしてこのシーンが最後のシーンだ。これさえ無事に撮り終えられれば、みんな家路につけるって寸法だ。」
リュウノスケの言葉が続く。
「その最後のシーン、それがカフェオレを一気に飲み干すシーンだったとしよう。一滴もこぼすことなく、今目の前にあるアイスカフェオレを飲み干すシーン。それがその映画のラストのクライマックスだ。」
大きく息をつくリュウノスケ。つられて息を呑むキャリー。
「キャリー、そんなシーンで、君はNGを出せますか?」
リュウノスケの質問の意図を理解するには時間が掛かった。
二人の間の沈黙の時間。
自分の頭の中のシチュエーションと眼の前のアイスカフェオレが、やがてシンクロした。
キャリーはゆっくりと首を振った。
「そうだよねぇ。出せないよねぇ。撮り直しなんて効かないよねぇ。映画だろうが舞台だろうが、録画だろうが生だろうが、そんなの関係ないんだよ。そもそもがNGなんて出せないんだよ。」
そこまで言ってリュウノスケは肩の力を抜いた。
どっと疲れが抜けるキャリー。
「ね、だから実験だって同じさ。」
アイスカフェオレにストローを刺しながら、リュウノスケが言う。
「何度でもやり直しがきく実験は、そもそもそう言うことが許される実験だからであってさ、そこそこの実験になったら、誰しも慎重にならなきゃいけなくなってね、、、」
「つまり、実験も理詰めで行く必要があるってこと?!。」
小首をかしげるキャリー。
「その通り。」
と、カフェオレに口を付けるリュウノスケ。
キャリーもアイスカフェオレにストローを刺し、一口飲んだ。そして口を開いた。
「だからリュウ君は、進化論が反証可能じゃなくても、気にしないってことなのね。」
「そう。科学じゃないなら科学でなくても良いのかなってさ。実験が出来ないんだったら理詰めで行くって腹括ればいいんだから。だって、十分面白いし、十分やりがいもある。」
そう言うと、
「ありがとう。」
とキャリーに真顔で一言付け加えた。
「キャリーが言ってくれたから、こんなに考えたんだって気がする。」
そういうと、照れ隠しなのか、勢いよくカフェオレを飲み干した。
「美味いなぁ、このカフェオレ。もう一杯頼もうかなぁ。あ、それともたまにはパフェとか頼んでみようかなぁ。キャリーも、なんか注文しない?」
「えぇ?じゃぁ、私はねぇ、、、」
キャリーは身を乗り出すと、リュウノスケに思いきり顔を近づけて、追加の注文選びに取り掛かった。
それが二人の日曜の昼下がりだった。
三人と園田は、月曜の放課後、いつものように集まっていた。
「随分と人間不信なのね、リュウノスケと洋平君は。」
そういうのは、房江である。
「そう言う房江の方こそ、お人好し過ぎないかぁ。」
と、リュウノスケが言えば、
「女性はこれぐらいでないと、やっぱ。」
とは、洋平である。
「あ、洋平君も何だかフォローになってないし、、、」
と、房江は不満げな様子だが、
「まぁ、まぁ、まぁ、」
と、割って入ったのは園田だった。
「何だか、真っ二つに別れたみたいだな、行動経済学への評価は。」
全くその通り、正反対の反応で、房江は賛成派、リュウノスケと洋平反対派であり、男女で評価が別れた格好だった。
「先生はどっち何ですか?」
当然の流れで房江が聞く。
「気になるか?」
そう言うと、園田はいたずらっ子のような表情をした。
「当り前じゃないですか。」
「生徒を焦らしてどうするんですか!」
リュウノスケと洋平もまくしたてる。
「まぁ、こっちから聞いてるんだから、気になるのも無理はないよなぁ。」
そして園田は語り始めた。
「まずはだ、行動経済学の基本に立ち返ろう。」
「基本に、」
「立ち返る、」
「ですか?」
戸惑う三人。それを尻目に園田は続ける。
「行動経済学の基本に立ち返るとするなら、それは非合理だ。」
すると房江が答えた。
「それはなんとなくわかります。それまでの経済学は、合理的な人間を前提にしてきた。」
言葉をつなげたのはリュウノスケである。
「それをひっくり返して、非合理性を前提にしたのが行動経済学だった。」
〆るのは洋平である。
「それが行動経済学が文系のパラダイムシフトと言われる所以ですよね。」
嬉しそうに園田が続ける。
「その通り、人間の非合理性に着目して経済活動を見直したところが、行動経済学の根幹であり、だからこそ進化論的な人間観に立ち返った経済学として注目を集めたんだよな。」
三人とも頷いている。ここまでは、十分納得しているようだ。それを見て、園田は続けた。
「しかし、君たちが実際に体験したように、行動経済学とは、『なるほどね』と思える半面、『なんだこれ?』とも思えたりする。」
これまた三人とも頷かざるを得ない。
「勿論、まだ若い学問だから、評価が分かれて当然という面もある。」
まぁ、行動経済学が若い学問かどうかは議論が分かれるかもしれないが、ここでは古典的な経済学ではない、といった意味ぐらいで捉えておくことにしよう。
「でだ、私が今回君たちと行動経済学について考えてみて改めて実感したことは、二つある。」
確かに園田は二つ、といった。
「二つですか?」
三人を代表するように、房江が口を開いた。
「あぁ、二つだ。」
なんとなく固唾を飲む三人。
「一つ目、それはわかりやすいこと。」
なーんだ、という表情の三人だったが、洋平の顔つきがすぐに変わった。
「そうですね。僕たちでもすぐに良いとか悪いとか議論できちゃったし。」
この言葉には、リュウノスケと房江も賛成のようだった。
「経済学の議論って、MMTみたいにわけわかんないことが多いのに、その点は違いますね。」
「まぁ、MMTが悪いわけではないんだろうけどね。」
「ハ、ハ、MMTはまるでDDTみたいな扱いだな。」
園田の冗談にピクリとも反応しない三人。世代が違いすぎた。因みにDDTとは農薬であり殺虫剤でもある薬品で、戦後の日本の衛生状態改善のため当時の占領軍が日本中で散布したものである。そう言った意味では、園田もDDTを実体験した世代というわけではない。
「オホン、」
一つ咳払いをして、話を続ける園田。
「で、二つ目のポイントは、行動経済学のよって立つ、その非合理性だ。」
再び、なーんだ、の表情の三人。しかし、園田は続ける。
「でも、考えてみるとみんな非合理だ。法律学も政治学も非合理だし、社会学だって出発点は非合理だ。」
ここで反応したのは房江だった。
「そうか、確かにそうですよね。人間が合理的だったら人殺しなんてしないですもんね。」
「そういわれればそうだね。法律が必要なのって人間だけだもんね。」
「そうだよなぁ、ソクラテスだって、死ぬ必要なんてなくなるもんなぁ。」
自分でもかなりいいことを言ったつもりのリュウノスケのようだったが、反応は薄かった。
切り替えるように洋平が口を開く。
「政治学だって、そうですね。マキャベリなんて、あれ、非合理なのかな、いや、合理的だからマキャベリなのかな、、、」
今度は洋平が自爆したようだ。
園田が思い出したように口を開く。
「みんなは知らないと思うけど、昔フィリピンにベニグノ・アキノっていう政治家がいてね、空港で暗殺される直前まで日本のテレビクルーが撮影していたことがあってさ、暗殺されるとわかっているのに飛行機から降りていくんだよ。」
「殺されるとわかっているのにですか?」
「しかも、テレビが撮影している前で?」
「それで本当に殺されちゃったんですか?」
最後に恐る恐る房江が聞く。
「そう、殺される瞬間の映像は撮れていないんだけど、直前と直後は日本のテレビクルーが撮影してたんじゃないかな。日本中というか、世界中で放映されたからね。」
1983年、フィリピンのマニラ空港での出来事である。
「フィリピン、こわ。」「こわ。」「こわ。」
唱和する三人。
「まぁ、今でもあちこちで物騒だけどね。」
その通り。ウクライナからパレスチナまで、政治は相変わらず非合理的な出来事だらけのようだ。
話が切り替わる。
「社会学も人間が合理的だったら生まれていないんですか?」
素直な直球は房江である。
「私の世代で『タテ社会の人間関係』っていう本がベストセラーになったんだけど、これなんか日本社会の非合理性を『タテ社会』って言葉で奇麗に説明した社会学の例かな。」
とは、園田の答えだったが、こうも続けた。
「まぁ、この手の類は文化人類学っぽいとも言えて、『甘えの構造』とか『日本人とユダヤ人』とか、言い出すときりがないんだろうけどね。」
「あぁ、なんとなく先生が言いたいこと、わかります。」
リュウノスケが大人ぶって相槌を打つ。
「本当かぁ、お前?」
すかさず洋平が突っ込む。
「本当だって。最近はユーチューブとかSNSでも色々いるじゃんか、、、」
「また変なの見てんじゃねーのか?」
「フ、フ、フ。」
そういう二人を見てほほ笑むのは房江だった。
園田がまとめる。
「つまり、人間の非合理性なんて当たり前で、取り立てて行動経済学が特別なものでも何でもないのさ。」
すると洋平が難しい顔をして、
「そうすると、誰でも理解できるくらいわかり易くて、取り立てて珍しくもないのが行動経済学ってことになりますね。」
と言い、続けて、
「だから僕たちでも『なるほどね。』って思えたり、『なんだこれ?』って呆れたりしたってことかぁ。」
と納得したが、すぐに視線を園田に向けて、
「何故そんな行動経済学が注目されたんですか?」
と改めて聞いた。
そう言われればそんな感じがして、同意の表情を表すリュウノスケと房江。
そんな三人に見つめられた園田の答えは、
「きっと、マクロ経済学の逆張りってところが、目新しかったんだろうな。」
合理性一点張りだったマクロ経済の実用性のなさ、役に立たなさから、その逆を突くように、非合理性で脚光を浴びた行動経済学。
しばしの沈黙が四人を包む。
やがて、
「それにしても、何で行動経済学だけ生まれたんだろう?」
ぼそっと洋平がつぶやいた。
洋平の言う意味は、進化論から生まれた学問が、何故文系では行動経済学だけなのか、ということである。理系では、生物学、遺伝学、心理学、脳科学、とそれこそ広範囲にわたってパラダイムシフトが起きているというのに、ということだ。
「そうだなぁ、行動政治学とか行動社会学とかって、ないからなぁ。」
リュウノスケも同じ思いのようだ。
「だって、政治も社会も元々不合理だから、行動なんちゃら学の出番はなかったということでしょ。」
房江の言うとおりである。
「でもさ、それでノーベル賞まで取っちゃってさ。よくぞ経済学だけ残ってましたね、っていうかさ、、、」
そう言う洋平に、同感したようなリュウノスケと房江。
それぞれ腕を組み、唇を尖らせ、思案気に宙を見つめる。
再びの沈黙。
「勢いって奴かな。」
園田もぼそっと答える。
「勢い?」
「あぁ、時代の勢いって奴さ。」
なおも素っ気なく答える園田。
「理系が盛大に盛り上がっちゃってるのを見て、文系でも何かやらなきゃかっこがつかなくなったんだろ。」
呆気にとられる三人に、
「だって理系に先を越されたまんま付いていけなかったら、文系はおまんまの食い上げだからなぁ。背に腹は代えられないし、人の目なんて気にしていられなかったのさ。」
「そ、」「そう、」「何ですか?」
と思わず口にする三人だが、
「そうでもなけりゃぁ、三人があれほど『なるほどね』と思える半面、『なんだこれ?』とも思うはずはないじゃないか。」
「た、」「確か」「に。」
行動経済学は頷ける点が多いことは確かだが、それと同時に首をひねるようなこと、あるいは呆気にとられるようなことも多かったのが三人の実感であった。
「だから当分は、鵜吞みにしない方が良いぞ。」
と、三人を覗き込む園田。
「う」「鵜呑み」「って?」
「受け売りやホラ吹きや自分に都合のいいことばかり並べたてる輩がうじゃうじゃしてるってことさ、、、」
呆然とする三人を横目に、言葉を繋げた。
「パラダイムシフトとか言ってね。」
そして、腕を大きく広げ、伸びをしながら、
「あ~あ、当分、それらしい奴らが賢しらげに宣うんだろうなぁ。」
園田はどことなく投げ槍にそう言った。
「当分?」
「それらしい奴らが?」
「賢しらげに?」
何となく三人は言葉を分け合った。
「あぁ、宣うのさ。パラダイムシフトって賢しらげにね、、、」
そういう園田の顔は、謎かけをするいたずらっ子のようだった。
リュウノスケが素直に言う。
「パラダイムシフトには気を付けろ、ってことですね。」
洋平が揚げ足を取る。
「逆に言えばさぁ、パラダイムシフトって言ってりゃぁいいってことだな!」
「何よそれ?」
「ハ、ハ、確かに、言ってりゃぁそれで何とかなるちゃぁなるかもな。」
「そう言う人にとってはパラダイスですね。」
「パラダイムシフトのパラダイスだぁ!」
「だから、何なのよそれ?」
最終的に園田がまとめる。
「そうだな、パラダイムシフトパラダイスだな。」
差し込む西日が彼らの顔を照らしていた。
目を細めて見るその日差しの向こうには、パラダイムシフトのパラダイスが待ち受けているかのようであった。
いや、その前に待ち受けていたのは、期末試験だった。
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