第Ⅱ章 ブラブラしてでもしたいこと
「牙の話ってことは、格闘技の話も避けられないですよねぇ。」
とここまで話に加わっていなかった洋平が、突然口を開いた。思わず顔を向ける、三枝、房江、そしてリュウノスケ。
「まぁ、ここでUWFの立ち上げの話まではする気はしませんが、、、」
何の話か全く訳が分からない、一同。洋平はそれに構わず、
「何で、それまでのプロレスを否定し、ガチンコの勝負と言われたUWFでも反則技というのは変わらないのか?」
「反、」、「則、」、「技?」
三人が順番に聞き返す。
「そう、プロレスの反則技。勿論それは、嘗てのUWFだけではなく、本場のUFCでも、最近はやりのブレーキングダウンでも踏襲されている。それは、、、」
「それは?」「それは?」「それは?」
同時に言う三人。
「目潰し、鼻の穴、そして噛み付き。」
「目潰し、」
「鼻の穴、」
「そして噛み付き?」
再び、一人ずつ順番に言う三人。
「そう。目潰しみたいに、眼を指で突くことや、鼻の穴に指を入れて、鼻の穴を引き裂くことは反則なわけ。まぁ、その他にも頭突きとか金的とかもあるけどね。」
「勿論、そうでしょうよ、そんなこと。技でも何でもないじゃないの。」
房江は信じられないといった表情だ。
「確かに。でも、昔バーリトゥードっていう、まぁ異種格闘技の世界大会みたいなやつで、日本人選手の中井祐樹がオランダ人の空手出身のジェラルド・ゴルドーって選手に目をサミングされて、右目を失命したっていう事件があったりしたことは事実。」
「いやだ、残酷ぅ。可愛そう。」
顔を顰めさせながらの房江の反応に、同意するように頷きながら洋平は説明を続けた。
「まぁ、目や鼻は人間特有かもしれないけど、動物の攻撃と言えば、基本的に噛み付きです。ガブ!」
目を顰める房江はともかく、リュウノスケと三枝は思い思いに頷いている。
「熊も狼も噛み付くよ、実際に出会ったことはないけど。」
「恐竜とかも基本噛み付くな、実際に見たことはないけど。」
リュウノスケと三枝が交互に同意する。
「その通り。基本ジュラシックパークなんだから、噛み付くのが動物なんですよ。だから大事な訳よ、これが。」
と、洋介が指さすのは、自分の歯だ。正確に言うと、前歯から数えて両側へ三番目の歯、つまり先ほどから何度も出てきている犬歯だ。
「人間は犬歯だけど、動物は牙なんだよね、この歯は。つまり、これで噛み付くわけ。」
三枝がどこからか小型の鏡を持ってきた。三人は順番に手渡しながら、それぞれの自分の歯を改めて見直してみた。
「でも、人間は今みんなが見た通りの歯だ。狼の牙なんてもんじゃない、まさに犬の歯だよ。」
洋平がまとめる。
「これじゃぁ、噛み付きたくても噛み付けないわね。」
房江も自分の犬歯を見ながら確認する。
「まぁ、噛み付けないことはないけど、結構効率は悪いな。」
「たまに噛み付く人、いるけどね、サッカーとかで。」
リュウノスケは、どうやら2014年のワールドカップのウルグアイ戦のことを知っているようである(2014年開催のブラジルW杯のグループリーグのイタリア対ウルグアイの試合で、ウルグアイ代表のFWルイス・スアレスはイタリア代表のバックスであるジョルジョ・キエッリーニ選手の肩に噛み付いた。試合は続行されたものの、試合後のビデオ判定で、公式戦9試合出場停止、4カ月間サッカーに関するすべての活動が停止となった。噛み付いたのは三度目のことだったという。スアレスはその後復帰し、元気にプレーした。)。
「タイソンとかも嚙みついたね。」
三枝は、1997年のホリフィールド戦のことを知っているようだった(1997年6月のWBA世界タイトルマッチにて、挑戦者のタイソンは3R、王者イベンダー・ホリフィールドの右耳を約2cm突然食いちぎった。ホリフィールドは激痛で痛がったがこのラウンドを戦い抜いたが、試合は中止となりタイソンの反則負けとなった。タイソンはライセンス停止など重い処分が課されたが、その後復帰した。ただ、復帰後はチャンピオンに返り咲くことはなく、2005年に引退した。)。
まぁ、何れの事件も大事にはなったが、大怪我で即入院といった事態には至らなかったようではある。
「少なくともだ、」
洋介が話を続けた。
「他の動物を攻撃するには、今みんなが見たとおり、人間の歯はかなり不利なんだよね。しかし、人間は牙を捨てて今の犬歯になるように進化した。つまり、牙を犬歯に退化させたって訳だ。」
リュウノスケがつなげる。
「それと同時に直立二足歩行にもなった、と。」
やっと、本来の話題に戻れた三人のようである。
「そうよね、そんな便利な牙を捨てて、更にあんまり速く走れない直立二足歩行するようになったのよね。と言うことは、凄いメリットがあったからってことなのよね。」
房江がまとめた。
「そう、そうなんだよ。凄いメリットがないと、普通そんなことしないはずなんだよ。」
三枝が答えた。
「だからそのメリットを聞きに来たのが、今日なんですけど。」
房江である。
「そうだよな、だからもう一回言うぞ。」
議論が一周回って元に戻った。
三枝はもう一回言った。
「牙を捨て直立二足歩行するメリットには、まだ定説はない!」
「定説がないと言うことは、まだ分かっていないということですね。」
左手を顎に添え、眉間に皺をよせて、念を押す房江。
「あぁ、まだ分かってはいない。」
との三枝の答えに、
「やったぁ、分かってないんだぁ!」
と、房江は万歳をしながら立ち上がった。
驚き見上げる男性陣。
間。
ゆっくりと男性陣を下目で見渡すと、今度は上目になって右手の拳で自分の脳天をごつんと叩き、舌をちょろっと出してから、無言で腰を下ろす房江。
房江が座るのを待って、三枝が口を開く。
「分かってはいないんだが、仮説はあるにはある。飽くまで仮説だけどね。」
「仮説で構わないので、教えてくれませんか。」
そう言うのは、自身が進化論オタクでもあるリュウノスケである。進化論オタクも意外に知らない進化の謎、考えてみるとおかしなものとも思えないこともない。
「じゃぁ、話すけど、ちょっと長くなるが、三人とも時間は平気か?」
三人は顔を見合わせ、三枝に頷いた。
「よし、わかった。じゃぁ、四足歩行から二足歩行になると何が変わるのか、そこら辺から話すとするか。」
こうして始まった三枝の説明は、その日の夜が暮れるまで続くこととなった。
その夜。
洋平は再びリュウノスケの部屋に来ていた。三枝の説明の後、そのまま二人でリュウノスケの家に直行していたのだ。期末の勉強だとの言い訳は、いつものことだ。夕ご飯はリュウノスケの母親が二人分用意してくれた。そこら辺もいつものことだった。
夕食もそこそこに二人はリュウノスケの部屋に籠っていた。いつものように、猫のコムサシも一緒である。二人はそれぞれ虚空を眺めては、それぞれ思案に耽っているようであった。
「手が空くって言ってもなぁ。」
ベッドで天井を見上げ、頭の後ろに両手を組んでそう呟くのは、リュウノスケだった。コムサシが横で毛を繕っている。
「あぁ、確かに。食べ物を運びたいだけで、立ち上がるもんかねぇ。」
リュウノスケの椅子に座って、パソコンのタッチパネルを中指でもてあそびながら、洋平は答えた。
「食べる場所が別にあるってのは分かる気がするんだけどなぁ。」
「あぁ、俺もそれには賛成。好きなところで食いたいです、ってのはわかる気がするんだよ。」
二人が喋っているのは、相変わらず直立二足歩行の理由である。
「でもそれだけで、危険を冒してまで、立って歩くかねぇ。」
「だから、好きなところには好きな相手とかいるってことになるんだよな。」
「だから一夫一婦制だと。」
「直立二足歩行には、一夫一婦制が漏れなく付いて来ると。」
顔を見合わせる二人。
「出来過ぎな気しねぇ?」
「いくらなんでも出来過ぎだよなぁ。」
二人はその日の三枝の説明を反芻していたのだ。人類は牙を捨て、直立二足歩行するようになった。しかし、それはかなりのデメリットを伴うものだった。だから、それを上回るメリットがあったはずだと言うことになる。二人はこのメリットとデメリットのことを話していた。
デメリットの話は続いた。
「それにさぁ、俺、思ったんだけど、やっぱ二足歩行って結構邪魔じゃね、男にとって。」
「は?」
とリュウノスケが応えると、洋平が続けた。
「だってさぁ、男っておちんちんとか金玉とかあるじゃん。」
「あるなぁ。」
「でも、四つん這いだと、あんまり目立たなくねぇ?!」
「え?」
「だからさぁ、動物のオスだったら、誰だって陰茎とか陰嚢って持ってるわけじゃん、、、」
「それがなけりゃ、オスとは言えないからなぁ。」
「でも、牛とか馬や犬とか猫のちんちんとかタマキンって、それほど気にならなくね?」
「まぁ、そういうものって思って見ているからなぁ。」
「確かにそれもあるけどさ、奴らが二本足で立ち上がったとしてみろよ、もろ出しになるわけだよ。」
と言って立ち上がり、自分の股間を眺める洋平。
そう言われたリュウノスケは、ベッドに寝たままコムサシを両手で胸の前に差し上げた。宙ぶらりん状態でお腹丸見えのコムサシが、「ニャー」と鳴いた。
コムサシは去勢されているので玉はない。仕方ないので、頭で想像してみた。すると、昔の思い出がよみがえってきた。馬の陰茎に関する思い出である。
コムサシを開放すると、リュウノスケは語り出した。
「あぁ、そう言えばさぁ、俺、従妹に年上のお姉ちゃんがいてさ、その人が馬術クラブに通っていたんだよ。」
そう言いながら、身体を起こし、ベッドの端に座り直すリュウノスケ。
「え?何の話?」
と言って座り直す洋平。
「いや、仲良くしてくれてた従妹のお姉ちゃんが、馬術クラブに通っててさぁ、ある日その馬術クラブに連れて行ってくれたことがあったわけ。」
「へぇ、馬術クラブって、スゲェお金持ちな感じだなぁ。」
「まぁ、そんな感じかその頃は良く分からなかったんだけど、兎に角、馬がいる馬場っていうのに連れて行ってくれたんだよ。」
リュウノスケが言うには、その馬術クラブは都内にあったと言うので、広大な牧場などというのではなく、かなりこじんまりとした砂場のような場所に、何頭かの馬がいたと言う。それでも馬場であることは違いなかったような場所とのことであった。
「馬はどれもサラブレッドで、背が高くてカッコよかったんだけどね。」
「ふ~ん、それで馬に乗せてもらえたりしたんだ。」
「あぁ、乗せてもらえもしたんだけど、ビックリしたのはさぁ、馬が突然興奮した時なんだよ。」
「馬が興奮したって、よく映画とかで見るようなやつ?」
「そうそう、いきなりヒヒーンっていななきだしてさぁ、前足とか後ろ脚を跳ね上げ始めたわけ。」
「ロデオみたいだなぁ、まるで。」
「そうそう、乗っている人はいなかったから良かったんだけどさぁ、そしたらその馬の世話係だったお姉ちゃんの友達がさぁ、バケツ持って近づいて行ったんだよ、その馬に。」
「え、興奮している馬だったら、世話係も危ないなぁ。」
「それでその興奮している馬を改めてみてみると、オスでさぁ、勃起してるんだよ。」
「勃起?!」
「あぁ、興奮して勃起しているんだよ。」
「オスの馬だから、興奮すると勃起するのか。」
と、頭を整理する洋平だったが、
「まぁ、オスなら正常な生理反応ではあるんだな。」
続けるリュウノスケ。
「でっかかったなぁ、馬のちんぽ。」
「まさに馬並みだもんな。」
「馬並みじゃなくて、馬そのものさ。」
「そうか、馬そのものか。」
何故かしばし沈黙する二人。
「あ、でさ、その馬の世話係のお姉ちゃんの友達ってのも女の人なわけよ。まぁ、男も女も関係ないっちゃ、関係ないんだけど。」
リュウノスケが思い出したように話を続ける。
「だから見ている俺とかも、危ないんじゃないかと思ってヒヤヒヤして見てたんだけどさぁ、いきなりぶっかけるわけよ。」
「は?何を?」
「バケツに入れていた水を、興奮していなないている馬の股間にぶっかけるわけ。」
「は?股間!?」
「すると見る見るうちに、勃起していたちんちんが縮んで行って、その馬も落ち着いちゃったってわけ。」
「え?そういうこと。」
驚きの連続の洋平。
「そう、そういうこと。ものの見事に萎えて行っちゃったわけよ。」
「シューン、って感じ?」
「そう、それももっとあっという間に、シュンって感じ。」
「シューン、じゃなくて、シュンか。速いんだな。」
「あぁ、あんなにデカくても、シュン、だよ。」
「そんなにデカくても、シュン、なんだ。」
自然とそれとなくそれぞれの股間を眺める二人。そして再び、何故かしばし沈黙する二人。
「へー、でもその馬術クラブの世話係のお姉さん、カッコいいな。」
「あぁ、何か手慣れたものって感じでさぁ。ワイルドで野性味溢れてた。」
「お前、そういう趣味なんだ。」
「バカ、何言ってんだよ。」
話を戻すリュウノスケ。
「いや、ただ、馬のちんちん、マジで見たのはその時が初めてだったんだよ。それまで気が付かなかったんだよね。おぉ、いなないているなぁ、興奮しているんだなぁ、ってのは分かってたんだけど、ちんちんが勃起しているのは気が付かなかったんだよなぁ。」
とリュウノスケ。
「だろ。だから俺が言った通り、四つ足の動物のちんちんとか金玉は、あまり目立たないようになっているってことさ。」
と洋平。
「確かにそうだな、、、」
「そうだろ、、、」
「で、何の話だっけ?」
やっと元に戻れた二人。洋平が問い直す。
「それが直立二足歩行になったらどうなると思う?」
「どうなるって?」
立ち上がって、股間をリュウノスケに突き出す洋平。
「ここが、丸出しだろ。」
「確かに、そこが丸出しだな。」
洋平の股間を指さすリュウノスケ。
「丸出しだと、歩きにくいよなぁ。」
と言って、ややガニ股で一周自転する洋平。
「どうして?」
「だってブラブラするじゃんかぁ。」
「何が?」
「竿とか玉とか、男なんだからさぁ。」
「そうだろうなぁ、パンツなんてないからな。」
「攻撃だって受けやすくなるぜ。」
「そうだな、ブラブラしてんだからなぁ。」
「つまり、ブラブラするってことはデメリットってことだよ。」
「まぁ、確かにメリットではないな。」
「それでも立ち上がったんだよなぁ。」
そう言って、じっと手を見る洋平。
「そうだ、それだよ洋平。」
「これか、これの自由を得るために、俺たちの祖先は立ち上がったのか。」
何故かリュウノスケも立ち上がり、
「そうさ、この手を自由にするために立ち上がったのさ。」
洋平とハイタッチを交わした。
そう、そのメリットとは、立って歩くので手が自由になることだ。つまり、直立二足歩行によって、人類は手が自由になったのである。手が自由になったので、四足歩行と違って、物を持ち運ぶことが出来るようになる。勿論、この時代で持ち運ぶものといったら食べ物であろう。つまり、果実とか、動物の肉とかを持ち帰ってから食べることが出来るようになったと言うわけである。
「ブラブラしてても、そんなの関係ねぇ。」
「腕もチンポもブラブラさぁ。」
ブラブラは一旦置いておくこととしよう。ブラブラを置いておけば、立ち上がったのは手を自由にするためで、何で自由にしたかったと言えば、餌を持ち帰りたかったからだ、と言うことである。
「立ち上がると、手が空くね。」
「手が空くと、餌を持ち運べるから便利だね。」
これは当たり前のように見えて、他の動物とはかなり違う生活様式である。基本的に動物が食事をするのは、食べ物がある場所である。果実であれば、果実の実る木であり、獲物であれば、獲物を狩った草原である。たまに移動させることもあるが、殆どの場合、その理由は他の動物からの横取りを防ぐのが目的である。
ところが人間は、獲物を巣と言うか居住地まで持って帰る。持って帰って家族と分かち合って食べるのである。持って帰るためには、四足歩行はなかなか不便となる。そこで立ち上がったと言うのだ。
ただ、居住地に持ち帰るのだから、居住地にはそれなりの魅力やメリットがないとならない。ただでさえ、色々な危険な動物がいるわけである。なおかつ立ってしまったから、四輪駆動の四足動物には、速力では敵わない。よほどの魅力がないなら、持ち帰りなどせず、その場で食べてしまうことの方が安全だし、効率的である。
「でも、餌を持って帰りたい理由があるんだな。」
「ブラブラしてでもね。」
その通り。なので、居住地には愛しい妻が待っていなくてはならない。愛しい妻がいるからこそ、その妻のためにも、獲物を携えて家路につく必要があり、そのために人類は立ち上がる必要があったのである。
「待っている妻へと、持ち帰ったんだな。」
「ブラブラしてでもね。」
ブラブラから離れられない二人は置いておこう。
というわけなのだが、話はややこしい。何でかというと、婚姻形態がこの話に割って入るからだ。
「そしてその妻、ってかメスは、」
「一人ってか、一匹だった。」
その通り。
その愛しい妻がいるためには、多夫多妻とか一夫多妻だと、少々都合が悪い。順番に見ていこう。
まず多夫多妻とは、つまり乱婚である。言葉を選ばずに言えば、みんながみんなでみんなの妻とやっちゃっている訳である。そんなバトルロワイヤルな婚姻関係だと、何処の誰が愛しい妻か分からなくなってしまう。元々誰だっていいからである。つまり、多夫多妻であると、愛しい妻などいる訳ないから、わざわざ獲物を居住地まで運ぶなんて動機がなくなってしまう。引いては立ち上がる必要もなくなってしまうということになる。
「乱婚はダメかぁ。」
「倫理とか関係なく、それ以前にダメなんだね。」
では、一夫多妻ではどうなのか。多夫多妻は、流石に現代ではほぼあり得ないが、一夫多妻は今でもイスラム圏などでは実存する制度である。所謂ハーレムである。なので、一夫多妻はありはありなのだが、これはこれで結構大変である。当たり前だが、妻の人数分、食料を持ち帰らなくてはならない。しかも、持ち帰った居住地には、その妻の子供もいることだろう。人類は赤ちゃんで生まれるから、子供の世話には非常に手間がかかる。男親も子育てに参加しないと、上手く成長してくれない。つまり一夫多妻のオスは、餌を運んだり子育てしたり、やたらと忙しい。更には一夫多妻では、それだけで済むこともない。
「でもまぁ、一夫多妻のハーレムなら取り合いになって、戦うよなぁ。」
「そりゃそうだ。隣のハーレムを指くわえてみてろって言われてもなぁ。」
「命かけて戦うわな、そりゃぁ。」
そうなのだ。一夫多妻制、つまりハーレムでは、一人のオスがかなりの数のメスを独占することになるから、必然的にあぶれるオスが数多く出ることになる。あぶれたからと言って、「はい、そうですか。」といって、そのまま引き下がるわけにもいかない。何でかといえば、あぶれたままでは自分の子孫が残せないからだ。なので、あぶれたオスは果敢に王座奪還の戦いを挑むこととなる。戦うための武器といったら何と言っても牙である。つまり、一夫多妻制だったとしたら、牙は鋭さを増しこそすれ鈍くなることはないはずなのだ。
「でも、犬歯じゃあ、戦えないよなぁ。」
「あぁ、牙をなくした人間なんだからな。」
これまたその通り。人間の牙、つまり犬歯はこのザマだ。牙が犬歯ほどまでに鋭さを失ったからには、それなりの理由がないと辻褄が合わない。つまり、平和な生活をしていたからこそ、牙が鋭さをなくし、結果として犬歯に落ち着いた。そうならないとおかしい。その平和の理由こそが一夫一妻制になったためだ、ということなのだ。確かに一夫一妻制ならば、一夫多妻制のように夫の座を巡って殺し合う必要がなくなっていたはずだ、というのである。ツガイめでたし、メオトめでたし、ということで、めでたいことに、牙の使い道がなくなったのだ。
「やっぱり、牙がなくなって、直立二足歩行したってことは、、、、」
「一夫一妻とか一夫一婦制になって、食物を住処に運ぶためだったってことになるな。」
と、自分達自身を納得させる二人だった。
「ブラブラするけどな。」
「確かにな。」
更にしばしの沈黙で、納得を噛み締める二人。
そんな時、リュウノスケに電話がかかってきた。出てみると相手は房江だった。
「あぁ、今、洋平と話していたとこさ。ちょっとハンズフリーにするね。」
そう言って、リュウノスケはベッドから立ち上がり、机にスマホを置いてハンズフリーで会話が出来るようにした。
「こんばんはぁ。聞こえてますかぁ?」
房江である。
どうでもいいことだが、「こんばんはぁ」と文章では記載されているが、発音では最後の語尾は、「ワァ」である。「こんばんは」「こんにちは」の最後の「は」は「ハ」ではなく、「ワ」と発音するためである。説明したら逆にややこしい記載になったかもしれない。お許しいただきたい。
「聞こえてるよー。」
「洋平君も、聞こえてますー?」
「ハ~イ、聞こえてま~す。」
繰り返しになるが、房江とリゥウノスケとは席が隣同士のクラスメイトだ。当然、友人であるし、話も合うので仲も良い。一方の洋平とはクラスが別だが、面識があるためか、房江はフレンドリーな態度である。ただ、洋平の方はというと、房江に対して礼儀正しいというか他人行儀というか、多少ぎこちない。
「で、どうした?」
と、リュウノスケが問いかけると、ハンズフリーのスマホのスピーカーから、次のような房江の声が聞こえた。
「牙と直立歩行だけどさぁ、やっぱり、女性の生理と関係があると思うんだよねぇ。」
房江は自室のベッドに寝転がったまま、そう言った。
「え?」「え?」
電話の向こうでリュウノスケと洋平の言葉が詰まるのが聞こえた。
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