六 研究ユニットのジェニファー

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。

 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。

 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー。



 研究ユニットはスペースバザールそっくりの空間で、フロアには多くの実物大シューターが並んでいる。そして、それらを整備するエンジニアやアンドロイド、ロボットが右往左往している。

 シューターの一つ、円盤型小型宇宙艦〈SD〉から、サッカーボールほどの飛行体が飛んできて、近くのコンソールに着陸した。

 同時に、〈SD〉の上部ハッチが開いて、チョコンとヘルメットが出た。こちらを向いている。


 ヘルメットのバイザーが上がった。

「ダディー!マミー!」

 ジェニファーだ!Jだ!防護スーツのジェニファーがハッチから飛び出した。

 タラップを駆け下り、フロアを走り、DとKに飛びついた。


 KはJの全身をなで回した。

「J、ジニー、怪我は無いんか?何も無いんか?」

 怪我が無いか確認している。

「だいじょうぶだよK!Kはマミーだよね?」

「ああ、そうさ・・。そうだったな?」とK。

「ああ、そうだ」

 Dは頷いた。KはJとDを交互に見ている。

 Kは、まだ、スキップ(時空間転移)前の記憶が戻っていない・・・。それは、俺も同じだ・・・。Dはこの時空間にスキップ(時空間転移)する前を思った。


「ジニー。カンパニーから何もされてないな?」

 DはJをKごと抱き締めた。

「だいじょうぶ、何もされてないよ。アカデミーの勉強もしてるよ」

 Jは満面の笑顔だ。

「わかってる。ジニーのジュニアもキャシーのシニアも確認したよ」


 時空間スキップの影響で、我々三人に時間的ずれが生じた・・・。

 Dは、九歳のJと二十歳のKの年齢差を納得している。Kは年齢より下のシニアクラスに居る。スキップで不具合が生じたらしい。名前が変化している。ジェニファーは耀子だった。キャサリンは理恵、俺はは省吾だった。そして元の時空間はオリオン渦状腕のヘリオス星系の惑星ガイアで、ここはオリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系だ。



 再会の喜びに水を差すようにLが真顔でDたちを見つめて周囲を警戒した。

「さて、先ほどの件です。あなたち二人も協力してください。

 そうすれば、一週間で事は済みます」

「一人、一週間分ってわけかい?」

 Jを抱き締めたまま、KはLの視線の先を追った。

 エンジニアは、皆、ラウンジで見た警備部員と同じ服装をしている。見分けがつかない。


「ジニーは、ここで何してる?」

 DはLの説明より、Jから直接、ここで何をしてるか聞きたかった。

 Jはヘルメットを脱いだ。薄茶のクリクリの巻き毛の髪を掻きむしり、大きな眼でDとKを見て、

「シューターのテストだよ。みんなが新しいのを作るから、あたしが一番なのを選ぶの。

 ちっちゃい攻撃宇宙艦ロボットのPePeは、実物の円盤型小型宇宙艦〈SD〉、ビッグPePeの代りなんだよ」

 シューター近くのコンソールに着陸している、小さな球体型宇宙艦PePeを示した。


「他に、何してる?」

「それだけだよ。でも、さっきみたいに、メテオライトを撃墜するよ」

 初めてシューターでターゲットを撃墜した時のように、Jの目がキラキラしている。

「どういうことだ?」

「実験してもいいでしょ?」

 Jが大佐に微笑んだ。

「ええ、かまわないわ」

 大佐は軍人調の言葉を崩して、Jに笑顔を返した。


「ちょっと、まっててね」

 Jは円盤型小型宇宙艦〈SD〉のそばの、フロアに設置されたコンソールに駆けてゆき、

「L、ターゲットを置いてね!」

 シートに座って3Dディスプレイを操作している。Lは、上着のポケットからターゲットのマーカーを取り出してフロアに置いて、DとKに、Jが居るコンソールへ行くよう指示した。



 DとK、大佐とLがコンソールの背後に立った。

 Jはヘルメットを被ってバイザーを下ろした。

「シールドするよ」

 言葉が終ると同時に、Dたちはコンソールごと、淡いブルーの球状防御エネルギーフィールドのシールドに包まれた。

「行くよ!」

 コンソールから小さな球体型宇宙艦PePeが浮き上がった。

 同時にPePeが消えて、フロアに置かれたターゲットマーカーの右側、一レルグ(一メートル)ほどの上空に現れた。

 PePeがターゲットマーカーに赤いビームバルスを放った。瞬時にターゲットマーカーの左側へ移動してビームパルスを放ってコンソールに戻った。フロアのターゲットマーカーは原形を留めていなかった。


「終了だよ~」

 Jはシールドを解除してバイザーを上げ、ヘルメットを脱いだ。

「PePeは思考で飛ばす無人攻撃機だよ。これだとヒューマのパイロットは死ななくてすむの。このヘルメットのシステムが一番使いやすいんだ~。

 でも・・・」


「何かあるのか?」とDは訊いた。

「Lと大佐は使えないんだよ」

 JはLと大佐を見ている。

「なぜ、使えない?」

「う~ん、困ったなぁ・・・。ダディーもマミーも使えるけど・・・」

 Jが研究ユニットの天井を見た。言葉を探すときのJの仕草だ。

「けど、何なのさ?」とK。

「Lは展示区画のシミュレーターを操作したぞ」とD。

「あの円盤型小型宇宙艦〈SD〉はシミュレーターじゃないよ。円盤型ステルス戦闘爆撃ヴィークル〈V2〉の改良型プロトタイプだよ。

 操作したのはあたしだよ。Lはあたしのダミーだよ。

 ここにある円盤型小型宇宙艦〈SD〉は、全部〈V2〉のプロトタイプだよ」


「どういうことだ!」

〈V2〉は、水空両用の円盤型ステルス戦闘爆撃ヴィークルだ。精神生命体ニオブの円盤型小型偵察艦を改良した円盤型特殊ステルス戦闘爆撃ヴィークル〈V1〉を、さらにヒューマタイプに改良した機体が〈V2〉だ・・・。


「私が説明しよう。

 その前に、一週間、この円盤型小型宇宙艦〈SD〉で、Jと共に我々に協力すると約束してくれ。君たちに実験を強制したくない。どうする?」

 大佐とLがDたちから離れて、円盤型小型宇宙艦〈SD〉に近づいた。軍人らしい口調に戻って、DとKを睨んで決断を迫っている。


 大佐の要請を断わって、Dたちがここから脱出できる方法は、プロトタイプの〈SD〉に搭乗してJの操作で脱出する事くらいだ。しかし、ここから脱出しても、カンパニーと軍を相手に、どこへ逃げたらいいか疑問だ。とはいえ、Jの説明から、研究がどこまで進んでいるか、Dは知りたくなった。


「三分、待ってくれ」

 と大佐に伝え、Dは緊張を隠して笑いながら、JとKの耳に囁いた。

「ジニー、ヘルメットは単独で使えるか?〈SD〉を飛ばせるか?」

「つかえるよ~。PDと直接つながってるから、エネルギーもヒッグス場からもらえるよ。どこからでも使えるよ~。

 PDはカンパニーを管理してる巨大電脳宇宙意識のAIだよ。ヒッグス場を使って真空のエネルギーを作るよ~」

 Jがそれまでにない笑顔なった。かつて、興味を持った玩具や電子機器全てを分解して

、組み立てた時の笑顔だ。Jは研究対象のシューターを玩具のように感じているらしい。


「さっき、コンソールを操作したのは何だ?」

「シールドでコントロールポッドを作ったんだよ。石の破片が飛ぶかもしれないから、コンソールの機能でシールドしたの」

「どうしてPePeはシールドを越えた?」

「PDがスキップさせたんだよ。時空間転移だよ~」


 PDによって地球からここ、グリーズ星系主惑星グリーゼのグリーゼ国家連邦共和国にスキップする前、DはD自身が、つまり、省吾自身がPDの名付け親だったのを思い出した。

「ヘルメットを被って、動かせるだけの攻撃機で、ここにいる者たち全てを捕まえられるか?鬼ごっこみたいに」


「できるよ。鬼ごっこだね!」

 Jはヘルメットを被った。同時、いくつものPePeと有翼型飛行体と円盤型小型宇宙艦のシューター全てが淡いブルーのビームを放った。

 大佐とLをはじめ、全てのヒューマとアンドロイドとロボットが、個々の球状シールド内に捕獲された。


「キャハハッ!ダディー!みんな、捕まえたよ~!」

「ここの様子を監視されないようにできるか?」

「監視システムに目隠しするよ~」

 再び、PePeと有翼型飛行体と円盤型小型宇宙艦が、淡いブルーのビームを放った。研究ユニットのあちこちで、バスケットボールほどの黒っぽいシールドの球体が現れている。


「J!シールドを解いて!」

 Lが慌てている。大佐もエンジニアたちもJを見て、シールドを解除するように喚いている。

「うるさい奴らだね。ジニー、シールドを縮めたら、中の気圧は上がるかい?」

 KはLたちを気にせず、Jを見ている。

「上がるよ~」

「ジニー、Lのシールドを、少しだけ、ゆっくり縮めてくれ・・・」とD。

「わかったよ~」

「ジェニファー、やめなさい。私を殺す気なの?」とL。

「死なないよ~。前にも、やったよ~」

 Jは笑っている。


「ここで何をしているか、詳しく説明してくれ」

「説明できません・・・」

 Lは話す気が無いらしい。それなら、やり方がある・・・。

「ジニー、Lのシールドを、ゆっくり元に戻してくれ。他の者たちのシールドを、ゆっくり縮めるんだ。まず、大佐のを90%にしてくれ・・・」

「は~い」


「やめなさい!」

 大佐の声が甲高くなった。

「まだ、だいじょうぶ。耳が痛くなるだけだよ」

 Jは大佐を安心させている。

「もっと気圧を上げて、一瞬に下げたら、大佐はどうなる・・・」

 DはLの返事を待った。

「ここで何が行われているか、私に訊く必要は無いでしょう」とL。


「ジニー、ここからKの端末をクラリスに繋げるか?」

 Dは、Kの白いゆったりした服装の襟を示した。Kは襟に装着された、クラリスのウエアラブル端末で、全ての行動を記録している。

 このグリーズ星系にソーシャルネットワークサービスを提供している企業クラリスの、分散式集中型コンピューターシステムが『クラリス』だ。

「繋げるよ。ちょっと待ってね。セキュリティーを解除して~」

「解除するな!クラリスは、ディノスのシンパのラプトへ筒抜けだ!」

 慌てて大佐が叫んだ。


 Lは冷静にJを見て、

「ジェニファー、他の者たちを黙らせてください」

 目配せしている。JはDを見た。Dは頷いた。

「うん、いいよ」

 大佐を除く、全ての球状シールドが黒くなった。


「馬鹿なまねをしないでください。ここまでの成果を無駄にする気ですか?

 今朝のチューブで見たでしょう。ラプトが移動ユニットに二名居ました。カンパニーにラプトは居ません。あのラプトはどこへ行くと思いますか?」とL。

「タワーか?」

「そうです。一般市民が移動可能なのはここ、グリーズ星系内です」

 Lは説明した。


「あのラプトはグリーズ星系内の惑星、グリーゼ3やグリーゼ4へ移動して、交易と称して正式にデロス星系の惑星ダイナスへ移動します。政府内にディノスのシンパが居るから可能なのです。

 モンターナ星系の惑星グリーゼ13がメテオライトで大被害を受けたのをご存じでしょう。かつて、ここ主惑星グリーゼにメテオライトが降り注いだように、グリーゼ13にメテオライトが降り注いでいます。

グリーゼ13は、グリーゼ国家連邦共和国の鉱物資源供給地として共和国の要です。これまで何度もメテオライトの被害を受けています。

 政府は、

『ディノスが、惑星ダイナスへ移動したラプトから軍の情報を得て、グリーゼ国家連邦共和国の防衛網が手薄な所へメテオライトを落下させている』

 と見ていますが、ラプトがスパイしていたとの証拠を掴んでいません。

 ディノスは我々ヒューマと同盟を結んで安全保障条約を交しながら、裏で破壊工作をして、我々のグリーズゼ星系を防衛する名目で、グリーズ星系の辺境に侵攻する気なのです。

 ディノスの外交はいっさい信用できません」


「それと我々がどう関係する?」

「私たちは、あなたたちが体験した、あの〈SD〉を開発しました。さらに新しい〈SD〉を開発中です。操作できるのはあなたたちだけです」

 Lは近くの〈SD〉を示している。

「ちがうよ。大人ができないから、子どもが操作するんだよ」

 Jが笑いながら、Lの言葉を否定した。

 Lから、舌打ちが聞こえた。


「ジニー。Lのシールドを70パーセントまで、ゆっくり縮めろ・・・」

 まだDはLに訊きたい事があった。

「は~い。L、だいじょうぶ。50パーセントまで、もつよ~」

 Jは遊びで行って思っている。

『ジニー、どういうことか訊くんだから、Lを安心させるな・・・』

 DはJに目配せして、Lに訊いた。

「L!説明しろ!子どもに、何をさせる?戦闘員にする気か?」

 Lのシールドがゆっくり縮んでいる。

「一般市民に話す気はありません・・・」

 Lの声音が少しずつ甲高くなった。


『Dは手緩いんだ。脅すなら、もっと強烈にダメージを与えるんさ・・・』 

 Kが興味深そうに考えながら呟いた。

「シールド内で、足だけをシールドで圧縮できるんか?

 身体の一部だけを、シールドできないんか?。

 そうか、シールドしたら、高エネルギーで、足が身体から切断されるんだ・・・。

 切断部位は焼かれるから、死ないな・・・。

 痛みに耐えられるか?あたしだったら無理だな・・・。

 そのあと、組織クローンが育つまで、機械の足にするしかないんか・・・」


「そうだよ~。足のクローンは四週間でできるよ~。PDが作るんだよ~」

「わかりました。わかった。わかったさ!説明すんよ!

 まったく・・・、

 ジェニファー、あんたが知ってんだから、説明すりゃあいいんさ・・・。

 あたしも、Kと同じ、東部の生まれなんさ・・・。

 子どもを実戦の戦闘員にする気はないんさ。子どもは、ゲームセンターのシューターでゲームしてりゃあいいんさ。そんだけさ。なんも危険なんか無いんさ」

 Lが本音でそう言った。

「新しい〈SD〉は、子どもしか操作できないのは、本当か?」

 Dは改めてLに訊いた。

「ああ、そうさ」とL。

「それなら、なんでゲームセンターでゲームして・・・。

 ああっ!なんてこった!実戦だったのか・・・」

 Dは気づいてJとKを見た。

「そうだよ~。ヒューマのパイロットは死なないんだよ~」

 Jはうれしそうに笑っている。

 KはDの思っている事に気づいて眉間に皺を寄せた。不快な表情だ。

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