四 カンパニーのL

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。

 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。

 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー。



 チューブユニットがタワーのターミナルに着いた。

 Dがコンコースを歩きながらKに言う。

「カンパニーは何処だ?」

 Dはカンパニーの周囲を確認しておきたかった。かつてカンパニーはタワー下に雑居した多数の弱小企業の一つだった。


「ここ全てがカンパニーさ。カスタマーサービスエリアはここさ」

 Kは床を指さした。

「何?」

 Kは説明する。

 ターミナルのコンコースに続いてカンパニーがあるのではなく、カンパニーの建物内にターミナルがある。地上はスペースバザールと同じ十階建てドームだ。地下も十階建て下向きドーム、つまり球体内に二十の階層があって、その上に転移タワーがある。



 コンコースの中央付近に、カンパニーのミニチュアがあった。3D映像の案内嬢がKとDに笑顔で対応した。

「訪問の目的をお話してください」

「シューティングマシンの見学に来た。正午にLAと会う約束だ。一時間早く来たんで、カンパニーを見学したい。可能か?」

「可能です。LAに案内させましょう。

 セキュリティーゲートのカード挿入口にプラチナカードを挿入してください。ゲートが開きます。LAが参りますから、ゲートを通って、フロアのソファーでお待ちください」


 案内嬢は笑顔を崩さない。

「無理を言って済まない。断られると思ったんだ」

 後半の言葉はKに向けてだった。

「気になさらないでください。おふたりともプラチナカード保持者です。それなりのメリットがあります」

 3D映像の案内嬢は笑顔で話して消えた。


 DはKを見た。

「どう言うことだろう?」

「さあね?」

 Kは両手を拡げて、両肩をすくめながらゲートを通過し、フロア中央のソファーに座った。

 ソファーは、巨大な円筒形の柱を背にして、外向きに配置されている。ここはカンパニーの一階中央らしく、ソファーが背にする巨大な円筒形の柱を中心に、放射線状の通路が伸びている。コンコースもそれらの一つだ。通路沿いに、様々な区画があるのだろう、と想像できる。



 KとDがこのドーム状建物と通路や階層の位置関係を話していると、背後の巨大柱の側面が開いた。開いた側面を見た瞬間、Kが隠れるようにDにしがみついた。

「なんでだよ?」

 現れた人物にDは言葉を失った。


 現れた人物はコンバットスーツに似た防護スーツを身に着けて、グレーのフィッシャーボーンの上着をまとっている。そのちぐはぐな服装より、丸い顔の、縦長の瞳をした大きな眼と、低い鼻梁の前面に開いた鼻孔、広角の上がった大きめの口が、DとKを驚嘆させた。ラプトロイド、通称、ラプトだ!


 ラプトはDとKよりやや小柄だ。ふしぎな事に、ここノラッドの多くのヒューマと同じ金髪だ。長さはKと同じように背中の中程まである。

「リサ・アンダーソンです。お越し頂いてありがとうございます」

 リサ・アンダーソンは握手しようとDに手をさし伸べた。手は、薄緑を帯びた顔と違って、DやKと同じ肌の色と艶だ。


「デイヴィッド・ダンテ、Dだ。こっちはキャサリン・ダンテ、Kだ」

「おもしろいわね。なら、私をLと呼んでください」

 Lが、Dの腕を抱き締めて怯えているKに気づいた。

「どうなさったの?私の顔と手が何か?

 あら、いやだっ!慌てたので、ごめんなさい!」

 Lは左腕の上着の袖を肘まで引き上げて、アームユニットに指先を触れた。同時に、顔がヒューマに変異した。

「済みません。ディノス(ディノサウロイド)との交渉用の変装3D映像なんです。まだ信用して頂けないようね。触って確認してください」

 LはKの右手を取って、額から瞼、鼻梁を撫でさせ、唇に触れさせた。納得するKに微笑み、Dの手を取って同様にした。


「チューブユニットでTレックスを貶したんだ。ラプトとケンカになると思ったぜ」

 Kが安堵の溜息をついた。不信感は消えないらしく、左腕はDの腕を抱き締めたままだ。


 Lは、DとKを通路へ導いて、アームユニットを示した。

「チューブユニット内のラプトは私です。この装置をテストしてました。

 ノラッドには人口の約十二パーセントのラプトが居住してます。彼らはヒューマと共に暮しています。噂のような敵対関係はありません。

 Tレックスの狂信的ファンが居るのは確かです。それが原因でケンカになる事はありますが、敵対はしていません。むしろ、ディノスが問題です。

 ディノスは我々ヒューマと安全保障条約を結び、同盟関係にありますが、最近は、異常に我々ヒューマを警戒しています。ですから、広報の交渉も、このように変装が必要なんです。

 ディノスには、ラプトの顔がヒューマと大差なく見えます。それでも、できるだけ摩擦は避けたいので、ラプトに変身してゲーム機器の販売広報するんです」


 Lの説明にDは疑問を抱いた。ゲーム機器は最新電子機器だ。

 KがDの腕を強く抱き締めて、Dに注意した。Dは怪訝な顔付きになっているしい自身に気づいた。


 LはDの気配を察して通路を歩きながら、

「心配には及びません。ディノスに紹介するのは物理的なアナログ機器です。機械的操作のみで稼動します。私たちには、何世紀も前の骨董品です。ご安心ください」

 Kを納得させるように微笑んで頷いている。



 通路から右手の区画に入った。フロアに多数のシューティングマシンが並んでいる。

「見てのとおり、展示ルームです。ここに、カンパニーの全てのシューティングマシンが有ります。

 ここがコンコースから見えない事に、疑問をお持ちでしょう。セキュリティーのためです。プラチナカードを持つ者しか、ここには入れません。

 マシンは、宇宙、大気圏、海、陸に対応する四種です。宇宙用に全て含まれますから、基本的には一種類と考えていいでしょう。

 マシン操作は、コクピット式と、銃砲座式の二種です。つまり、戦闘機タイプと艦体の砲座タイプです。

 ごらんのように、ここに展示されたマシンは、どれもお二人が試されたマシンばかりと思います。

 こちらへ」

 Lは展示区画を出て、DとKを通路の反対側の区画へ導いた。



 区画内に入ると、Lは、区画中央に係留された直径十レルグ(十メートル)ほどの円盤型小型宇宙艦を示した。

「搭乗してください」

 Lは、宇宙艦の近くにあるコソールからヘルメットを取って、DとKに被るよう指示した。Lはすでにへルメットを被っている。

「・・・・」

 DとKは互いに顔を見つめた。


 かつてヒューマが発見したニオブの円盤型特殊ステルス戦闘爆撃ヴィークル〈V1〉を、さらに改良したのが、水空両用円盤型ステルス戦闘爆撃ヴィークル〈V2〉だ。ここにあるのはその縮小モデルだ。



「心配はありません。これはシューデングマシン用のシミュレーター円盤型小型宇宙艦〈SD〉です。ゲームマシンでも、実物と同じ機能が必要です。そうでなければ、幼児向けの玩具に過ぎません。搭乗してください」

 Lは〈SD〉の下部から伸びた斜路を示した。

「コクピットのコントロールポッドに座るだけです。ディスプレイに3D映像のターゲットが現れます。コンソールを操作して、ターゲットを撃墜してください。

 だいじょうぶ。私を信じて・・・」

「・・・」

 DとKは視線を交してヘルメットを被った。


 Lは、〈SD〉の傍に立っているコンソールを操作した。

「手短に言うから黙って聞いて。

 この回線は二分間だけ、我々しか聞こえない。あなたたちの目的はわかってる。指示どおり搭乗するのよ。搭乗すればわかるわ。

 ヘルメットには思考記憶センサーが付いてる。アタッカーの思考でターゲットを攻撃できる」


 DとKはヘルメットを脱ごうとした。思考を読まれると思ったからだ。

「だいじょうぶよ。センサーが探知するのは攻撃意識だけよ。

 シミュレーターで、プラチナカードの腕前を見せるのよ。

 さあ、二分になる前に、搭乗してください」

 LはDとKに微笑んでいる。

 DとKはヘルメットを脱ごうとしている手を下ろした。Lの言葉を信じたのではない。搭乗を拒否したら、何もわからないままになると判断したからだ。



 Lに導かれ、て〈SD〉の斜路に足を踏み入れた。スキッドを支えるシリンダーシャフトが区画内の照明を反射して輝いている。この宇宙艦は退役艦じゃない。まだ新しい。おそらく本物だろう。


 突如、メテオライト落下の警報が鳴った。

「早く搭乗して!これも、シミュレーションよ!」

 Lが片目をつぶって目配せしている。


 衝撃音と爆発音が響いた。床と区画が何度も激しく揺れる。爆撃されているように、衝撃音と爆音が続く。

 これもシミュレーションか?Kを安心させるために、Lは嘘を話してるのではないのか?カンパニーのドームは、核攻撃にも耐える耐爆撃構造と聞いている。この球状構造物全体が核シェルターのはずだ・・・。


「〈SD〉の内部全てがコクピットよ!コントロールポッドは手動と思考、どちらでも艦の操縦と攻撃ができる!

 私が操縦と前方を担当する。Kは後方、Dは上と下!私に何かあったら、Dが操縦して!」

「わかった!」

 斜路を駆け上がった。Lがコクピットの前方担当のコントロールポットに着いた。


 コクピットに、八機のコントロールポッドがある。全てのコントロールポッドから、〈SD〉の操縦と銃砲座からの攻撃が可能だ。以前の〈V2〉はコントロールポッドが二十機もあった。小型化されたこの艦はずいぶん違う・・・。


 後方担当コントロールポッドにKが居る。Dは上部と下部方向コントロールポッドだ。

「バイザーを閉じて!」

 Lの指示で、Dはバイザー閉鎖を思考する。

 バイザーが閉じた。広い展示区画の3D映像が現れた。すぐさまDの周りは展示区画だけになった。ニュータイプだ!


 Kから緊張した気配が伝わってきた。重力を感じているが、周囲からコントロールポッドが消えて、外部映像に自己意識だけが存在しているような感覚に襲われて、宇宙酔いになりかかっている。ヘルメットのセンサーは全ての思考を拾っているのだろう・・・。

「K、バーチャル空間を見てるんだ。シートに手を触れろ。コントロールポッドのシートに居るのがわかる」

 DはKをおちつかせたかった。


「K!だいじょうぶよ!ヘルメットの機能が、外部映像を、ダイレクトに脳の感覚野へ送ってるの。コクピット内を見ようと思えば見える。外部を見ようとすれば外部が見える。今すぐ、試しなさい」

 Lがヘルメットの機能を説明した。

「だいじょうぶさ。シューティングマシンと違って、全方位映像なんで慌てたんさ」


「よし、外部へ出るよ。コントロールポッドがシールドしてるから安心していいわ」

 大気圏外の映像が現れた。メテオライトの群が近づいている。

「外へ出たら、メテオライトを撃てっ。上昇加速度に注意しろ。重力安定させている時間がない!真上を見て!」

 Lの意志と興奮と緊張が伝わってきた。慌ててはいない。

 やはり、ヘルメットのセンサーは、思考も感情も拾っている・・・。


 Lの言葉が終らぬうちに、展示区画の天井が円形に開いた。ドームの外まで通路が続いている。その先の鉛色の空へ向って、身体がとんでもない加速度で上昇し、一瞬に、足下から展示区画とカンパニーのドーム、タワーが遠ざかった。

 身体はシートに押しつけられて身動きできない。妙だ。シミュレーターが宇宙艦の上昇加速度を再現してるとは思えない。

 K!これは、バーチャルじゃない!現実だぞ!

「そんな感じだな。メテオライトを撃つさ」

 諦めたようなおちつきがKから流れてきた。ヘルメットを通じて思考も感情も筒抜けだ。


 さらに、ノラッドが遠ざかった。空から雲が消えて青色が消え、星々の光が現れた。メテオライトの群れに向かって〈SD〉は飛行する。

「攻撃を思考するとターゲットスコープが現れる。あとはシューティングマシンと同じよ!

 さあ、来るわ・・・。

 撃てえっ!」



〈SD〉後方の攻撃担当も、上下方向の攻撃担当も、前部を攻撃できる。

 Dたちは目前に迫るメテオライトの群を手当たり次第にミサイルとビームを放って、ことごとく破壊した。


〈SD〉が、破壊したメテオライトの間をすり抜けた。

「反転する。残骸を粉砕してください」

 Lの緊張が消えた。〈SD〉は反転してメテオライトの残骸を追う。

 幾つものメテオライトの残骸が長方形のマーカーで囲まれてゆく。Lがターゲットをマークしている。DとKはメテオライトをターゲットスコープに捕捉して、ことごとく粉砕した。


「ターゲット排除!パーフェクトです。帰還します。

 思考回線を二分間遮断します。しばらくバーチャル空間を楽しんで、緊張を取り除いてください」

 見えている空間からターゲットスコープが消えた。攻撃を思考しても何も現れない。思考でKを呼んでも応答はない。だが、我々の思考は読まれてるかも知れない・・・。


『読まれてないよ。ダディー』

 一瞬、声を聞いた。Kの声に似ているが、Kより幼い。気配はジェニファーだ!

『ジニー、思考を読まれるぞ!』

『だいじょうぶ。別回線で通信してるよ』

『ジニー、どこに居る?』

『カンパニーのダボだよ』

『ラボだろう?あいかわらず、くせになった幼児言葉が抜けないな。

 何してる?いつ、Kの家に戻る?』

『新型シューター、シューティングマシンをテストしてるよ。

 さっきの、メテオライトを攻撃する時、あたしも居たよ。

 メテオライトは飛行進路を変えないから、攻撃は楽だったんだよ。

 戦闘艦がターゲットだと、大変なんだ~。

 ダディーもマミーも、あたしとダボでテストすると言ってたよ』

『誰が話した?』

 ジェニファーの気配が消えた。


 Lの気配が現れた。

「思考回線を繋ぎました。もうすぐ着陸します。着陸と同時に、バーチャル空間が消えます。そうしたらヘルメットを脱いで、シートに置いてください」

 Lから、Dを安心させる気配が漂ってきた。

 Kは、乗りかかった船だから、Lに任せるしかない、と思っている。

 乗りかかった船じゃない。宇宙艦だ。搭乗してターゲットを攻撃したんだ。

 そして、思っていたとおり、ジェニファーはカンパニーのドーム内に居る。

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