五 カール大佐とPD

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。

 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。

 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー。



 円盤型小型宇宙艦〈SD〉の斜路を下った。フロアで軍服の女がDとKを迎えている。胸の階級章は大佐だ。先にフロアに立ったLは大佐と話している。二人は親しいようだ。

 Kが警戒してDの腕を抱き締めた。乗りかかった船だから任せるしかないと思っていたわりに警戒している。DはKの手を擦って摩って安心させた。


「こちらは、マリア・カール大佐です。

 大佐。こちらはデイヴィッド・ダンテとキャサリン・ダンテ。DとKです」

 LがDとKをカール大佐に紹介した。


 カール大佐はDに手を差し延べて率直に訊いた。

「おふたりの関係は?」 

「夫婦です」

 Dは間髪いれずに答えて大佐と握手し、Dの腕を抱き締めているKの手を優しく撫でた。その手を納得したようにKが撫でている。KはチューブからずっとDの恋人を演じている。Lとカール大佐の目に、Kの仕草はDを思う妻として映っている。


「それで、納得しました。J、つまり、ジェニファー・ダンテの申請書を見て、一度、保護者に会いたいと思ってました」

 カール大佐はKに握手を求めた。

 大佐の言葉は妙だった。Jを連れていったのはカンパニーだ。軍でもなければ、このカール大佐でもない。


 カール大佐は続ける。

「グリーゼ国家連邦共和国防衛軍は、軍の払下げの機器、特に攻撃型宇宙艦とそのシミュレーターを使用するカンパニーに、使用目的に関する申請書を提出させています。

 申請書のなかに未成年者の研究員、J・ダンテの名がありました。保護者サインは、K・ダンテです。

 JとKの年齢差は親子関係と言えないことはありませんが、ジュニア・アカデミーとシニア・アカデミーに疑問を持ちましてね」


 Kはカール大佐と握手し、

「で、疑問はどうなった?」

 カール大佐を見つめている。カール大佐はLと似ている。

「疑問は消えました。私はリサと、つまりLと似ていますか?」

「ああ、よく似てる」とK。

「Lは私の姉です。私はグリーゼ国家連邦共和国防衛軍から派遣された技術顧問です」

 Lが話に割りこんだ。

「その件について、場所を変えて話しましょう。

 ご連絡したように、昼食を用意してあります」

 LはDたちを展示区画の外へ導いた。



 Lはフロア中央で、巨大な円筒形の柱の隔壁に手を触れた。

「エレベーターで最上階のスカイラウンジへ行きます」

 隔壁の一部が左右にスライドして、内部が現れた。

「入ってください」

 Lは内部へ入ってDたちを招いている。


 柱外部から内部は見えなかったが、内部から一階のフロア全てが見えた。上を見ると、ノラッドのどんよりした空が見える。

 Dの視線に気づいてLが説明する。

「ご覧のように、エレベーターシャフトの隔壁は可視光線を透過させ、内部から外部は見えますが、外部から内部は見えません。内部から外部を見えなくするのも可能です。

 エレベーターシャフトの天井も、このシャフトの隔壁と同じです。

 この建物全ての隔壁が、電磁波も含めた、外部からのあらゆるビームを遮断します。ただし、採光や外部を見るために、安全な可視光線だけが選択透過が可能です。

 また、全ての隔壁は耐核攻撃構造です。常時シールドされて、緊急時はさらに強固な防護隔壁が全隔壁を覆って多重シールドします。メテオライトの攻撃にも安全です」

 Lは建物の安全性を強調して説明した。カール大佐はLの説明を納得して聞いている。


 DはLが何かを伝えようとしているのを感じた。KもDの考えを感じて、抱き締めたDの腕をリズミカルに軽く何度も右手で叩いて、モールス信号でDに同意している。


「PD。スカイラウンジへ運んでください」

「わかりました。リサ」

 Lの指示に、エレベーターの床が答えた。言葉が終らないうちに、Dたちは円形の床ごと淡いブルーの球体に包まれた。

 Lが説明する。

「PDは、カンパニーを集中管理しているAIです。一般使用されている集中型コンピューターのクラリスと同じようなものです・・・。

 このエレベーターのシールドは、チューブのシールドより遥かに強固です。

 緊急時は、PDに指示するだけで、周囲から、コントロールポッドを兼ねた脱出ポッドのパーツが供給されて、瞬時にポッドを構成して脱出できます。ポッドは宇宙空間も飛行可能です」


 このAIは人格がある気がする。集中型コンピューターAIクラリスの人格とは違う。特別な人格がある・・・。Dはそう感じた。


「移動します」とPD。

 一瞬に一階フロアが遠ざかった。各階が高速で目の前を通り過ぎてゆく。上昇加速度を感じないようエレベーター内の重力を安定させているらしい。


「本日のメインにパンタナのソテーを用意しました。

 飲み物は、カール大佐とLに、刺激とアルコール減量のオリオンファイアー。

 Kにはミックスシェイク。

 Dにはノンアルカフェです。

 ベジタリアンには、アラスカのソテーか、ハリバットのソテーを用意します。いかがですか?」

 PDが質問した。懐かしい響きだ・・・。


「パンタナって、もしかして、あれか?」

 Kが怪訝な顔でDを見上げた。

「飼育された爬虫類、つまり家畜です。Kが考えるような、獸脚類ではありませんよ」

 床からPDが答えた。パンタナは飼育されたアリゲーターだ。


「わかったよ。アラスカにしてくれ。

 まったく、AIはデリカシーってもんが無いんか・・・」

 Kはパンタナの姿を連想したらしく、食欲を無くした顔だ。アラスカは巨大なカレイだ。

「PDとお呼びください。そのように呼ばれています。

 最近、デリカシーについて、忠告されたことがありません。

 今後、気をつけます。ご安心ください」


「いや、いいんだ。オレがAIを理解すればいいんだから・・・」

 KはDの腕を抱き締めている手に力を込めた。床を見ている。

「AIではありません。PDです」

 床から声が響く。

「よろしくな。PD」

 Kはそう言ってノラッドの空を見上げた。

「ラジャー」

 PDの軍隊式答礼に、カール大佐が苦笑している。

「おもしろいヤツだな・・・」

 空からDに視線を移して、Kは口の端に笑みを浮かべた。

 


「スカイラウンジに到着しました」

 床が停止して、エレベーターの隔壁が開いた。

「ありがとう、PD」とL。

「どういしまして」


 Dたちはスカイラウンジの南側へ進んで、ノラッドを一望する席に座った。どんよりした空の下に見えるのは、所々に温泉の緑地がある地衣類に覆われた丘陵地と、点在するトラペゾイド、それらを結ぶ多数のチューブ、そして遥か南の地平線の辺りにそびえる軍事用の亜空間転移タワーだけだ。この建物の真上にも亜空間転移タワーがあるが、このスカイラウンジからは見えない。


「大佐の技術顧問は表向きの肩書きです。実際の任務は、軍から払い下げられたシミュレーターと円盤型小型宇宙艦〈SD〉がシューターとして活用され、不当改造されていないか監視する事です」

 テーブルに着くとLがそう説明した。


 Dは思いつくままLに訊いた。

「その事と、我々に会うこととの関係は何だ?」

「大佐はオブザーバーとしてここにいます。技術関連事項を除いて、ここでの発言権限はありません。気になさらないで質問なさってください。

 Dの関心がシューターではないのはわかっています。何なりと質問いてください」とL。


 アンドロイドが、搬送用ロボットを従えて料理を運んできた。料理をテーブルに並べて、搬送用ロボットをその場に待機させ、新たな注文や要望はこのロボットが処理すると言ってその場を去った。

「アンドロイドが居るとう口るさくて気が散るので、このようにしています。どうぞお召し上がりください。質問もなさってください」

 そう説明したLはごく自然にスープを飲んで、サラダを食べている。


「ジェニファーはどこに居る?いつ、帰してくれる?」

 Dは、パンタナのソテーを口へ運ぶLの口元を見つめた。

 Lはアラスカのソテーを噛み砕いて飲みこみ、ワインを一口飲んで話した。

「地下の研究ユニットに居ます。契約期間はあと三週間です」

「どういうことだ?」

 Dはパンタナの皿で動かしているナイフとフォークを止めた。

「彼女は四週間の研究の報酬に家を要求しました。両親と共に暮すために、家が必要だと話してました。

 グリーゼ国家連邦共和国が個人に居住区画を提供する時代に、家族思いの、とても興味ある考えをお持ちです」


「会えるんか?」

 Kがアラスカのソテーを頬張りながら訊いた。

 この時になってDは、Kのぶっきりぼうな話し方が東部訛りなのに気づいた。Lはその事を承知しているらしく、LなりにKを気づかっている。その事をKは少しも気にしていない。

「会えますよ。食事が済んだら、研究ユニットへご案内します」

 LはKに微笑んでいる。


「研究ユニットは地下何階だ?」

「五階です」

 Dの質問に答えながら、Lはソテーを口へ運ぶ。

「なぜ、地下に居る?」

 Kは質問するDを見て、Lを見ている。

「便宜上、地下と呼ぶだけです」

 Lは食べ続けている。要領を得ない説明に、Dは質問を変えた。何階であろうと、地上より下に居るのは変らない。

「何してる?」

「シューターの性能アップです」

「確かに、ターゲットを撃墜するジェニファーの能力は優れてる。だが、マシン制作技術は無いはずだ」

 Dはソテーを口に入れた。話してばかりでは食事が終らない。アラスカのソテーを食べながら、Kは目だけ動かして発言せずに話を聞いている。この場の雰囲気をよく理解している。


 Lがワイングラスをとった。一口飲んで説明する。

「私たちが必要としてるのは、制作技術ではありません。Jに使いやすいシューターを選んでもらっています。プロトタイプのモニターと呼ぶのが妥当でしょうね」


 黙って食事していたカール大佐が、皿にナイフとフォークを置いた。

「ここからの内容は軍事機密に相当する。私が説明したい。発言を許可してくれるか?」

 軍人らしい話し方だ。

「いいでしょう。話してください」とL。

 カール大佐はナプキンで口を拭いてワインで喉を湿らせた。

「Jがモニターしてるのは小型の無人機だ。君たちが宇宙艦で使ったのと同じ型のヘルメットを着用して、思考でコントロールしている。

 我々の個性同様、思考はそれぞれ千差万別だ。そこで、軍はカンパニーに依頼して、より速い思考と、その思考の管理研究を依頼した」


 音を立てて、Kがナイフとフォークを皿に置いた。

「目的は、何なのさ?」

 気持ちが爆発しかかっている。Kは大佐に不穏な気配を感じている。

 カール大佐は慌てて説明する。

「Jをモルモットにしていないから安心してくれ。一般的ヒューマとは異なる形態の思考方法と、その伝達速度を分析して、スペースファイターのシミュレーターに利用する研究をしているだけだ。彼女の肉体にも精神にも、何も手を加えてはいない・・・」


 Kは、カール大佐の後半の弁明は信用できないと感じた。

「信用できるもんか!そのうち、都会のクロウにされちまうさ!

 D!契約解除して、Jを連れて帰ろう!」

 Dは、その場から立ち上がろうとするKを見つめた。Kは立ち上がれば大佐に掴みかかるだろう。そうさせるのも悪くない・・・。


 かつて、地表に緑が豊富だった頃、都会にクロウの群が居た。彼らは世代交代と共に知識を受け継いで鳥としては高い知能を持った。生物学者はこのクロウを捕まえて、記憶の一次回路に相当する脳の組織、海馬を輪切りにした。神経細胞のネットワークを調べた結果、それまでのコンピューター技術には無いネットワークサーキットが見つかった。それらはコンピューター技術に活かされた。その結果、コンピューターの機能は飛躍的に向上した。



 都会のクロウの身に起った事と同じ事がJの身に起こる可能性がある・・・。

 KはJの身を案じた。

「契約書があるなんて言わせないぜ!連れていかれたんが先なんだ。契約書はその後に書かれた!あたしゃ、サインなんかしてない!

 こんな事もあろうと思って、Jが連れていかれるのを、メモリーチップに残したんだ!」


 Lが何か話そうと口を開きかけた。

「ちょっと待ちな!最後までよく聞くんだ。いいね・・・」

 KはLを睨んだ。あのスペースバザールで、他の者たちと張り合っただけに、凄みがある。過去の彼女とは雲泥の差だ・・・。

「クラリスに保存された、監視カメラの映像の記録チップさ。どうせ、カンパニーが政府に手を回して映像を消すと思ったから、すぐ記録したんさ。

 我々が無事に帰らない時は、マスコミにメモリーチップが渡るようになってる」


「あなたの言いたい事はよくわかりました。

 でも、順序や契約書は問題ではないのよ。あなたたちはカンパニーと対等の立場にないのをご存じないようですね」

 Lが周囲に目配せした。スカイラウンジは、Dたちを囲むように客がテーブルに着いている。その数は三十人ほどだ。Dと目が合った客の一人が、羽織っている実験用着衣の襟を裏返して、防護スーツの胸のホルダーに納められた銀色の繋ぎ目のない奇妙な形の銃を示した。

「彼らはカンパニーの警備部員です。実質は特殊私兵です」

 Lは目尻に皺を寄せて、引きつった笑みをKに向けた。


 特殊私兵は軍の特殊部隊と同等を意味する。特殊私兵はグリーゼ国家連邦共和国防衛軍の兵士より始末が悪い。飼い主に絶対的に忠実なハンターだ。飼い主を決して裏切らない。

 私兵は特殊私兵に限らず傭兵が主体だ。軍兵士との違いは、私兵の場合、兵士が使いものにならなくなっても、雇用主と私兵親族の間で契約が確実に履行される点にある。兵士とその親族は、雇用主に全幅の信頼を置いている。

 私兵には、全私兵が加盟する裏組織がある。契約が履行されない場合、雇用主とその関係者全てが、この時空間から消去される。



「たとえ、私たちを盾にして何かしようとしても、私たちの代りは居ます。警備部員は容赦なく、私たちも含め、あなたたちを消去します」

「検警にもマスコミにも、手を回してあるんか?」とK。

「もちろんです」

 Lの笑みはひきつったままだ。


 Lの緊張は私とKを警戒してと思ったが、周囲の警備部員を警戒してのようだ。話す内容に嘘は無いらしい・・・。

「では、ジェニファーができるだけ早く我々の元に帰ってくるには、どうすればいい?」

 DはKを宥めて、Lと大佐を見た。


「まず、食事を済ませて、研究ユニットへ行きましょう。そうすれば、疑問が解けます」

 Lは周囲の警備部員に視線を向けた。ここで話せない事があるらしい。

「わかった・・・」

 DはそうLに答えてKを見つめた。

「食事を済ませよう」 

「ああ、わかったさ・・・」

 Dの意を汲みんで、Kはナイフとフォークを掴んだ。

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