三 ラプト(ラプトロイド)

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。

 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。

 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、チューブ内。



 断面が円形の透明なパイプ内を、円筒形のユニットが空気圧で移動するのがチューブだ。

 一つのユニットの定員は二十人。搭乗重量安全率は二倍。四十人は搭乗できるが、大人に換算して二十人程度の重量で、搭乗者数が制限される。


「高速で行こう」

 DとKはトラペゾイドの一階ターミナルで高速チューブに搭乗した。ここトラペゾイド55からタワーまで約十五キロレルグ、約十五キロメートル。六分ほどの搭乗だ。

 チューブの搭乗ユニットは、構造体の主要部を除いて、他は全て透明だ。そのため、この程度の速度でも、体感速度は実質の倍以上だ。時間に余裕ある者はこの体感速度を嫌って中低速チューブを利用する。


 Dはチューブに搭乗すると搭乗者の視線が気になった。Dはチューブの外を見ながら何も考えずに周囲を探った。

 違和感ある者たちが居た。一人は中程に、他の二人はユニットの前部と後部それぞれの隅に居る。Kは気づかないらしく、ユニットの外を流れる地衣類に覆われた丘陵地を見ている。所々に温泉が湧いて、周囲に林と草原の緑地が同心円を成すように広がっている。かつての緑豊かだった地表の名残りだ。


 Kを見るDの視線に気づいて、KがDに身体を密着させて耳元で囁いた。

「何だ?」

 DはKを抱き寄せて耳元に唇を寄せた。髪から懐かしい香りがする。

「あとで説明する。オレの話に合せてくれ」

 Kが顔を離して疑問だらけの顔でDを見上げた。

「うん・・・」


 DはKを抱き締めて耳元に囁く。

「ベアーズとレッドバーズの試合、明日だな。どっちが勝つと思う?」

 アイスホッケーの試合だ。気温が下がらない地域ではインラインスケートを使う場合がある。

「やっぱ、ベアーズだね。なんつったって北の覇者だかんな。本場チーム相手に東のレッドバーズは歯がたたねえさ」

 KはDの耳に囁いていたが、しだいに声が大きくなった。

「まして、南部のTレックスなんて、問題にならねえさ!南部は、氷の上で戦う機会が少ねえって噂だ。インラインばっかじゃ、氷の上で勝てっこねえさ!」

 Kが熱狂的ベアーズファンなのは調査済みだった。


 ここノラッドはノース・ベアーズのホームで、北部リーグの中心地だ。圧倒的にベアーズファンが多い。

 Kの言葉に例の三人が反応した。顔色は変らないが、威嚇的な目でこっちを見ている。明らかに、Kに敵意を示している。

 DとKはユニットの後ろ半分の中程に居る。ユニット中央部の一人までの距離はおよそ五レルグ、約で五キロメートルほどで最も近い。Kを見ているこの男の目が虚ろに見えた。瞳孔形状が縦長で、ヒューマ(ヒューマン)とは違う。


 チューブユニットに座席は無い。淡い薄ブルーの防御エネルギーフィールドが搭乗者を守っているだけだ。

 防御エネルギーフィールドの空間は、基本的に一人を保護する大きさだが、Dたちのように二人なら、それぞれ一人ずつ保護して、さらに二人まとめて二重に保護する。

 チューブのユニット内は、このような防御エネルギーフィールドが四十空間まで構成可能だ。防御エネルギーフィールドがある限り、他の防御エネルギーフィールド内へ侵入できない。この防御エネルギーフィールドを皆が『シールド』と呼ぶ。


 

 三人を警戒するDの気配に気づき、KがDの耳に口を近づけて囁いた。

「もっと強く抱きしめろ!ヤツラを見るんじゃない。ラプトだ。このままで居ろ・・・」

 くそっ、ベアーズのホームにラプトが居るとは思わなかったぞ。Tレックスを話すんじゃなかった。Dは、なんで、ホッケーの話なんかするんだ?ラプトはTレックスの熱狂ファンが多いんだ。チューブを降りたら、ケンカになるぞ・・・。


「心配するな・・・」

 DはKの耳に囁き返した。

「ここはベアーズのホームだ。ここのヒューマはベアーズのファンだ。他のチームは全て無能だと思ってる。多勢に無勢。ラプトの敗退だ・・・」

「わかったよ」

 一度は不安を感じたKは、安心したらしい。


「オレのこと、好きか?」

 Kは話を変えてDにそう訊いた。

「ああ、好きだ」

 Kの言葉は粗雑だが、素直な性格は昔のままだ・・・。

「なら、このままでで居てくれ。なんだか、安心できるんだ」

 KはDの腰に腕を回して、Dの肩に顎を乗せた。チューブの外の、流れる景色を目で追っている。

 Dはそれとなく、例の三人の気配を探った。三人から敵意が消えて、Kに関心を示さなくなっている。

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