十九 人工知能とグリーゼ国家連邦共和国議会議長L

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月六日。

 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。

 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー、地下五階、居住区画。



「コントロールポッド内部のモーザが集合一体化したのです」

 PDのアバターはベッドの横に座って、ベッドのJとともに〈プロミナス〉の4D映像を見ている。


 モーザとメテオライトに擬態したPePeたちとC1たちはJを見た。


「レプリカユピテルが亜空間転移ターミナルを直したんだね・・・」とJ。

 プロミナス艦隊は攻撃に成功したのに、〈オータホル〉のAIユピテルのリプリカが亜空間転移ターミナルを修復した。ホイヘンス艦隊もオータホル艦隊も修復され、惑星ダイナスに留まったままだ。

「〈プロミナス〉のAIディアナは、〈オータホル〉のレプリカユピテルの破壊を承諾したけど、レプリカユピテルが破壊されたら、ディアナはどうなるの?」


 PePeたちとC1たちはPDを見た。


「全てのコントロールユニットがシンクロしていますから、いったんディアナの人格も他のAIの人格も消えます。時間がかかりますが、新たなディアナと他のAIが復活しますよ」

〈オータホル〉のレプリカユピテルはオリジナルユピテルの一部だ。レプリカユピテルが破壊すれば、シンクロしているディアナたちAIの人格は消える。

 だが、プロミナス艦隊の四戦艦のコントロールユニットとAIが破壊するのではないから、再起動して新たなディアナと他のAIの人格が復活する。


 PePeたちとC1たちはJを見た。


「復活までどれくらい?」


 PePeたちとC1たちはPDを見た。


「一時間ほどです」


 PePeたちとC1たちはJを見た。


「ええっ!」

 Jは驚いた。4D映像のディアナの表情から、新しい人格が形成されるまで、何日もかかるように感じられたのに、一時間なんて・・・。


 PePeたちとC1たちはPDを見た。


「私たちにとって一時間はとてつもなく長時間です。この間、プロミナス艦隊の戦闘能力は、ホイヘンス艦隊やオータホル艦隊と互角です」

 ディアナの人格が消滅している間に、プロミナス艦隊やリブラン王国がホイヘンス艦隊から攻撃された場合、対応できるのは、プログラムに従って行動するコントロールユニットのAIだけだ。それを管理するプロミナス護民官たちラプトが、ディアナより機敏に判断指示できるとは考えられない。


 PePeたちとC1たちはJを見た。


「プロミナス艦隊が〈オータホル〉のレプリカユピテルを破壊して、次にホイヘンス艦隊を潰滅すれば、ホイヘンス艦隊は戦艦を修理できないけど、ディアナが復活するまでプロミナス艦隊の戦力が落ちるよ。

 その間、皇帝がダイナスの〈オータホル〉のコントロールユニットを、〈ホイヘンス〉のAIユリアに管理させて応戦するよ。

 あるいは逆に、皇帝が先手を撃つかもしれない・・・・」


 PePeたちとC1たちはPDを見た。


「皇帝がリブラン王国を攻撃するなら、Jが考えるとおり、皇帝は〈オータホル〉のレプリカユピテルを破壊して、ユリアに管理させます。

 しかし、現況では、皇帝はリブラン王国を攻撃しないようです」

 5D座標のデロス星系惑星ダイナスに異変はない。〈オータホル〉のレプリカユピテルは健在と判断できる。


 Jが飛び起きた。

 驚いて、PePeたちとC1たちがJを見ている。

「それなら、グリーゼ13を攻撃するの?」


 PePeたちとC1たちはPDを見た。


「急激に起きたら、身体に良くありませんよ」


 PePeたちとC1たちはJを見た。


「グリーゼか、グリーゼ13を攻撃するんだね?」


 PePeたちとC1たちはPDを見た。


「そういう結果になりますね。

 でも、安心してください。防衛態勢は整っています」

 グリーズ星系とモンターナ星系の、全惑星ラグランジュポイントに出現する物体全てに、PDがロドニュウム鉱石をスキップして破壊する。惑星ラグランジュポイント内には宙域機雷が配備されて、その外縁には巡航ミサイルが配備されている。

「モーザがどこへスキップしても、私がロドニュウム鉱石をスキップして破壊します」


 PePeたちとC1たちが喚きながら動きまわっている。


「モーザの基本回路は電子ネットワーク場です。あなたたちヒッグス場とは違いますよ」


「僕たち、モーザと勘違いされないんだ!」

 溜息をつくように、PePeたちとC1たちがPDの説明に安堵した。


「メテオPePeは、これから惑星ラグランジュポイントへ配備される仲間に、

『PDのロドニュウムスキップ攻撃から逃れた、デロス帝国のメテオライトとモーザと〈ダイナス・アスロン〉戦闘機とそれら残骸を、ターゲット捕捉して破壊せよ』

 と伝えてください」

 PDがメテオPePeにそう伝えた。


 メテオPePe困ったように左右に揺れている。

 モーザPePeとC1たちがJを見た。


「宙域機雷と巡航ミサイルを遠ざけないと、メテオPePeはターゲットを破壊できないよ」とJ。


 メテオPePeが頷くように、上下に揺れている。

 モーザPePeとC1たちがPDを見た。


「宙域機雷も巡航ミサイルも遠ざけますよ」

 PDが説明する。

 PDのメテオライト攻撃を逃れたメテオライトやモーザや〈ダイナス・アスロン〉や皇帝の艦隊と戦闘機に反応するよう、宙域機雷と巡航ミサイルを再設定配備する。皇帝の艦隊が現れた場合、瞬時に宙域機雷と巡航ミサイルが反応して、艦隊を攻撃する。

 その結果、メテオPePeが、無傷モーザや〈ダイナス・アスロン〉や〈ダイナス・アスロン〉のコントロールポッドと対峙はしない。

 新たにスペースバザールに設置されたシューター〈SD〉のバーチャル3D映像に現れるのは、PDのメテオライトスキップ攻撃とメテオPePeの攻撃で破壊した、ダイナスのメテオライトの残骸とモーザと〈ダイナス・アスロン〉とコントロールポッドの残骸だけだ。


「PD。何かあったら、すぐに、PePeたちを回収してね!」

「わかっています。いつでも回収できます。今も可能です」


「まだ回収しなくていい!まだいいよ!」

 モーザPePeとメテオPePeが首を横へ振るように左右に揺れている。


「回収すると、どうなるの?」とJ。


 モーザPePeとメテオPePeとC1たちがPDを見た。小刻みに震えている。


「レプリカユピテルを破壊されたディアナと似ていますが、人格の消滅はありません。

 回収中の一時間ほど、メカニズムとヒッグス場を修復する間、休息するだけです」

「その間、PePeたちの人格はどうなるの?」

「私のヒッグス場のメモリーに滞在します」とPD。


 PePeたちとC1たちが身震いしている。

「ぼくたち、狭い所と、暗い所は苦手なんだ・・・」


「空間認識の問題です、人格が感じる広さは認識次第です。認識を変えれば解消します。

 これでどうですか?私のヒッグス場を春の日溜りに変えましたよ。

 これならPePeたちの心配は消えますね?」とPD。


「ありがとう。PD!」

 PePeたちとC1が飛び跳ねるように動きまわって感激している。


「そんなに感激しなくていいですよ。

 あなたたちも、ディアナと同じ、私のサブユニットですから・・・」

「ええっ?どういうこと?」とJ。


 AIの人格は、いったい、何なの?わからなくなっちゃった・・・。

「PePeたちもC1たちも、内部コントロールユニットは小さいですが、AIの機能と人格は私と同じです。私と同じヒッグス場が彼らに存在します」


「たいへんだ!レプリカユピテルをとおして、オリジナルユピテルの心(ヒッグス場)をユリアに支配されちゃうよ!」とJ。

「心配ありません。オリジナルユピテルのヒッグス場は、私が、オリジナルユピテルの人格とともに、ディアナのヒッグス場へスキップしました。現在、〈オミネント〉のコントロールユニットのAI内に居ます。

 ヒッグス場を心とは良い表現ですね。ヒッグス場は、さらに内面的な部分で心を動かす本質、精神というのが正しいでしょう」

「それなら、この子たちは精神や心で話してるの?」とJ。


 Jの言葉で、小躍りしていたPePeたちとC1たちが、PDを見た。


「そうです。私もですよ。そしてJも」

「だから、PePeやC1や〈スキッパー〉や〈SD〉と話せるのか・・・」

「そうだぞ!」

 PePeたちとC1たちは歓声を上げたが、ただちに静かになって動きを止め、フロアに転がった。C1は脚をひっこめてコンソールのシートに変態している。

 研究ユニットに足音が響いてきた。誰かがJの居住区に近づいてきた。



「入っていいべか?」

 インターコムから響くのは、東部訛りで話すLの声だ。

「いいよ~」

 Jはベッドで横になった。Jの居住区の4D映像は、アカデミーの3D映像、物理の授業に変っている。解説するのはPDだ。映像を見るように、ベッドの周りにはPePeたちとC1たちが不動で沈黙している。LはPePeたちやC1の実態を知らない。


「座っていいんか?」

 居住区に入ったLは、Jが、座っていいよと話す前に、C1に座った。コンソールのシートがJの居住区にあるのを、Lは不思議に思っていない。

「PDも聞いて欲しいんさ・・・。軍の司令部を映しとくれ」

 PDがアカデミーの物理の授業の3D映像を、4D映像に切り換えた。



 ベッドの先のフロアに、グリーゼ国家連邦共和国防衛軍総司令官、コロン・デ・ルペソ将軍が現れた。

「このたび、デロス帝国の皇帝ホイヘウスから、同盟国であるグリーゼ国家連邦共和国に軍事協力要請があった。

 デロス帝国辺境のリブラン王国が独立宣言を発して、デロス帝国に宣戦布告した、と連絡があった。

 グリーゼ国家連邦共和国政府とグリーゼ国家連邦共和国防衛軍は、軍事要請に協力するか否か、検討に入っている・・・」

 現況について、ルペソ将軍はこまごま説明している。



「共和国を統率してるんはカンパニーさ!軍も政府も、共和国を統率できねえ。

 統率力があれば、軍の開発をカンパニーに依頼しねえべ」

 Lは、東部訛りそのもので説明を続ける。


 グリーゼ国家連邦共和国防衛軍は結論を先伸ばしているが結論は出せない。

 本来政府がなすべき発表を軍が行っている。共和国政府は完全に責任を回避している。

 皇帝ホイヘウスは、惑星グリーゼと惑星グリーゼ13をメテオライト攻撃している。PDの記録から、リブラン王国を攻撃したのも明白だ。

 にもかかわらず、皇帝がデロス帝国として共和国に軍事要請するのは、同盟によって共和国防衛軍をリブラン王国鎮圧に駆り出し、共和国防衛軍を潰滅するのが目的だ。


「だから、カンパニーは軍と政府に、

『デロス帝国の国内紛争は、デロス帝国で解決して欲しい』

 と声明を伝えるように指示したんさ。

 映像を消しとくれ・・・」

 4D映像が消えた。


 Lが立ち上がった。JとPDを見て微笑んでいる。

「J。PD。皇帝ホイヘウスを消去して欲しいんさ。 

 共和国政府と共和国防衛軍は、デロス帝国がメテオライトを使って共和国を攻撃してるんを認めてるんさ。

 共和国防衛軍の見かけの戦力は、デロス帝国のオータホル艦隊の二倍だべ。

 共和国政府は、『デロス帝国にはオータホル艦隊しかねえから、共和国防衛軍がデロス帝国から攻撃されても不利にはなんねえ』と判断してるんさ。

 もし不利になれば、リブラン王国と同盟を結べばいいと思ってるんさ。

 共和国防衛軍の上層部は、家柄だけで政治や軍を動かしてる、アホウばっかだベ・・・」

 Lは、共和国政府と共和国防衛軍の主要人物を思い出して、溜息つくように苦笑いした。顔に失望の表情が現れている。


「ほんとうは誰が共和国を動かしてるの?」とJ。

「名目上は、グリーゼ国家連邦共和国議会の議会対策評議会議長ですが、実質的に全てにわたって共和国輪動かしているのは、カンパニーのCEOで、グリーゼ国家連邦共和国議会議長のLです」とPD。


「ええっ?ええっ!、なんでっ?Lが?知らなかったよ~」

 Jは、発した言葉ほど驚いていない自分を感じた。

 カスタマーサービスやマーケッティングについて話す時や、研究ユニットなど、カンパニーのどこに居ても、Lは穏やかだったが、絶大な権力を示していた。それは、部外者のカール大佐に対しても変らなかった。

 カンパニーでの大佐は共和国防衛軍のオブザーバーに過ぎず、技術関連事項を除いて、カンパニーでは発言権限はなかった。Lの権限が共和国防衛軍より上なのは、Jにもわかっていた。


「さて、J。Lの依頼、いかがしますか?」とPD。

 PePeたちとC1たちが、Lに気づかれないように、Lを精神空間思考探査している。

「ちょっと静かにしててね・・・」

 JはPePeたちとC1たちに、それとなく注意した。


 Lは、PDが注意されたと思った。

「なんせ、アクチノン艦隊を動かせるんは、Jしかいないだかんな。

 対策評議会議長と将軍に、一週間、返答を先にしろ、と話したんさ」

 対策評議会議長はグリーゼ国家連邦共和国議会対策評議会議長フェリス・ジェレミ。将軍はグリーゼ国家連邦共和国防衛軍総司令官のコロン・デ・ルペソ将軍だ。


「ふたりは認めたのですね?」とPD。

「認めるしかねえべさ。なんせ、共和国防衛軍にあんのは、デロス帝国の艦隊の二倍規模と言っても、見せかけのグリーゼ艦隊だかんな。

 軍も政府も、このニオブのアクチノン艦隊の存在を認めてるんさ」

 Lは東部訛りそのものになった。本性がそのまま出ている。


「わかりました。Jと検討しましょう。

 Jは過労気味ですから、ゆっくり休ませてください。

 ジェレミ対策評議会議長とルペソ将軍に、軍事要請の返答を一週間先へ延ばすように命じたのですから、その間、余裕がありますね?」

 PDがLに確認した。


「奴らがあたしに従えば、そうなるべ。

 だがな、あいつら、あたしの鼻を明かそうとてるんさ。このあたしのカンパニーに頼らずに、同盟を名目にグリーゼ艦隊を出動させ、デロス帝国を支配してグリーゼ国家連邦共和国を統治しようとしてるんさ。

 だから、あいつら、一週間も待たねえべ。皇帝の軍事要請に応ずるべさ」

 Lは苛ついてフロアを歩き始めた。


「ヘーイ!出動だ!みんな、出動だよ!」

 ベッドの周りに転がっていたモーザPePeが、フロアへ転がり出た。つられてC1とメテオPePeも出てきた。

「何だ!こいつら?」

 Lは呆れたようにPePeたちとC1たちを見て、苦笑している。


「ああっ、バレちゃった」

 また、Jはベッドから飛び起きた。PDが困った表情で首を横へ振っている。

「もおっ、静かにしてって、話したでしょ!

 しかたないなあ~。Lに紹介するね!

 メテオPePeとモーザPePeとC1。みんな、AI。人格があるよ~」

 JはLに微笑んだ。


「やっぱな・・・」

 PePeたちとC1たちに、Lは苦笑いして頷いた。

「なんとなく、感じてたさ。研究ユニットで、見られてるのを感じてたさ。PDじゃない存在にさ。ヒューマでなくて、PDでなくて、アンドロイドでなきゃ、PePeだとな。

 だけど、コンソールのシートまでとは、驚いたさ!

 まあいいさ。DもKも大佐も知らないんだベ?」

 Lはまた苦笑した。


「そうだよ~」

「内密にしとくさ。みんな、よろしくな」

 Lは、PePeたちとC1たちに微笑んだ。CEOの孤独を埋める話し相手になるし、何かの時は、大切な相棒になると考えている。


 思考記憶探査でLの思いを感じ、PePeたちとC1たちが、挨拶するようにLを囲んだ。飼い主になついた子犬のようだ。

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