十三 PD
グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。
オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。
グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー、地下五階、研究ユニット。
記憶が戻れば躊躇はいらない。
「PD。ホイヘンスはどこにいる?」とD。
「惑星ダイナスの皇帝ホイヘウスがオイラー・ホイヘンスです。この時空間でデロス帝国を支配しています」とPD。
「どういうことだ?」
「現在の皇帝ホイヘウスは過去の皇帝ホイヘウスではありません。オイラー・ホイヘンスが半意識内進入と半精神共棲した、ネオロイドの皇帝ホイヘウスです。
本来の皇帝ホイヘウスの精神と意識に、アーク・ルキエフとオイラー・ホイヘンスの、精神と意識が混在しています。
皇帝ホイヘウスは、その事に気づいていません。変化した自分をそのまま受け入れています。
ここ、十年にわたる、グリーズ星系とモンターナ星系の、メテオライトの異常接近は、皇帝ホイヘウスが意図的に行ったものです」
「ホイヘンスは十年前からこの時空間にいるのか?」とD。
「実際はもっと以前からです。戦艦〈ホイヘンス〉と艦隊を隠すため時間がかかりました」
「ホイヘンス艦隊はどこにいる?」
「居所はわかります。
いったん帰還してください。皇帝ホイヘウスが、モーザの破壊を人為的、と判断しました。こちらの様子を探りはじめます」
「みんな!気持ちを〈スキッパー〉に戻してね!
PD。PePeを回収して〈スキッパー〉を帰還してね」
Jが指示した。
「了解です。回収して帰還します。
今まで、ジニーと呼んできましたが、これからはJと呼びますね」とPD。
「いいよ~」
「Jにホイヘンスの情報を説明しなかったのは・・・」
「わかってるよ、PD。記憶の条件つきな目覚めを避けたんだね」
「よくおわかりですね」
「だって、あたしの知識はPDからだよ~」
『この件は、精神波で会話する必要があるのでは?』
「ダディーもマミーも知ってるよ。
あたしがPDと仲良しなのを、Lと大佐も知ってるから、何となく気づいてるよ~」
「わかりました。では、ホイヘンスに関して皆様に直接話していいですね」
「いいよ~」
「ありがとう、J。
帰還完了です。ヘルメットをお取りください。オイラー・ホイヘンスについて対策を考えましょう」
Dたちはコントロールポッド内でヘルメットを脱いだ。円盤型小型宇宙艦〈SD〉のコクピットはコントロールポッドが円形に配置されている。
「午後五時。約二時間のスキップだ。同時空間内のスキップだからこんなものか」
大佐は独り言のように話している。
Dは大佐を見た。
「対策の前に質問させてくれ」
「質問してくれ」
大佐は横柄にそう答えた。
「実際にスキップした〈スキッパー〉はどこにあるんだ?」
Dたちは、カンパニーの研究ユニットに係留されている円盤型小型宇宙艦〈SD〉のコクピットのコントロールポッドに居ながら、意識を時空間転移伝播させて、実際にスキップした〈スキッパー〉とPePeを操作していた。
「この艦の隣に戻ってる。展示区画の〈SD〉と〈⊿3〉は実戦用戦闘機だ」と大佐。
最初に展示区画の〈SD〉に搭乗した時、Lは、シミュレーションだと話したが、やはり、あれは実戦だった。だが、今は、ホイヘンスの事を知るのが先だ。
「Lも大佐も、ホイヘンスを知ってるのか?」
Dは二人に訊いた。
「グリーズ星系にメテオライトの異常接近が増えた時から、皇帝ホイヘウスの異変に気づいた。亜空間転移伝播でアクティブ探査して、妨害された。その時から、ディノスではない存在が現れたと判断した」と大佐。
「つまり、ニオブか?」とK。
「ここまで悪質なのはニオブのクラリック階級のアーク位か、アーク位のニューロイドです」とL。
ニューロイドは、精神生命体あるいはそれに準ずる存在が意識内進入、あるいは精神共棲したヒューマノイド(人間に似た生物)、あるいはヒューマノイドの子孫を言う。
「アーク位にしろ、アーク位のニューロイドにしろ、皇帝がそいつらのネオロイドなら、皇帝を消去すれば、アーク位もニューロイドも死んじまうさ。
どっちにしろ、皇帝を幽閉するんなら、結果は同じなんさ」とK。
「捕獲方法はないか?」
Dは大佐を見た。捕獲はグリーゼ国家連邦共和国防衛軍の仕事だ。
「その件もあって〈スキッパー〉を開発した。
あの探査機モーザが、〈スキッパー〉同様の機能を持つなら・・・」
大佐が言葉に詰まっている。
何か妙だ。話が元に戻ってる・・・。
Dは大佐の言葉に違和感を感じた。
「PD。これから質問する事に、答えてね」
Dが質問しようとしたら、Jが質問した。
「わかりました」
「皇帝は、オイラー・ホイヘンスのネオロイドだよね?」
「そうです」
「ディノスの技術は亜空間スキップまでで、時空間スキップできるのは、モーザだけなんでしょう?」
「そうです。Dが話す前に、よく、お気づきになりましたね」
「皆の話をまとめると、そうなったよ。
だって、モーザは時空間スキップできるらしいけど、今回は亜空間スキップしたよね。メテオライトは大気圏外から落ちてくるだけで、大気中には現れないんだよ。
それから、ホイヘンスの艦隊は、城なんでしょう?」
「惑星ダイナスのオータホル城が巨大な格納庫と亜空間転移ターミナルです。内部に戦艦〈ホイヘンス〉と呼んだ、戦艦〈オータホル〉とホイヘンス艦隊が係留されてます」
「ロドニュウム鉱石を、城から亜空間スキッププさせてるんだね」
散開惑星リブランで採掘した鉱石を惑星ダイナスへ運んで、グリーズ星系とモンターナ星系の各惑星へ、惑星ラグランジュポイントを経て投入するには、亜空間転移ターミナルが必要だ。
デロス星系の惑星の周囲に亜空間転移施設はない。惑星間航行や恒星間航行用の亜空間転移ターミナルは全て各惑星の城の地下に存在する。そこには重力場を制御するユニットが存在する。
「そうです。
同盟を結ぶ条件で、グリーゼのヒューマがダイナスのディノスに、私に匹敵するAIのテクノロジーを与えたためです。
ディノスは信用できません。
テクノロジーを使いこなせるようになったディノスは、ラプトの散開惑星リブランにメテオライトを落として、災害復興を名目に侵略しました。
今度はモンターナ星系とグリーズ星系に侵略しようとしています」
「どうやって防げばいいの?」とJ。
「亜空間転移ターミナルを停止するか、ホイヘンスの消滅です。
しかし、ガイアのニオブが、ニオブ同士の壊滅を防ぐため、一部のニオブを消滅させるように私に指示すると、全ニオブが消滅するように私をプログラムしました」
「それなら、オータホル城の転移ターミナルを停止してね!」とJ。
「わかりました。停止します・・・。停止しました」
「なんだって?もう停止したのか?破壊したんじゃないのか?」
妙だ?主惑星グリーゼに危機が迫っている。事前にPDが対処していいはずだ・・・。
これほど早く対処できるなら、わざわざモンターナ星系の惑星グリーゼ13へスキップして、探査機を破壊する必要はない・・・。
「亜空間転移ターミナルの破壊は可能ですが、破壊してもただちにダイナスのAIが修復します。
また、AIの破壊は、私に自殺しろ、と言うのと同じです。
時空間スキップするモーザの破壊は、モーザの不意を突かなければできませんでした」
「もしかして、PDとダイナスのAIはシンクロしてるんか?」とK。
「はい。惑星ダイナスの〈プロミナス〉のメインコントロールユニットのAIディアナとシンクロしています。ディアナは他のユニットにシンクロしています」
「なんてこった。全てわかってたんなら、なんで黙ってたんさ?」とK。
「質問と指示がなかったからです」
「今、対処してるんは、何なんさ?」
「Jに指示されたからです」
「メテオライト攻撃に対して、なぜ、防御シールドを張ってミサイル迎撃やビーム攻撃しないんだ?」とD。
「もちろん、グリーゼ国家連邦共和国防衛軍から指示されて、そのようにしています」
「なぜ、メテオライトの攻撃を防げないのさ?探査機にも対処できるだろうさ?」
「メテオライトのように、マッハ五十以上の莫大な運動エネルギーを持つ物体に、ミサイルやビーム兵器は有効です。
防御シールドによる防衛は、小鳥が入った強固な鳥カゴを高高度から落下させるようなものです。鳥カゴは壊れなくても、小鳥は傷つきます。お勧めできません。
探査機に対する対応は、Jから指示されていません」
「どういうことだ?」とD。
「Jから指示されていません」とPD。
「L、どういうことだ?」
「さあね」
Lは両腕を広げて、肩をすくめている。
「ジニー、どういうことだ?」とK。
「ダディーもマミーも知ってるよ。あたしを教育したのはPDだよ。
PDとヒューマの意志疎通の基本は、あたしとPDの精神空間思考の会話からだよ。
だから、あたしの精神波じゃないと、PDは動かないよ」
「・・・」
大佐は目を見開き言葉を無くしている。Lも同じだ。
大佐が命令する。
「亜空間転移ターミナルを停止しできたんだ。宇宙艦のスキップドライブ(亜空間転移推進装置)と亜空間転移ターミナルの機能だけを破壊できるだろう?
ヒューマがダイナスに与えたテクノロジーだけを残して、ホイヘンスが持ちこんだテクノロジーを潰滅してくれ」
「実行できません」
「なぜだ!」
「質問に答えます。実行は許可されていません」
「私が許可する!」と大佐。
「あなたに命令権はありません。私はグリーゼ国家連邦共和国防衛軍の所有物でもありません。これまで協力してきただけです。
私は、あなた方が存在する前から、アクチノン艦隊として、ディアナとともに、この時空間に存在して来ました」
「くそっ!AIが何を言う!」
大佐は舌打ちしている。
「私は、あなたの指揮下の軍人ではありません。あなたが考えているAIとも異なります。
破壊や余計なプログラムを加えようとした場合、容赦しません」
「ふんっ、その場合、どうする?」
「不審に思っていますね。私はヒューマのアンドロイドではありません。シールド内に隔離されたのをお忘れですか?
もっと早い処分をお望みなら・・・」
大佐の首の周りに、輪投げの輪のような、淡いブルーのリングが現れて、徐々にリングの径が縮んでいる。
「やめろ!わかったから、やめろ!」
「私が亜空間転移伝播で、ヒューマの思考を読み取れるのを忘れない事です。大佐」
命ずるように、リングが縮む。
「わかった・・・。わかったから、ホイヘンスを排除してくれ。頼む!」
「依頼は表現が違うだけで、命令と同じです。
グリーゼ国家連邦共和国防衛軍の意向を却下します」
「くそっ!」
「反抗的思考による行動が、どのような結果を生むか、わかっていますね」
「・・・」
大佐はPDを無視している。
「わかっていますね!」
首のまわりのリングは消えていない。
「・・・」
大佐は頑なだ。
「では、私の姿を見ますか?共和国防衛軍を、私の指揮下に置いてもいいのですよ」
「わかりました、PD。
大佐。グリーゼ国家連邦共和国防衛軍に、余計な手出しないよう伝えなさい!」
Lは大佐を睨みつけた。
「そうは言っても・・・」
大佐が狼狽している。
「今さら、何を言うの?PDは独立した人格だと言ったでしょう!
PDは生きているのよ!敵対する気なの?この戦艦〈アクチノン〉と敵対する気なの?
この建物自体が戦艦〈アクチノン〉でPDなのよ!」
Lは大佐を睨んだままだ。
「L、どういうことだ?」
DとKはLを見つめた。
「カンパニーのこのドーム全てが宇宙戦艦の一部なの。他所にも転移タワーがあるわ。あれも宇宙戦艦の一部よ」
Lはグリーゼの地表の、他の転移タワーを考えている。
「・・・」
DとKはカンパニーのドームを想像した。
「見せてあげてね、PD」
「わかりました。J」
JがPDに指示すると、コクピット内に4D映像が現れた。
転移タワーを折りたたんだカンパニーのドームと、他のタワーのドーム、スペースバザールのドーム、トラペゾイドなど、あらゆる建物を内蔵した巨大な球体が、森林地帯の上空に浮かんでいる。その数は七個だ。森林では、類人猿のネオテニーが上空を見て喚いている。
「PDがアクチノン艦隊で飛来した有史前の、波動残渣記録よ。
これがPDよ」
Lが、コクピットに現れた4D映像の最も大きな球体を示した。
「正確ではありません。各艦全てが私たちです。
4D映像は、ここグリーゼに飛来した当時の記録です。
あのネオテニーたちがヒューマの祖先です。私たちは、ネオテニーを育成しました。
そして、Jたちのように、新たな育成を進めています」とPD。
KはDを見つめて考えを伝えた。
『PDはジニーや私たちのような能力を、他の子供たちに持たせるつもりだ。
ジニーは、子どもたちは〈SD〉をコントロールできる、と言った。PDはすでに新たな育成プログラムを一部完了している。
ゲームセンターのシューターの〈SD〉から子供たちの意識をスキップして〈スキッパー〉を操作させ、メテオライトだけでなく、ダイナスを攻撃させる気だ。
〈スキッパー〉の攻撃を遠隔操作するのだから、子供たちはゲームと思って、夢中でシューターの〈SD〉を操作するだろう。〈スキッパー〉が撃墜されても、子供たちの肉体に被害は無いが、精神的な被害はわからない。
今、私たちは〈アクチノン〉の艦内に居る。〈アクチノン〉がじかにオイラー・ホイヘンスを捕獲すれば、子供たちが〈SD〉から〈スキッパー〉を操作する必要はなくなる。体験するのはゲームの世界だけだ・・・』
DはKの考えに賛成している。
PDがDたちの思考を読んで伝える。
「私が発進するのは最後です。それまでに、皆さんが、できる事を成さねばなりません。
J、あなたの指示でアクチノン艦隊が動きます。その事をお忘れなく」
「了解したよ~」とJ。
ヘリオス星系へ飛来したニオブの、ヘリオス艦隊司令官にして大司令戦艦〈ガヴィオン〉艦長のヨーナ(アーマー階級のヘクトスター系列の精神エネルギーマス総帥、ジェネラル位)の直系ニューロイドがジェニファーだ・・・。
私たちは、クラリック階級の残党、アーク・ルキエフのネオロイドであるオイラー・ホイヘンスを幽閉する機会を得るため、ガイアのPDによって、ガイアと異なる時空間、この主惑星グリーゼへ時空間スキップした。
ガイアのPDは、オイラー・ホイヘンスが何処へ亜空間スキップしたか知っていた。
PDは、単なる人格を持ったAIではない。もっと、時空を越えた存在だ。いったい、何だろう・・・。
Dの疑問が拡がった。Dはジニーが話した、PDはダークマターのヒッグス場からエネルギーを得ている、との説明を忘れていた。
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