十二 スキップドローン

 グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。

 オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼ、北半球北部。

 グリーゼ国家連邦共和国、ノラッド、カンパニー、地下五階研究ユニット。



 カンパニーの地下五階、研究ユニットに円盤型小型宇宙艦〈SD〉が係留されている。

 その隣に同型の〈SD〉が待機している。こちらはスキップドローン〈スキッパー〉だ。専用の〈スキッパー〉があるのではない。同型同種の〈SD〉を〈スキッパー〉として操作できるのだ。


 Jが円盤型小型宇宙艦〈SD〉のコクピットの、コントロールポッドのシートに座り、ヘルメットを装着した。〈スキッパー〉の感知した情報が時空間転移伝播してJの脳の感覚野と精神と意識に送られて、一瞬に、Jの身体は〈スキッパー〉として外部空間を感じている。

 上部砲座担当のDは〈スキッパー〉の艦体そのものであり、特に上部砲座の全てをD自身の身体のように感じている。下部砲座はK。前部はL。後部はカール大佐だ。

 JとDたちは〈スキッパー〉の情報を体感するだけでなく、Dたちの意識を〈スキッパー〉へ時空間転移伝播して、〈スキッパー〉をコントロールできる。



 今回、〈スキッパー〉をスキップ(時空間転移)させる目的は、モンターナ星系の惑星グリーゼ13に飛来するメテオライトの調査だ。


Dはスキップについて記憶を確認した。

 亜空間スキップは、トンネルを抜けて他の地域へ移動するのに似ていると言われるが、実際はそうではない。移動は、ディスプレイの画像を切り換えるように進み、トンネルを抜ける感覚はない。感じるのは、一瞬のタイムラグに似た、亜空間の揺らぎによる、時空間とのズレである。それは、重力場から非重力場を経て、重力場へ移動する時に受ける感覚に似ている。慣れればどうと言う事はない。

 一方、時空間スキップは何も感じない。一瞬に周囲が転移した他時空間に変っている。ドアを開けて隣室へ行く感覚だ。体験した私の記憶だからまちがいない・・・。



「スキップするよ~」

 Jの声と同時に、〈スキッパー〉がモンターナ星系の惑星グリーゼ13の大気圏外へ時空間スキップした。

 JとDたちが搭乗した〈SD〉は研究ユニットに係留されたまま動いていない。

 JとDたちは〈SD〉のコントロールポッドのシートに座ったまま、〈スキッパー〉が捕捉した全ての情報を、自分で感知したように脳の感覚野に捕えているだけだ。


 眼下に青い惑星が見える。モンターナ星系の惑星グリーゼ13だ。惑星グリーゼ13が青いのは地表の半分が海で大気に酸素が含まれ、オゾンが存在しているためだ・・・。

惑星グリーゼ13はガイア型、つまり、地球型の惑星だ。他時空間でJもDもKも、ヘリオス星系のガイアを地球と呼んでいた。

 惑星グリーゼ13は、グリーゼ国家連邦共和国の鉱物資源供給地として共和国の重要拠点だ。これまで何度もメテオライトの被害を受けている。


 Dの記憶がフラッシュバックした。

 私はアカデミーで教鞭を執っていた。これは表現が悪い。教鞭を執っていたのはこの時空間のグリーズ国家連邦共和国に存在したD、デイヴィッド・ダンテであり、他の時空間に存在していた私は物書きの田村省吾だった。

 現在は、他時空間からこの時空間へ転移した私の精神と意識が、以前からこの時空間に存在していたDの精神意識に代って、この時空間のDの肉体を活用し、教鞭を引き継いだというのが正しい。精神と意識が時空間転移意識として時空間転移して、多時空間のあいだでドミノ倒しのように生じた結果だ。



「降下するよ~」

 滑り台を滑るようにJが言った。

「了解!」

〈スキッパー〉が降下した。Dの前に青い大気が現れて、大きな大陸が近づいた。Dたちは大陸の突端にあるテーブルマウンテンの頂に降下した。


「PePeを飛ばすよ~。みんな、PePeになるよ~」

 JがDたちに伝えた。PePeは研究ユニットでJが開発した、ちっちゃい球体型宇宙艦ロボットだ

「Lと大佐はPePをコントロールできないから、あたしが代行するよ~」 

 Dたちは、テーブルマウンテンの頂に着陸した〈スキッパー〉の艦体として、外部空間を体感したまま、各々がPePeになって、惑星グリーゼ13の空へ発進した。


 Dは鳥になった気分だった。テーブルマウンテンの頂にいる〈スキッパー〉のDから、PePeになったDたちが見える。そして、PePeのDから、他のPePeと〈スキッパー〉のDたちと、着陸したテーブルマウンテンと、周囲の鉱山が見える。テーブルマウンテンから10キロレルグ、約十キロメートルほど先は、白波がうち寄せる海岸線だ。

 上空に飛行体の気配を感じた。見上げると航跡雲を引いて、大型のエアーヴィークルが音速飛行している。


「テスト時空間スキップで惑星を監視防衛するなら、衛星軌道上の方が安全だろう?

 ここだと惑星ダイナスから狙い撃ちされるぞ・・・」とD。


「ラプトのスパイに寄って、スキップドローンの存在はダイナスのディノスに知られているが、我々の意識と思考が素粒子(ヒッグス粒子)信号変換による時空間転移伝播(時空間スキップ)で、じかにコントロールしている、この〈スキッパー〉は、知られていないはずです。

 静止衛星軌道上に時空間スキップすれば、〈スキッパー〉の存在を知られるでしょう」

 そう話すLから異様な感情の高ぶりが伝わってきた。


「五十光年の彼方から、我々ヒューマより劣っているディノスが、どうやってこのスキップドローンを知るんだ?もしかして、探査ビームを亜空間転移伝播(亜空間スキップ)させて、こっちの波動残渣を探る可能性があるのか?」

 DがLを問いただした。

 LはDの思考を読んで断言した。

「その可能性があります。エコーです。デロス星系の一部で、現象が確認される可能性があります・・・」


 時空連続体が時空間スキップあるい亜空間スキップする場合、強い重力場によって、転移経路が屈折し、他の時空間から時空連続体を認識する、ミラージュ現象がある。

 また、時空間スキップの場合、亜空間を介在しないため、もとの時空間密度と、目的時空間の時空間密度、あるいは隣接する平行宇宙の他時空間の時空間密度の相違から、時空間境界で転移経路(時空間スキップ経路)の一部反射が生じて、他時空間で時空間スキップする時空連続体を、同一時空間内の宙域間転移(時空間スキップ)のように認識する、スキップエコー現象がある。



「どうして、そう言えるんさ?」とK。

「PDがそう判断した。信頼できる結果だ。

 パイロットが搭乗していない〈スキッパー〉をディノスに知られてはならない。

〈スキッパー〉が静止衛星軌道上にスキップすれば、〈スキッパー〉は惑星ラグランジュポイントに近づく可能性がある。

 ディノスが惑星ラグランジュポイントに亜空間転移伝播(亜空間スキップ)の中継機器を送りこんでいれば、奴らに〈スキッパー〉の波動残渣を探るチャンスを得る事になる」と大佐。


「それなら、パイロットを乗せればいいじゃないか?」

 Kが食いつきそうな意識を大佐に向けている。

 

「もめないでね。いつかは、テストスキップしなければならなかったんだよ。

 ディノスに知られた、と考えて動くのがいいよ。

 ここ(モンターナ星系惑星グリーゼ13)の大気圏にメテオライトが飛んでくるんだから、どっかに、こっちのことを知らせる物があるんだよ。それを探すの。

 ねっ、L」とJ。


「ディノスの探査機を探してください!

 今回のスキップの前に話したはずです!

 PePeに探査を指示してください!」

 Lの指示が終らないうちに、ターゲットをマークする小さな長方形のマーカーが、全員の視界に現れた。〈SD〉に搭乗してメテオライトの残骸を破壊した時と同じマーカーだ。


「ダディー。見て!」

 Jがテーブルマウンテン下部へ注意を向けた。

 Dの視界のマーカーがテーブルマウンテンの下部へ移行した。〈スキッパー〉の上部砲座に意識を戻して確認すると、マーカーは〈スキッパー〉の真下を示している。


「これでは〈スキッパー〉からディノスの探査機を見つけらなかったはずだ。

 やはり探査機か?」と大佐。

「サッカーボールほどです」とL。

「地下ってことかい?」とK。

「この真下は地下鉱山だ」と大佐。

「採掘機材に紛れて侵入したか?」とD

「探査機が独りで侵入したってのかい?」とK。


「探査機がこのテーブルマウンテンの地下鉱山に単独侵入したのなら、探査機はAIのスキップドローンですが、それはありません。

 ディノスができるのは、亜空間スキップで惑星ラグランジュポイントにメテオライトを送りこむことくらいです。その事を除けば、ディノスに、亜空間転移伝播で探査機をコントロールする技術はありません。従って亜空間探査も不可能です。

〈スキッパー〉を静止衛星軌道上にスキップさせなかったのは、ラグランジュポイントに送りこまれるメテオライトとの衝突回避のためもありました」

 Lがおちつきを取り戻している。今まで異様な感情の高ぶりを伝えていたのは、この探査機らしき物を警戒しての事だった。



 Dは考えを伝えた。

 グリーゼ国家連邦共和国は、電磁波を亜空間転移伝播させて探査機をコントロールする技術をディノスに与えていない。ディノスはそうした技術を開発する能力を持っていない。

 ここ、モンターナ星系の惑星グリーゼ13に駐留するグリーゼ国家連邦共和国防衛軍は、これまでマッハ五十以上のメテオライトの侵入を許したとは言え、宇宙防衛態勢は整っている。

 仮に、グリーゼ13に探査機が亜空スキップしたとすれば、重力場の影響を受けない惑星ラグランジュポイントへスキップして、それからグリーゼ13へ降下した事になる。探査機がグリーゼ国家連邦共和国軍のレーダー探査によるミサイルとビームの宇宙防衛態勢をすり抜けたとは考えにくい。

 グリーゼ13の宇宙港のセキュリティーは完璧だ。孫の土産だと老人がサッカーボールを見せても、ボールは必ずスキャンされる。金属でなくても、誘電プラスティック機器に内在する微弱な電子サーキットは確実にスキャンされる。従って、スパイが探査機を持ちこむ事は無い。

 残された可能性は、探査機の単独亜空間スキップだ。もしそうなら、搭載されているAIはディノスの技術を遥かに越えている。



 DはLに訊いた。

「探査機が単独で進入したと考えるのが妥当だぞ。

 L。このマーカが捕えてる探査機はどこにいる?鉱山の坑道か?地中か?」

「坑道の地中です。探査できるのはここまでです。探査機に〈スキッパー〉やPePeと同程度の探査機能があれば、こちらの状況が知れてしまいます」

 Lは、こちらの手の内を見せるわけにゆかないと思っている。


「グリーゼ国家連邦共和国の物じゃないんだろ?そんなら、早いとこ破壊するんさ!このまんまんじゃ、また、メテオライトの攻撃を受けるぜ」とK。

「ジニー、探査機はこれだけですか?確認してください」

 大佐も探査機の破壊を考えている。

「ひとつだけだよ~」


「Dが考えるように、探査機は地上に単独でスキップした。

 探査機は我々のスキップを感知して、ディノスもその事を知ったはずだ」と大佐。

「これまで話し合った結果から判断すると、そのようになりますね。

 さて、どうやって破壊しますか?大佐に考えは?」

 Lは破壊方法を思いつかないらしい。

「あらゆる攻撃から身を守るよう設計されたPePeを〈スキッパー〉で攻撃するのと同じだと考えるべきだ・・・」と大佐。


「ジニー。PePeに現れてるマーカーは、アクティブ探査か、それともパッシブ探査か、どっちだ?」

 DはJにそう訊いた。

「パッシブだよ。こっちから何かしてる感じがないでしょ。

 PePeは時空間の波動残渣を時空間転移伝播で探ってるよ。

 あの探査機もパッシブ探査してるみたいだよ。

 まだ、あたしたちに気づいてないよ」


「ジニー、〈スキッパー〉は、直接グリーゼ13の地上へスキップできるのか?」とD。

 探査機は時空間スキップしたのかも知れない・・・。

「時空間スキップだから、できるよ~。だけど、誤差がでるから、スキップして地面にぶつかったり、地面の中にスキップしたりするよ。

 だから、今回は大気圏外にスキップして、それから地上に降りたんだよ」


「探査機もメテオライトと同じように、グリーゼ13の惑星のラグランジュポイントに亜空間スキップして、このテーブルマウンテン鉱山に降りたんだ・・・」とD。


「そういうことになるね!

 ダディー、マミー。攻撃するよ!Lも大佐もいいね!」

 明らかに、他の存在がディノスに情報を与えている。阻止しなければならない。全員が、攻撃を了解している。

「PD。あの探査機内に、鉱山のロドニュウム鉱石を投入して破壊してね。

 他にも侵入してる物があれば、それも破壊してね。

 その前に、あれが何か教えて、PD」

 Jがそう質問すると、全員の意識に声が響いた。

「モーザです。侵入したモーザは一機だけです。破壊します」

 一瞬に、マーカー内の探査機が膨張して粉々に破壊した。PDがモーザ内へロドニュウム鉱石を時空間スキップさせたのだ。PDは主惑星グリーゼのカンパニーを管理してる巨大巨大電脳宇宙意識のAIだ。エネルギーをダークマターのヒッグス場から得ている。


「PD。モーザって何?」とJ。

「モーザは、戦艦〈ホイヘンス〉のメインコントロールユニットの、サブユニットです。オイラー・ホイヘンスが開発しました。オイラー・ホイヘンスはニオブのクラリック階級アーク位ルキエフの、半ネオロイドです」

 モーザに関するPDの意識が伝わると同時に、PDの意識は、DとKとJの記憶にかかっていた濃い霧を、陽光が射したように消し去った。

「思い出したぞ!」

 記憶が蘇ったKが興奮している。



 有史前の大古、荒廃してゆく渦巻銀河メシウスのアマラス星系惑星ロシモントから、精神生命体ニオブが多数の艦隊で脱出した。それらから五艦隊が渦巻銀河ガリアナへ逃れ、ヘリオス艦体がヘリオス星系の惑星ガイアに逃れた。


 ヘリオス艦隊司令官にして大司令戦艦〈ガヴィオン〉艦長ヨーナ(アーマー階級のヘクトスター系列の精神エネルギーマス総帥、ジェネラル位)は、娘マリオンを通じて、アーマー階級と、クラリック階級唯一のプリースト位のケイト・レクスター系列、クラリック階級ディーコン位、ポーン階級コモン位とポーン階級シチズン位とともに、ヒューマ(ヒューマン、人類)に精神共棲して、ヒューマとの共存をめざした。


 ヨーナの娘マリオンは、精神の源泉が精神生命体ニオブのアーマー階級である省吾を通じて、省吾の妻の理恵に精神共棲し、ヒューマ社会の改革を進めた。そして、マリオンの精神エネルギーマスは、省吾たちの子供の耀子と宏治に受け継がれた。


 一方、惑星ロシモントの支配階級だったクラリック階級は、アーク位のヨヒムを中心にヒューマを支配しようと画策し、ヨーナたちと対立した。

 クラリック階級アークとビショップとプリーストの三位は、ネオロイド(実在するヒューマノイドに意識内侵入して身体をセルにして存在する)やペルソナ(配偶子から育成したバイオロイドに意識内侵入し、身体をセルにして存在)やレプリカン(体細胞クローンから育成したバイオロイドに意識内侵入し、身体をセルにして存在)、あるいは猛禽類のバイオロイドをセルにして存在し、人類に意識内侵入して人類を支配しようとした。


 クラリック階級アーク位のヨヒムは、省吾のレプリカンと戦い、宇宙艦の時空間に幽閉されたまま亜空間に追放された。残された次席アーク位ルキエフは、省吾と理恵と耀子を戦闘艦で攻撃したが、省吾たちは、クラリック階級の残党を幽閉する機会を得るため、PDによって、ガイアと異なる時空間、オリオン渦状腕深淵部、グリーズ星系、主惑星グリーゼへ時空間スキップされて、省吾はD(デイヴィッド・ダンテ)になった。省吾の妻の理恵はK(キャサリン・ダンテ)に、省吾と理惠の娘の耀子はJ(ジェニファー)である。宏治は省吾の友人の大隅悟郎教授に保護された。


 ガイアに残ったアーク・ルキエフは、オイラー・ホイヘンスに意識内進入してオイラー・ホイヘンスをネオロイドにした。戦艦〈ホイヘンス〉を建造して、ガイアの支配を画策した。

 ガイアに残された宏治は大隅たち養父母のもとで成長し、子孫は新人類トムソに変異した。トムソたちは宏治の子のカムトを中心に、ホイヘンスの艦隊と戦ったが、ホイヘンスは他星系へスキップ(亜空間転移)航行で逃亡した。

 カムトたちトムソは、ホイヘンスを幽閉すべく、スキップ(時空間転移)航行を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る