八 アンドロイド R1
グリーゼ歴、二八一五年、十一月四日。
オリオン渦状腕深淵部、デロス星系、惑星ダイナス、南半球北部。
デロス帝国、オータホル、オータホル城。
プロミナスが階段を上って踊り場を回り、姿が見えなくなった。R1はストレッチャーのコントロールを自動走行にして研究ユニットへ移動した。
R1の研究ユニットは遺体処理室ではない。皇帝ホイヘウスの私的な生物学的研究施設が本来の目的だ。皇帝自体が権力の私的存在だから、皇帝にとっては公的も私的も同じ事だ。
研究ユニットでR1は、遺体収容カプセルをストレッチャーごとをクローン培養装置にセットして培養装置に伝えた。
「ユピテル。セット完了です」
ユピテルは、ここオータホル宮殿を管理する総合AIだ。ユピテルはR1を培養して意識と知識を与えた存在だ。ロイドたちとってユピテルは育ての『親』である。ユピテルはロイドたちを作製したのではない。
『素粒子(ヒッグス粒子)信号で話しましょう。監視システムに気兼ねなく話してください』
素粒子(ヒッグス粒子)信号は時空間転移伝播する。精神空間思考や精神波と呼ばれ、亜空間転移伝搬する電磁波による一般の通信システムには傍受不能だ。しかも、宮殿の全てを管理するAIユピテルが断言するのだからまちがいない。
『また、お気に障った様子です』とR1。
『それだけではないようです。原因が判明したら知らせます・・・。
会話に戻りましょう』
「遺体ですね。損傷部を再生します」とユピテル。
内部照明に照らされた培養装置内から八本のアームが伸びて、遺体収容カプセルがストレッチャーから外され、培養器の培養槽に寝かされた。ストレッチャーは培養装置外へ移動した。
培養溶中でカプセルが開かれて遺体が出された。カプセルは培養槽から取り出されて培養装置外へ移動した。
培養液の中で遺体から衣類が取られ、損傷部を中心に遺体は洗浄されて培養液が入換えられた。身体各部にセンサーとチューブが装着され、さらに複数の支持アームが現れて、遺体はそのまま培養槽の溶液中に固定された。
「遺体にしますか?再生しますか?」
ユピテルが培養装置を通じて伝えた。培養槽中で複数のセンサーが遺体を確認している。
「遺体は退役したオリジナルに、再生体はレプリカンのソルジャーにしてください。それが、故人の希望でした」
R1はマニュアルどおり指示した。
「了解です」
遺体の隣の培養槽が内部照明に照らされ、培養液中に複数のノズルが現れた。支持アームの上に細胞を噴射して、踵から、行政官の身体を複製している。
複製した身体組織には、順次、複数のセンサーとチューブが接続されてゆく。
「もう一度確認します。退役したオリジナルは家族へ届けるのですね?」
もう一方の培養槽では細胞噴射によって遺体の頭部が再生してゆく。
「そうです」とR1。
「では、オリジナルは頭部の再生完了とともに意識記憶バックアップを転送して、蘇生、睡眠させます。記憶は、退役、に変更します。
レプリカンのソルジャーは、散開惑星リブラン(リブラン王国)のスペースソルジャーの意識記憶を転送して、睡眠させます。
二名とも五週間で成長が完了して、覚醒します。
私から遺族へ、激務にて退役しました、と内容証明付きで退役連絡しました」
散開惑星リブランは、かつてのリブラン王国の宙域だ。
「いつも、嫌な役まわりをさせてすみません」とR1。
「気にしないでください。最良の謝罪と、最良の処置をしています」
『蘇生した行政官は隠居生活できるのですから、ディノスに比べて温厚なラプト族にとって、退役は望まれた事かも知れません』
ユピテルはラプトに対して好意的だ。
『はい・・・』
R1はユピテルの思いを感じたが、それには触れなかった。
ラプトは、ラプトールから進化したヒューマノイド、つまり人型生命体で、ラプトロイドだ。そして、ディノスは、ディノサウルスから進化したヒューマノイドのディノサウロイドだ。温厚なラプト比べ、ディノスは遥かに好戦的だ。
『皇帝が、グリーゼ国家連邦共和国と同盟を結んだのは、戦略の第一段階です。
グリーゼのテクノロジーをダイナスに導入した今、第二段階に入りつつあります。
阻止しなければなりません・・・』
『了解です、ユピテル』
『気をつけるのですよ』
『はい』
ユピテルの説明に、R1は、緊張している自分を感じた。
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