第12話 父上の悪戯
「長正、寛四郎、紀子、虎彦、今日はわたしの客人が来るからきちんとした格好をしておきなさい」
華道をした日から2日後、朝食を取っていると父上から私達に向けて話をしていた。
「父上、どなたがいらっしゃるのですか?」
長正兄さまがすかさず聞く。
「3人いらっしゃる。ひとりは高貴な方がお忍びでいらっしゃるからきちんとした正装で向かえる準備をさしなさい」
「「「「承知しました」」」」
高貴な方って誰だろう。
西郷頼母?神保しゅり?
とりあえずわたしは朝食後、千代を連れて倉庫にきた。
「紀子様、紀子様のお着物はこぢらでございます」
「ありがとうございます。この中で正装はどれでしょう?」
「正装だとこぢらの薄い桃色か黄色のお着物ですがね」
「桃色と黄色か、、、どちらがわたし似合うと思う?」
「そっすね、、、本日は黄色のお着物はいかがでしょうが」
「黄色、、すごくきれいね。じゃあこれでお願いします」
「はい、準備いだします」
わたしと千代は着物を持ち、私の部屋へ向かった。
すると、虎彦が走ってわたしのもとへ来た。
「姉さま!姉さまは何色のお着物にされますか??僕も同じ色のお着物を選ぼうかと!」
「あら、今日もお揃いにするの??わたしは黄色のお着物よ」
すると虎彦はうつむいてしまった。
どうしたんだろ、、、
「虎彦坊ちゃん、黄色は確かお持ちではねーっすよね、、?」
「、、、はい」
「あら、そうだったの。でも桃色も無いだろうし、、、」
普段の着物であれば散歩のときに着たように青や緑もあるからお揃いにしやすい。
でも黄色の着物は虎彦は持ってなかったようだ。
どうしようかと悩んでいると千代が思い立ったように発した。
「寛四郎坊ちゃんの幼少期のお着物の中に、正装で黄色のお着物があったはずっす!虎彦坊ちゃんが着てもいいか寛四郎坊ちゃんに聞いできますね」
みんなお下がりとかではなくて昔のも取ってある感じ?!さすが良家、、、
「千代!僕も行く!」
「へぇ、では一緒にいぎましょう。紀子様、着物は別の使用人が着付けを行いますのでお待ちいただいてもいいでしょうか」
「もちろんです。虎彦をよろしくお願いします」
「はい」
すると千代は持っていた着物を近くの使用人に渡し、虎彦の手を取って寛四郎兄さまの部屋へ向かった。
「では行きましょうか、よろしくお願いします」
わたしは40代くらいの引き継がれた使用人の方に挨拶をし、部屋へ向かい、着付けをしていただいた。
「お嬢様、着付けは終わりました。髪結いはどうしましょうか?」
「んー、簪は赤のをつけてくださいますか?あとはお任せします」
「へぇ、かしこまりました」
すると虎彦が私の部屋に来た。
「姉さま、入ってもよろしいでしょうか」
「えぇ、着替えは終わったからいいわよ」
すると虎彦が入ってきた。
「寛四郎兄さまにお許しを頂けたのね。お礼は言ったの?」
「はい!虎彦に似合ってるからと頂きました!」
「まぁ、よかったわね。似合ってるわよ」
「えへへ///」
虎彦は照れたように頭をかいていた。
「紀子様、よろしければお化粧もわだすがやりましょうか」
虎彦と一緒に入ってきた千代が声をかけてきた。
「あ、千代さん、虎彦のわがままに付き合ってくださってありがとうございます」
「とんでもねぇっす!虎彦坊ちゃんからきちんと寛四郎坊ちゃんへお願いしてましたのでわだすは着いていっただけです」
「それでも。ありがとうございます」
「いいえ、、お化粧はどーしますか?」
「あ、じゃあお願いしてもいいですか?」
「へえ」
すると流れるように次々と化粧をしてくれた。
これまでは紅とお粉しか使ってなかったが、どうやらアイブロウのようなものもあるようだ。
これは覚えておかなければ、、、
「出来上がりました。紀子様、とてもお美しいっす」
熱心に鏡越しに千代がやってくれる化粧を見ているといつの間にか完成していたようだ。
「まぁ、自分じゃないみたい!2人ともありがとうございます!」
「うわぁ、姉さま、いつも以上におきれいですね!」
虎彦がまたキラキラした目をしながらわたしに言ってくれた。
すると廊下から別の使用人が声をかけてきた。
「紀子様、お客様がそろそろいらっしゃるそうで、大広間に集まるようにと旦那様が」
「えぇ、わかりました。虎彦、行きましょうか」
わたしは手を出した。
「はい!」
虎彦も手を繋ぎ、私達は大広間へ向かった。
玄関へ到着すると長正兄さまと寛四郎兄さまが既にいらっしゃった。
「おぉ紀子、今日は一段と綺麗だな」
長正兄さまは3歳しかかわらないのに大人というかスマートに褒めてくれる。
「ありがとうございます。長正兄さまも本日は一段と凛々しくとても素敵です」
「あぁ、ありがとう」
「寛四郎兄さま!お着物ありがとうございます!」
「おう!紀子とお揃いにしたいって言われたら渡したくなるだろう。それに俺はもう着ないからな笑」
寛四郎兄さまと虎彦はふたりで話をしていた。
「おぉ、みな揃ってるな」
すると父上と母上がいらっしゃった。
「紀子と虎彦はお揃いにしたのか」
「あら?虎彦のお着物、、、」
「寛四郎兄さまがくださいました!」
「紀子とお揃いにしたいってお願いされまして。それにわたしももう着れませんので虎彦へ譲りました」
「そうだったのね。虎彦、似合ってるわよ」
「えへへ///」
すると使用人のスギさんがわたしたちに声をかけた。
「旦那様、皆様、篠田さまがいらっしゃいました」
ちょっと待って、今日の来客って儀三郎殿なの?!
「ち、父上、本日の来客って、、、」
「あぁ、篠田親子も呼んだんだ笑」
「先に言って欲しかったです、、、」
「ハハハッ!すまんすまん、驚かせようと思ってな笑」
まったく父上は、、、
「千代、篠田たちに上がるように伝えてくれ」
「はい」
スギさんが玄関へ向かい、少しすると篠田さまと儀三郎殿がいらっしゃった。
「本日はお招き頂きありがとうございます」
篠田さまが父上に向けて挨拶をしていた。
そして続いて儀三郎殿も挨拶をする。
「わたくしまでお声をかけていただき感謝申し上げます」
「そんな固くなるでない。さ、席に着いてくれ」
「「はい」」
篠田親子は準備された席に着いた。それはわたしの向かい側の席で、ちょうど真向かいに儀三郎殿がいらっしゃる。
わたしが儀三郎殿を見ると儀三郎殿と目があってしまった。
「…///」
わたしは先日の散歩の際の会話を思い出してしまい、とっさにうつ向いた。
「紀子殿、先日の帰りぶりですね。お元気でしたか?」
「あ、はい…儀三郎殿もおかわりありませんか?」
「はい。今日もお会いできること、楽しみにしておりました」
「あ、えっと、わたくしもでございます。。」
わたしが弱々しく返答すると父上が豪快に笑っていた。
「アハハッ!初々しくていいなぁ」
「ち、父上…///」
「儀三郎、よろしく頼むよ」
「はい、萱野さま。紀子殿と祝言をあげれますよう精進いたします」
「これ!」
儀三郎殿がそう言うと篠田様が儀三郎殿の肩を軽く叩いた。
「すみません紀子様、愚息が失礼なことをしたらすぐに私に申し付けください」
「はい笑 ありがとうございます^^」
そんなこんなでしばらく話をしているとまた千代さんが部屋へ来た。
「旦那様、上様がお見えになりました」
「そうか。私が出迎えよう」
上様、、?
ほんとに松平容保が来るの、、?
え、やばくない?
少しすると母上が正座のままお辞儀をした為、全員同じくお辞儀をした。
下を向いているとき、先ほどまで父上が座っていた上座に誰かが座り、わたしの隣に誰かが来た。
「あたまをあげてよいぞ」
顔をゆっくりあげると、上座には松平容保が、隣には父上がいた。
「萱野、今日はすまぬな」
「とんでもございません。ようこそいらっしゃいました」
この人が松平容保、、、
身長は高くないものの、目力が半端ない。そして異様なオーラ。
この人があの松平容保。。。
松平容保は1862年に京都守護職に任命された。
そして1864年の2月に京都守護職を解任。
同年の4月には西郷頼母をはじめとした周囲の反対を押しきり、また京都守護職に復職した。
その影響で会津は軽い貧困に陥り、民を、会津を守るために西郷頼母殿や父上である萱野権兵衛など家臣が必死に考え、動いていたと言う。
そして1868年に鳥羽・伏見の戦いがあり、旧幕府軍は敗北。ここで当時将軍の徳川慶喜が夜逃げをするが、一緒に松平容保も江戸に逃げた。戦で戦い、手負いになった、戦死した会津藩の兵士を置いて。。
京都に会津藩のみんなを置いて江戸に逃げる卑怯者。
そんなことしか頭には浮かばなかった。
「萱野、隣のおなごが言っていた娘か」
「はい、紀子と申します。ほれ紀子、ご挨拶を」
「…萱野紀子と申します。」
「…ほう?なかなか肝が座ったおなごのようだな。わたしを見てもそのような目でいれるとは」
「……」
わたしは目の前にいる松平定信を軽蔑するような目で見ていたのだろう。
裏切り者の松平容保。一度会津を捨てた松平容保。
西郷頼母の言うとおり、京都守護職になんてつかなければ会津は火の海にならずに済んだのに。
全部こいつのせいで、、、
そう思うと軽蔑と憎しみが入り交じった感情で絶対にわたしから目を離すことはしなかった。
「紀子は私に似まして、とても度胸のある子に育ちました。たまに心配ですが、、、」
父上はなんとなく気付いているのだろう。
「篠田、そちの隣にいるのが息子か」
「はい、私の愚息でございます。」
「紀子と祝言をあげるそうじゃな」
「恐れながら、左様でございます」
篠田様はそんなに位が高くないからあまり慣れていないのだろう。
「そち、名は」
松平容保は儀三郎殿に向けて話しかけた。
「篠田儀三郎と申します。本日は上様にお会いできたこと、嬉しく思っております」
「ほう、若いのに礼儀を知っとるな。さすが田中の孫じゃ」
「ありがたきお言葉、感謝申し上げます」
「肝の座ったおなごに礼儀正しい藩士か。言い組み合わせじゃな。今日は祝いの品を渡そうと思ってな」
祝いの品?
わたしが疑問に思ってると父上がすかさず言葉を投げた。
「殿、恐れながら、祝言をあげるのはまだ2年後の話でございます。」
「おぉ、しっとる。私もずっと会津にいるわけではないからな、先に渡してしまおうと思って。そこの者、荷物を持ってきなさい」
すると松平容保の付き人が小さな箱を持ってきた。
「漆の盃だ。祝言をあげる時はこれを使ってくれ」
「なんと!わざわざありがとうございます。ほれ、紀子もお礼を申し上げなさい」
「私どもなんかのために貴重な品をありがとうございます」
わたしがお辞儀をすると続いて儀三郎殿がお礼を言った。
「上様、ありがとうございます。必ず立派な藩士となり、この盃を使わせていただきます」
「これくらいいいのじゃ。萱野も篠田も信頼する家臣じゃからな」
そんな人たちをあなたは捨てるんでしょ。
わたしは心のなかでそう思っていた。
「さて、余は帰るぞ」
「ではお見送りを、、、」
「うむ。紀子、儀三郎、よき縁に巡り合えたな。また会おう」
「はい。本日はありがとうございました、お気をつけてお戻りくださいませ」
わたしがそう言い、お辞儀をするとまたみんなが続いて足音が聞こえなくなるまでお辞儀をした。
「みな、殿がお戻りになった。顔を上げなさい」
心なしかみんなが安堵の表情を浮かべている。
「姉さま!僕お利口でしたか?!」
虎彦がすかさずわたしのもとに飛んできた。
「えぇ、よく頑張ったわね」
わたしは微笑みながら可愛らしい頭を撫でていた。
「では私達も失礼させていただきます」
「あら、篠田様、もうお帰りになるのですか?」
篠田様が帰ると言い、母上が声をかけた。
「はい、家内が夕飯を作って待ってますので…」
「あら、それは大変!紀子、玄関までお見送りを」
「はい。ではご案内いたします」
「あぁ、紀子、私も行こう」
わたしが案内をする為立ち上がると、父上もついてきた。
そして玄関先で挨拶をしていると儀三郎殿から声をかけられた。
「あの、紀子殿」
「なんでしょう?」
「こちらの生け花は紀子殿が生けたのでしょうか」
「あ…左様でございます。まだ母上に習い始めたばかりでできが悪いのであまり見ないでいただけますか///」
「とてもお上手です!それにしても何となく親しみがあるような、、、」
まずい、こないだの一場面をイメージしてるってバレちゃう
「そ、そうですか?不思議ですねぇアハハ…」
「まるで先日お話させていただいた日のようですね」
「そ、そうとも思えますね///」
バレとる、、、!完全にバレとる!!
「これ、儀三郎、名残惜しいのは分かるが、そろそろ戻るぞ」
儀三郎パパ、ナイス!!!
「儀三郎、またうちに遊びに来るといい。1人でも歓迎するぞ」
「萱野様、ありがとうございます。是非またお邪魔させていただきます」
父上は満足げにうなずいていた。
「では、本日はありがとうございました。失礼いたします」
篠田様がそう言うと、2人ともお辞儀をして帰っていった。
「紀子、私の部屋に来なさい」
「……はい」
あぁ、きっと怒られる。
そう悟った瞬間だった。
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