第8話日常

次の日、朝食を父上も含めて家族全員で取っていた。

昨日から一緒に寝るようになった虎彦は私にベッタリで席も隣。

わたしは母上と虎彦に挟まれるように食事をしていた。

「今日は昼前には戻れるだろうから、久しぶりにみなで詩でも作ろうか」

「詩ですか、、?」

わたしは父上に問いかけた。

すると、長正兄さまが教えてくれた。

「歌集だよ。たまに家族で集まって季節の詩を作ってるんだ。紀子は詩の才能があったんだぞ!」

わたしが、、?

「そうですか、、」

「久しぶりに集まるんだ、いままで恒例でやってたことを少しずつやっていこう。そうすれば紀子も少しずつ思い出すだろう」

「そうですね、紀子、あとで母と昔作った歌集を見てみましょうか」

「はい」

「母上!虎彦も見たいです!」

「そうね、一緒に見ましょうか」

「長正、寛四郎、それまでは私と稽古をするぞ」

「「はい!」」


詩か、、、

5/7/5は小学生のときに作ってたけど、、、


食事を終え、父上をお見送りしたあと、私と虎彦は母上と広間へ向かい、これまで作ってきた詩を見ていた。

兄2人は今日は日新館は休みのため、家で勉強をするらしい。休みなのに遊びたくないのかな?


「これは今年の春に紀子が吟った一句ね」


さくらみち

静けさの中舞い落ちる

恋しき景色もきっとここまで


わたしはこのうたに少し違和感を感じた。

偶然かもしれないが、紀子はもう自分はこの景色が見れないことを悟っている?

たまたまかもしれない。気付いてなかったのかもしれない。でもわたしにはこの詩が[もう大好きなこの桜道は見れない]と言っているようだった。


前に母上は長月って言ってたからいまはきっと9月頃だろう。

そうなると気を失ったのは6月頃、、、


「そういえば、これも同じ日に書いてたわね」

「見せてもらえますか?」

「えぇ、皆の前で吟ってはなかったけど、一緒に書いてたのよね」


方翼の

翼が揃い両翼に

描いた未来は片割れに託そう


私はこの詩をみて確信した。

紀子は自分じゃなくなる日が近いと悟っていた。

でもなんで?

はじめの一句だけみたら、自分が死ぬと思ってた可能性も考えられる。

でも2句目をみて確実に自分の自我がなくなり、もう一人の自分が現れるとわかっていた。


「、、姉さま...??」

「.......ぁ、虎彦どうしたの?」

「いえ、、すごく怖い顔をされてたので、、、」

「あら、どうしましょ、具合悪い?」

「あ、いえ!そんなことはないです!虎彦、ごめんね、自分が何でこの詩を書いたのか考えてたら怖い顔になってたのね笑」


わたしは笑ってごまかした。


「そうなんですね!よかった!また悪い虫が来たのかと思って!」

「うん、悪い虫は来てないから大丈夫。ありがとう虎彦」


笑いかけながら頭を撫でると虎彦は嬉しそうに笑いながら私を見ていた。

天使だなぁ。。

そんな様子をまた、母上も微笑んで見ていた。


そして昼前に父上は約束通り戻ってきて、お昼を済ませると兄さま2人と稽古をしていた。


わたしは午前中に母上からもらったこれまでにみんなが書いていた詩をずっと見ており、虎彦はお昼を済ませるとわたしの膝で眠ってしまった。


稽古が始まって2時間ほどたった頃、父上が私の部屋に訪ねてきた。

「おや、虎彦は寝てるのか」

「はい。ぐっすりです。それにしてもどうなさいましたか?」

「そろそろみんなで集まろうかと思ってな。虎彦を起こして広間に来てくれるか?」

「はい、父上」


わたしが返事をすると父上は自室へ戻られた。


「虎彦、虎彦」

「......ん、、姉さま」

虎彦はそう言い、わたしに抱きついてきた。

まだ寝ぼけてるのね笑

「虎彦、そろそろみんなで集まるって」

「んー、、、わかりました、、、」

私が頭を撫でながら声をかけると

目を擦りながら起き上がる虎彦。

ほんと天使のような子。

「姉さまへの詩作ってくれるんでしょ?」

「ぁ!そうでした!姉さま楽しみにしててくださいね!」

「えぇ、楽しみにしてるわ笑」

「いきましょう姉さま!」

「はいはい笑」


わたしは虎彦に手を引かれながら大広間へ向かった。

大広間にはすでに父上以外が集まっていた。

「虎彦、ゆっくり眠れた?」

「はい母上!」

「そう、よかったわね」

「虎彦はずっと紀子といるなぁ」

「ホントだよ。そろそろ俺たちと稽古しなきゃいけないんじゃないか?」

長正兄さまと寛四郎兄さまが意地悪な顔して虎彦にそう言った。

「ぼ、僕、まだ姉さまといたいです、、、」

「その大好きな姉さまを守るために稽古はするんだぞ?兄さまたちも父上と一緒に家族を、そして会津を守るために稽古してるんだから!」

「僕が強くなればもう姉さまに悪い虫来ない、、?」

「あぁ!こないだは俺たちがいなくて守ることができなかったけど、虎彦ならずっと紀子といるんだし、守れるよな?」

「、、、わかりました、明日一緒に稽古してください!」

「長正兄さま、まだ5つの子には早いのでは、、、」

「俺らだっていまの虎彦くらいから簡単な稽古はやってたぞ?なに、危ないことはしないから安心しろ」


長正兄さまがそこまで言うなら大丈夫だと思うけど、、、


「なんだ、虎彦も稽古始めるのか」


そんな会話をしていると、父上が着物に着替えて自室から出てきた。


「はい!姉さまを悪い虫から守るためです!」

「そうか、じゃあいっぱい稽古しないとな。誰かを守るのは一番大変なんだぞ?できるか?」

「はい!精一杯努力します!」

元気よく返事をした虎彦はわたしをみてニコニコ笑っていたのでわたしも微笑み返した。


「よし、いい返事だ!みんな集まったことだし、そろそろ始めるか」


父上がそう言うと、使用人たちが一人一人の目の前に筆と墨と短冊を持ってきた。


「じゃあ書けた者から順に発表しようか」

「「「はい」」」


んー、何を書こう。

どうせなら会津にまつわる単語を入れたいな、、、


会津、、、

白虎隊、、

桜、、、

紅葉、、、

雪景色、、、


あ、そういえば、長州の人達は冬になるのを恐れてたな。

会津という地域は盆地で冬にはとんでもない量の雪が降る。南から来た人達にとっては足止めになってしまうと、急いで進軍してきたことを思い出した。


しんしんと

降り続く雪

恋しかな

会津の先を思いて

キミを守ろう


よし、できた。

雪が予定より早く降ってくれれば

もしかしたら少しは戦況が変わるかもしれない。

会津が大敗し、白虎隊も、お父様も自害をしなくて済むかもしれない。

そんな願いを込めて書いた詩。


「できました」

「お、どれ、紀子読んでみなさい」

「はい。


しんしんと

降り積もる雪

恋しかな

会津の先を思いて

キミを守ろう



「ほう、どんな気持ちで書いたのだ」

「会津は強いです。さらに強くなるのが雪が降ったとき。南の方の敵がもし会津に戦を仕掛けてきても、雪の中の戦など、無謀なことはしないでしょう。ただ、会津の人は雪の中での戦い方を知っています。雪さえ降ってくれれば、きっと戦が起きても会津は負けない。雪が会津を守ってくれる。そう願って書きました」


「、、、、、」

お父様は黙ってしまった。

きっと昨日、現世で見た歴史の話を思い出してるのだろう。

「紀子。素晴らしい詩だな。だが、会津は雪が降らなくても強いぞ。安心しなさい」


長正兄さまはそういい、続いて虎彦が言った。


「そうです!姉さまは僕が守ります!」

「虎彦、、笑

 ええ、ありがとう笑」


「しずれいします。旦那さま、お客様がいらっしゃいました」

突然、千代が大広間に来て来客の知らせを持ってきた。


「今日は誰とも約束をしていなかったはずだが?」

「それが、篠田様が息子さんを連れていらっしゃってまして、、、」


、、篠田?


「儀三郎もいるのか!」

急に寛四郎兄さまが立ち上がった。


「寛四郎兄さま、お知り合いですか?」

「あぁ、日新館で俺の下の学年の子なんだが、賢いしその年代の主将なんだ!多分白虎隊に入っても副隊長にはなれるだろう!」

「ぁ、、、そ、そうですか。。。」

篠田儀三郎。

わたしはこの人の写真をみて気を失った。

こんなところで対面することになるなんて、、、

「わかった、今家族で詩を作ってるんだ、2人も呼んでくれ」

「かしこまりました」


しばらくすると、千代さんが篠田親子を大広間へ通した。


「急にどうした、篠田」

「はい、わたしの倅が寛四郎ぼっちゃんに良くしていただいていると聞きまして、お礼に参りました。儀三郎、挨拶しなさい」

「14になりました、篠田儀三郎と申します。げんざいは日新館に通っておりまして、寛四郎様には良くしていただいております」

「そうなのか寛四郎」

「良くしてるというよりも、儀三郎は責任感があって頭がいいのでどうしてその考えになったのか、私が聞いて学ばせていただいていただいてます」

「そうかそうか、子供ながらに責任感があるとは、素晴らしいな」


この子が篠田儀三郎、、、

わたしの1歳下になるのか。


「紀子、どうした?、、、そうだ、紀子が今書いた詩をもう一度読み上げてみろ」


「え?でも、、、」

「俺は好きだったぞ?もう一度聞かせてくれ」

「はい、父上」


そしてわたしはもう一度先ほど書いた詩を一句読み上げた。


「いやー、素晴らしいですね!」

儀三郎の父親が褒めてきた。

「紀子様でしたよね?お身体が優れないとお噂がございましたがもう大丈夫ですか?」

「はい、もう大丈夫です、ご心配おかけして申し訳ありません」

「そんな、とんでもございません!紀子様がうちの儀三郎と一番年齢が近いですので以後お見知りおき下さいますと嬉しく思います」

「篠田儀三郎様ですね、萱野紀子と申します。16になります。どうぞよろしくお願いします」

わたしは父上の顔をたてるため、できるだけ笑顔で挨拶をした。

すると、篠田儀三郎は無言でお辞儀をしてきた。

「儀三郎、ここは外ではないからおなごと会話してもいいんだぞ」

寛四郎兄さまがそう言った。

「いえ、教えですのでなるべく話さないようにしております。」

「そ、そうか」


そう。

日新館には[什の掟]というものがある。


一、年長者の言ふことに背いてはなりませぬ

一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ

一、卑怯な振舞をしてはなりませぬ

一、弱い者をいぢめてはなりませぬ

一、戸外で物を食べてはなりませぬ

一、戸外で婦人と言葉を交へてはなりませぬ


そして最後に

「ならぬものはならぬものです」


会津藩士にとっての心得のようなもので、日新館で教えていたと、わたしも小学生の時の先生から教えられたことがある。


幼いながら真面目な人なんだなぁ、、、


そう考えていると、父上が儀三郎さんに向けて言った。

「儀三郎といったか。お前も子供たちと一緒に詩を考えてみなさい」

「詩ですか、、?」

「あぁ、お前が思うこと、好きなこと、嫌いなこと、なんでもいい。詩に思いをのせるんだ」

「かしこまりました、挑戦させてください」


そう言うと篠田儀三郎は寛四郎兄さまの隣に座った。


「千代、儀三郎の分も炭と筆を持ってきてあげなさい」

「かしこまりました」

「篠田殿、私たちは少し庭で話そうか」

「はい、承知しました」

「みな、ちゃんと考えておくのだぞ。父が戻ったらみなの詩を聞くとしよう」

「「かしこまりました」」


そう言うとお父様と篠田様は庭に向かわれた。


「虎彦、書けた?」

「まだです!姉さまはまだ見ないでください!」

「フフッわかったわよ笑」


わたしはふと篠田儀三郎をみると、ピシッと正座して筆を走らせていた。

良くみると鶴ケ城で見た写真とちょっと違って、目はキリッとしてるがきれいな顔をしてるな、、、


「あら、紀子、儀三郎様を見てるの?」

わたしの視線に気付いたお母様がこそっと話しかけてきた。

「あ、いえ、座り方きれいだなと思いまして、、、」

「そうね、きっと立派な会津藩士になられるでしょうね」

会津藩士、、、

こんな人が自害してしまうなんて。

しかも【勘違い】で。


「姉さま!できました!」

「あら、よかったわね」

「へへっ楽しみにしててください^^」

「わかった、楽しみにしてるわね笑」


「寛四郎と儀三郎は書けたのか?」

「僕は書けました。儀三郎どうだ?」

「はい、私も書けました」

「ではあとは父上を待つだけだな」


確か、儀三郎様のお母様が家老の田中土佐の養女だったよな…

結構周囲の目を気にするだろう。立派な人なんだな。


そんなことを考えていると父上と篠田様が戻ってきた。


「みな、詩はできたか」

「はい、父上、私から順に詠んでもよろしいでしょうか」

「よし、では長正から順に、寛四郎、儀三郎、虎彦で詠んでみなさい」


長正兄さま、寛四郎兄さまが読み終わり、次に儀三郎の順番になった。


「では私も詠ませていただきます。


一目みて

思い出すのは朝桜

ざわめく訳は

他生之縁か


「、、ほう。深くは聞かないようにしよう。素晴らしい詩だな」

「ありがたきお言葉です」


他生之縁?どういう意味?

周りを見ると父上と篠田様、そして母上は微笑んでいて恐らく意味がわかっている様子だ。

綺麗な桜が忘れられないとかかなぁ


「では最後に虎彦、詠んでみなさい」

「はい!わたしは姉さまに向けて書きました!


姉さまの

綺麗な声で朝迎え

今日も1日

いい日になりそう


以上です!」


....すごいキラキラした顔でわたしを見ている、、

母上と一緒に作ってたからきっとどんなことを書きたいか母上に伝え、母上が言葉を選んだのだろう。


「おぉ、ちゃんと詩になってるな!大したもんだ」

「ありがとうございます!姉さまに起こしてもらうと1日が楽しくなるので母上に書いてもらいました!」

「そうかそうか、虎彦は毎日紀子と寝てるから毎日いい1日になるんだな笑」

「はい!姉さまが目覚めてからは、より幸せです!」


虎彦がそう言うとみんなが愛おしそうに虎彦を見ながら笑っていた。


「そうか笑それはよかったな笑

 みな素晴らしい詩を詠めたな。しっかり保管しておこう。今日はこれで終わりにしよう」

「萱野様、本日はわたくしも貴重なご家族の時間に混ぜていただきありがとうございます」

「いいんだよ、儀三郎、これからは良く会うことになるだろう。何かあったらわたしに言いなさい」

「承知しました、ありがとうございます」

「じゃあ篠田、あとは頼んだぞ」

「かしこまりました。1度話してみます」


一体2人は何を話したんだろう。


寛四郎兄さまは儀三郎さんと話していた。

「儀三郎、また日新館でな!」

「はい、長正様、寛四郎様、本日は学びが多い1日でした。ありがとうございます」

「儀三郎、またいつでもうちに来るといい。今度は一緒に稽古をしよう」

「はい、是非」

「紀子!紀子も見送りしなさい」

3人のやりとりを見ていたところ、長正兄さまに呼ばれた。

「儀三郎様、本日は貴重なお時間ありがとうございました。お気をつけてお戻りくださいませ」

私がそう言うと、また無言でお辞儀をしてきた。

そして一言、「ありがとうございます」とだけ言葉を発した。


いや、什の掟はわかるよ??にしても帰りくらいちゃんと話しても良くない?

でも兄さまたちも外では同じようにしてるからな、、、


んー、現代とのギャップにはまだ慣れないなぁ


そう感じながら篠田親子をみんなで見送った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る