第11話 花嫁修業

「紀子、ちょっといいかしら?」

ある日、母上が私の部屋を訪ねてきた。

「はい、どうぞ」

「はいりますね」


母上がそう言うと、静かにわたしの部屋にはいってきた。


「紀子、今回篠田様のご子息と縁談のお話があるでしょう?そのために色々勉強した方がいいのではないかと母が考えてね。紀子がよかったら料理とか藩士の妻になる為の心得とか学んだ方がいいと思うのだけどどう?」


いわゆる花嫁修業ってことですか。。。


「………」

「あ、もちろん、もし篠田様のご子息とご縁がなくても、これから嫁ぐだろうからそのためにって思ってね」


わたしが返事をしないことで母上からフォローがはいった。


「……そうですね。学ばせていただきたいです。」

「そう、、よかった」


わたしの回答に母上は安堵したようだった。


「具体的にはどんなことを?」

「そうねぇ、わたしがやってきたことを教える感じだから食事の準備や裁縫、華道、そして妻としての心得の勉強って感じかしら」

「なるほど、わかりました。是非ご指導よろしくお願いします」

「よし!じゃあ準備してきますね。」

「はい」


花嫁修業かぁ、、、

料理は一人暮らししてたからある程度できるけど調味料とか色々違うのかな。

華道も女子高出身なことがあり、授業でちょっとやったくらいだし裁縫なんて一番苦手、、、


「はぁ、、、」


「姉さま、、?」

「あら、虎彦」

わたしがため息をつくと虎彦がヒョコっと障子から顔を出した。


「姉さま、ため息なんてついてどうしたんです?」

「姉さまはね、これから母上と色々お勉強しなきゃいけないの」

「そうなんですね!僕もこれからスギさんと稽古です!一緒に頑張りましょうね!!」


そう言うと走ってスギさんのところへ向かった。

スギさんのご実家は剣道の道場をしていたらしいが、スギさんが優しすぎるが故に藩士にはならなかったらしい。

ただ、剣道の経験者ということで、長正兄さまから始まり今は虎彦の稽古をしているという。


この家は使用人も優秀なんだなぁ


「紀子?準備できましたよ。今日は華道をしましょうか」

「わかりました」


母の後ろをついて広間に向かうと大量の華が置いてあった。


もうそろそろ10月になるからだろうか。

紅葉をはじめ、リンドウやコスモス、すすきなど秋の草花が沢山だった。


「すごい、、、」

「庭の草花とちょっと千代に買ってきてもらってたのよ。あとでお礼言っといてね」

「わかりました」


このように母上は使用人の方々へ感謝を伝えるように必ず言う。

父上が不在時、母上がこの屋敷の主となるわけだが、使用人含めみんなから慕われてる理由がわかる。


「さ、じゃあ基本から教えますね。これの名前はわかるかしら?」


母上はとげとげしたものを見せてきた。

あれはたしか、、、


「剣山、、でしょうか」

「あら、わかるのね!さすが私達の娘だわ!」


そりゃ学校で学びましたからね、、、

あのときのおばあちゃん先生は怖かったなぁ、、、


「じゃあこれは何に使うかわかりますか?」

「華を刺して立てるのですよね、、?」

「そう。どの方向から刺すか、それも華道の大事なところよ。」

「はい」

「じゃあ、1度好きに作ってみなさい。終わったらどんなことを考えて作ったか聞きますからね」

「わかりました」


わたしが選んだ花はすすきとコスモスを大量に、そして1本だけ紅葉の枝を取った。


紅葉の枝を後ろに一番高く、すすきは右側に紅葉の枝より少し低く、そしてさらに低く、コスモスを刺した。

たしか先生、全体を丸くなるように意識するときれいに見えるって言ってたな、、、


全体のバランスを見ながら長さを少しずつ調整し、終わりが見えそうになってきた。


「紀子、終わった?」

「すみません、もう少しお時間を頂けますか?」

「もちろん。完成したら教えてくださいね。母は後片付けしてますね」

「はい」


何かが納得いかない。

全体も丸い。でも何かが、、、


あ、すすきとコスモスを左右じゃなくて前後にしたらどうだろう。


わたしは紅葉の枝意外全部抜き、やり直した。

そして階段のように下からコスモス、すすき、紅葉の枝の準備で高さをつけた。


うん、いい感じ。


「母上、できました」

「あら、どれどれ?これはどういう意図で生けたの?」

「先日、虎彦と散歩に出掛けたのを覚えてらっしゃいますか?」

「ええ、覚えてますよ」

「その際、儀三郎殿と2人で話をしていたんです。その時を思い出して、コスモスが私、すすきが儀三郎殿、紅葉が若松城。わたしの心が揺れた瞬間をイメージして生けました」

「い、イメージ、、?」

「あ、その、その時を思い出して生けました」

危ねぇ、まだイメージなんて外来語、ここでは使わないよな、、、


「ふふっそうなのね。すごくいいと思うわ!いい?華道というのは誰かを、何かの瞬間を思いながら生けるとうまく行くんですよ。わたしがあなたのように花嫁修業をしていたときは何も考えていなくて先生にしかられてしまったのだけれど、父上に会ってから叱られることが少なくなったの。常に父上のことを考えながら生けてたから///」


少し頬を染めながら微笑む母上はとてもきれいだった。


「そうなんですね、、、」

「紀子は儀三郎殿のことを考えながら生けたのよね?」

「えっと、、そう、、ですね…///」

「あらら笑 お顔が真っ赤になっちゃったわね笑」

「……///」

「それにしても素敵ね!そうだ、玄関に飾りましょうか!」

「え!そんな、、、」

「父上も喜ぶと思いますよ^^」

「…そうですかね、、」

「そうよ!千代ー??」


母上は千代を呼んだ。


「千代、これを玄関に飾ってくれる?」

「まぁ!紀子様が生げたんですか?すてぎです!」

「あ、千代さん、素敵なお花を準備してくださってありがとうございます」

「とんでもねぇっす!わだすも花は好きなので紀子様、どんどん生けてくだされ」

「精進します^^」

「ではおぐさま、玄関に飾ってきます」

「えぇ、ありがとう」


千代はわたしの作品を抱え、玄関に向かった。


「それじゃ、紀子、今日はおしまい!明日はお料理をしましょうね」

「はい、本日はありがとうございました」

わたしは正座をして母上に向けてお辞儀をした。


華道、結構楽しいな。。

そして時間があっという間に夕方になっていた。

日新館のような学校に行けない身としてはすごくありがたい。

次に儀三郎殿がいらっしゃるのはいつだろう。

今日の作品が枯れる前に見てもらいたいな…なんて考えていた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る