004 歩ク天災

 あれから僕と01ゼロワンは日が暮れた際に出発をし、かれこれ1ヶ月は過ぎたと思う。


 日にちは数えていない。どうも長く感じて身体がだるくなりそうでストレス溜まる自信しかないから、彼女には聞かないでおく。


 行き先は検討もつかない。しかし、どうやら彼女には宛があるようだ。


 01ゼロワンのアカシックレコードによる知恵のお陰で、害のない植物や茸を掻き集めて食している。川辺では魚や動物の肉も食べられたが、基本的にはベリーや草ばかりで、少し痩せた。


 実を言えば、もう飽きた。お肉が食べたい。お肉が・・・


 「なぁ01ゼロワン、あとどんくらいなの?」


 「この辺りのはずよ、気をしっかり持って。」


 「ほげぇ・・・そこには肉はある?」


 「どうだろうね、何百万年も前に滅んだ文明の遺跡だから、奇跡を願うならあると思うよ。」


  心做しか彼女は、少し硬い表情をしている。


 「どうしたの?」


 「なんというか、その文明が滅んだ理由が分からない。その遺跡を見つけたという記録もないし・・・」


 「まぁ、その座標に行けば分かるんじゃない?それに、ロマンあるしね。」


 「そう?トーマが気に入ってくれるなら嬉しいわね・・・にしても、殺風景ね。」


 そこはジャングル。しかし、ジャングルとは思えない色合いである。


 「そう?」


 木の幹は少々青く、木の葉は紫かかっている。まるで別世界だ。でもジャングルそれを除けばジャングルのようにひたすらに似た風景が続いている。


 「そうよ。」


 僕は逆にこれが興味深かったけど、01ゼロワンの感性とは合わなかったのかな。


 どういう原理なのか、ここらの植物は光合成をしていないんだ。今思えばずっと霧が濃く、目が暗さに慣れて気づきにくいだけで、日光が非常に薄い。


 むしろこの霧自体が、蛍みたく発光している模様。


 「不思議な所だね。」


 「どうかな?エルフ村のがずっと不思議な場所よ。」


 彼女がこの光景に興味を持たない理由が何となく理解できた気がする。


 「1度は行ってみたいね、エルフ村。」


 まやかしの噂があり、エルフ村をめがけた人間は皆、記憶喪失となって帰ってくるとされている。


 「エルフと一緒なら入れるよ。」


 「僕は運がいいね。」


 「そうね、今度行きましょ。」


 そういえば、動物の気配はするものの、1匹もまだ目にしていない。警戒されているのか、餌を狙うプレデターなのか。どちらにせよ、いい気はしない。


 「あら、少し晴れてきたよ。」


 「・・・ん?」


 霧が晴れると同時にジャングルも抜ける事ができた。


 そう思っていた。


 だがそこは、透明な湖が目立つ開けた空間で、またすぐジャングルに覆われている。


 そして何より、ここら一帯の動物が姿を隠している理由を悟ったのだ。


 恐怖だ。


 それは大きかった。大きいとしか言いようがない程に巨大な生物。いや、動く山と言っても過言では無い程のもの。


 数十キロは遠くにいるそれは毛深く見えるが、よく見ればそれは木の根や葉っぱで追われていて、方には木が生えているような気がする。


 大きさで言えば、60階建てのビルより少しはみ出るであろう巨体。


 「すげぇ。まるで歩く天災だ・・・」


 「えぇ・・・たまげたわね。」


 「襲ってくる?」


 「どうだろう、記録がないから何とも言えないけど、ここらの生命体は見た感じ平和的よ。」


 「それはそうだね。水もあるし、ここで少し休んでく?」


 「うん。」


 僕にはこの場所はすごく神秘的に思える。寝そべって安らいでいたら、好奇心からか、動物達が姿を見せて近寄ってきた。


 それは今まで見たこともない生態系をしていたのだ。


 「・・・狐?」


 「私には鹿に見えるわ。」


 「どっちかと言うとトナカイじゃない?」


 「言えてるね、鼻が丸い。」


 この驚く程に透明な湖も、底まで視認できるのとそれを泳ぐ無数の魚が全て文字通り丸見えなのだ。


 「これでも興味湧かない?」


 「ちょっと湧いたわよ。」


 01ゼロワンはそう微笑みながら、近寄ってきた鹿だが狐だが分からない生き物を手の甲で撫でていた。


 もし僕が芸術家なら、これは言葉にするには勿体ないぐらいに美しい画だ、と呟いた事だろう。


 「なぁ、所でさ。」


 トーマの手には気がつけば、山崎12年のボトルが掴まれていた。


 「うん、どこから出した……なぁに?」


 彼女はすこぶるご機嫌のようだ。


 山崎、これもまたフルーツのような甘さを持っているが、同時にスモーキーな感じも持っている。一休みや食後にピッタリなんだ。


 「その滅んだやつ、なんて文明なの?」


 「ムー文明よ。」


 「ムーって、ムー大陸のムー?」


 「そうそう、因みに今座っている場所がそう、ムー大陸。トーマにも少しは知識あるんだね、驚きだわ。」


 「これでも自信はあるんだ、舐めないでもらえるかな。」

 

 ムー大陸。それは地震などの天変地異によって水没したとされている伝説上の大陸。それが存在したとされる痕跡は太平洋近辺で幾つか情報が見つかっているものの、その存在は今や否定されている。


 「でもそれは沈んだんじゃ?」


 「正確には違う。だから上空や海底からは絶対に見つけられない場所なのよ。」


 「ならどうやって僕らここまで来れたの?」


 「気づかなかった?私たちは1度も坂を登っていない。ひたすらに10度くらい傾いている道を下っていたわよ。」


 「霧の辺りからは上っている気がしたけど・・・」


 最初から今に至るまで下っていたことに気が付くのは至難だ。地上に立って地球が平だと錯覚するのと同義だ。


 「・・・それがどう、この場所に結びつくの?」


 「要は私たちは地中を彷徨っていたのよ。そして霧の辺り、まさにそこから坂を上がりはじめた。でもその先は地上ではなく、海底の水圧が作り上げた層・・・ドームと言うべきところへと抜けた。」


 「なるほど・・・つまり海底ではあるけど、そのドームの外からは、あまりの水圧に光も出られない・・・又は入れない。だから見えない・・・か。」


 「その息!空気がここに閉じ込められているのもそれよ。更に、プレートの動きにより、この大陸は数百キロは移動し続けているという。」


 「大体はわかったよ。でも、1番の謎はやっぱり、なんで水没したのかじゃない?」


 「核戦争だわ。」


 「核戦争・・・?」


 「核戦争。ここにいる動物たちの外見、環境に適応した進化というより、急激な変化を遂げている。だから狐なのか鹿なのか分からないような混合した姿になっている。これは核が齎す影響と一致するのよ。」


 いくら深海と言えど、光をも閉じ込める水圧・・・


 核の威力で擬似ブラックホールが生み出され、この場所こそがその擬似ブラックホールの中心なのだ。


 これがムー大陸である。

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