020 オカエリ

 ゴッド事件から半年が経った現在、終焉ジ・エンドの噂は聞かなくなり、人は彼がゴッド事件で死んだのだと議論を終えた、ニュースでしつこく観せられていた。


 それを悲しむ人は1人として居なかった。むしろ、世界はより団結したかのように一概となって喜んでいた。


 それもそのはず。


 彼を想っていた人々は、彼の、いや人としての最期に相応しい、最も美しい死と謳われたからである。


 自粛宣言で仕事を無くした人や鬼化デーモンに支えを奪われた人らがストレスを抱えていたことも相まって、これにより世界各国で自殺が多発。


 美しい最期のためにと、人は終焉ジ・エンドに心を魅了されていたのである。


 しかし、彼は死んでいなければ、死にかけてすらいない。


 ピンピンしているのであった。


 これを利用し、ロシアでは青いクジラ、通称、蒼鯨そうげいというディープウェブをプラットフォームとするゲームが流行。


 蒼鯨そうげいは、プレイヤーの度胸を煽る肝試しのようなものという。


 最初はそのゲーム内で動物や人を殺したり、解剖に改造させることで非人道的な思考にプレイヤーを誘導する狙いがあるとされる。


 しかしそれは、序の口に過ぎず、事はエスカレートする。次第にそれは、プレイヤーが監視されている、又は仲間だと思い込ませ、現実に視野を向けさせる。


 そうして、蒼鯨そうげいからの命令で、自分の手首を切らせたり、爪を剥がせたりと、本格的にそれは本性を露わにする。ときには、他人を傷付けさせる命令も出ると聞く。


 ここまでの過程で洗脳されたプレイヤーはこれらを肝試し半分で実行する。そして、社会的に居場所が危ういと感じたらそれが最後。


 ゲームは最後の命令を出す。


 自殺しろ。


 馬鹿馬鹿しいが、実際に対処できない数がこのゲームを通して命を落としている。


 「こんなのが流行ってんのかぁ。自殺できたら苦労しないんだけどなぁ。」


 トーマは呑気であった。


 世界中が彼に対する勘違いで大きくベクトルをズラして進行する中で彼は、呑気な様子である。それに留まらず、少し不満を抱いてる。


 「違うってば。ただぶっ壊しただけやって……」


 LEDではない時代遅れな古臭い赤がかった照明で視界もままならない神秘的な空間で、ノートパソコンをカウンターテーブルにのせて座っている。


 カウンター越しには数百ものウイスキーやジン、ラム等が並べられている。


 バーである。しかしお客様は居ない模様。


 その画面には青い鯨と大きくタイトルが書かれていた。


 僕の能力は僕の意志とは関係なく始動することがある。言わゆる暴走ってやつ。


 僕が意識を失った途端にそれは自我を持つ仕組みだと思うが、それが原因で、原子単位で滅んでも原子から再生をしてしまう。


 要は、僕は死ねないという訳。


 あのNo.2のなら、僕の能力を弱体化できて死ねるかもしれないけど、あいつはまだその域に達していないね、ごめんけど。


 相殺するだけじゃ駄目だ。


 「まぁ、死にたいって訳でもないんだけどね。」


 何度か死んで判ったけど、特別なことは何も無い。人格ってのは記憶から成り立っている。死んだ友の記憶さえ保管できてそれをAIかロボットにインプットすれば、それは間違いなくその友だ。


 割かし難しいことは何も無いんだよね。


 造ったそれに意志はないというけれど、それは製造者が、意志を持たせまいとプログラムを組んでいるからなんだよね。


 極端な話だけど、プログラムの過程で、学習機能を元に自分で、人間に近い適切な答えを計算しろ。という命令系が入っている時点で、それに意思が宿ることは生涯ない。


 これに気づけば、AIは遥かな進化を遂げるだろうね。まぁ、上の人らはそれを知っていて独占する為に情報を教えていると考える方が妥当だけどね。


 脱線したけど、そんな感じで意識して作り込めば、命を甦らせるのは容易いんだ。


 こんな感じにね。


 「コーヒー、持ってきたわよ。」


 「おかえり、01ゼロワン。」


 「ただいま、バカトーマ。」


 どうにかこうにかトーマはバーを設立していたという訳だが、ここにきてコーヒーを嗜む精神はいかなものか。


 場所はムー大陸ことダンジョン。海面に浮上していることもあって海流により、常に三角形をイメージするように移動し続けているため、ダンジョン攻略の為の大人数でのヒーロー派遣が厳しいと聞く。


 お客様がいらっしゃらないのも納得がいくことでしょう。


 ちなみにこのバーは、『失楽園』と大層な店名を看板を掲げている。入店する側にも凄まじい勇気が要されることだろう。


 そこにはトーマが喰らったはずのエルフ、01ゼロワンの姿があった。


 彼女の記憶は、食したときに保管した。まぁ、僕と同様、身体は氷から再生してるから全くの別人やけど、魂は断じて同じ。天使の能力もちゃんと受け継いでいる。


 我ながらに良い。


 生物の蘇生に成功した瞬間である。


 「ノーマンもこのカラクリにさえ気づいていれば、ヒーロー社会は誕生してなかっただろうし、息子も生き返っていたのかもしれないね。」


 「世界って残酷ね。でもまだ実感がないわ。確かに死んだのに今は生きてる……不思議な感覚だわ、これをずっと繰り返してたんでしょ、トーマは……」


 「いいんだ、いいんだよ……あつっ!」


 思わずマグカップごと凍らせてしまった模様。トーマは大の猫舌。そして、夏のように暑いのが大っ嫌いである。


 「ところで、エフル村には行ったの?」


 「あ……!!」


 「やっぱり……場所も知らないでしょう?」


 「えっと、アフリカ大陸とか?」


 「……合ってる。」


 「マジか!外すつもりで言ったのに。」


 「アフリカ大陸は元は自然が豊富だったのよ。」


 「生物の起源とされてるしね。」


 「そうね。でも1箇所だけ、赤道付近で大自然が残っている場所があるの。そこにエルフ村があるのよ。」


 地理でできそうな内容だな。


 「でもそしたらみんな黒人よりになるんじゃないの?肌とか見た目とか?」


 「うーん、見た目は白人寄りかな?そこらは木が村を覆い尽くすくらいでかいから、日光は遮られてるのよね。でもそうね、肌色としては黒寄りが多いのかも。」


 「へぇ。」


 そう言って、トーマはまた蒼鯨そうげいを進める。

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この物語のタイトルはまた今度考えるよ。 まちのすけ @syren

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