016 智天使ノ決意

 「彼女らに手を出すな!」


 互角に闘っていたトーマだが、数に押され両腕を捕まれ身動き取れなくなっていた。


 為す術なく、トーマを含め全員が全裸を晒す醜態となる。


 やがて黒服らはワープとやらで神々のゲームから姿を消す。


 「ごめんね。」


 「大丈夫よ、この子が寝ているのが幸いね。」


 「まだキスでしか起きないんだね。」


 「うん。でもかえって良かったわね。流石にこんなの、見せられないわ。」


 この状態がまる7日続く。眼前で01ゼロワンや寝ている02ゼロツーは1日に最低でも5回は性的に犯されていた。


 爪を剥いでも、指をへし折っても、歯を抜いても、暴力に痛がる様子を一切見せないトーマには、髪の毛1本1本を抜かれるという、なんとも地味な罰が与えられていた。


 その過程でトーマは3人の黒服を殺めているが、十分では無い。


 体操座りで己のやせ細った女体を隠す01ゼロワンのその様は醜いものである。


 無論、食事が提供される訳でもなければ、水すらない。彼らは自身の尿を飲むことで水分を補っているが、栄養的に限界がきているのが見て判る。


 神々のゲームからは想像し難い遠い存在……外道なゲームという名の方が相応しいことだろう。


 「もう私……耐えられない……」


 「あぁ……」


 「02ゼロツーちゃんも何も知らないまま、あれこれ弄られてるの見るのもう嫌だ……」


 「あぁ……」


 「……馬鹿馬鹿しい……」


 「あぁ……」


 掠れたその震えた声は鮮明で、繊細で、あまりの静寂さに涙も流れぬ程のものだった。


 僕にもっと力があれば……


 もっと圧倒的で絶対的な、誰も刃向かうことのできないような……核のような爆発的な力があれば……


 トーマの髪は薄く、白くなっていた。コロッサス戦を経て、根元は既に白みを帯びていた。しかしこの、神々のゲームに連れて来られてからそれが目立つようになっている。


 ストレスや疲れによるものだろう。心做しか、髪も少し伸びている。


 「2つのルールのうち1つ……解ったよ。」


 「もういいよ……」


 「僕らの体内時間だ。この部屋の1日はおおよそ3日くらいかな。もう少し少ないかも。」


 「そんなのもう、どうだっていいわよ……そんなのより、食べ物……」


 「うん……」


 食べ物……か。それも大事だけど、この規模のもので、僕らの体感時間が遅いのは確かだ。きっと偶然じゃない。


 でも確かに、それがそうなら尚更、何かを摂取しなきゃならない……頭も上手く回らないや。


 ここで、1本のナイフが彼らの前に出現した。視聴者が1人、殺し合いを強要させた模様。


 これに他の視聴者は呆れた顔を見せる。この殺し合いの指示は基本、娯楽が一通り終わったときに互いに互いを手にかけさせる、最後の娯楽。


 つまり、これでこの第3段の神々のゲームが終盤を迎えた。皆それを理解していた。


 「さて、闘牛は放たれた!!殺しあえ!奪いあえ!憎みあえ!このとき、化けの皮は剥がされる……これぞ、生の最期!」


 ナイフ?殺しあえということか。どこまで腐ってるんだ……


  「ハァ神よ……ありがとう。」


 真っ先に人が変わったように素早くナイフをその手に掴んだのは01ゼロワンであった。


 「おいおい、何をする気!?」


 自分の首を掻っ切る気なのか……今の僕では止められない。動くこともままならないんだ、頼む。


 ……やめてくれ。


 トーマは一睡もしていない。彼女らが寝ているときでも、ひたすらに考え事をしてその脳をフル回転させることで気絶しないようにしていた。


 そのため、体は動けはしても瞬発力が欠けている。叫ぶ気力すらない程に。


 「トーマ、貴方をここで見たとき、変わっているっての気づいてたよ。あの巨人との闘いで何かがあったんでしょ。詮索はしないわ……白髪もできちゃって……おじさんみたい。」


 彼女のここでの笑顔は、この世で最も儚いように感じた僕がいる。


 ……やめて


 「私はもう十分、幸せを貰ったよ。本っ当に感謝してるわ。だから……だから。」


 ……頼む


 「この狂人たちが欲しいのはあくまでも私の能力。9つの天使の能力が揃うと、天の扉ヘブンズ・ゲートが開かれるという……達成すればどの道死ぬのよ。」


 01ゼロワンはナイフの刃先を自身の首の血管に、震えるその両手で力強く持ちあてた。


 その切れ味は凄かったようで、触れた瞬間に少量の血が流れ、それを感じた彼女は手を止め、目はかっぴらいていた。


 「怖いよ……」


 声にならない声だった。


 死は恐ろしい。死神に行方を追われる気分は決して心地よいものではない。自らの手で命を絶つなど、尚更である。



 トーマは何も発しなかった。ただ寂しい視線を、彼女に贈っていた。


 「んぁ、もう!できない……」


 ナイフを下ろした。


 「ならせめて貴方は、生き長らえて……」


 01ゼロワンはそのナイフを腕に立て……


 「んんんんぁああ゛ッ!!」


 そして刃が肉を断つ。肉のひと欠片を剥ぎ取り、それを掴んでトーマの方へとゆっくりと近づく。


 「んんん゛……」


 ……なんで


 「とっくに気づいてたの……」


 「え?」


 「2つのルール。」


 もういい……喋らないでくれ。


 トーマは理解していた。これだけの出血、これだけの怪我で体力も栄養もまともにないこの現状、この瞬間。01ゼロワンはもう助からないと、彼は認めずとも判っている。


 「引っかかってたの。クリアできるゲームであって、1日が3日ぐらい長い感覚の理由……」


 ……来ないで。


 「1つのルールは、クリアした場合に全てのルールを解除するルールか、それを凌駕させる何かで、2つ目のルールがミッションとなっているはずで……」


 ……止まって。


 「体感3日……私たちは3人。偶然な訳無いのよ。そしてこういう見せ物の場合、最後は殺し合わせるのが定番。それを彼女は見え透いてたのよ。」


 「やめてくれ……」


 「私と02ゼロツーちゃん、2人が死ぬことでクリアとなるんだよ……」


 そして口にその肉片を押し付ける。しかしトーマは、必死に口を閉じている。


 「クリアしたときに動けれなかったら意味無いでしょ……食べて。」


 彼女は泣いていた。


 その肉片はそれこそ血まみれだが、とても白くて、鶏肉のようだった。ヒトの肉は桃色のようなピンクで綺麗だけど、エルフのは白桃らしい。


 「食べなさい。」

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