001 光ヲ喰ライ、闇ヲ灯ス者

 豪雨が地面を踊り、音色を響かせる。


 そんな豪雨にうたれながらもベンチに座っている、ボロ布を被った青年がいた。


 俺はトーマ。トーマ・レイカーだ。


 2年前、世界を大悪党ビッグヴィランの手から救った英雄だ。ヒーロー名は終焉フィン。戦争を終わらせる、そんな意味が込められている。


 でも、戦争を終わらせたのはオレ・・・僕じゃない。僕は愛する人にその大役を投げてしまっただけのダサい人だ。数千数万の命を救えなかったどころか、彼女すらも救えなかった。


 大悪党ビッグヴィランもまた、息子を救えなかったんだっけか。僕らはついてないな。こんな馬鹿馬鹿しい世界からあなたは脱出できたんだからまだ羨ましいよ。


 「なぁソフィ、世界を破壊しようとしても・・・天国の君は、それでも僕を愛してくれるかな。」


 すると、樽くらいの少年が豪雨が創り出す音楽に紛れて音を立てることなく近づいてきた。


 「あの・・・もしかして、終焉フィンですか?・・・終焉フィンですよね・・・?」


 「だったらどうなんだ、坊や?」


 「その・・・貴方の能力でオ、オレのママを造って!」


 1面灰色のこの風景に目立つように黄色いカッパを着ている少年は、それでもびしょ濡れだ。


 目が赤く、腫れている。雨で隠されているが、ずっと泣いているのだ。


 「そうか・・・そうしたいけど、僕のは、形を形成するだけで、命だなんて・・・そんな大それたことはできないんだ。許してくれ。」


 僕の能力は。それは氷の能力で、複雑な形も創造して操ることができる。しかし凍る対象が必須となる。


 例えば、炎自体はは凍らせられないが、炎を発生させるための酸素に対象を絞って凍らせることで鎮火は可能だ。


 空が飛べるのは、空気中の物質で羽を造形しているからなんだ。


 逆に言えば、真空状態で氷を創り出すことはできない。


 「そっかぁ。終焉フィンさんも僕を見捨てるんだ・・・」


 少年は背を向け、歩き去っていった。


 その時気がついたけど、去っていくその少年の跡には、黄色とは別の赤い何かが地面を流れていた。


 気分が悪い。吐き気がする。


 恐らくもう、助からない。だからどうってできることもない。例え救えたとしても、あの子と同じ状況に陥った子供は何万といる。キリがない。


 これが現実なんだ。


 「この現実を実現したのが、今の世界の在り方だ・・・大悪党ビッグヴィラン、そもそも君の息子がヒーローじゃなければ、深手を負うことなかったのかな・・・そもそもヒーローが存在しなければ、この世界は豊かだったのだろうか。」


 分からないんだ。分からなくなってきてるんだ。何が正しくて何が間違っているのか、分からないんだ。


 でも、今1つだけ分かることがあるとすれば、それは・・・


 「世界を破壊すればどうでもいい・・・全人類を消せば、救う救われるもない、悲しみも苦しみもない。」


 マッカラン18年のボトルを置いた。


 マッカランは昔、スペイ川流域の聖コロンパの丘を意味するマ・コラムからとった名なんだそう。


 年々不足しているシェリー樽で熟成されているため、入手が困難だが、フルーツのような甘みに、バニラやカラメルを連想させる代物なんだ。


 ちなみにシェリー樽は、ワインの一種であるシェリー酒の熟成に使用された樽のことだ。


 つまり、ワイン好きは絶対にマッカランも好きなはずなんだよね、知らんけど。


 トーマはベンチを立ち、周り見渡しながら大きく背伸びをした。


 「さてと・・・」


 どこへ行こうかな。ここら一体は悲劇が大きいせいか、雨でも工事は中止していない。とても危険な事だ・・・つまりヒーローが居る。


 ヒーローとは、ヴィラン退治のみならず、安全第一に仕事をこなせるよう、護衛や大事阻止の為にも雇われる。


 しかし、この制度を悪用するものが確かに存在し、それを良しとする闇ヒーローというものも比例するように存在する。


 雨に打たれて街中を歩いていると、トーマは1つの店に目をつける。


 臭いなぁ、あの花屋さん。


 一見ただの花屋さん。しかし、こんなにも被害があったのにも関わらず、花にホコリが被っていない。


 一般的見解では、店の人が丁寧に手入れしていると思うのが妥当だろう。だが、それなのに窓は汚れたままで、カーテンは閉まっている。看板もなければ、扉も開いていない。


 こんなにも綺麗な花をこんなにも違和感溢れる場所に置くのは明らかに可笑しいのだ。


 まっ、いってくるか。


 「いらっしゃいま・・・!!」


 トーマは両手で力強く扉を押し開いた。


 その瞬間、2人の影がトーマの方へと飛びかかる。1人は腕が剣になっていて、もう片方は雷を纏った拳。


 スラッシュとサンダー。当たりだ・・・2人とも闇ヒーローだったとはな。


 「ウォッと!危な・・・」


 トーマは背中を反って見事に交わしてみせた。だか、状況は2対1。彼にとっては難関なことだろう。


 「何故バレた!?」


 「どこのどいつだ。一般人ではないな?反射神経が良すぎる。」


 「鋭いね、ヒーローランク9位のサンダー。」


 「まぁいい。バレたからには死んでもらうよ。〈雷拳〉!」


 「〈アイスシールド〉!」


 トーマは目の前の空気を凍らせることで氷の壁を創造した。氷は電気を通しにくい為、雷使いにとっては最悪の相手だろう。


 「なッ、その紫色の氷・・・まさかナンバーワンヒーロー、終焉フィン!?」


 あちゃ、やっぱバレちゃうか。まいっか。そんなことより、試したかったものがあるんだよね。大悪党としての振る舞いさ。


 「英雄ヒーロー終焉フィンは死んだ。やつがれ悪党ヴィラン終焉ジ・エンド。」


 戦争を終わらせる。から世界を終わらせるへと。これが僕が導いた答え。


 「堕ちたな、ヒーロー!」


 「貴様も同じだろう、〈雪獄零極ブリザードプリズン〉!」


 何も変わった様子はなかった。


 「なんだ?不発か?」


 「こいつ、戦い方も忘れたんじゃねぇのか?今ならナンバーワン殺れるぜ!ヒャッハ・・・あ?」


 突然、スラッシュとサンダーは動きを止めた。呼吸さえも。


 「貴様らの中の酸素を凍らせ幽閉した。これでは呼吸がままならない。下手に動けば、連動し身体もじき凍る。」


 「何がお前もそこまで卑劣に・・・」


 僕に圧倒的な力があれば、あれもこれも起きなかった。全て穏便に終わらせられたかもしれない。だから、もう間違えない。


 強くなる。こんな運命を歩ませる無慈悲な神を殺す程に。


 「死だ・・・さぁ、教えて貰おうか、ここで何をしていた?」


 「『オベリスク』・・・だ。」


 「『オベリスク』・・・?」


 「おい、サンダー!黙れ、殺されるぞ?」


 スラッシュはサンダーが口を開けるのを止めようとするが、サンダーにはそれを聞く耳は持っていなかった。


 「どの道ここで死ぬんだ。『オベリスク』はヒーロー協会の裏で動いている組織だ。詳しいことは分からないが、俺らはそこから指示を受けていた。」


 「そうか、礼を言う。では、あの世で会おう・・・」


 「待ってくれ!!」


 氷で創造した剣を振るうが途中で腕を止める。


 「終焉フィン・・・いや、終焉ジ・エンドか?お前は何だ?」


 「我は光を喰らい、闇を灯す者。汚れたこの世界を破壊し、真っ黒になった新しい世界を染め直す。」


 「俺たちはレールを踏み間違えたが、お前は正しいといいな…」


 トーマ・・・いや、終焉ジ・エンドはその剣を振り下ろし、首が2つ、あまりの極寒に血も流すことなく床を滑りゆく。


 「ああ僕もだ・・・」


 初めてだ。


 人を殺めた。


 初めての罪がこれとは、怠惰だ。でも不思議と何も感じなかった。


 何もとは言いすぎたかもしれない、心の奥深くでは、薄らと吐き気を抑えている。そんな気がするのは、僕の身体が鳥肌をたてているからだ。


 でも、何故かこれを快感だと錯覚した。してしまったのだ。めんどくさかったのだ。この、善と悪の曖昧な境界に線を引くことを・・・


 かの人は言った。僕は怠惰だと。偉大な人物が七つの大罪のうち1つを犯しているんだ。これはきっと、素晴らしいことなんだ。


 そう自分に幾度と繰り返し言い聞かせた。

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