009 命ソシテ魂

 見渡す限りの辺り一面には、破壊光線の軌道と思われる跡が目立つ。観測史上最大の大蛇より3倍、いや6倍のものとも言える。


 しかし一点を中心に、光の実験で見るような屈折をし、地形が分岐して広がっている。


 そこに特別何かがある訳はない。


 ただ、1人の男が立っている。


 その正面には、歪な形の紫色の氷が溶けてぽたぽたと零れている。


 男の脚元は靴はつま先が顕になっていて、スボンは破れかかっている。上半身は、胸筋が目に浮かぶ程の、シャツをズボンの中にインしていただろうという破り方である。


 トーマである。


 あっぶねぇ……


 朦朧としながらも顔をあげ、コロッサスに目をあて、視線を外さない範囲で横目で確認をする。


 「チートが……」


 コロッサスはピンピンだった。ピンピンというのも烏滸がましい程に。


 そしてそれは、トーマの方へ歩みをはじめた。


 「来るんかい。」


 痛ェ……手、腹、胸。全身大火傷だ、畜生。


 トーマは胸に手をあて、冷気を流しはじめた。


 超再生。


 にしても、手足が無事で何よ……り、ん……?


 彼は気づいてしまったのだ。


 感覚はある。でも何故だ、動かせない……折れてる?


 左腕に違和感を抱いたのだ。


 そうして、右手で左腕の肘に当たる位置に手をやるが、空振る。


 待て待て待て待て待て待て待て待て待て。


 やがて左肩に辿り着き、否が応でもでも気付かされる。


 腕がない……


 「ぁぉぁあぁぁぁぁえいぁあッッ!!」


 くそくそくそくそくそくそくそ、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……


 強烈な痛みが全身の細胞を敏速に駆け巡る。と同時に、肩の超再生を最優先した模様。


 深いことは後だ、今できることを最短ルートで考えろ。


 目の前にはコロッサス……悪魔がいる。周りは焼け野原、僕は致命傷……。


 考えようとしても、瞬き1つで意識が持っていかれそうだ。


 今立っていられてるのは、アドレナリンがドバドバ状態だからだろう。


 「頼む早く再生してくれ……」


 いくら状態が酷くても、いくら状況が不利でも、トーマはコロッサスに目を凝らしていた。


 0コンマの世界だと承知しているのだろう。一瞬の隙が命取りとなる。ヒーロー時代に学んだことだろう。


 すると、コロッサスは動きを止めた。


 ダメ元でトーマは揶揄う。


 「どうした、宿題をし忘れたか?」


 「……忘レテナイ。」


 それは発した。


 思わぬ返しにびっくりしたのか、トーマは転け、尻もちをつく。


 「シカシ、破壊光線二耐エウル存在……ハジメテ。」


 「そうかよ……」


 トーマは以外にも冷静さを保っていた。


 「オマエ、名前ヲナント……伝ウ。」


 「ぼ……やつがれ終焉ジ・エンド。光を喰らい……闇を灯す者。汚れたこの世界を破壊し、真っ黒に……なった新しい世界を……染め直す……」


 「光ヲ喰ラウ……確カニ破壊光線ヲ喰ッタ。」


 「違うそうじゃない……」


 こうしているうちに、気づけば左腕は元通りになっている。指が違和感なく動く事に安心感を憶えたのか、トーマは瞬きをする。


 「……!?」


 どこだここは……?


 その瞬きはどうも、数トンはありそうな程に重たいものだった。彼は目覚めるが、見覚えのない場所である。


 薄暗い空間で、ホコリが舞っている。床はひんやりとしている。感じからするに、コンクリートの類いだろう。


 ダイエットが成功しすぎてしまったようなゴキブリが彼の手の横を通る。


 咄嗟に重心を支えていたその手を引き、肩から転ける。


 「目覚マシタカ……」


 「誰だ……?」


 「オマエタチノ言葉……デ云ウナラコロッサス。」


 特に明かりが点いた訳でも、日が差した訳でもない。しかし、そのだだっ広い薄暗い空間に徐々に目が慣れたのか、大抵は見えた。


 それはこちら見つめている。紅く鋭い眼差しで。


 「あんたか。御託は止してくれ。」


 暗さに慣れたことで辺りを見渡しはじめるトーマ。


 それはこの空間に収まる程に小さくなっていたが、あまり気にはならなかった。


 「オマエハ強イ。オマエ、命ト魂……違イ判ル

。」


 「んあ、違い?いや、わかんないね。」


 無音が続き……


 「強いて言うなら、命は概念的なもので魂は物理的なもの?」


 「違ウ……」


 「なんだよ、帰らせ……!?」


 20センチはあるだろうか。暗闇から海に沈みそうな程の冷たく、重く、ずっしりとした物が僕の胸を貫通した。


 「……ッブ……」


 不思議と痛みはすぐに引いた。その鉄塊手を置いて抜こうとはしても、力が思うように入らない。


 声も出なければ息もできない。


 「オマエノ核……心臓ヲ貫イタ。〈超再生〉……シテ。」


 攻撃が見えなかったとかの次元じゃない……常に〈絶対零度アブソルート・ゼロ〉は発動している。その範囲に突入したあらゆる物体は感知できる。


 だが、できなかった。感知する前に貫通された……ということか。


 回避不可な1発KOって訳か……超再生。


 やがて鉄塊は退き、胸は回復した。


 「心臓ヲ失ッテモ意識……アル。」


 「そりゃ……〈超再生〉したから……な。」


 「ソノ核ハ、前ノ核ト……ハ同ジカ。」


 「当たり前だ……」


 「違ウ。」


 分からない。一瞬とんでもない痛みが走ったが、もう何も感じない。文字通り、四肢を感じない。


 目が回る。


 なんだ、自分の身体が目に浮かぶ。


 嗚呼、そういう事ね。


 どうやら、首を飛ばされたらしい……超再生。


 くそ、何がしたいんだこいつは……


 「首ヲ断ッタ。」


 コロッサスは発っした。


 一瞬意識が飛んだが、気がつけば元に戻っていた。


 「見りゃ分かる……よ……!?」


 しかし、自分の目と鼻の先には、自分の頭が転がっている。


 どういうことだ。


 「死ンダオマエダ。ソレデモ……同ジカ。」


 「悪い悪夢だよ……何が……言いたい?」


 事態の理解に追いつかないからか、トーマの言葉は震えていて、ゆったりな口調である。


 「今ノオマエハ別ノ……核、別ノ脳。」


 「つまり……」


 「別ノ……ヒト、存在。」


 トーマは何も返さなかった。


 僕は僕だ。


 今こう思えるのは僕である証明だ。でも確かに、心臓も脳も、今までとは違う、全く新しいものなのは事実。


 暗黒物質ダークマター……


 彼らが命を寄生する方法と僕が今やったことは似ている。


 「命トハ記憶。魂トハ意識……デス。意識トハ人格。」


 「んあ?」


 「記憶細胞ト人格ノ形成……コレ転移スルダケ……永遠ノ命。」


 なるほど……確かに違う。僕は確かに僕ではない。


 でも、同時に以前の僕と見分けが付かない程に同じだ。恐らく、暗黒物質ダークマターが僕の身体を巡る限り、僕は2つの意識を持っていることになる。


 片方が欠けても、片方が記憶を継ぎ、人格を形成することで、新しい魂が誕生する。


 判り易く説明するとすれば、死んだはずの人物Aの記憶と人格を、1ミリのズレも許さずロボットB書き置ければ、BはAとは違う。けれど、記憶と人格から取る行動は確かに、Aとは見分けが付かないものとなる。


 そのため、A=Bでは無い。と言いきることはできない。


 ちょっと待てよ……今、僕死んだってこと……?

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