第十三巻 嘘つき姫と涙の理由編⑤


 第五章 涙の理由


タイムリミットが訪れ、俺達は真っ暗な空間を引き摺り出される様にして、俺とマリは人間界に戻って来た。

 まんまと騙されていた訳か。シャルロットなんて奴はいなかったんだ。あいつが今回の事の発端、オルペウスだった。自身が元々は聖剣だったが、ペルから聖剣の力を引き剥がし、二重となった聖剣の力の持ち主となっている。そんな奴が契約者を見つけたら面倒な事になりそうだ。

 待てよ、少し前にマリやユリアが感じた他の聖剣の反応ってオルペウスの事だったのかも知れない。

「その可能性は非常に高くなってきましたねえ!」

 その事について、あのヌイグルミに問いただそうと思ったけど、何処に行ったんだ? 姿も反応も感じられない。

 そうなると、直接オルペウスと会うか、ペルと会う以外に仲間達の行方を知る由も無い訳で……どうすっかな。いやどうでもいいけど腹減った……仕方ない、一度休憩しよう。俺とマリは剣眼を解き、名花駅前まで徒歩で向かう。喧噪の中、俺とマリは二人で腹を片手で抑えて苦笑いをする。流石に腹減り過ぎたな。

 なにを食うか。ハンバーガー系が一番手っとり早いか。駅前のファーストフード店に入り、スマホバーガーのセットとマリのイカ墨バーガーを注文する。こんな時間に俺みたいな高校生が出歩いてるのを警察に見つかると厄介だろうな。でも店内は未成年と思われる人達で溢れかえっている。

 溜め息を吐きながら、俺は注文した品が来るのをテーブル席で待った。マジで皆は何処に居るんだ。

「なんか寂しいですねえ、皆様が居ないと」

「確かにな。駄目元でもう一度皆に電話してみるか」

 俺は背もたれに背を預け、皆に連絡をしてみるが、どいつもこいつも留守電に繋がってしまう。一応伝言メッセージは残すが期待は出来ないよな。

「お待たせしましたー」

 頼んでいた品が来る。俺はスマホを弄りながらポテトから食べ始める。失踪、か。何処にもそんなニュースは載って無いな。俺の仲間だけが失踪したのか? でもなんで俺なんだ。オルペウスの目的は、ペルを殺す事だった筈だろ。聖剣闘争となにか関係があるのか? オルペウスは聖剣闘争の結果に納得がいっていなかった節があったしな。でもそれなら直接俺と勝負すればいい話だ。なんでこんな回りくどいやり方をするんだ。兎に角、オルペウスは未だ俺が真実を知らないっと思っている限り、もう一度会いに来る可能性だってある。それまで待つか? そんな悠長な事でいいんだろか。

「だあーわっかんね、俺はどう動くべきなんだあっ」

「難しい事ばかりですねえ、私にはどうしたらいいかなんて全然解らないですよお。その点に置いてもアキト様は皆様の事を考えていて凄いと思うですよ!」

 あれだな、もう一回だけ屑星の元に行ってみるか。若しかしたらペルと会えるかも知れないしな。

「兎に角、食っちまおう」

「はあい」


 剣眼状態となって、星空の輝く空中でサーチアイを辿る。腹もいっぱいになった事だし、捜索を再開するかな。ミサキ、今頃何処でどんな思いで捕らわれているのだろうか。早く見つけてやらないとな。ついでにヒロキと東条達も。

 今度は名花市にある小さな寺に微弱な反応があった為、其処へと着地し、俺は蒼く染まった眸で辺りを見渡す。静かな寺にそよ風で木々の葉が騒ぐ。


 ――お前では誰も守れはしない……。


 ノイズと頭痛が同時に襲って来た。以前聞いた声が響く。誰だ、誰なんだ。


 ――冥界の悪夢を見るといいんだ……。


「アキト様! 大丈夫ですか?」

「なにかが……来る!?」

 そんな予感がした。何者かが来る、しかもそれは恐ろしい存在の様な感覚。ペルの時には感じなかった予感。まさかオルペウスか? この何者かの接近とは裏腹に屑星が寺の屋根から鉈を振り下ろしながら襲って来た。

「くそッ! マリ、聖剣の反応はあるか」

 鉈を太刀で防ぎでかい図体の屑星を横へと振り抜き森の中へと吹っ飛ばす。

「聖剣の反応が……でもユリアの反応じゃないですう!」

「だろうな」

 今、聖剣の力をペルは失っている。そして東条も行方知れずだって事はオルペウス以外に考えられないな。そんな事を考えていると屑星は呻き声を上げて再度此方を襲ってくる。

「ヴぉまえ! アノ方のジャマズルッ!」

「オルペウスの事言ってんのか」

「アキト様! 後ろにも先程の強い反応が!」

 次から次へと。俺は肩を斜めに後方を確認する。

「よお、アキト」

 え? 強い反応って、ヒロキじゃねえか。

「おまっ、今まで何処に行って――」

「フシュルルルルッ!」

「お前は引っ込んでろッ! ヒロキ! こっちは散々探し回ったんだぞ」

 俺は凍てつく拳を屑星の顔面目掛けて振り抜き、もう一度森の方へと吹き飛ばす。そして、ようやく探し当てたヒロキの元へと駆け、顔を俯かせているヒロキの右肩へと片手を添える。

「心配したんだぞ、何処に行ってたんだ?」

「………………ね」

「え?」

 痛覚が間違い無く告げる。

「死ね」

 ヒロキの左腕が異様な変形をし、鋭い切っ先は俺の左脇腹を横へと切り裂いた。

「アキト様ッ! ヒロキ様なにをしてるのですかあ!」

 両膝を着き、飛び散る血を横目に、下唇を噛む。

「ぐッ……なんで、ヒロキ。なんだ……よ、その手ッ!」

「聖剣の力を手にした。之でもう俺だけ劣等感を感じる事は無いんだ。もう、脇役じゃねーんだよ俺は」

 マリが直ぐに止血しようと俺の斬られた横腹を凍結させる。しかしヒロキは蹲る俺の頭を踏んでくる。

「ヒロキ様ッ、どうしちゃったんですかあ! こんな、こんな酷い事ッ」

 地面に這いつくばる俺の頭を革靴で踏みつけ、血で汚れた地面に頬を落とす。なんの冗談だこれ。

 ヒロキの手は人間の手とは呼べない物に変化していた。手首辺りから伸びる銃口が切っ先に付き、回転弾倉が指の辺りに見えた。銀色の刀身のそれは銃剣と呼ばれる剣……まさか本当に聖剣の力を得たってのか。

「どうしたアキト。聖剣闘争を戦い抜いた力ってのはそんなもんだったのか」

「お前……ッ!」

「之がペルセポネの聖剣の力だぜ?」

 血の付いた銃剣の刃を舐める。今なんつった? その銃剣がペルの力? まさかだろ、最悪な予感がした。

「そしてこっちが……」

 そう言うと俺の頭から足を離し、右手で俺の胸倉を掴み、半ば強引に立たせてきた。よろめき後ろに後退すると、ヒロキの右腕が今度は螺旋状の刃と真っすぐ伸びる剣へと変化する。

「之はカラドボルグっつーんだ」

 二体の聖剣だとッ!? やっぱりかッ、ペルの聖剣の力はオルペウスが引き剥がしていた。っと言う事はカラドボルグと呼ばれたその聖剣は――。

「ご明察なのだ、なーんだ、貴様には姫の正体がバレていたのか」

 後方から両手をヒロキの肩へと伸ばし、まるでそれは憑依しているかの様にオルペウスが姿を見せた。その面持ちはニヤついている。こいつが契約者を見つけたら厄介になると想像していたが、まさか既に、しかもよりによってヒロキと契約していたとは。

「操られてんのか……ヒロキッ!」

「なにを言ってんだよアキト。シャルロットは俺の力になってくれるんだ」

「違う、そいつはシャルロットなんて名前じゃないッ! 冥界のタルタロスに堕ちたオルペウスだッ!」

「黙れッッ! 俺にとっちゃ誰だっていいんだよ、アキト。お前を越える力が欲しかったんだ、歩く七不思議にこれ以上バカにされ続けるのは苦痛だった。そして」

 ヒロキは双眸から涙を零し、続けた。

「マリちゃんへの想いはマジだったんだよ……お前には解らねえだろうがッッ! 俺はマジだったんだ、マリちゃんの事、ちきしょう……」

「ふざけんなッ! なに諦めた感を勝手に出してんだよッ! お前の気持ちが中途半端じゃない事ぐらい俺は知ってる!」

 騒めく木々の葉。身体が冷えていく、傷口が熱を持っているのが痛感できる。

「なら、教えてくれよ。なんでお前なんだ? マリちゃんを持つのは、なんでお前なんだよッッ! 初めは仕方ないで済ませてた、なんとなくの流れでマリちゃんにとって主人公はお前なんだって言い聞かせてた。だけどマリちゃんへの気持ちが膨らむ程、俺はアキト、お前が羨ましくて堪らなかったんだ」

 返す言葉が、見つからなかった。なんて言ってやればいい、なんて言えばヒロキの気持ちを本当の意味で「理解」出来るんだ。

 

 涙を流す為に人も聖剣も一体どれ程の理由を抱えるのだろうか……。


「こんな世界、無くなればいいんだよ。どんな世界でも、マリちゃんが居ればいいと思えたけどさ。マリちゃんに触れたおかげで悪夢が始まったんだよ」

 ヒロキのマリへ対する想いが此処までとは思ってなかったのかもな、俺が甘かったと言うか、ヒロキの事を見えて無かったんだな。

「あちゃー、なんかさ、勝手に修羅場してるのだ。姫の目的はペルセポネを殺す事だけじゃないのだ」

「訊きたいね、お前の目的を全て……ッ」

 俺は顎を引き、夜風の中、耳を傾ける。

「聖剣闘争を生き残ってさ、優劣を決める闘争だったなのだよ? なのに仲良くしてるバカ達を冥界から見て失望したのだよ、姫こそが最高の聖剣だった筈、なのに愚者である冥王は姫に聖剣闘争への権限も与えず、指を咥えて眺めていろと命じてきたのだ。言わんこっちゃ無い、激甘な冥王は聖剣を得ず、いや折角、聖剣闘争までしたのに自分の妻であるペルセポネを自分の聖剣にしようとしたのだぞ? フリーズソードも、ペルセポネも冥王も、どいつもこいつも……ブッ殺したくなるのだ『暇つぶし』にはなるのだ」

 俺は息を吐き、大きく吸うと声を大にして言う。

「くっだらねえッッ! なんだよそれッッ! 要は自分だけ選ばれなかったからってだけの自己中かよ! マジくだらねえのな、そんな事を盾にヒロキの弱みにつけ込んで自分の思う様にならない事を覆そうとして、ただのガキじゃねえかッ! ヒロキ、目を覚ませ、お前はただ利用されてるだけなんだよッ!」

 即座にヒロキの怒号が飛ぶ。

「いいんだよ! 利用されていようが関係無いんだよ! もう手遅れなんだ、歩く七不思議もユリアも赤月も全員人質に取ったッ」

「そいつの目的はマリとペルを殺す事だぞ、あいつ等を人質に取ったってお前の手で俺やマリを殺せるのかよッッッ! いい加減、目を覚ませッ!」

「ヒロキ様……もう止めて下さいッ! 私は又、ヒロキ様やミサキ様、東条様、ユリアと一緒に笑いたいだけですよお!」

 ヒロキは再度双眸から涙を流す。

「目、だけなら覚めてんだよ……悪夢ならもう覚めてくれよ、ちきしょう……助けてくれ……アキト」

 俺の下唇から流れる血、俺は太刀から思い切り冷気を噴出させ、オルペウスの眼前まで迫り。

「俺の親友を――」


 全力で殴り飛ばした。

「泣かすなよッッッ!」


 オルペウスと連結していたヒロキも寺へとぶっ飛び、賽銭箱と古びた寺を真っすぐ叩き割り、土煙は弧を描きながら流れた。それと同時に俺の脇腹の氷が弾け、俺もその場に倒れる。血が止まらねえ。

 直ぐにマリが再度氷で止血する。

「あはははッ!」

 崩落した寺の木材等が宙へと吹き飛び、オルペウスとヒロキが煙を巻きながら姿を見せる。

「まあ、姫なりの挨拶は以上なのだ。次は無いと思うのだフリーズソード!」

「私は貴方の様な方に負ける訳にはいかないですッ!」

 俺はヒロキの方へと腕を伸ばす。

「ぐっ……ヒロ……キ、戻ってッ、来いッ!」

「ハハ……わりぃアキト。もう後に引けねえわ俺。力を手に入れたかっただけなのかも知れない。いつもみたいにバカな事言って、お前等と笑えればいいのにさ、俺ってバカだろ? だから、アキト。俺を止めに来てくれよ、頼んだわ」

 それだけ言うと、ヒロキはオルペウス共に背後に出現する灰色の渦の中へと姿を消した。

 くそ。二重奏と成った聖剣オルペウスの力はヒロキを媒体にし、ペルやマリの命を確実に狙っている。今の俺じゃヒロキに手が届かないのか、このままじゃマリを守り切れるか自信が無い。

 でも目指すべきゴールは見えてきた。

 オルペウス……あいつだけは絶対に許せない。どんな理由があろうと、自分が冥界の王に選ばれなかっただけで人の感情につけ込み好き放題して良い理由にはならない筈だ。


 俺の怒りは……ただ静かに燃えて来ていた。


第十三巻 完 第十四巻へ続く。

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