第六巻 審判を招く者たち編⑥

第六章 それでも彼女は笑顔を見せるだろう


 俺達は緊急病院へと搬送された。

 双眸をゆっくり開けると白い天井が見える。

 そして人の声。

「木崎先生!」

 木崎? 俺は……。

「酷い傷じゃ、女の子をすぐにオペ室へ」

 そうだ、俺は死に神に負けて、そしてマリを……。

 タンカで運ばれ、進む視界。

 こんな事してる場合じゃねえ。

「ぐっ……」

「アキト!」

「ミサキ……そうだ、マリは!」

「落ち着いて下さい! 貴方だって傷を負ってるのですから」

 タンカから降り様としたら病院の看護師に止められた。

「俺はいいんだ! あんたが先生なんだろ、頼むからあいつを助けてやってくれ!」

「大丈夫じゃ、わしに任せておきなさい」

 白いヒゲで随分と年の取った木崎と呼ばれる医師は俺の頭に片手を添えてそう言った。

「俺のせいなんだっ! 俺が……頼むよ……マリだけは助けてやってくれよ……」

 すると、白で染まる医院内の通路を先に進んでいたタンカが止まる。

 そして何かに驚く様に看護師が声を上げた。

「木崎先生! これは……!」

 俺の頭に片手を添えていた医師は、首を傾げながらマリのタンカへと足を運ぶ。

 なにが起きたんだ。

「アキト、大丈夫?」

「ミサキ……悪い、全部俺の責任だ……勝てるなんて簡単に決めつけて挑んだから」

 ミサキは俺の血で汚れた右手を握って言葉を放つ。

「誰もアキトを責めないよ、だから元気だして……ヒロキ君には電話しといたからさ」

 誰にも責められないって言うのも辛いもので。

 俺の脳裏に昔の出来事が蘇る。

「うっ!」

「アキト!」

 俺の意識は段々と薄くなっていく。


 遠く浮かぶ長い髪の少女。

 俺はこの子を知っている。その子は次第に影になって消え様とする。

 俺は言葉を口にしようとしたが声が出ない。

 浅い川を俺は走り、その影へと手を伸ばす。

 しかし、その手は届かず。視界が次第にぼやけてくる。


「奇跡としか言い様がないよ」

「マジなんですね?」

「ああ、我々は驚いたが木崎先生はまるでそうなると把握していた。そんな感じだった」

「ヒロキ君、良かったね。私も……はあ、ほんと良かったあ!」

「うっ……」

 意識が戻ってくる。

「アキト……大丈夫か?」

「ヒロキ、か」

 ゆっくりと体を起こし、周囲を見渡した。

 ヒロキにミサキ、それと医師と思われる若い男が一人。

「目が覚めたかい?」

 そう言いながら俺の右肩に片手を添えて傷口を見る医師。

「うん、木崎先生の言う通り、君もたった二日で傷口が塞がってるね。痛みはあるかい? 気分はどうだい?」

「二日……、痛みはないです。気分は最悪ですが」

「一応点滴が終わるまでは動かないでほしいんだけど、なんでも木崎先生がどうしても君と話がしたいらしくてね」

「木崎……あっ、マリはっ!」

「その子の事で直接話したいと言っていたよ」

 俺は点滴の注射針を引き抜いて、ベッドから起き様とした、だが。

「この、大馬鹿野郎っ!」

 ヒロキが俺の真横から顔面を殴ってきた。

「って、いてえっ! 何で殴った俺が痛むんだよ!」

「ヒロキ、悪い。お前の気持ちは解ってるつもりなんだ」

「……ったく、勘違いすんなよ、俺にとっちゃマリちゃんもお前も大事なんだよ」

「ヒロキ君って変なトコだけ素直じゃないよね」

「案内して下さい。俺、その木崎って医師の話を聞かなきゃいけない気がするんです」

「解った、着いて来てくれ」

「あっ、その前にアキト、着替えあるよ」

「ありがとう、ちょっと着替えるわ」

「じゃあ部屋の外で待ってるから」

 しきりのカーテンを閉めて俺はジーンズと赤いYシャツに腕を通す。

 本当に右腕が動く、痛みもない。

 だけれどなんで今になって昔の事なんて思い出してんだ俺。

……」


 俺は着替えて病院のまっさらで綺麗な白い壁と天井を見つめた。

 他の入院患者が行き交う中、俺達はナースセンターを通り過ぎる。

 電灯のついていない暗がりの通路を少し進むと先導していた医師が一つのドアをノックしてノブを回し、ドアを開けた。

「木崎先生、お連れしましたよ」

「いつも世話を掛けてすまんのお、笠原君」

「まったくですよ木崎先生、今回の一件だってあれほど警察を呼ぶべきだと言ったじゃないですか」

「ファッファ、じゃが結果、人命は取りとめたじゃろ」

「はあ、そう言う問題じゃ……とりあえず、僕はこれで失礼します」

 そう言うと笠原と呼ばれた医師は白い白衣をひるがえして室内を出た。

 まだ明るい時間帯なのに閉められたカーテン。無数の書類が散らかる部屋、まるで引き籠もりの部屋だ。

「すまんな、こんな部屋で。わしはどうも明るいと集中力が欠けてしもうてな」

「マリは、マリはどこですか」

 俺の質問に軋む椅子をこちらへと向け、アゴで左側を示した。

 ミサキがその先にある室内のカーテンを開くと白いベッドに横たわるマリの姿がそこにあった。

「マリちゃん!」

 ヒロキが一目散にマリの手を握って顔を覗き込む。

「おい、爺さんっ、マリちゃんの意識は戻ってないのかよ!」

「今は寝かせておいてやると良いじゃろう、さて、君達に一つ問いたいんじゃが?」

「答えられる範囲なら……マリの事ですか?」

「回りくどい言い方も好かんのでな。君は聖剣闘争に選ばれた適合者じゃな?」

「!」

「そんな事は傷の自己治癒の早さを見れば直ぐに解るのじゃが、さて、まあ掛けたまえ」

 俺は目の前の椅子に腰を下ろした。

「あの傷は聖剣自身が君を守った結果かね?」

「そうですが……なんで聖剣闘争の事を――」

「わしも適合者だった頃があるんじゃよ」

「えっ!」

 俺達は一斉に驚いた。

「もう四十年前の話じゃがな」

 俺は顔を下げ、言葉を紡いだ。

「おかしいじゃないですか、冥界の王が権限の証しとして持つ優秀な聖剣を決めるのが聖剣闘争。たったの四十年で冥界の王が死んだって事ですか?」

 俺の質問にしわだらけの眉間へと更にしわを寄せる。

「四十年前、聖剣闘争は確かに行われた。しかし、愚かな冥界の王は聖剣闘争に勝利を収めた者と、とある契約を結んだんじゃよ」

「契約?」

「これからも聖剣闘争に身を投じ、必ず優秀な聖剣を渡す、だから自分の体を歳も取らぬ不死の体にしろ、とな。愚かな王は要求に応じ、そやつに『冥界の楔』を繋いだ。王の寿命はこの禁忌の契約に伴い半分以下となったのじゃ。勿論、その契約に値する冥界の楔のせいで不死の体を得た勝者は闇に心を囚われた。それが『死に神』の正体じゃ」

 俺は下げていた顔を上げた。

「死に神って、まさかっ」

「君の傷を見て、そしてそこの聖剣の傷を見て、わしは四十年前の自分と重ねて見えたのじゃ。奴はやはり生きておる、確信も持てた。その子は優しいのじゃな、己を犠牲にして下手をすれば死ぬかも知れぬのに、君の盾となった」

「ちょっと待てよ爺さん、それじゃアキトとマリちゃんでも勝ち目はねえって事だろ!」

「不死って……永遠に生きて、聖剣闘争に必ず参加して、人を殺したい放題してるって事なの……?」

「その子の傷もお主の傷も搬送されてきた時に既に回復の兆しを見せておった、止めどなく流れる血が急に止まり、止血の手間もとらんかったわい……どうじゃ、不死の死に神はまさに冥界の忠犬。お主は再度、奴と戦えるのか?」

 ミサキとヒロキが俺へと視線を向ける。

 俺は両膝に手を置き、その手が震える。

 不死身の死に神相手にすれば、俺はまた……また。

「ふむ、何か訳がある様じゃな。話せば楽になる事もあろう」

 暫く間をあけて俺は言葉を零す。

「俺は……昔、幼馴染みを殺した……」


 もう十年以上が過ぎた。あの日も雨が降っていた。寒い冬から桜の咲く季節へと変わる頃。

 まだガキだった俺は雨の中、公園で友達とサッカーして遊んでいた。

 その頃、隣人で年も同じ志穂とは幼馴染みで一緒によく遊んだ。

 サッカーを終えて、雨が少し弱くなった時に志穂が俺を迎えに来た。

「アーキト、パパとママが心配するから早く帰ろうよー」

「大丈夫だって! そうだ、知ってるか、商店街にうまい揚げ物屋があるって」

「商店街は色々な人が居るからパパとかママとじゃないと行っちゃダメなんだからね!」

「へへーん、いいから行こうぜー、ハムカツとかいうのは安いらしいんだ!」

「もう、人の話を聞かないんだから。それに私、お金ないよ」

「大丈夫! 俺が奢ってやるよ!」

 そして土手の砂利道を二人で歩いていて、志穂の奴は小さななにかを見つけて、それを眺めていた。

「おい、置いてくぞー?」

「見て見てアキト」

「なんだよ?」

 志穂は笑顔でつくしを指さした。

「新しい命が生まれたんだね」

「ただのつくしだろ?」

「あっ、こっちにもお花が咲いてるよ!」

 そして俺のワガママで商店街に着いた時、事は起きた。

 今の俺と同い年ぐらいの高校生がナイフを持ってあっちこっちの人達に切りかかってたんだ。警察も到着していなくて、俺はその高校生と眸が合った。

 そうしたら不気味に笑う高校生は俺の前に立ってナイフを振り上げた。

「危ないよ! アキトッ!」

 当時はよくある話でさ。

 通り魔に遭遇して、俺は好奇心で現場に足を踏み込んでいた。

 目の前で散る血。

 志穂はその通り魔に背中を斬られて死んだ。いや俺が殺した様なもんだった。

 年を重ねる毎に俺の周辺の態度は明らかに変わっていった。

 そして中学に上がると、大人達は指さして俺を罵った。特に志穂の親は酷かった。

 だから俺は……地元の高校ではなく、都会へと逃げる様にやって来た。

「これで二度目……俺に聖剣を、マリを持つ資格なんて無い……」

「ふむ……」

「アキト、お前……」

「ごめんアキト、私がちゃんとあの夜明け、止めてればこんな――」

「俺は……また守れなくて、また俺の勝手でッ! くそ……くそッ」

 顔を下げると眸に溜まっていた涙が零れた。

「アキト、よく聴けよ。お前は俺の親友だ。そりゃ出会ったのはクラス一緒になってからだけどよ、一緒にバカやって、時には俺のボケに突っ込んでくれた。俺が女子達の名前を訊き回ってた時に一緒に笑ってくれたのはお前だけだ」

 ヒロキは頬を右手の人差し指で掻きながら言葉を続けた。

「お前がそんな理由で都会に来たなんて知らなかったからよ、正直、親に家賃払って貰って仕送りまでされてるお前をボンボンだと思ってた」

 そしてヒロキは俺に深く腰を曲げて謝罪してきた。

「俺の勝手なイメージだったっ! すまねえっ!」

「私も……アキトが居なかったら、またずっと一人だったと思う……」

「お前ら……」

 俺の心に深く足跡を残す奴ら。

 俺は妄想癖だ。

 そう言って、明るく変態に生きていれば皆のムードメーカーになれると思ったから。

 だけれど今は違う、もう妄想は終わりなのだ。

「フォッフォッ、お主は恵まれている様じゃな」

 今、ここに居る事。

 今、初めて知る友の気持ち。

 今、初めて知る恋人の支え。

「それに、たとえお主が資格がないと言い張ろうと――」

 木崎先生が席を立ち、マリの眠るベッドの横に立つ。

「それでも彼女は笑顔を見せるじゃろう」

 俺は自分の非力さ、意思の無さに悔しさを噛み殺しながら涙を流していた。

「おれ、もうまけねえから……もう誰も傷つけねえから……もうどこにも逃げねえからッ! 俺ちゃんと大人になるからッ!」

「解ってるよ、アキト」

 ミサキはそう言って俺を抱きしめた。

「約束……ですよお……アキト様」

「マリ!」

 俺はミサキとヒロキと共にマリのベッドの横に立つ。

「聖剣は、適合者の想いの力に応えるんですよお……だから、私も約束します」

 マリは朦朧とする意識の中、片手を差し出して来る。

 俺達はそんな手を皆で繋いだ。

「もう負けません……そしてアキト様を追い込む様な真似も、もうしません」

「マリ……」

「えへへ、やっと名前で呼んでもらえましたあ」

 すると俺とマリの手の間に青い光が溢れて暗い部屋を一瞬明るく照らした。

「アキト、お前、眸の色が青いぞ」

「これが……アキト! 剣眼だよっ!」

 俺の周囲にキラキラと光の粒子が散る。

「これは、ダイアモンドダスト……?」

「ほう、若い事は良い事じゃな。もしかすると冥界の楔を断ち切り、不死の死に神を倒せるのは、お主達の様な若いもん達なのかも知れんな」

 木崎先生はニッと笑って、席に戻る。

「わしは死に神を倒す事も出来ず敗北し、聖剣を殺した罪がある。そんな過ちを若いもんが背負う事もあるまい。お主、名は?」

「野原アキト」

「フォッフォ、良い眸になったではないか。どうじゃ、わしを信じてもらえるのならば、これから三日間みっちりと力の使い方を仕込んでやるぞ、アキトよ」

 死に神はあの戦いをイーブンでいいと言っていた。

 なら嫌でももう一度戦う事になる。

「おいおい、爺さん、俺にですらボコられそうな体して何言ってんだよ」

「いや、木崎先生。お願いします」

「マジかよ!」

「私は賛成!」

「マリはそれでもいいか?」

「私だって……痛っ、やる時はやるですよお!」

「フォッフォ、良いか死に神は愚かな冥界の王と契りを交わし人の人知を超えた不死を手に入れた最悪の殺人鬼じゃ、奴はいい大人にもなって血を欲する、子供の力でそれをねじ伏せられるとは思えん。しかし、お主はわしとは違う、いや、四十年前に聖剣適合者になった者達全員とは違う。強い絆があるのじゃ、その証しとも言える剣眼の力を阿呆の死に神に見せてやるが良い」

 こうして、俺は聖剣闘争の勝利を掴む為に、大人になる為の三日間の修行が始まった。





 断章 自ら作り出す想い出 ――野原アキト編


 修行二日目の昼。

 悪い冗談だ、木崎先生には聖剣との契約の誓いがちゃっかり残っていて、通常の人とは比べても比にならない。

 そして修行の場には東条と初めて戦った工場跡を選んだ。

「行くぞマリ!」

「はいっ!」

 先ずは聖剣状態になり、そこから湧き上がる力を、想いを二本のフリーズソードに集中させる。

「マリ解放ッ! 剣眼ッ!」

 俺の足元から流れる冷気は鋭く鋭利な棘となって地面を凍らせる。

 二本のフリーズソードは青い光を放ち、一つの大太刀へと進化した。

「よし」

「フォッフォ、何度も言わせるでない、遅いのじゃ」

 何もないただ広い工場内に金属音が響く。

 先ほどまで眼前に立っていた木崎先生は既に俺の真上へと移動していて、鉄パイプで俺を容赦なく殴ってきた。

「お主の特徴は剣眼した際、周りに出現するダイアモンドダストじゃ、それでは量が少な過ぎるぞ」

「なんつー速さだよ、あの爺さん」

「て言うか、医者が人の頭殴る光景とか……普通に見たくないよね」

「ナチュラルに医者って立場忘れてるだろアレ」

 工場の二階の鉄柵から俺達を見下ろすミサキとヒロキ。

「もう一度じゃ」


 こうして俺は聖剣の扱いをようやく会得する。

 三日目の夕方。

「ふむ、もう良いじゃろう」

「プハー……死ぬ、マジで死ぬ」

「凄いですう! 鉄パイプだけで真剣と渡り歩くなんて!」

「俺を褒めろ俺を、ったく」

「マリつあーんっ! おちゅかれさまー」

「アキト、お疲れ様っ!」

 ヒロキがマリの足に頬を摺り寄せている。

「して、お主らこれからどうするつもりじゃ?」

「はあ、もうこんな時間なんだね。家出してそこそこ経つけど、お母さん全然連絡をよこさないしさ、いっその事このままアキトと結婚しようかな」

「じゃあじゃあ、俺っちはマリちゃんとかけお――」

 バカな事を言おうとしたヒロキの頭を掴んでドラム缶の山へと放り投げる。

「かけおちする前にお前はバスの運転手に金を返して来い」

「アッハハ、やだねっ! 俺の金はマリちゃんの為にあるんだい!」

「貢ぐタイプだよね……ヒロキ君」

「……だな。さて、と、よしっ木崎先生も腹減ったっしょ?」

「む? そう言えばそうじゃな」

「近場のファミレスに行こうぜ」

「待たんかい、わしに払わせる気じゃろ」

「剣の腕と医者としての腕は確かなのに変な所に突っ込むよな、三日間稽古つけてくれた礼だよ、俺の奢り」

 冷たい床に片手を置いてそれを軸に立ち上がる。

「あっ、ならお気に入りのウエイトレスが居る店に行こうぜ」

「お前、やっぱ誰でもいいんじゃ……」

「ノウッ! お気に入りと恋っつーのは別なんだぜ、アキトはまだまだガキだな」

「はいはい、マリちゃんも木崎さんもアキトも疲れてんだから早く行くよ」

「コイってなんなんでしょうか?」

「よく五月に空を魅せて泳いでるんだ」

「そりゃ鯉のぼりだろっ! アキトちゃん、先に恋が成就したからって調子に乗ってるんじゃないかね?」

 俺達は工場から出る。

 俺は立ち止まり、夕焼けでオレンジに染まる空を見上げた。

「俺達は必ず生きてこの戦いを終わらせるんだ」

「だね!」

「はいですうっ!」

「だな」

「成長して、俺達が見てきた光景は間違いじゃなかった、そう思える想い出を他の誰でもない俺達で作り上げるんだ」

「ふふ、アキト、なんか大人に見えるよ。うん、私も間違った選択はしてない、こうして皆で居られる事も、その先に続く道の未来だって信じて行けるよ、うん」

「俺は――」

「お前はバスの運賃払える大人になれよ」

「あっ、はい、なんかすみませんした、ここマジで語る部分じゃないんっすか」

「さて、若いもんの邪魔もここまでじゃ、先に帰らせてもらうぞ」

 片手を振りながら俺達を背に歩く。

「もし、死に神に勝てなければ、奴は次の聖剣闘争にも姿を現し人を殺めるじゃろう」

「…………」

「冥界なんてクソ喰らえじゃ。お主達にわしは一縷の希望を託す、さらばじゃ」

 それだけ言うと空へ高くジャンプして工場の屋根の背後へと姿を消した。

「ありがとな、木崎先生」


 俺達は夜に沈む光景を横目にファミレスで談笑していた。

 案の定、席は俺の横にミサキ、ヒロキは窓際でマリの横。

 この窓際っと言うのがポイントだ。

 ドリンクバーで飲み物をお代わりする度にマリの眼前を通る。

「次はオレンジでも飲むかなー」

「私が取ってくるから座っててね」

「ドーン」

 毎度の事だがヒロキの作戦は失敗する。

「ドリンクバーって飲み物が飲み放題なんですかあ!」

 恥さらしが。

「はい、オレンジ」

「ちょ、待て色からして既にオレンジしてねえじゃん! 何混ぜた!」

「飲めば解るよ♪」


 ――それでも彼女は笑顔をみせるじゃろう


 木崎先生、あんたの言う通りだったよ。

 マリは笑顔を絶やさない。

 初めは幽霊だとか言っていたけれど、今は言える、マリは幽霊なんかではない。

 生きているのだ。

 東条にもこんな仲間が居れば、あそこまで狂気に堕ちる事もなかったかも知れない。

 あいつ、最近姿を見せないけれど、どうしているのだろうか。





 断章二 灼熱に剣眼せし者 ――東条ハクヤとユリア編


 御袋、オヤジ。今、俺は家族の仇を討とうとしている。

 ただな、凍結野郎が邪魔で仕方ねえんだよ。

「ハクヤ様、これはなんでしょうか? 死者の匂いがします」

「あたりめえだ。ここは墓所なんだからな」

「お母様とお父様のお墓ですね」

「ああ、俺の憎しみと復讐が始まった場所だ」

 俺の炎じゃ凍結野郎と相性がわりい。

 だがあいつを殺さない限り、あの死に神の元には辿り着けない。

「フリーズソードの適合者、野原アキト。だけど私は思います、復讐心がハクヤ様の力を押さえつけている様に」

「黙れっ! お前は所詮闘争の武器だ、俺の心が読めるからって出過ぎた発言は控えろ」

「申し訳ありません。ただ私は……」

「ユリア、貴様まさか凍結野郎の言葉を肯定するつもりか?」

 俺は目の前の墓石に片膝をついて手を合わせる。

 ふざけるな、あんな甘い考えしか出来ないガキに俺が負ける筈ない。

 奴の冷気が俺の火炎の上をいくのなら……。

「もっとだ、もっと、奴の氷すら溶かす熱があれば」

「ハクヤ様、何者かが近づいています」

「誰……だ、って寺の坊主か」

「お前さんは確か、今となっても犯人が捕まらないあの殺人事件の――」

「息子だ」

「随分と邪気に満ちておるな」

「黙れ」

「苦しいのだろう? それとも犯人が憎いのかの? じゃがな死人は何も語れぬ、息子であるお前さんが亡くなったご両親の言葉なのじゃよ」

「何を言っているのか理解出来ないな、事情も知らねえ他人が口を挟むな」

「何も理解してやれないのは残念だがな、憎しみは己の道を踏み外す事もあろう。負の螺旋がお前さんには見える。苦しい悲しいと言う感情はお前さんの顔を見れば解る」

 苛々する坊主だ。こいつも綺麗事か、いい加減反吐が出るぜ。

「ユリア、行くぞ」

 花束を一つ添えて俺は土を踏みしめて歩く。

 眸を細める坊主の横を通り過ぎる、その時。

「聖剣の適合者として選ばれた者か」

 俺の足は止まった。ユリアの顔を見つめるが、ユリアは首を横に振った。

「てめえ、何者だ」

「なに、ちょっと四十年前に適合者として選ばれ敗北した哀れな落ち武者よ」

 四十年前? こいつは何を言っている。

「大方、あの死に神に殺されたんじゃろう」

「奴を知ってるのかっ!」

 坊主の着る装束を胸倉で掴み俺は迫った。

「答えろっ! 奴を倒す為の手段を!」

「答える事は出来ぬ。しかしこれだけは断言しておくとしよう」

 胸倉を掴んでいた手を容易く振り解く坊主。

 俺の身体能力はあらゆる面で強化されている筈。こいつ、本当に適合者だったのか。

「憎しみでは死に神には勝てぬよ、奴は不死身の契りを冥界の王と交わした異端者なのだからな」

「不死身……だと?」

「ハクヤ様、前冥界の王が短命で亡くなられたのは、その禁忌の契りのせいです」

「クックク、不死身、不死身か、ならばどんなに灼熱の中で、もがこうと奴は死ねないまま苦痛を味わい続けるのか」

「もう既に運命は動き出しておる様だの。お前さん、憎しみに剣を掲げるのか」

「当然だ、ハゲ坊主、俺は必ず復讐を遂げる」

「遂げて、そしてどうするのだ」

「一人で生きるさ、余生なんて滅多に考えないんでな」

「バカな事を……人は一人では生きては行けぬよ」

「てめえ……綺麗事並べる奴ばかりだっ! 凍結野郎もてめえも、聖剣闘争に身を投じたなら落ち武者だろうが理解してる筈だろうがっ! これは聖剣の優劣を決める戦争なんだよ、ぼーっとしてりゃ背後から刺される、それだけが事実だっ!」

「ならば力に任せて適合者と戦うか?」

 俺は両腕を広げて笑って言う。

「クハハッ! あたりめえだッ! 力さえあれば何でも出来るんだよッ!」

「ユリアとか言ったかの、お前さんはどう感じているのだ? 力に溺れ、復讐や憎しみに囚われたつるぎで戦い抜ける事が出来ると思うておるのか?」

「答えてやれ、ユリア。こいつも凍結野郎と同じだ、所詮は綺麗事」

「私は……復讐をなす為の道具なのでしょうか? 以前、海で戦った時、フリーズソードが私は羨ましくも思えました。私にも『守る事』でハクヤ様の力になりたい……」

 驚きだ。

 守る? 俺をか? 何を言ってやがる。

「ハクヤ様は聖剣シャンティアとその使い、死に神によって辛い運命を歩かざるを得ない状態になりました。ですがハクヤ様、今、貴方がやろうとしてる事は死に神と変わりないと判断しています」

「ッ!」

「私はハクヤ様の聖剣です。だけど私はハクヤ様を守りたく思い、その思いの力で本物の絶対悪である死に神を倒したいと思うのです。そしてあのフリーズソードの適合者にも」

「お前さん、聖剣にここまで言わせて情けないと思わぬのか?」

「…………ユリア、お前の本音なのか」

 即座に頷いてきやがった。

 俺が間違えているとでも言うのか……。

「ハクヤ様、私は現冥王の聖剣に相応しく、強くなりたいです。ですがそれはハクヤ様のお力添えがなければ叶わない夢」

「お前の……夢?」

「はい。私の予測範囲では本当に強いのは不死の死に神なんかではないと存じます」

「凍結野郎だって言うのか」

「確かに彼は聖剣に感情を込め過ぎています。ですが……私はもう血をみたくはないのです……冥界の王のつるぎとなるべき私が言うべき事ではないですが、いえ、訂正します。ハクヤ様にこれ以上狂気に堕ちてほしくないのです。すみません、私が取り乱してしまって……」

「俺は家族を殺され、俺のそばにいつもいるのはお前だけだ、ユリア」

「私は狂気に堕ち、復讐だけを見据えるハクヤ様にいつでも御供します。ですが……」

 俺は片手を額に当て、苦笑する。

「クク、ハハハ……俺はバカか、それ以上は言うな。確かに、俺達の本当の敵は死に神なんかじゃねえ。綺麗事並べて仲良しこよしの友情やら愛情を口に出す凍結野郎だ」

「若き適合者よ、決して淀みに身を任せてはならぬ。さすればいずれ理解出来様」

「なにをだよ……」

「お前さんの両親を殺した聖剣も本当にそれを望んでいたのか、な。そこのお嬢さんの様に本心とは中々表に出せぬ心の罠なのだからな……ふむ、大分話してしまったな。なに、焦る事は無い、ハクヤと言ったな、せめて自分の聖剣の言葉ぐらいは信じてみてもいいんじゃなかろうかね……でわな」

 フッ、あんな老いぼれとユリアにまでさとされるとはな。

「……難しいな。今までの感情を殺して前と向き合うってのはよ」

「それを自然と出来てしまうフリーズソードの適合者は最大の敵かと思われます」

 風が騒めいていた。

 何かが起きようとしている。そんな空気がするぜ。

「あの凍結野郎、名前なんつったか」

「フリーズソードの適合者の名は野原アキト氏です」

「アキト、か。ユリア、忘れるな、俺は復讐を諦めてはいないし、邪気を祓う気もねえ。だが……お前の言葉の真意は知らねえが、響くもんがあった。俺が間違ってるのかどうかはアキトをぶち殺した時に解るだろう」

「出過ぎた言葉でしたが、響いてもらえて光栄に思えます」

「チッ、しかし死に神の野郎が不死って話が本当なら、どうやって殺すんだ……」

「ハクヤ様」

「あん?」

 俺とユリアの両手から赤い線が出現し、その線は激しく燃え上がった。

「なんだ……こりゃ」

「剣眼です。ハクヤ様との距離が縮まって、私は更なる進化を遂げられます」

「剣眼? 進化? ハッ? 面白い、受け止めてやる、俺に力を貸しやがれ」

 不死の死に神に綺麗事を吠えるアキト。

 俺には解る、もう決戦は近いって事ぐらいな。

 俺の行くべき道の先に何が待つのか。闇か、地獄か、それとも――光なのか。

 試させてもらうぜ。

 アキト、てめえの言う綺麗事が正しいのか。

 俺が宿すのが本当に復讐の業火なのかをな。


 ただ一つ。

 認めてやる。

 アキト、てめえは俺に「殺された両親を盾にして逃げてる弱虫野郎」そう言っていたな。

 てめえのが正論だ。

 だがな、俺の前に立ち塞がる限り、俺は俺の道を進む。

 どんなに阻もうともうてめえには負けねえからな。





 断章三 冥界の楔 ――戸惑いの聖剣シャンティア編


 何故?

 私は美しい筋肉美を眼前の鏡に映し、そう自問した。

「あんたらしくないじゃないか、何故あの時、フリーズソードにトドメを刺さなかった?」

「うーん、面白くなりそうだったじゃなあい?」

 シャンティアは和調の私の部屋に住み込み、季節外れのひな壇の上に腰を下ろして足を組む。

「ふーん。あんたの噂は冥界でも有名だよ。冥王と契りを交わし不死を得た男ってね。そんな非道な死に神様が見逃すなんてね」

「あらあ、私の好みだったのかしらね」

 噴き出す様に腹を抱えて笑うシャンティア。下品ね。

「あははっ、剣眼も使えない奴が好みだってのかい、あれじゃただの雑魚」

「ふふん、シャンティア、貴方もらしくないわね」

「なにがだい」

「あの眸は負け犬の眸じゃなかったわ。少なくとも今まで殺してきた聖剣は適合者を守って傷を負う様な真似は……あー……一人だけ居たわね」

「誰さって言っても、あたいは知らないだろうけどね」

「木崎って言う男よ。あいつの聖剣も主を守って死んでったわ」

 シャンティアがホットパンツ姿の足を組み直す。

「へぇ、でも今回は死ななかった」

「そうねえ」

「まあ、あたいには解る。あの瞬間『発作』が出そうだったんだろう?」

「厄介なね。私は前冥王と契りを交わして不死を得た。だけど冥界の楔が呼ぶのよ、私を……冥界に引き摺り込もうと心に闇を蔓延させ、私自身を冥界へと誘う闇がね」

 シャンティアは鼻で笑ったわ。

「先代の冥王の狙いはそれなんだろ? 伊達に寿命を儀式に使った訳じゃあない」

「小癪な楔よねえ。結局冥界の王は私達適合者を聖剣の優劣を決める為だけの道具に過ぎないって事を言いたいのかしらね。そう、たとえ不死を与えたとしても、その使命は追い駆けて来る」

「ふっ、大方あんたは忠実な冥界の犬って訳だ」

「あらあら、私はまだ冥界には堕ちないわよ? こんなに沢山の人を斬れるなんて素敵な仕事、簡単にはやめられないわ」

「よっと、ほんと、腐ってるわ人間として」

 ひな壇から飛び降りるシャンティアに私は思わず笑った。

「ふふん、人間として、はね。でも今の私は死に神。殺すと断言した以上あのボウヤにも死んでもらうわ、二度は見逃さない。まあ? 二刀流の聖剣の片方をへし折ったんだから簡単には立ち上がれないわよ、野原アキトも東条ハクヤもね」

「東条、あー、ババアとジジイ殺されて泣いてた奴かい」

「どうだった? バッサリ真っ二つにした気分は聖剣として」

 んん? シャンティアは私から顔を逸らした。

「正直、あんたが死に神だって痛感したさ」

「あら、気持ちよくなかったのかしら」

「さあね……あたいは冥王の聖剣に選ばれたいだけだ。その過程はどうでもいい……結果さえ良ければね」

「私に適合して良かったねえ、あのボウヤと戦った時、校門の影に一人の女が居たの」

「気づいてたさ」

「今回の聖剣闘争では聖剣は勿論、適合者である主も全て殺すつもりよ。勿論関係者全てね、四十年前と一緒で適合者が少ないのがちょっと残念ね」

 シャンティアの面持ちに影が見えるわ。

「勝てばいいさ、あたいは血に飢えてはない。あんたみたいな死に神とは違ってね」

 残念、私ともっと同調すれば剣眼で得られる力も増すと言うのに。

 シャンティアは口は悪いし、態度も悪い子。

 だけれど私にとってはその性格はドストライク。

 この子が私色に完全に染まれば冥界に優秀な聖剣を送らなくても冥界自体を攻める事だって不可能な事では無い。だって私は不死なのだからね。

「あんた、あたいが心を読めるって知ってて今考えたね。冥界を攻める? 不死を利用して自分が冥界の王にでもなるつもりなのかい」

「面白いじゃない、私は不死、つまり寿命のある王とは違ってずっと王で居られる」

「……笑えない冗談だね。なるほど、その危険思考を思ってあんたに楔を付けた訳だ」

「忌ま忌ましいわね。楔の発動で冥界に引き摺り込まれれば私の意思は無くなり、それこそ本当に冥界の忠実な犬になる」

「ただ忠告しとく、不死を武器に戦えばいつか必ず寝首を掻かれるよ」

「貴方にかしら?」

「さあ……意外とあんたがトドメを刺さなかった今回の適合者の二人かもよ」

「あれを雑魚と言ったのは貴方よシャンティア」

「あはは、ならあいつをただの負け犬じゃないって言ったのはあんただ」

 どの道、聖剣闘争に勝つのは私。

 不死の死に神は後々冥界でも名を馳せる。そしていつか冥界は私の手に堕ちる。

 そう、冥界の楔が私を闇に引き摺り込む前に全ては決着するのよ。

「……あんたは危険過ぎるね」

「あら、先に言っておくけど、シャンティア」

「何さ」

「ワタシをウラギレバ二度と冥界に戻れナイと覚エてオキナサイ」

「…………」

「さあ、そろそろ寝るわよ、夜更かしはお肌の天敵♪」

「気持ち悪い男だよ」


 さあ、もう殺し合いは始まっているわよ。

 早く私を楽しませなさい、選ばれし適合者と聖剣達。

 楔の発作に飲み込まれる前に……冥界の真なる王となる為の礎達よ。


 全員血祭りにしてあ・げ・る。

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