第五巻 審判を招く者たち編⑤

 第五章 赤い雨


 東条ハクヤの異常なまでの聖剣闘争への思い。その固執は死に神と名乗る聖剣適合者に家族を殺された事から始まっていた。どんな奴なのだ、平気で人を殺して、まるで聖剣闘争を楽しむかの様な死に神とは。俺はテーブルの横で夏掛けの薄い布団を被って寝ていた。違和感を抱いたのはニーソを履いた女子高生に囲まれた夢を見ていた途中だった。

「っ!」

 俺は声を出そうとしたが、なんとか耐えた。ミサキが私服姿で俺の横でこちらへ向いて寝ていたのだ。ち、近い。落ち着け俺、平常心だ。壁に掛かる時計を見るとまだ午前三時だ。こんなに早くうちに来たのは初めてだな。

「うっ」

「んー……」

 ミサキが俺の胸元のボタンを握ってきた。俺の心拍数は今いくつですか? 心拍数三百? 死んでるわ。バカか俺は。しかし、どうするこの状況。起こすのはもったいない、もとい、可哀想だ。視線、視線はどうする、天井を見ようにも横向きだから無理だ。うーん、こう改めて顔を見ると、本当に可愛いよな。しかも寝顔だぞ、おい。

「ムニャムニャ、アキト様あ……大好きですう」

「はい?」

 な、ベッドの上でなにをほざいた、あいつ。

「このカキゴオリ……ムニャムニャ」

 おい、紛らわしいわ。お前の脳内にはお花畑だけではなくカキ氷まで沸いてんのか。だがこんなハッピーフラグを立てた覚えはないのだが。んー。しかしなんでこんな時間に? 家出娘じゃあるまいし。門限が厳しいなら流石に朝だってこんな早くには出掛けさせないだろ。なんつーか、女子が二人も身近に居ると端から見たら相当幸せ野郎だよな。聖剣闘争は不幸イベントでしかないが、よく考えたら天然聖剣と出会ってから人生が変わった様な気がする。いやいや、変わり過ぎだろ、こちとら死にかけてんだ。

「んっ……あ、アキト。ご、ごめんこんな朝早く」

「あ、ああ、悪い起こしちゃったか」

「大丈夫だよ。な、なんか顔とか近い、よね」

「い、いや、別にいいけど。それよりなにかあったのか?」

「ううん、ただ心配なだけだよ。それにちょっとお母さんと喧嘩しちゃって……家出」

「なるほど、ん、心配?」

 顔を俺の胸に押し当て、ボタンを握っていた手に力が籠もるのが伝わってきた。

「うん、東条君だけじゃない、死に神とか名乗った人もアキトを狙ってる」

 俺は黙って言葉の続きを待つ。

「前にも言ったと思うけど、嫌だよ? やられるとか殺されるとか」

「俺も……死にたくない」

 そう、だよな。

 俺、今は聖剣闘争に巻き込まれていて、一見普通に幸せな生活でも裏を見れば東条も死に神もイカれた野郎、そんな奴に狙われているのだよな。

 そんな俺を支える、一緒に背負うって、考えてもみれば凄い覚悟なんだよな。

「と言うか、誰も死なない、これが一番だよな」

「そうだね……けど湘南の時、東条君は本気で私とヒロキ君も殺そうとしたんだよね」

「だな」

「でも、そんな東条君も家族を殺されてるんだよね。なのに皆、私も含めて噂とか七不思議とかで片付けてちゃってたんだね」

「仕方無いさ、あいつの事情を知ってる奴なんて居なかっただろうしさ」

「うん……」

 正直、東条の事情は知りたくなかった。そう思った。死にたくないって思って、守りたいって思って。それが当たり前だと思っていた。だけれど現実は違う。自殺する奴が世間に居るんだ。自ら死を選ぶ人々が居るのだ。確かに、東条の言う通りなのかも知れねえ、俺の思う事は綺麗事なのかも。

「俺、やっぱ綺麗事を言ってんのか」

 胸元でミサキが大きく首を振った。

「大事だと思うよ、私は好きだな、そんなアキト」

「俺も好きだけどな、無茶して俺と東条の間に割り込んで来る様なミサキ」

「あ、あれは身体が勝手に……」

 人の命は争う為に生まれるもんなんかではない、捨てる為のもんでも、奪うもんでも無い。そう思っているのに、何故だろう、自信が無いな。天然聖剣と出会ってから、俺は色々考える様になったかも。妄想ばかりだったのになあ。

「なんつーか、非日常的なもんが続いてるよな。俺達まだ高一なのにさ」

「そうだね、だけど私は挫けないよ。絶対に」

 固い決意だなと思った。なんで俺なんかの為にそこまで想ってくれるのだろう。

「下手すりゃ本当に殺されるかも知れないんだぞ」

「分かってる……けどもう二度と独りになりたくないって私のワガママなのかな」

 そうか、ミサキは中学時代に虐められていたのだ。その容姿から女子から妬みの虐めを受け、男子からはチヤホヤされる。

「訊き難いんだけど」

「なんでも答えるよ?」

「虐めはそんなに酷かったのか?」

「どうなんだろ……私はいつだって独りだった、男子も私の事は見た目でしか見てくれない。虐めは日に日に酷くなって、机なんてラクガキだらけでさ。そしたらいつの間にか私に寄ってきてた男子さえも私を避けた」

 暫く沈黙が続き、ミサキは続けた。

「高一に上がって、入学式で鼻血出してるアキト見て、少し気になったんだよ。だけど近づくのが怖くて、でも……初めて恋してるって私気づいて、本当、一目惚れだよね」

 俺も正直な話ししないとな。

「正直言うけど、俺ミサキが一緒に聖剣闘争を背負うって言ってくれなかったら、他の男子と同じでミサキに憧れてるだけだった」

「今もそう思う?」

「いや。そばに居てやりたい、虐められてた記憶を忘れる位に楽しくて幸せな思い出を増やしたい、そう思える」

「うん……」

「もう二度と独りにはしない、どんな時だって俺が居る」

「約束だからね……?」

「ああ、だから――」

 俺は肩を震えさせるミサキの唇にキスをした。壁掛け時計の秒針が進む音だけが暫く響いた。

「一生一緒だ」

「そっ、そ、そう言うのはプ、プロポーズの時に言うんだよ?」

「はは、じゃあマジでプロポーズする時はもっとかっこいい事言わないとだな」

 暑さとは違う温もりを感じられた。これは失いたくない……だから――。

 

 時刻は三時半を示す。俺は時計を見て、ゆっくりと腰を起こす。このままではダメだ、東条はいいにしても死に神には、こっちから先制攻撃すべきだ。そう思った俺は白いYシャツを赤いTシャツの上に羽織、意志を固める。

「アキト……?」

「死に神って奴に奇襲をかける、終わらせるんだ、こんな闘争」

 ミサキは不安な面持ちを見せる。

「東条君の両親を殺した死に神……」

 意を決した様に俺の左手を握って立ち上がる。

「私も行くよ」

「ありがとな、だけど危険だって思ったら逃げるぞ?」

「うんっ」

「おいこら、天然聖剣、起きろ! 後、どうせ居るんだろ、ヌイグルミ。出て来い」

 暗く月明かりが差し込む部屋、目をこすりながら起きる天然聖剣。

「呼ばれて飛び出たジャジャダナー、やっと本格的に戦うダナ?」

「アキト様? それにミサキ様も、どうしたんですかあ?」

 ヒロキは寝ているだろう。だけれどあいつだけハブる訳にもいかないか。

「これから死に神に奇襲をかけるぞ。ヌイグルミ、前に東条がやった様に裏と表の世界を瞬時に切り替えてくれ。天然聖剣は死に神の持つ聖剣、シャンティアを見つけてくれ」

 すると茶色いテーブルの上に浮かぶ審判のヌイグルミは短い両手を胸元で組んで言う。

「死に神、言っておくがダナ。奴は強いダナ」

「?」

 こいつ、死に神の戦闘を見た事があるのか? まあ今はそんな事はどうでもいい。

「大丈夫さ、勝てる勝てる。誰も傷付けないし、勿論死なせなんてしない。東条にゃ悪いけど先に行かせてもらうさ」

「フム、覚悟はイイんダナ?」

「ああ」

「あっ、はいっ! 頑張りますよお!」

 俺は携帯を手に持ち、ヒロキに電話する。しかし、出ない。まあそりゃ時間的に無理か。仕方ない。ヌイグルミはふわふわと宙を浮き、裏の世界と表の世界を人間の視覚では捉えられない速度で切り替える。

「この反応はー……ユリアさんですね……っという事は、こっちですっ!」

「よし、行こう」

 俺達は夜の街へと出た。一つの街灯は今にも切れそうに不規則に点滅し、月は綺麗な三日月だ。先導するヌイグルミと天然聖剣。本当に人間の視覚では、いつ裏の世界に切り替わったのか解らない。天然聖剣と契約の誓いを交わした俺でもそれは例外ではなかった。はあ、思い返すと俺のファーストキスは、その契約の誓いとやらに奪われたんだよな。通りに出て俺達は歩道を歩く。まだ時刻は四時になっていない、卑劣かも知れないけれどこれも一つの戦略だろ。

「どんな人なんだろ……人を簡単に殺す人って」

 明らかにスピード違反の黒いセダンが俺達の横を通り過ぎる。俺はそのセダンを視線で追いかけ、赤いテールランプが残像を残してセダンは視界から消えた。

「どうせロクな奴じゃない」

「うん……」

「まあ、ブッ倒したら大人しくなるだろ」

 この時間はトラックが多いな。しかし俺達が向かっている方角はミサキが好きな巫女装束が制服の巫女奉善学院がある。暫く沈黙が続いて、次第に気持ちがたかぶってきた。って、いやいや、少し待て、本当に巫女奉善学院が見えてきたのだが。

「きゃっ」

 突然街灯のランプが割れた。一つ割れると目の前に並ぶ街灯全てが音を立てて割れていく。

「アキト様、この建物から反応がありますう」

「なに、なんなの……」

「……学院の生徒が死に神なのか? あの時の電話じゃ滅茶苦茶おっさん声だったのに」

「校門が開いてるよ?」

 ヌイグルミが裏の世界から表の世界への切り替えをやめて裏の世界になった。さっきまで見えていた綺麗な三日月は黒い雲に覆われ、視界も淀む。ここからは俺が先導して学院内へと足を踏み込む。すると突然、校門の鉄で出来ているアーチが何かの圧力で凹む様に弾けて吹っ飛んだ。

「ミサキ、ここに居てくれ、行くぞ天然聖剣」

「はいですうっ!」

 白い粒子が俺の両手に渦を巻いて光を放つ。

「まさか、奇襲は失敗してんのか、これ」

 そのまさかだった。突然眼前の空気が歪み、その歪みから無数の見えない刃が俺の左肩と右足をスッと斬って、次に強い突風が前方の歪みから発生した。

「どこだっ!」

「グッンナイ、ようこそ、我が学院へ♪」

「上から反応がありますうッ!」

 咄嗟に上へと視線を飛ばした。

「でも、ダメねえ、高校生がこんな時間にうろつくなんて」

 上を向いた瞬間。俺の見ていた光景は突然夜空から地面へと変わった。

「いッ!」

「アキトッ!」

 圧力か? いや重力? 俺の体は砂利っぽいグラウンドに叩き伏せられた。

「お仕置きが必要よねえ、ジャッジ? 早く聖剣闘争を始めましょうよお」

「ウム、これより聖剣闘争を開始スルダナ」

 ヌイグルミが俺の頭上でシンバルを鳴らす。そのヌイグルミを見上げた時に俺は見た。死に神と思われる影が校舎屋上の避雷針をへし折って此方へとダイブして来る姿を。すぐに俺は起き上がり避雷針をこちらへと投げて来る攻撃をギリギリ避けた。つもりだった。

「ッ!」

 おかしい。

 避雷針は確かに俺が伏せられた場所に向かって投げられた筈。なのになんで、移動した俺の脇腹をかすって地面に突き刺さるのだ。

「ボウヤ、一応挨拶しておくわん、私がこの巫女奉善学院の理事長の……」

 土埃を片手で払い、俺は死に神をついに見てしまった。マッスルなボディに焼けた肌、体格は逆三角形で、筋肉が目立つ。何故か海パン一丁だ。

「変態だああああああッ!」

「人が挨拶してんのに変態じゃねえだろうがオラァッ! シャンティアッ!」

 やばい、死に神のイメージとのギャップに驚愕している場合ではない。

「そうよ、我が主の見た目に騙されてたら――」

「へ?」

「痛いだけじゃすまない」

 死に神の聖剣シャンティアは俺の背後から脇腹に回し蹴りを叩き込んできた。やばい、マジでいてえ。広いグラウンドを三回バウンドして俺の体は土埃を纏って止まった。

「さあ、おいでシャンティア……楽しみましょお、ねえ?」

 金髪のショートヘア、身長はショックな事に俺より高い、そんなシャンティアは体を緑色の粒子に変えて死に神の右手に巻き付いた。

「ゲホッゲホ……それがお前の聖剣か……」

 まさに死に神。 奴の聖剣は鎌型だった。そして真っ赤な刃が何故か歪んで見える。

「この子は便利なのよ、なにせ――」

 言葉の途中で鎌を俺とはまったく関係無い校舎へ向けて下から上へと斬りあげる。校舎と死に神の距離はかなり離れている。だが。校舎の入り口、その扉に張られていたガラスが全て割れ、まるで巨大な鉄球でもぶつかったかの様にベコンと壁がへこみ、校舎に亀裂が走る。

「ね、風って言うのは使い方次第でとんでもない凶器になっちゃったりい」

 海パン一丁の死に神は鎌を肩に添え、俺へと突っ走って来る。

「くんじゃねええッ! この変態があッ!」

「楽しみましょうよお♪」

「のおおおおおおおおおおおッッ!」

 フリーズソードを握り、奴と距離を取りつつ空気中の水素を凍らせて一枚ずつ壁を作っていく。しかし、奴が聖剣を振る度にことごとくその氷の壁は鋭い音を立てて破壊された。ダメだ、このままでは奴のペースだ。靴底を滑らせて走っていた体にブレーキを掛ける。近接戦闘に持ち込もうと俺は奴へと向かってグラウンドを蹴った。

「あらん、やっと私の胸に飛び込んで来てくれるのね……死ね」

 ゾッとした。奴は風力を纏った鎌を振り上げた。マズイ、なんかやばい。そう感じた俺は更にグラウンドを蹴って奴の頭上を越える様に放物線を描いた。鎌が振り下ろされ、グラウンドに突き刺さると、まるでクレーターが出来たかの様にグラウンドにも亀裂が駆け巡り、グラウンドの土が一斉に空へと噴出した。

「ッ!」

 視界が土で塞がれる。

 こっちはフリーズソードのトリガーを強く握り絶対零度の冷気を解き放つ。

「くそッ……幾ら凍らせても……やべッ!」

 下から押し寄せる土砂に飲み込まれ、俺の体は不安定に回り、奴の姿を完全に見失った。

「アキト様ッ! 左ですうッ!」

「ノンノン、遅いわねえ」

 掴まった。

 死に神の太い手に首を掴まれ、奴は俺を校舎へ向けて投げ飛ばす。

「ほらほらあ、お逃げなさい」

 背中で校舎三階の窓を叩き割り、机の並ぶ教室へ右肩から落ちて転がる。

「いてぇ……」

 窓を突き破った際に右腕に深い切り傷を負った。顔を上げると視界に無数のカマイタチが写り込んだ。

「やっべ」

 その無数のカマイタチは壁を切り裂き、圧縮された空気の様に破裂する。言わば風船と同じだ、衝撃がでかい上に数が多い。

 俺の右肩を一つのカマイタチがスッと斬り割いて破裂する。

「ぐあッ」

 血が噴き出して暗い教室の床に零れる。何だ、奴は聖剣の力をフル活用出来てるのか? 俺なんてまるで雑魚じゃん。

「って……弱音吐いてらんねえかッ! 行くぞッ」

「はいッ!」

 フリーズソード二本を逆手に持ち替え、切っ先から冷気を放出させる。崩れる校舎の壁、そこから死に神目掛けて宙を突っ切る。

「てめえが東条の両親を殺して、挙げ句、聖剣を人殺しの道具にさせてんだろうがッ!」

 視界に迫る死に神の体。

「それがどうかしたのかしらあ?」

 右手のフリーズソードから冷気の放出を止め、左手のフリーズソードを腰に構えてそこから冷気を放出させ、瞬発的に得た遠心力で右手のフリーズソードを振り抜く。

「聖剣闘争は所詮は殺し合い、弱く、理解も無く、自分の愚かさに気づけないバカは早死にするのが掟なのよお?」

 鎌の柄で俺のフリーズソードを防ぐ。金属音が激しくつばぜり合う。

「聖剣は所詮人殺しを楽しむ為の道具。そして聖剣闘争は人殺しの言わばコロシアム」

「違うッ! てめえが東条の親をそんな遊び半分で殺したせいで、あいつは人格すら変わったんだッ! 行き場の無い怒りと憎しみだけがあいつの全てになっちまった、何で無関係の東条の親まで殺したッ!」

 つばぜり合う中、死に神はズイっと俺の顔に自分の顔を近づけて嘲笑った。

「殺 し た か っ た か ら」

「お前……ッ!」

「それより……ボウヤはまだ『剣眼』に目覚めてないのねえ?」

「ケンガン?」

 突風が死に神から吹き出し、俺の体はコントロールを失って亀裂の入ったグラウンドへと叩き落とされる。見る見るうちに周辺の風を吸収していく。奴はなにをするつもりなのか。ゆっくりとグラウンドへと降りて来る死に神の瞳の色が緑色に変わっている。

「これが剣眼、聖剣の全ての力を己の物とするッ!」

「な、なんだこいつ……ッ」

「シャンティア解放ッ! 剣眼ッ!」

 両腕を広げ、空を見上げる死に神。そして、急に腰を曲げると死に神の背中に中世ヨーロッパの騎士が羽織る様な緑色のマントが出現した。くそ、こちとら結構深手を負っているのに、まだ強くなるのか。

「さあ、綺麗事なんてどうでもいいのよおッ、私に――」

 瞬間、奴の聖剣までも変化した。鎌は鎌なのだが、一つの曲線を描く刃と鎌の底からも逆向きの刃が出現した。

「血を魅せなさいよおッ! このダブルサイズから逃げられはしないわよおッ」

 片手で軽々と鎌を回転させながらこちらへと突進して来る。

「やべえ……おい天然聖剣、こっちもあの剣眼っつーの使えねえのか」

「剣眼は固い絆で聖剣と結ばれた時に解禁されると習ったですう」

「そう」

「ッ!」

 既にふところまで迫っていた。速い。

「今のボウヤじゃ聖剣の理解は得られないって事。そして剣眼出来る私の言う事こそ、この聖剣闘争の本質。さあ、血に踊れ――」

「アキトッ!」

「アキト様!」

 終わりなのか……俺の負け……?世界がスローモーションに見える。だけれど体は動かない。死に神の持つダブルサイズの刃が俺の胸へと迫ってきた。殺される。

 その瞬間。光を失った俺の眸に映る白い粒子。

「え……」

 何かが砕けた音。

 

 それは死に神のダブルサイズの刃を勝手に防いだ俺の右手のフリーズソード。その片方が刀身の真ん中から砕かれた音。

「ア……キト様……」

 そして散る血飛沫。フリーズソード二本にノイズが走る。天然聖剣は元の姿に戻り、俺の眼前で乾いた土の上へと倒れた。

「な……に?」

「ふーん、自分の身を投じてまで適合者を守るとはねえ、本当はもう一本折ってしまえば終わり。だけどそれじゃ面白くないわねえ……聖剣の適合者が聖剣に助けられる、情けないわねボウヤ」

「…………さね……」

「なあに? 聞こえ――」

「お前だけは絶対に許さねえええッッッ! くっだらねえ事を喋ってんじゃねえッ!」

 怒りに任せて俺は右拳に全力を注ぎ死に神のでかい図体を殴り飛ばした>ポツリポツリ、と雨が降り始めてきた。

「ウム、この勝負――」

「ッ、待ちなさい、ジャッジ。この勝負はイーブンでいいわ……中々面白くなりそうじゃない。そんなに聖剣に感情入れて、甘いだけなのか、それとも人間の本質なのか、もう少し見せてみなさいよお、但し、次は本気で殺すわよ」

 それだけ言い残して死に神は、あざ笑う様に姿を消した。暗かった風景に月明かりが差し込んできた。表の世界に戻ったのか。俺は膝を落とし、目の前で横たわる天然聖剣の体を揺らす。

「アキトッ! 救急車を呼んだから!」

「おい……起きろよ……なに勝手な事してんだよ……なんで……」

「アキト……」

「笑えよ……なあ、いつもみたいに無邪気に笑って……笑ってくれよッ!」

 雨が強くなった。

 背中に鋭い斬り傷を負って、その血はグラウンドの土に染み込んでいく。

「笑って、わらッ、うあ……ッ、うああああああああああああッッッ!」

 救急車のサイレン音が聞こえてくる。俺は初めて思い知った……自分の弱さを。自分の浅はかさを。自分の愚かさを。


 救急車が校門前に到着すると辺りは騒がしくなった。

「こっちですっ! お願いです、マリちゃんとアキトを助けて下さいっ!」

 救急隊員が惨状を目にする。

「これは、一体なにが」

 俺は深手の右肩なんてどうでもよく、救急隊員に訴えかけた。

「俺はどうでもいいっ! 頼むからこいつを、マリを助けてくれっ! 頼むから……ッ」

 なにが大丈夫だ、なにが勝てるだ。

 全て俺のおごりが招いたのだ。


 俺にマリを……


 俺に聖剣を持つ資格はない。


 第五巻 完 第六巻へ続く

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