第四巻 審判を招く者たち編④
第四章 東条ハクヤ
俺達は今、海水浴シーズンで混み合う湘南まで来ている。
天然聖剣と出会って早くも一週間が経つこの頃。
「うわあっ! 凄いですっ海って広いですねっ! これ全部水ですかっ!」
こいつの天然具合にもいい加減慣れた訳でして。はあ、俺はこれで今回の聖剣闘争の適合者全員と話した事になる。一人はユリアと呼ばれるチャクラム型聖剣の契約者、東条ハクヤ。通称白髪野郎。こいつとは少し交戦した事がある。火を自在に操れる感じのタイプだった。そしてもう一人。シャンティアと呼ばれる聖剣の契約者。こいつは自らを死に神と名乗り、俺を殺すと宣言した。聖剣のタイプもなにも現段階では分かってはいない。そして俺。野原アキトの聖剣はフリーズソード。刀身から冷気を放つ二つの日本刀型だ。まだ本格的な聖剣闘争は行われていないと思われるのだが、もし、こんな都会でドンパチ派手に闘争なんてしたらどうなるんだ? 出来れば無関係な人達は巻き込みたくない。
「おーいアキト、お前もとっとと着替えてこっち来いって」
「ふう、着替えるって、ズボンを脱ぐだけだろ」
俺には支えてくれる奴らが居る。それが救いか。
「よいしょ、ちょっ、あまりこっちを見ちゃダメだからねっ!」
「むー、このボタンって外し難いですねえ、私嫌いですう」
「ハッハッ、マリちゃんは学校の制服しか現状無いもんな。どれ俺が外してあげ――」
「だあからあ、こっちを見っるっなってっ言ってんでしょうっ!」
おい、またか。ミサキの足蹴りがヒロキのジャストスポットを蹴り上げた。
「ふうーあっつう」
滴る汗、ミサキはスカートを脱ぎ出した。ファッ! その下は下着じゃないっ! ご来光なさいました、ミサキの水着!
「ぶはー」
俺は鼻血を噴水の様に噴出し、熱い砂浜に背中から倒れた。
刺激が強過ぎるぜ。まったく、海ってのは最高だぜっ!
「あーあー、また鼻血を出してる……もう、はい、ハンカチ」
「オゴゴッ……戻って来い俺の玉……」
兎にも角にも、楽しまないと損だ。俺達は素足で熱くなった砂を踏みしめて空いているスペースを探す。そうだ、俺の日常に若干の変化が見られる。朝は毎日食パンだけだったのだが、ミサキが朝来てくれる様になってからは、サラダだったり目玉焼きだったりと色々と作ってくれる。だがっ、まだ「今日は帰りたくないの」っと言う夢の様な言葉は未だに聞いていない。男なら一度は聞きたい台詞だろ! くそ。
「あ、空いてるスペース中々ないね」
左手を繋いでくるミサキ。俺の理想、それは家庭的な嫁っ! まさにミサキは俺の理想を限界突破っ!やっぱり水着姿はどう見ても下着じゃねえか、たまんねえな、おい。
「あそこ、空いてるな」
「本当だ! 行こっアキト!」
青天、強い日差しに真夏の砂浜と広がる海。田舎暮らしでは味わえなかっただろうな。俺達は笑い声を交えてレジャーシートを砂浜に敷いて、泳げない天然聖剣の為にヒロキが浮き輪を膨らませ、俺はビーチボールを膨らませた。そしてレジャーシートの上に寝転がり、天然聖剣と肌に日焼け止めを塗り合うミサキ。
「おいっ! どうよっ夏、湘南の海! 楽しいよな! うえーいっ!」
「いえーすっ!」
そんな掛け声と同時に俺達は日差しを屈折させて輝く海へとダイブする。
「うおー塩っ! 学校のプールとは格が違うよな!」
「ぷかぷかあ、おおーなんか流されますう」
あのバカ、それは潮の流れだ、浜から離れていく天然聖剣の姿。
「うおおっ、マリちゃん少しは潮の流れに逆らってくれよっ!」
笑いが絶えなかった。
「あれ? ミサキ?」
ただ一人を除いて。
天然聖剣とヒロキはビーチボールで遊んでいる。だが俺は浜で座るミサキが気になった。なんかいつもと違う?
「どうした、ミサキ。疲れた?」
強く首を左右に振るミサキ。
「ううん、楽しいよ、色々と忘れて、こうして笑顔でいられる事が」
そう言うミサキは顔を俯かせた。
「なにかあったのか? さっきまで元気だったろ」
俺はミサキの横に腰を下ろした。
「うん、こうしてね、アキトと楽しい思い出が出来て、皆と仲良く出来て……」
少し間が空く。波の音と周りの楽しそうな声が俺達を包む。
「私ね、中学では、虐められてたんだ」
「え?」
「友達も出来なくて、いつも独りで……男子が私をチヤホヤすればする程、虐めは酷くなってきて。教科書とか鞄とかゴミ箱に捨てられ、しかもさ……私の両親は離婚しちゃったんだ」
「…………」
「それからさ、私は一人で働くお母さんにお弁当を作ったりしてて。門限が厳しいのも理由があって、お父さんが女遊びで中々帰らない日々が続いたせいで『変な男に捕まらない様に』って、門限きつくなって。教訓みたいなもんだよね。私はそれに逆らえないし。いつまでも弱虫で、だから高校では少しは変わろうと思って、もう無い友達との思い出とかさ自分から消えてた笑顔を取り戻そうとか、必死になってて……ダサいよね、まるで自分が自分じゃない様な感じで仮面着けてて、またいつ虐められるのかって怖がっててさ」
「…………」
話ながらミサキの頬を一筋の涙が流れた。
「怖いんだ、今、楽しい事が、今が幸せな事が。皆、いつ裏切って、また私は一人になるんだって……考えると怖くて、震えて、今がね、楽しければ楽しい程、怖いんだよ」
そっか、誰でも完璧なんて無いよな。誰だってそうだろ?いつ自分がいじめられるか、いつ自分が裏切られるか、いつ楽しい思い出が悲しい思い出に変化するか、いつ一人ぼっちになるか。そして――いつ自分が悲しい涙を流すか。誰もが恐れている。そこに現実がある限り、誰も安心なんてねえんだ。
「なあ」
俺は立ち上がり、座って俯くミサキの前に立つ。
「顔、上げてみろって」
「え……」
「うわっ、マリちゃん、だからそれ潮に流されてるってのっ!」
「あはは、ぷかぷか楽しいですう」
少し強い風が俺の背中を撫で、ミサキの前髪を揺らす。
「目の前の俺達を、しっかり見てろ。そして信じろよ、ミサキが思う不安があって、恐怖があるなら、俺がぶっ壊してやる、だからミサキ……信じろ、お前の周りに居る奴を」
「アキト…………」
ミサキが立ち上がると同時に俺に抱きついてきた。
「アキトっ、大好きっ! 言っておくけど私は一途でウザいからねっ! 覚悟しろお」
そう言って俺の耳たぶを甘噛みする。
「くすぐったいって」
「ねえ、私の事、離さないでね、ずっと」
どうやら俺の太陽にも笑顔が戻った様だ。
「ああ、離してって言われても離さないからな。よし、行くか!」
「うん!」
ちきしょう、抱きつかれた時にモロにミサキの胸が接触してきたぜ。
「こらー、私達も混ぜろー」
海水浴。くっそ、どいつもこいつも良い水着姿ですね。是非その綺麗な曲線美と胸を俺のスマホに収めさせて下さい。って、バカか俺、今の俺にはちゃんとした彼女が居るではないか。よく見渡すと、むさい男だけのグループも居る。クックク、一言だけ言わせろ。お前らざまぁっ! スッキリしたぜ。ふう、落ち着いて現状を思うと、俺って結構やばい立ち位置だよな。白髪野郎には襲われるわ、死に神には殺すと断言されるわ。だけれど校内一番の可愛いミサキが彼女になってくれて。聖剣の事とか一緒に背負いたいっと言ってくれた。しかしそんなミサキに暗い過去があって。
不幸なのか幸福なのか、もうサッパリ分からねえな。うーん、幸福七割で不幸が三割、こんなところか?そんな事を考えながらビーチボールで遊ぶ俺達。平和万――
「よお……凍結野郎」
飛んできたビーチボールは俺の肩をかすめて海へと落ちる。背後から感じられる気配を俺は知っている。いやでも待て、どうして……。
「歩く七不思議っ!」
「な……なんでお前が……白髪野郎!」
「目標までのサーチ。内容完了しました。ハクヤ様」
「おい、天然聖剣、人が多いとサーチ出来ないんじゃなかったか」
「は、はいっ、い、一体どうやって」
「おいおい……人? どこに居るのか教えてくれよ、なあ?」
「アキト!」
「う、嘘だろ……」
人が、あれだけ賑わっていた人々が、誰一人姿が見えない、だと。空が暗く変貌している。
「呼ばれて飛び出たジャジャーナダ」
浅瀬に立つ俺達、砂浜に立つ白髪野郎と聖剣ユリア。俺達の中心に浮かぶ審判の姿。だけれど、どうしてだ、パラソルは立っている、なのに人が……消えた? 嘘だろ。
「表と裏」
「なに?」
「聖剣闘争を知る者のみ存在が許される『世界の裏』の景色。この世界を人間では感知出来ない速度で表と裏を展開させ、聖剣の場所をサーチする。おいおい、凍結、基本だろ」
世界の裏? いや待て、それより審判のヌイグルミが出たって事は――。
「ミサキ、ヒロキ……俺から距離を取れ」
「で、でもっ!」
「いいから赤月っ! こっちだ」
アゴを上げて俺から離れるミサキとヒロキを見る白髪。
「クク、そうか、あいつらは知ってるって事か……殺す奴が増えたな」
「ったく、天然聖剣。裏だの表だのあるなら先に教えとけよ」
「いえっ、私達聖剣にそんな力はありませんよおっ」
「は?」
まさか。
「オレ様にしか出来ない芸当ダナ」
このくそ審判。闘争させる為ならなんでもするって事かよっ!
「それで……ここまでストーカーして、まだ殺すだの死ねだの言ってんのか」
「当たり前だろ、お前は感じないのか? 聖剣を手にした瞬間から俺達は人殺しの道具になり下がってんだ、おい、凍結、まさかまだ聖剣に感情入れてんのか?」
確か奴の聖剣の名前はユリア、チャクラム型で炎を操る。
「悪いね、俺はこの天然聖剣を殺しの道具だなんて思えないんでな」
「はんっ! 出ました、綺麗事、死ねよてめえ。言わなかったか? もう無いんだよ、てめえの現実なんて」
「あるさ。お前こそ、現実が見えてねえんじゃねえのか」
白髪野郎は顔を下げ、小刻みに両腕を震えさせた。気に障ったか。
「アキト……。ヒロキ君、ここで大丈夫だよ」
「あめえっ! くそあめえよ、てめえッ! 苛々すんだよッ、てめえみたいに綺麗事並べて澄ました顔を見せる奴はッ! いいぜ、なら教えてやるよッ! この聖剣闘争がただの人殺しでしかねえ事をなッッ! 行くぞ、ユリアッ!」
砂浜に火柱が二つ立ち、その炎は白髪野郎の両手へと巻き付いて聖剣として具現化された。炎の勢いが凄まじく俺は咄嗟に両腕を眼前で交差させる。
「くそ、物解りがわりぃ野郎だな」
「アキト様っ!」
「分かってるッ」
天然聖剣の身体が白い粒子へと変化し、俺の両手に巻き付く。
「これより聖剣闘争を開始するダナ」
俺の膝を撫でる波が凍りつき、白髪野郎の周りには火炎が渦を巻いていた。こんなバカ気た光景、普通では信じられねえよな。だけれど、これが現実。
「おい凍結ッ! てめえ、これも凍らせられんのかあッ!」
二つのチャクラムが俺の左右を横切る様に飛んで行き、その軌道上を火炎が走る。
「なめて――」
待て、違う。なにかが違う。この炎はまるで飾り。俺は右の炎へと視線を流し、ソレに瞳孔が見開いた。
「って!」
気づいた頃には遅かった。まさか炎を一枚壁にして、投げたチャクラムが通したワイヤーを介してダイナマイトが並んでいるとは思わなかった。そしてそれは俺を挟み込む形で大爆発した。
「アキトッ!」
「ま、マジかよ……お、おいおいッ! やり過ぎだろ七不思議ッ!」
「げほッ、この白髪野郎……いってぇ……」
生きている。やばい、マジで生きているって素晴らしいな。
「なに言ってる、今のはただの火薬だぜえ? なあ、凍結野郎、こんなのはどうだッ!」
調子に乗りやがって、今度は無差別にチャクラムをこちらへと投げ、凍っていた波が熱で溶けた。そして多分これが本命、直接俺に向けてチャクラムを投げ込んでくる。
そのチャクラムを右手のフリーズソードでなぎ払おうとした。
「バーカ」
瞬間、チャクラム自体が今度は爆発し、爆炎と同時に波が空中へと弾けた。やばい、意識が飛ぶ。目の前で爆発したチャクラムから順番に海に投げられたチャクラムが次々と誘爆していく。ありえねえ、一瞬思考が止まった。
「どうした、はん? 綺麗事はもう終わりかあ? ……って、なんだそりゃあ?」
生きている、よな。初手の爆薬が撒いた煙にむせながら、ゆっくり双眸を開く。
「アキト様は死なせませんっ!」
空気を漂う水素を凍らせての防御、俺の周りに氷の壁が作り上げられていた。
「おしゃッ! マリちゃんがアキトを救ったぜッ!」
「くそ……洒落になってねえな、お前なんでこんな事を平気な顔をしてやれんだよ……」
俺の質問に白髪野郎はチャクラムをぶらさげた片方の掌を顔に当て、肩で笑った。
「クク、何度も言わせるな低脳が、俺達は聖剣を手にした時点で人殺しの聖剣闘争に足をブチ込んでんだよ。そうさ、殺される奴はその程度、殺した奴が頂点なんだよッ!」
ようやく息が整ってきた。こいつ、なんでそこまで死に固執すんだ。
「おい……そこの聖剣、ユリア。お前はこんなイカれた戦いを本当に望んでるのか」
「答えてやれ、ユリア。そこのあまったれた綺麗事しかほざけないカスによおッ!」
「了解です。私達聖剣はその優劣を決める為に戦います。実戦をする事で、より正確な優劣の結果を得られると思われます。ですが、ハクヤ様に至ってはご家族の事も御座いますので」
「黙れユリアッ!」
「はい」
「家族……? げほッ」
「おい、てめえ、もし俺がこうしたら」
白髪野郎が俺から目を反らし、ミサキ達へと顔を向ける。
「どうするよおおッッ!」
「なッ!」
やばい、奴はチャクラムを振り上げる、そしてその矛先にはミサキ達。二つのチャクラムが砂浜を切り裂き、炎を纏ってミサキ達を襲った。
「死ね」
「え?」
「ちょ、俺達かよッ!」
考えている時間はねえッ! 俺は二本のフリーズソードを水平に構え、柄にあるトリガーを強く握る。間に合えッ、空中に存在する水素を凍らせ、それは切っ先から真っ直ぐ伸びて、チャクラムの軌道上に到達する、と同時に爆発が引き起こった。
「きゃあッ!」
「う、うわあッ!」
「……お前」
「チッ、水素ってのは邪魔だな。ん、なんだ、なんか言いたそうだな、ああ?」
「……にし……て……」
「あ?」
俺は両手のフリーズソードを逆手に持ち替え、一気に切っ先から冷気を射出した。
「お前なにしてんだああああッッッ!」
瞬時に白髪野郎との間合いを詰め、俺は剣の柄で白髪野郎をぶん殴った。奴の身体は宙を切って防波堤へと激突する。崩れる防波堤の岩盤を背に奴は満足気に笑う。
「クク……いいね、実にいいねえッ! その表情ッ!」
「お、俺い、生きてる、ハハ。こええ……」
「アキトが、怒った……」
防波堤の崩れた岩を吹き飛ばす火炎の渦。
「なにがどうするだ……守るに決まってんだろうがッ! 次やったら殺すぞお前ッ」
なにが楽しいんだ、白髪野郎は拍手をしながら砂浜へと戻って来る。
「それだ。てめえ、今なんて言ったよ? 『殺す』ねえ、クハハッ」
「殴られるのがそんなに楽しいか」
「違うねえ、俺が言いてえのは――」
奴から放たれる火炎が激しくなって空高くまで覆い尽くした。
「俺もてめえと同じ事をされたって事だッ! そしたらてめえはなんつった? 殺す? 答えはそれだ。結局殺すしかねえんだよ、分かるかッ!」
なんだ、やべえ、奴の表情が明らかに違う。怒り? いや悲しみ? 感情が溢れている。
「同じ事をされた、だと?」
「理解出来る様に説明してやる。あれは俺がユリアと出会って間もなかった。聖剣闘争ってのが意味も分からねえ、そんな状況で俺の御袋とオヤジは」
嘘だろ、あの白髪野郎が――
「殺されたんだ」
苦しい思いを表情に表した。
「俺は、守れなかった。親を守る事も、抗う事も出来ず、俺は『死に神』から家族を奪われた」
「死に神……」
「奴はなにも出来ない俺を前に、御袋とオヤジを斬りやがった。そして言った『これが聖剣闘争』だと、ああ、そうだ、力もッ、理解もッ、なにもなければ殺されるんだ! 奪われるだけなんだよ! そして奴は最後に、なにも出来ず殺された親の前で膝を突く事しか出来なかった俺に言った『聖剣は血を啜る悪魔だ』となッ!」
「ハクヤ様……」
掛ける言葉が、見つからなかった。
「てめえも奪われそうになれば『殺す』っと言う感情が湧くんだよ! 理解出来たか低脳ッ! さあ、続けようぜ、殺し合いをよお!」
なんだろうな。
俺は聖剣を、フリーズソードの切っ先を下ろしていた。そして白髪野郎、東条ハクヤもこの異変に気づいた。
情けねえな、まさか。
「もう、やめて」
ミサキが俺の前に立っているなんて。
「てめえ、そんなに殺してほしいのか」
「違う。貴方は、アキトの気持ちを理解してない」
「綺麗事主義のカスの気持ちなんて知るか、そこを退け」
「退かない」
「いい加減にしろよ! くそ女ッ! 大切な……大切なものを平気で奪うのが聖剣闘争なんだよ! てめえに俺の気持ちが理解出来るってのか!」
ミサキの足は震えていた。なのにどうして、東条は本気なんだぞ。ったく、俺はなにしているのだか。
「家族を無くす気持ちは分かるから。理解理解って、じゃあ、貴方は、前にアキトと戦った時に言われた言葉の意味が分かるの?」
「なんだと」
「聖剣は誰かの『死』を望んで無い」
東条は顔を沈め、その両肩を震わせ、砂を蹴って一気にこちらへと距離を詰める。
「結局てめえも綺麗事なんだよ! そんなに死にたきゃ死ねッ!」
「多分、私は死なないんだよ」
金属の衝突する音が暗がりの空に覆われた湘南に響いた。
「ねっ」
「多分じゃない。当たり前だろ?」
燃え盛る二つのチャクラムを俺はミサキを横に退かしてフリーズソードで防ぐ。
「どいつもこいつも、邪魔するな! 俺は俺の道を行くしか、残って――」
「ああ。勝手にお前の信じた道を行けよ、ただな」
「黙れえええええええッッッ!」
「殺された両親を盾にして」
俺はフリーズソードのトリガーを全力で握る。
「いつまでも逃げてんじゃねえよ、弱虫野郎ッ! ア・ク・セ・ル・全・壊ッ!」
空気中に漂う全ての水素をマイナスにする冷気の突風が広がり、全力の業火とも言えるその火炎が凍結し、それは大きな翼の様な形を模し空中分解する。
「くそ、クソ、クソッ! まだだ、勝負は終わってねえ!」
その言葉が発せられた瞬間。東条のチャクラム型聖剣は赤い粒子となって元の姿へと戻った。
「ユリア!」
「申し訳御座いません、ハクヤ様。ですが仇を討つのであれば、これ以上この戦闘に意味は無いと申し上げます」
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、フザケルナ」
仕方ねえ奴だな。
「おい、ちいと歯食い縛れ」
「なッ!」
これが俺の気持ちだ。受け取れ東条。聖剣を持たない拳で、全身全霊をかけ、殴った。東条の身体は砂浜を二回バウンドし、今度は防波堤を突き破って視界から消えた。
「おい、ヌイグルミ」
「ム? 勝負アリダナ」
「いや、引き分けでいい、後――」
「ム?」
「お前がここまで連れて来たんだから責任持って、東条を連れて帰れ、んで伝えろ」
やっぱ訂正かね。不幸が七割か?
「しっかり現実見ろってな」
「ムー、オレ様は運び屋ではないのだが、ダナ。仕方無いダナ、サラバダ」
突然差し込む日差し。どうやら裏から表に帰ったらしい。破壊された防波堤が完全に戻っている。これが裏と表の違いなのか。夏の空を渡るカモメ達。そこには審判の姿も、東条とユリアの姿も無かった。
「あ、赤月、お、お前すげえな、俺、一歩も動けねえ」
「あは、あはは……ヒロキ君は度胸も無いね」
「うわーん、ミサキ様あ」
「泣かないでよマリちゃん、私も、泣けて、えーん」
東条ハクヤ、か。
なんかお前の名前は暫く忘れられそうにないわ。
第四巻 完 第五巻へ続く。
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