第十四巻 嘘つき姫と涙の理由編⑥
第六章 ペルセポネを探して
俺が意識を戻したのは名花総合病院の白いベッドの上だった。さらさらと風に揺れる白いカーテンと木漏れ日、俺どれぐらい意識失っていたんだ? 誓いの力で傷口は痛まないけど、病院に居るって事はマリが救急車でも呼んだのか。
花瓶が置かれていて、其処に造花が飾られていた。まるで病人だな俺。いや普通なら脇腹を斬られてこの程度で済むのがおかしいのか。剣眼時間が長かったせいか、身体の怠さが残っている。欠伸をして、入院着を脱ぎ、運ばれてきた時のままの甚平を羽織った。さて、呑気に寝てられないな。今のままじゃヒロキと契約したオルペウスを倒せそうに無いんだよなあ。此処が総合病院なら木崎先生は居るだろうけど、剣眼以上の力なんて無いだろうしな。
「アキト様あ!」
病室の扉を開き、マリが白いワンピ姿で飛びついてきた。
「救急車呼んでくれたのか?」
「お寺が吹き飛んだ事で騒ぎになったんですよお、そしたら沢山の人がきたので、見ず知らずの方にお願いしてキュウキュウシャ? って言うのを呼んでもらったのですう」
なるほどな。確かに派手に寺を壊したからな。
しっかし、どうするかな。二つの聖剣の力かあ……。オルペウスのカラドボルグの力もすげーけど。銃剣の力は実際に剣を交えてなくても圧がすげーんだよな。なんと言っても冥界の王の妻の力だからな、そりゃ……な。
「弱気なんてアキト様らしくないですよお」
「そーうだなー、まあ弱気ってのもあるけど実際はヒロキが敵だと思うと、こーズシーとね」
「ペルセポネ様は今何処にいらっしゃるのでしょうかねえ」
「それな。なにか戦うヒントでもくれりゃいいんだけどな、東条もいねーし、ん?」
なんとなく嫌な気配がした。俺はその気配のしたカーテンの方へと視線を向け、其処にはあの兎のヌイグルミが居た。
「呼ばれてナイけどジャジャダーナーンッ!」
俺はベッドの上に置かれている枕を投げつけた。
「黙れっ! 此処は病院だ!」
「わあ、アキト様。審判に対する対応が柔軟になってきてますねえ」
「嬉しくない」
「落ち着けダナ、綿食ウか?」
「食わんわ! それより、聖剣に選ばれた者を剣眼以上に鍛える方法は無いのか?」
「ナゼそんな事を訊くダナ」
「いや、なんとなく? この前の冥界へのワープ的なやつだってお前がやってくれたし、それに聖剣闘争に置いての裏の世界だってお前が教えてくれたし?」
「結論カラ言うと無いダナ」
俺はベッドに両手を着いて溜め息を捨てる。
「まじかー」
ふよふよと浮いて病室をうろつくヌイグルミ。
「なにしてんだよ」
「フム、ペルセポネの気配がシたノだが気のセイダナ」
「お前、ペルを知ってんのか?」
突然、俺の頭部を叩く。
「なにすんだ」
「オレ様のヨメを気安ク、呼ぶナダナ」
「あー……お前って実はめでたい奴か? ペルがお前の嫁なら、お前は冥界の王じゃねーか」
「オ前こそシアワセな脳ミソしてるダナ、聖剣闘争の最終戦の途中カラ、オレ様は居なかっタダナ」
「おい、マリ。お前が仕え様とした冥界の王はこんなヌイグルミだったのか?」
「え? えーと……そもそも喋り方が違い過ぎますよお」
「だよな。って事でお前の妄想乙。てか、最終戦に元々お前居たっけ?」
両腕を上下に振り、怒りを露わにする。
「ムキー、シンバル鳴らシテたダナ! ちゃンとオッタダナ」
「いやいや、だから、マリが否定してる時点でどんまいだろ。お前が冥界の王なら話は早くて助かんだけどな」
「ダカラ、オレ様がそウだっと言ってルダナ!」
相当頭のネジが飛んでんな。聖剣闘争が終わって俺達が話した声だけの冥界の王は、こーもっと威厳っぽいものはあった気がするし。それがダナダナ言ってるヌイグルミが冥界の王って言われてもねえ?
「ムー、ならバ問オう、なにヲすれば信用するダナ?」
「そりゃ手っ取り早くペルを此処に呼んでくれよ」
「野原アキト」
「なんだよ」
「お前ヤッぱりバカダナ? オレ様も探しテるからコーシテお前のストーカーしてルダナ」
「ほらみろ、出来ないんだろ。自分の妻を探してるって……えと、マジなのか?」
「マジダナ」
こいつが冥界の王だとしたら、時間を遡った冥界に俺とマリを転送出来たと説明は出来る。いや、そういう力を持った冥界の住民って事だってあり得る話だよな。
「そんな特殊な力を持った住民は居ないと思うのですう」
え、落ち着け。これが冥界の王だとしたらバカなのはこいつだろ。だってダナダナ言ってるだけだぞ。
「俺のストーカーは出来るのになんで自分の妻のストーカーは出来ないんだよ」
「簡単ダナ。ペルセポネは聖剣の力をオルペウスの手にヨって抜き取られテしマって追えナくなったダナ」
こいつ、マジか。でも確かに筋は通る。
「それにしたって、なんで自分の権力の象徴である聖剣を決める闘争に審判として……見守ってたって事か?」
「ダナ、死に神ノ様な不正モしなくて済ムダナ」
「アキト様、どうしましょう、本当に冥王様の気がしてきましたよお?」
「なら教えてくれ、なんでオルペウスを聖剣闘争に参加させなかったんだ? オルペウスだって参加してりゃ、今になってこんな事態にならなかったかも知れないだろう」
ヌイグルミは徐々に浮力を無くして、遂には床に転がった。その瞬間、病室の景色が歪み、弾ける様に砕けた。
「なんだ!」
何処かで見た光景だ。暗い空間、そして眼前にどでかい鉄門。
「汝らと話をするには此方が落ち着く様だな」
「この声、冥界の王か! って、マジだったのか!」
「この鉄門、潜ろうとした時にアキト様がボロボロの身体で引き止めてくれたですう」
「汝らが出したあの瞬間の答えを覚えている。さて、本題に入ろうではないか。オルペウスを聖剣闘争に参加させなかった是非だったか……あれは少々、いやかなり危険な思考と能力の持ち主であった。当時、死に神の問題も有った故にオルペウスの参加は良しとしなかったのだ」
「……今、オルペウスは俺の仲間と契約してる。それもこれもペルやマリを殺す為だと思う。お前が送ってくれた過去の冥界で、ペルがオルペウスに聖剣の力を剥がされた頃合いを垣間見た。今のオルペウス、いやヒロキは二つの聖剣の力を使えるんだ。そして俺の仲間も人質に取られてる」
「聖剣であれば、我の力で感知は出来る。今、其方のその仲間は空を食らう塔にいる様だ」
「空を食らう塔? ヒロキは別次元冥界って所に居るのか」
「ペルセポネから訊いていたか……別次元冥界は冥界を模して創られた世界である、が。オルペウスの意で人間界に似た造りにもなっている様だ……今回の戦、死に神との戦よりも激しいものとなるであろう」
「ヒロキやミサキ、東条とユリアを救い出す為なら戦うさ。でもオルペウスは今やヒロキと一体化してる感じだ。俺はヒロキと戦いたくない、それにその戦いでマリを巻き込みたくないんだ」
「アキト様……」
「汝の気持ちを汲んでやりたいが、聖剣無しでは太刀打ち出来ぬ相手であろう。我が助言出来る事はペルセポネを探し、ペルセポネとお主が共闘し、オルペウスを倒す、それ以外に勝ち目は無いと言う事であろうな」
ペルと共闘か、其処までしないと勝ち目が無いって言うのも辛いな。俺一人じゃ確かに無力だもんな。
「解った、俺はペルを探す。最後に質問していいか」
「なんだ」
「お前は別次元冥界へ俺達を送る事は可能なのか?」
「否、それが出来るのはオルペウスのみである」
「つまり敵の招待が無いと入れないのか……でも待てよ、俺はその別次元冥界に足を踏み入れたかも知れないんだ。其処が別次元だったかは解らないけど、なんか繋がってる気がする……」
「人間とは不思議だ。繋がりがあると信じれば若しかしたら辿り着けるかも知れぬな。ペルセポネの事をよろしく頼むぞ」
「探せばいいんだろ? この際だ、やってやるさ」
「あの、あのお、冥王様。私はどうすればいいのでしょうか?」
「主に従え」
その一言に身が引き締まる思いだったのか、マリは元気よく「はいっ」と返事をする。
そして次第に景色はぼやけていき、俺とマリは人間界に意識が戻ってきた。夕暮れ色に染まった病室に、ヌイグルミの姿は無かった。
やる事は決まったな。先ずペルを探し、別次元冥界になんとか到達して、共闘してオルペウスだけを張り倒す。ヒロキ……俺はお前と戦う事になるのか? 俺は出来れば戦いたくないんだ。でも逃げるつもりも無い、ミサキや東条、ユリアの命だって掛かってるんだからな。
「ヒロキ様を止めましょう! ヒロキ様だって皆様を人質に取ったり、アキト様を苦しめたりする様な事はしたくない筈です!」
「なんだ、偶にはまともな事を言うんだな。でも同感だ、ヒロキに悪役なんて似合わない」
「はい!」
ペルを探そう。多分あのヌイグルミもペルを探していると思うし。
断章 ヨゾラニサク ペルセポネ短編
迂闊でした。まさかオルペウスがクーデター紛いな行動に出るとは思いもしなかったのです。私が甘かった。
「人間界の夜空は綺麗なのですね」
独り言を零す、それぐらいしか今、自分を励ます術を知らないのです。汚さずにいた手でも今は汚れて見えます。幾人もの屑星を屠ってきたのですから、当然と言えば当然。
「聖剣の力が無くなり、あの者達を追う術が無くなってしまった。でも偶然にでも、会えた事には感謝しなければなりませんね。後は再度目覚めた聖剣の力で、私を見つけてくれる事を願うのみ……」
人間とは不思議な力を持っている。一人では大した力を持たぬ存在なのに、仲間や友達、恋人と言う者達を持つと幾らでも困難に立ち向かおうとする。
事の発端は、オルペウスが冥王に剣を向けた事から。強い力を持っているが故に驕るその危険思考はタルタロスに堕とすには十分な理由でした。私の管轄だったタルタロス、其処で屑星達が暴れていると聞き、駆けつけたのがオルペウスの罠でした。まさか私の聖剣の力を引き剥がしに来るとは思いもしなかった……。忌まわしいこの顔の火傷、ケルベロスの放つ酸を被せてくるとも思わなかった。
「その上で未だに私の命を狙ってくると言うのは、どう言う事なのでしょう。女王の私を殺し、本当にクーデターを起こそうとしているのでしょうか」
汚れた羽衣。大分、転送に巻き込んでしまった屑星を片づける事も出来た筈。問題はどうやって別次元冥界に居るオルペウスを片づけるか、難しい課題が残りましたね。
「今頃、聖剣の力を戻した野原アキトと東条ハクヤはどうしているのでしょうか」
リボルバーと呼ばれる人間界の武器を手に回転弾倉へと銃弾を込める。醜くなった顔を覆う様に鬼面を被り、高いビルの屋上で立ち上がる。夜風が私の肩までの黒髪を遊ぶ。
「……今や銃剣の力も無い私にとっては、之が最大の武器」
突然、夜空が明るくなった。空に火花が散っている……あれは文面で読んだ事があります。
「あれが、花火。なんと美しいのでしょう。夜空に咲く花の様ですね」
こんな美しい世界は他に見た事が無い。
「賭けになるでしょうけど、残された微弱な聖剣の力を全力で放ち、彼等と合流する時なのかも知れませんね。あの時は聖剣の主達は事情も知らなかった上にオルペウスの気配も迫っていたので逃げましたが、もう悠長な事を言っている場合でも無いのかも知れませんね」
私は銃を空高く掲げ、力を込めて撃ち出した。
願わくば、オルペウスより先に貴方達に再会出来る事を――。
断章 完全支配 オルペウス短編
む? この聖剣の力はペルセポネなのだ。未だそれだけの力を残していたか。だけど今はこの人形を完全支配してしまうのが先なのだ。
「ヒロキ、調子はどうなのだ?」
「う……あぁ」
よしよし、大分心が闇堕ちしたのだ。完全に堕ちるまで時間の問題なのだ。
「それに……あっちの人形共はどうなのだ?」
姫の視線の先に映る、空を食らう塔の中腹に張り付けにして置いた、人形共の意識も薄れてきた様なのだ。之でフリーズソードは手も足も出せず、姫に殺されるだけの運命になったのだ。
「ア、アキト……助けてくれ」
この人形、未だに助かると思っているのか。哀れな奴なのだ。
「ヒロキ。お前はもう劣等感を抱かなくてもいいのだ。姫が付いてるのだ。この二つの聖剣を扱えるお前は、アキトを超えたのだ」
「アキトを……超えた? マリちゃん……俺は、俺は……っ」
「フリーズソードを殺し、お前がナンバーワンになるのだよ。更にペルセポネを殺せば、冥王も姫を認めざるを得ない、ヒロキ、お前の力が必要なのだ」
空を食らう塔の頂上で話して居たけど、中腹まで姫の力で空を浮遊させて連れて行くのだ。
ふふ、どいつもこいつも今にも死にそうな面をしているのだ。この別次元冥界は姫がルール、絶対領域なのだ。こいつ等の力を吸い取り更に力を蓄えるのだ。
「バカ……野郎が、こんな女の言いなりか。てめぇは野原の親友なんだろうが!」
「黙れよ歩く七不思議、俺はお前すら超えたんだ」
「それは、どうなんですか。例えハクヤ様や野原様を超えた先に、一体なにを見出すと言うのですか」
「お前も黙れよ、幽霊女!」
こいつ等、瀕死のクセによく喋るのだ。
「ヒロキ君、もう止めてよ……聖剣の力が無くてもアキトを支えてこれたじゃない」
「どいつもこいつも、張り付けにされて、姫のソウルドレインで、魂が死に掛けているというのによく喋る人形なのだ。ヒロキ、力を魅せてやるのだ」
ペルセポネの銃剣の力を具現化してやると、ヒロキは歩く七不思議と呼んでいた奴の右肩に切っ先を向け、トリガーを引き発砲した。
「ぐあっ!」
「ハクヤ様! 貴方はなにをしているのか解っているのですかっ!」
「もうこんなの嫌だよ……ヒロキ君。アキト、早く助けに来て……!」
「勘違いしないでくれ。物語の主人公って言うのは一番力を持っている者の事を示すんだぜ。アキトじゃねえんだ、今っ、このっ、俺がっ、一番の主人公なんだよ」
「ふふ、いいぞヒロキ。姫の好みになってきたのだ」
姫はヒロキの背後から抱きしめる。そして次に両手を高く掲げ、空を食らう塔周辺の地形を変化させるのだ。
小川の潺も要らない。固いアスファルトを構成し、背の高いビルを沢山創り出す。こいつ等から集めた魂の力を解放し、空を食らう塔は灰色の空を食らい出す。そして塔の更に上に広がる空は歪み降り出す、雲が滝の様に音を立てて流れ落ちるのだ。之が姫の創り出したファイナルステージなのだ。んー姫ってセンスあるかもなのだ。
「助けに来れるかは謎なのだ。此処に入るには姫の力無くしては不可能なのだからな! つまりこのファイナルステージは貴様等の死にゆく最期の墓場として用意したのだ、感謝するがよいのだ!」
「くそが、なにが墓場だ。俺が動ける様になったら先ずはてめぇのその――ぐあっ」
流れる硝煙、ヒロキが姫の指示無く生意気な男の片足を撃ち抜いた。あははは、ざまあーないのだ。大口叩く奴程、弱いって決まってるのだ。
「いい気味なのだ。さて、そろそろ喋る気力も湧かなくなってきたであろう? フリーズソードとその使い手が助けに来るなんてあり得ないのだ、それでも今も尚、助けが来るなんて思っているのだ?」
生意気な女が気力をふり絞って話そうとする。そんな生意気な女の頬をヒロキは叩いたのだ。完全に支配は行き渡った。この触媒を手にペルセポネを殺し、フリーズソードも殺して、冥王の泣き面を拝んでやるのだ。もう最強の聖剣は姫しか居ないと思い知らせてやるのだ。
不本意なのだが、フリーズソード達を此処へと招き入れるとするかな。絶対領域のこの別次元冥界で確実に殺してやるのだ。「暇つぶし」にこいつ等の命を貰い受けて、聖剣の頂点に立つのは姫しか居ないのだっと身の程知らずのこいつ等にも絶望を味あわせてやるのだ。準備は全て整ったのだ。
第十四巻 完 第十五巻へ続く。
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