第十五巻 嘘つき姫と涙の理由編⑦
第七章 それに俺達は生きているから
「あれえ、この反応」
「どした? マリ」
マリは参道を歩きながら、なにかに気づいたかの様に周囲を見渡した。花火に驚いてるのか?
「あ、いえ、それもあるんですけど、ペルセポネ様の感覚が流れてきたと言うか……」
「ペルがこの近辺に居るって事か?」
「はい、そんな気がしたんですけど、どうなんでしょうねえ?」
俺に訊くなよ。
「行ってみましょお!」
「は? って、おい」
突然人だかりの中、剣眼化して、太刀となったマリは容赦無く空へと飛んだ。
「おい、なんか今、飛んでいかなかった?」
「え、なに今の!」
お騒がせしてすみません。うちの天然が突然飛ぶもんで。にしても今まで散々探しても見つからなかったのに、どう言う事だよ。オルペウスの罠かも知れないぞ。
「オルペウスの反応は覚えているので、之はそれとはまったく違うのですよお」
マジか。って事は別の聖剣が人間界に降りてきて無い限り、ペルの可能性が大分高いって事か。
花火が次々と打ち上げられ、かなり耳障りだけど、空中から見る花火も中々いいものがあるな。
「ハナビって凄い音がしますねえ、でも綺麗ですう!」
「あぶねっ!」
打ち上げられた癇癪玉をすれすれで回避する。気を付けて飛行しような。夜空を裂く様に蒼い冷気の噴射が横切る。
「あそこに誰か立ってないか」
「ペルセポネ様です!」
呑気に花火を高層ビルの屋上で眺めていたペルをようやく見つける事が出来た。ペルは言葉を失った様に聖剣化を解いたマリに抱きついた。
「よく来てくれましたね、貴方達に先に見つけてもらえてよかったです」
「あんた、意外と無茶すんだな。マリが気づかなくて、オルペウスに気づかれたらどうする気だったんだ」
「その時はその時でした。それよりも、もう一人の聖剣の主は?」
「俺の仲間はオルペウスに捕まった。後、あんたの旦那が探し回ってたぞ、ふざけたヌイグルミの姿でな」
ペルは神妙な面持ちを見せ、その場に座り込む。
「オルペウスに……そうでしたか。ハデスが私の事を探してくれていたのですね。色々な方を巻き込んでしまったのですね」
「ったく。あんたの旦那が未だに駆けつけない所を見ると、そこら辺も俺になんとかしろって事なのかもな。別に巻き込まれるのはいいけど、俺の親友がオルペウスと契約したんだ。仲間を連れ戻すには俺一人の力じゃ駄目だって言われた。ペル、あんたの力が必要なんだ。どうやって別次元冥界に辿り着くかなんて解りゃしないけど、なんとかしなきゃならないんだ。仲間を、親友や恋人、友達を助けたい。マリの命も狙われてるからな」
俺の決意表明は済んだ。ちょっとスッキリしたぞ。
「オルペウスが貴方の大切な方と契約を……私としても貴方と共闘し、オルペウスを倒す事に異はありません。ただオルペウスに仲間が捕まったとあれば事は切迫しているのかも知れません。オルペウスは人の魂を食らう能力ソウルドレインの使い手、救出が遅れてしまったら仲間の魂が取り戻せなくなるかも知れません」
確かに、それを聞いたら直ぐにでも助けに行きたいと思うが……。
「とりあえず、飯食うか」
「え、ですが」
「腹が減っては戦は出来ぬ。あんたの旦那に言われてんだ。今回の戦いは聖剣闘争の死に神との戦いより厳しい戦いになるってな。だから先ずは腹ごしらえだ。ペル、あんたの話はその時に訊かせてもらう」
「解りました。確かに厳しい戦いとなりそうです……フリーズソードも異はありませんか?」
マリは元気よく片手を挙げて頷いた。
「はあいっ!」
俺達は夜中のらーめん屋に入る。暗いカウンター席しかない店内には花火会場が近い事もあって客が居ない。ドカンらーめんを俺が頼むとペルとマリはメニューと睨めっこしていた。冥界の住人にとってらーめんですら珍しい食い物らしい。
「マリとペルも同じ物にしとけよ。此処のドカンらーめんは旨いと思うぞ」
それを聞いて、二人は俺と同じ物を注文する。そういや、マリもらーめん食べるの初めてか。
「らーめんってどんな食べ物ですかあ?」
「らーめんと言う物なのですね」
俺は項を掻き、らーめんについて熱く説明する。三分で作れるカップらーめんの存在からカップうどんの説明、気づけば色々と熱弁していた。なにしてんだ俺。
「奥が深いのですね」
「へい、お待ちどおさま、ドカン三つ! お客さん、洒落た仮面被ってるね!」
レンゲと箸、ペルはどちらも初めてな筈だ。マリはレンゲが初めてか。って、ペルはいい加減に鬼面を外してくれないか。
「之は、どうやって食すのでしょうか?」
「お箸の使い方は知ってますよお」
お手本として俺が先ずスープを飲み、麺を食べる。その姿を見て、ペルは少し躊躇ってから鬼面を外した。酸で爛れた皮膚が露わになるが、俺は気にも止めなかった。するとマリも気にする事はせず、二人共俺の真似をしてらーめんを食べ始める。
「熱いですね……」
「それで、どうやって別次元冥界なんて行くんだ? 気合いだけじゃなんともならない気がするんだが」
「オルペウスの狙いは私とフリーズソードの命。となれば自ら別次元冥界へと誘い込んでくると思います」
「オルペウスが俺達を引き込むにしても、その時点でオルペウスは万全の態勢で待ち構えてるだろ、そうなる前に此方から攻め込む事は出来ないのか……初めてペルと会う前に俺、若しかしたら別次元冥界に一度足を踏み入れたかも知れないんだ。灰色の風景にカラスの群れ。あれは聖剣闘争であった裏の世界とは別物だと感じたんだ」
ペルは髪を耳に掛け、なにかを思いついた様に此方を見る。
「若しかしたら、オルペウスの作った空間に歪があるのかも知れません。もう一度、其処を訪れてみるのも一つの手かも知れませんね。しかし……之は本来なら私が片づけるべき問題、貴方の大切な方とも戦わなければいけないと言うのに、それでもいいのですか?」
俺はスープを飲み干し、箸を置いて話す。
「ヒロキだって辛い思いしてたんだ。あいつ、自分に力が無い事を悩んでた。東条や俺には聖剣の力があるのに、自分だけって劣等感を抱いてた……でも戦う、戦わないと駄目なんだって思う」
「何故そこまで」
「どんなに嫌な思いをしても、結局最後は皆と笑って居られるって信じてるから、それに俺達は生きてるから。人間ってバカが多いし、生きる事に必死だし、ダサい所も沢山ある。聖剣闘争でマリが俺を庇って死に神に斬られた事で俺も少しは成長出来たのかもな。少し前だったら逃げ出してたりしてたと思うな」
「アキト様ったら、私の事を初めは幽霊だと思ってたんですよお、全然私の話も信じてくれませんでしたよお。その頃とは全然違うと思います!」
「挙げる要点を間違えてんぞ……俺は未だにニーソとミニスカに興味津々だ」
俺とマリを見て、なにかに安堵した様に笑顔を見せる。
らーめん屋を出て、俺達は名花駅前のロータリーにやって来る。此処であの灰色の世界に引き込まれたんだったな。ペルにその事を伝えると、周辺を行ったり来たりしてなにかを探ってる様子を見せる。まあ鬼面を被った上に羽衣を身に纏ってるから目立つ目立つ。
「此処ですね……オルペウスが別次元冥界を創り出す際に人間界を模した為に生まれた歪があります」
「それじゃそれじゃ、其処から皆様の元まで行けると言う事ですか!」
「覚悟が決まっていればいつでも侵入出来そうですね、どうしますか?」
訊くまでもない。ヒロキとオルペウスとの決着をつける。最後の戦いにするんだ。
「とっとと行って皆を連れ帰ろう、俺達は必ず生きて皆でこの世界に戻るんだっ!」
最終章 ぶつかり合う死闘、ヒロキVSアキト
俺達は別次元冥界への歪の前に立ち、次第にノイズが走る風景を眺め、次の瞬間には流れる星々を横目に次元を超えて行く。
「ヒロキ……皆、待ってろ、今行くッ!」
其処はまるで小宇宙、回転する無重力の身体を次々と光が駆け抜ける。星が一つ、又一つと光の帯を引いては視界を流れていく様はまさに幻想的だった。マリが両手で自分の頬を叩く。
「私は絶対にオルペウスになんて負けないですよ! アキト様、行きましょうッ!」
マリの意気込みも十分だ。俺達の身体はなにかに引き上げられる様に小宇宙から飛び立ち、星々を越える。
「冥王よ……どうか私達に勝利を!」
割れる風景、まるで硝子を突き破った様に景色が足元に散乱し蒸発していく。俺達は灰色に染まるスクランブル交差点のど真ん中へと到着する。割れた空間の破片が散らばり蒸発して煙が流れる中、堕ちる雲を横切る無数のカラス。雲が滝の様に堕ちている光景以外は以前見た別次元冥界そのままだった。
「……けて………………助けて! アキト!」
俺の名前を呼ばれた上に、今度はノイズも無く鮮明に聞こえてミサキの声だと解った。
「何処だ、ミサキ!」
「お前では誰も守れはしない」
三度目のこの声はヒロキだ。待てよ、と言う事はこの後に聞こえた銃声は――マズイ、なんとか阻止しないと。
「マリ、来いッ!」
「はい!」
俺は即座に剣眼し、ペルが銃を空高く掲げて、発砲する。すると俺達を囲む様に建って居たビルの窓硝子が一斉に割れる。アレ? あんたの銃声だったのか。
「オルペウス、隠れてないで出てきなさい!」
「隠れる?」
ゾッとした。とんでもない殺気が俺達の背後から聞こえた。
咄嗟に振り返り、信号機の上にヒロキが二つの聖剣を、腕部分が変形し出現させている姿が確認出来た。しっかし、なんだ、ヒロキの周囲が紫色のオーラを纏っている。
「ヒロキッ! しっかりしろ!」
「あはは、無理無理。もうこいつは完全に姫の支配下にあるのだ。今更お前の声なんて届きはしないのだ」
ヒロキの背後から宙に浮いた状態で両肩へと手を伸ばし、同化しているオルペウス。支配下と聞きペルが問答無用でヒロキの額へと発砲する。
「おい!」
「見てください」
銃弾が回転しながら見えない壁の様な物に阻まれている。いや違う、この別次元冥界ではオルペウスの力が絶対だった筈、となると、どうやってオルペウスにダメージを与えるんだ。完全に無敵って事は無いだろ、むしろそう信じたい。
「皆は何処だ、無事なんだろうな」
「ペルセポネから聞いてないのだ? 姫にはソウルドレインと言う――」
太刀から冷気を噴射させ、一気に間合いを詰める。
「無事かって訊いてんだよッッ! 答えろッ! マリ、剣眼!」
斬りかかろうとした瞬間、切っ先が予想していた場所とは違う所で空を斬る。呆気に取られている場合じゃない、ヒロキの蹴りが腹へと直撃し、更に変形した右手の銃剣でけさ斬りを仕掛けてくる。それをマリが防いでくれた。
フリーズソードで弾いた銃剣を宙に浮く姿勢から蹴り飛ばし、オルペウス目掛けて太刀を振り抜く、しかしやっぱり狙った所へは剣が行かず明後日の方向を斬りつける。体勢の崩れた俺へオルペウスは不敵な笑みを浮かべ、切っ先が地面へと刺さった俺の脇腹へとカラドボルグで斬り上げて来る。それをマリが水素を凍らせ、カラドボルグの軌道を防ぎ守った。
「くっそ。なんで狙った所を斬れねえんだ」
「姫に勝てるつもりなの? 土台無理な話なのだ!」
銃剣で斬りつけて来るが攻撃が通らないのはお互い様だ。マリが切っ先の軌道上に氷壁を作り銃剣の刃が止まった。だが、突如銃剣が爆破した。
「ゴホッ、マジか。マリ一旦距離を置こう!」
「はい!」
ペルの方へ視線を投げると、なんかお祈りでもしているかの様に両手を合わせて座り込んでいる。なにをする気だ? 兎に角距離を離そうとするが、次はアスファルトが持ち上がり、俺とマリは衝撃でビルの窓から中へと転がり落ちる。
「クソッ、唇切った。ペルはなにかする気なのか」
俺は唇から流れる血を腕で拭い、周辺を漂うダイアモンドダストを見やる。だが直ぐに視界へヒロキの姿が映り込む。
「あんな祈る事しか出来ない女王なんて相手にならないのだ。お前から消し飛ばしてやるのだッ!」
左目のサーチアイがまったく反応していない。こいつ、実体は何処にあるんだ。いや、おかしい。オルペウスに実体が無いとしたらヒロキの反応すら感知しないのは何故だ。
ヒロキがカラドボルグを振り上げ、それとは別に銃剣を引き下げる。今は兎に角、戦うしかない。ペル、なにしてるか知らないけど期待してんぞ。
「自己流、シューテングス――」
ダイアモンドダストが氷弾となり回転を始めた時には遅かった。カラドボルグと同時に銃剣との上下交差攻撃。
「ちょッ、待てッ、聖剣二本はずるいだろッ!」
後ろへ退き攻撃を回避した、筈だった。
「いてッ!」
今度は避けた筈の攻撃を左肩に浅く喰らった。
此方の攻撃はどこぞへといなされ、ヒロキの攻撃は避けた筈なのに喰らう。本当に別次元冥界ではオルペウスの力が絶対なのか。
いや未だだ、諦めるな俺。ヒロキやミサキ達を救うんだろ、自分に激を飛ばし、なんとかなると思わないとやってられねえ。
「さて……どうするのだ? 攻撃を喰らってやらなくもないのだ、ただし、この触媒が喰らう事になるけど、あはは!」
「ヒロキ、目を覚ませ! 操られてんじゃねえよ!」
「ハハ……」
え? ヒロキが笑った。
「操られてなんかないつーの、之は俺の意思だよ」
「嘘だ、お前がマリを攻撃出来る訳ないだろうが! オルペウス、いい加減な事をヒロキに言わせ……るな」
なんでだ、オルペウスがヒロキの肩から腕を引き抜いて、ケタケタと笑っている。操られて、無い……。なにがそんなに可笑しいんだ。ふざけんな。
「あはは、友情、愛情? そんな物は絶対的な力を手にすれば必要の無い物だとヒロキが一番よく理解してる様なのだ」
「嘘だよな? ヒロキ。お前、力に溺れたのか?」
「力が無きゃ、お前等と一緒に居るには辛いんだよッ!」
「バカ野郎ッッ! 力を手にした結果、今お前はなにしてんだ……それでいいのかよ。俺達、こんな終わり方していいのかよ、なあヒロキッ!」
周囲を漂うダイアモンドダストを氷弾として、それを全弾撃ち出す。小気味いい音を連ねて氷弾がヒロキを襲う、だがオルペウスが前方の俺に向けて手を翳すと全ての氷弾のベクトルが真逆になり俺を襲った。
「ウワアアアッッ!」
「アキト様!」
信じられねえ、之がヒロキ? オルペウスは之ほどの力を持っていられるのは皆からソウルドレインとか言う能力を使って得た力のおかげだ。俺は霜焼けの酷い左手を振り払い、額から流れる血を其のままにヒロキとオルペウスを睨む。
「終わったんだよ、仲良しゴッコは。アキト、お前も本気で来いよ。それとも、無様に這い蹲るか? っと」
本気で行くさ。俺は一瞬でヒロキの眼前まで飛び、殴り掛かるが右拳を左腕で弾かれる。
「アキト、お前ってそんなもんかよ」
溜め息を捨てるヒロキは、宙で崩れた体勢の俺の腹目掛けて回し蹴りを叩き込んでくる。聖剣との誓いの証しもちゃっかりあるのか、俺の身体は一つのビルを突き抜け、数回バウンドしてからようやく止まる。
マジか……ただの回し蹴りがとんでもねえ衝撃だった。之もオルペウスの力か。本当に厄介な奴だなオルペウス。
「殴り合いなら付き合うぜ!」
瞬時にして俺の元まで滑り込んで来たヒロキがカラドボルグを解いた拳で頬を殴り抜いてきた。やられっぱなしは癪だ、吹き飛ぶ身体で太刀のトリガーを思い切り引く。
「ア・ク・セ・ル・全・壊ッ!」
俺の身体がビルを突き抜け、スクランブル交差点まで戻る頃、ヒロキの居たビルを丸々凍らせた。
「少しは頭冷やせ……で、そこのペル! 少しは手伝えよ!」
「もう少し、もう少しだけ時間を稼いで下さい」
「なんか奥の手的なやつがあるのか……まあいいや、こうなりゃヤケクソだッ」
俺はマリを逆手に持ち替え、空中へと飛び出す。激しい轟音と共に砕かれる氷、直ぐにヒロキとオルペウスが二人して俺の目の前まで飛んで来る。
「お前、そんな幼女オタクだったけか。ブロンズの髪に着物にミニスカとか趣味を疑うぞ、譲れてミニスカまでだッ」
「ハハ……なんだよアキト、全然余裕なさそうだぜ?」
「あるって言うのは嘘になるな。この次元での神ともなると流石にキツイわ」
陽気にケタケタと笑うオルペウス。
「よーく解っているのだな。そう、この世界では姫こそがルール、姫こそが真なる神なのだ」
「ダイアモンドダスト吸い込ませようって言うなら無駄な時間稼ぎだぜ、アキト」
「ん? そうなのか?」
「あは、姫が全部払ってしまっているのだ」
なんか策は無いか。こっちの技を見知っているヒロキと、この別次元冥界の主とのコンビは最悪だぞ。ん? 待て、俺達が入って来た歪まで行けばこいつ等を現実、人間界に堕とせるんじゃないか。
「さてと、どうするかな……このまま大人しくミサキ達を此方に返してくれる、訳ねえか」
「そりゃ当たり前だろ、あいつ等だって物は使いようだ、立派な人質だからな」
ヒロキの口からそんな言葉が出てくるとはね。
「ヒロキ様! 止めましょうもう嫌なんです! アキト様とヒロキ様がこんな殺し合いなんて!」
ヒロキは聖剣を生やした二本の腕を広げると声を大にして答えてきた。
「いいんだよ之でッ! 以前言った筈だぜ!」
――なんでお前なんだよッッ! 初めは仕方ないで済ませてた、なんとなくの流れでマリちゃんにとって主人公はお前なんだって言い聞かせてた。だけどマリちゃんへの気持ちが膨らむ程、俺はアキト、お前が羨ましくて堪らなかったんだ――
「俺の中の物語は終わりなんだ。俺の恋は実らないって解ったんだ。マリちゃんにとっての主人公に俺はなれなかったんだよな。お前等と一緒に居る為に力が欲しいと思った……けどもう終わったのか……なあ。ほら俺はバカだからさ」
「そんな終わり方を誰が決めたんですか! 私にとって主人公とかよく理解は出来ません、だけど……だけど、誰が主人公でもいいじゃないですかッ!」
マリ……。そうだな、誰が主人公かなんて本人には解らない、だからこうしてぶつかり合うんだろうけど。
「マリ・シュワルツ・アルバート! 此処が正念場だ、行くぞッッ!」
「はいッ!」
「どいつもこいつも、くだらないのだ。人間の感情なんて脆く儚い物なのだ。そんなくだらないまやかしなんて、微塵も残さず消し去ってしまうのだ、ヒロキ!」
「俺はやってやる、俺はやってやるぞアキトォ!」
正面からマリであるフリーズソードとオルペウスであるカラドボルグが火花を散らして激突する。激しく振動する次元そのもの、だけどこっからは一瞬でも気が散ったら負ける。そう思わせる程この二人のタッグは最強だった。
ヒロキの腕がピクリと動く、それを見てその腕に生える銃剣へと蹴りを入れ、太刀を半月描いて振り下ろす。銃剣の撃鉄が音を立てた。こうなりゃやぶれかぶれだ。
銃口から火薬弾が発射され、空中で爆発を起こし、その後煙を巻きながら俺は爆破を逃れて爆炎を凍らせる。しかし一秒足らずで氷が弾け飛んだ。
未だかペル。ヒロキ達の無敵っぷりに息を零した時、真下からペルによって放たれた銃弾が頬を霞めた。あぶねえ、けど準備は出来たって事でいいんだな。
俺とマリは急降下し、スクランブル交差点で祈りを捧げていたペルの元へ氷を纏いながら着地する。
「ハァハァ……ッ、どうする! もうこっちは限界だぞ!」
「こんな強大な別次元は創れませんでしたが、無効化するには十分な空間が出来ました」
「上出来だ!」
上空から追いかけて来るオルペウスとヒロキ。銃剣から何度も発砲されるが、マリが俺達の上空を隠す様に氷壁を張る。
「効果範囲内に入り次第転送を開始します」
もう少し引き付けてからか。どうなるんだろうか。この世界での絶対的な力さえ無くなれば勝機は見えるんだがな。
「行きます!」
両腕を高く掲げ、其処から宇宙の様な空間が広がり始める。それを見て咄嗟に自分の別次元冥界を展開しようとするオルペウス、二人の力が混ざり合い、空間が膨張していく。
「ソウルドレインで得た魂が巻き込まれますよ! 姿を確認出来るかも知れません!」
それを聞いて俺は宇宙空間を見上げて叫ぶ。
「皆ッ! 何処だッ!」
星々を背景に目まぐるしく回転する空間、その奥で黒い十字架に張り付けられたミサキ、東条、ユリアを見つけた。そして俺のサーチアイが蒼い炎を灯して揺らぐ。なるほど、実体を持ったって事か。
「なんだ、この空間は……おい、シャルロット?」
「バーカ、何度も言わすな。そいつはシャルロットなんて名前じゃねえよッ奈落に堕ちた、ただの負け犬だッ!」
空間を蹴り、勢いよくヒロキの顔面に右ストレートを喰らわせる。効いた、今の空間ならオルペウスの絶対的な支配は通じない。
俺は太刀を構え直す。
「来いよ、此処からが本番だッ!」
「ペルセポネエッ! 小賢しい真似をよくもしたなのだッ! 行けヒロキ、あんな奴等ぶっ殺せなのだッ!」
「俺は、対等にお前等と話したかっただけなんだ。マリちゃんにとっちゃ誰もが主人公でも俺の中ではもう……主人公は決まってた、スポットライトは常にアキトや歩く七不思議に当てられてたんだ」
俺が太刀を腰まで下げて構え、怒鳴る。
「ざけんなッ! 誰かが主人公って決まったストーリーなんてはなからねえんだよッッ! そんなに今のストーリーが嫌なら、こんな事してねえでもっとマリを見てやれよ、今のお前は『マリを見て』ねえだろうがッッッ!」
ヒロキも両腕を構え、此方へ向けて突撃してくる。向かってる最中、銃剣の切っ先を此方へ向けて何発も発砲して来るが、的外れな方へと銃弾が泳ぐ。
「俺はいつだってマリちゃんの事しか考えてないぞッ!」
舞うダイアモンドダスト、再度氷弾と化したダイアモンドダストを全弾撃ち出す。
「じゃあ……今のお前は、ただの負け犬に意識もってかれたバカなヒロキだなッ! マリが好きなら好きでお前らしく、当たって砕けとけ浮気も大概にしとけよバカ野郎ッ! ア・ク・セ・ル・全・壊ッッ!」
撃ち出した氷弾がオルペウスの力によって叩き潰されていくが追いつけない、一つ回転を加え、更に大気中の水素を凍らせて弾自体が大きくなってゆく。太刀のトリガーを思い切り引き、一つのでかい氷弾は加速した。
「し、シャルロットた、助け――うわあああああッッッッ!」
弾丸と成った氷の弾がヒロキの顔面へと迫り、強く衝突してヒロキは空間を数十メートル吹っ飛んだ。そして憑依先を失ったオルペウスは宇宙空間を漂った。
「次はお前だッ! オルペウスッ!」
太刀の切っ先を真っすぐ持つ。
「ふざけるな、フザケルナ……折角手に入れた自由をこんなトコロで、終わらせはしないのだ! 役ニも立たタないヒロキはモウいらないノダ」
倒れたヒロキの両腕が元の姿に戻っていくのを見て、ペルは自分に聖剣の力が戻ったと確信したのか、慌てた様子でヒロキの元へと駆け寄った。
「ヒロキ、起きて下さい」
「グズッ、ヒグゥッ、俺は……俺ハァッ……何処までもダサいなッ!」
泣き出すヒロキを膝に置き、話を続けた。
「未だ終わっていません、今度は貴方がアキトを救う番ですよ。私と契約しましょう、今の貴方なら私の聖剣の力を使いこなせる筈です」
「えぐっ、くそっ……俺が撒いた種だもんなあ!」
まさか、ペルはヒロキに聖剣の力を譲るつもりなのか? ペルが片掌をヒロキに近づけると、ヒロキもペルの掌に掌を合わせた。
「コウナッタラ、全てヲ消し飛ばしてクレるのだ」
光に包まれるヒロキの身体。そして俺は上へと視線を投げる。オルペウスの華奢な身体を引き裂き、黒い腕が血に塗れて姿を現す。もはや完全に、オルペウスの身体の原形を留めず。でかい黒い球体から二本の血みどろな腕を生やしギョロリとした眼球一つを球体に浮かばせた。
「コロシテやる、ヒメこそが完全な聖剣デあったと認めサセてやるッ!」
「冥界のタルタロスに堕ちたって面になったなオルペウスッ! ミサキ、東条、ユリア。今――」
「ハハ『俺達』が助けてやっからよッ! わりいアキト、遅れたわ! 遅刻した分はいつか奢ってやるって!」
俺は思わずニヤけた。ヒロキの手に握られるのはペルの意思を乗せ具現化した聖剣。
「奢る? それについては全然期待してないけどな!」
「ヒロキ様!」
「お待たせ、マリつぁんッ! 真の主人公は遅れてやってくるんもんだぜッッ! つーかなんだよ、あの気味の悪い物体は、吐き気すっからとっとと片づけるぞ、アキト!」
「アキト様!」
「ったく。面倒を掛けてくれるよな、ヒロキ軍曹よ」
「夢のタッグだろ? アキト総長」
そんな会話をしていると、球体の化け物となったオルペウスが太い両腕を叩きつけ、空間全体に攻撃を仕掛けて来る。だがペルの創り出した空間は微動だにしない。ペルの意志が強い証拠だし、それを破れない以上、オルペウスは此処から逃げ出せない。
「気を付けて下さい。ソウルドレインで貯めた魂を解放し私達諸共、道連れにするつもりです!」
球体となったオルペウスの身体が膨張してゆくのを見て、この空間共々道連れにするつもりなのが解った。
「行くぞ、ヒロキ、マリッ! オルペウス、お前は確かに強い聖剣だったのかも知れない、だけど人間を甘く見過ぎたなッ! 屑星と共に大人しくしてりゃ良かったのにな、でも安心しろッ! お前の企みもッ、お前の強過ぎる欲望も全部、全部ッ、ぶっ潰してやる『暇つぶし』になッッッ!」
オルペウスまで距離が開いている。俺は上へ上へと飛び、太刀の切っ先をオルペウスの腕へと向ける。そしてトリガーを強く引き、その切っ先から氷の波がオルペウスを襲った。両腕を氷漬けにしてやると、ヒロキが銃剣の回転弾倉へとなんらかの銃弾を装填し、弾倉は火花を散らして回る。
「なーにがシャルロットだよ。俺のピュアな心につけ込みやがって、おい、オルペウスッ! 俺はやっぱり主人公には向かないとは思うッ! でも今回の一件でもっとマリちゃんだけを見つめるって決めさせてもらったぜ! あばよッ ――レーザー弾ッッ!」
幾重にも連なる光の輪が銃剣の銃口へと収束し、空間そのものを吹き飛ばす勢いで射出された。一直線に線を描き、オルペウスの眼球へと突き刺さり……貫通した。
「痛イッ痛いいいッ! キサマ等よくもッ」
「終わりですオルペウス、貴方をタルタロスにッ!」
ペルが手を合わせると、宇宙空間にでかい鉄門が現れた。鉄門が開き、オルペウスを引きずり込む。
「堕ちる又オチるううッッ! 嫌だタルタロスは嫌ダッ! ガアアアアアッ!」
奇声を上げ、次第に破片となって宇宙空間へと散っていくオルペウス。ミサキ、東条、ユリアを縛り付けていた黒い十字架も消え去り、魂と思われる光が皆に戻っていくのを確認出来た。……之でオルペウスは二度と現れる事の無い本物の屑星となった。
俺は剥がれていく空間の破片を散らしながらヒロキの側に着地して、改めてペルと誓いを交わして手にした聖剣を見つめる。ヒロキは右肩にその銃剣を背負うとようやく本当の笑みを見せて傷だらけの俺に言ってくる。
「本当にごめんッ! 謝って済む様な問題じゃない事は理解してんだよ……だけどッッ!」
俺は燻る様に笑う。
「ばーか、お前はお前の信じた愛情と、俺や東条には無かった葛藤があったんだろ? 聖剣に選ばれるっつーのが、どんな事だか身に染みたか? 大丈夫さ、俺だってちょっと前まではヒロキサイドだったんだ。気持ちは理解してやれる、だから―――」
俺はグータッチをヒロキに求めた。
「之からも笑うぞ」
「おう!」
全て之で終わったんだな。どんだけの苦労があったのかなんて今更どうでも良い。皆が無事に元の世界に戻れるのだから。
第十五巻 完 第十六巻へ続く。
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