▽episode②▽

第九巻 嘘つき姫と涙の理由編①

 序章 カラスが運ぶものは?


 夏休みも中盤に差し掛かる頃。聖剣闘争が終わって、俺は眩しい太陽に向かい思い切り背伸びをする。

 ここは十四階建てマンションの十階。退院して未だ余り経ってはいないが、体調は回復した。改めて、この平和に成った名花市の町並みをベランダから見渡し、安堵の息を吐く。

 高一の俺、野原アキトと俺の通う白桃高校一のアイドル級女子であり、俺の彼女となった赤月ミサキと、この自宅を愛の巣として……過ごしたい……のだが。

「角砂糖がザラザラですう~今日も、ミサキ様の煎れてくれるコーヒーは美味しいですねえ」

「ああーん、マリつぁーん! だから、もうそれコーヒーって言える代物じゃなくなってるから! そう言う所がまた可愛いんだ、ちきしょう」

 白桃高校へ入学してからの親友、スポーツ刈りの藤山ヒロキと冥界からやって来た天然聖剣のマリがマジでうるさくて敵わない。

 マリは仕方ないとしても、ヒロキは毎朝うちに通ってマリに求愛しているのだ。いい加減、鍵は閉めて下さい、ミサキ様。

「あー、ヒロキ君。マリちゃんの手に触らないでよ、セクハラだよ?」

「おーん! ただのスキンシップだっての。そんな事でカッカしなさんな。ねえーマリちゃーん」

 ほんの少し前までは、俺はここで独り暮らしをして居て、毎日静かなもんだった。いつも鉄板な妄想をして鼻血を流す、これも日課だった。

「邪魔するぞ。野原」

「ハクヤ様、もう少し礼儀と言うものを」

 東条ハクヤとそいつの元聖剣だった冥界の住民ユリアが勝手に玄関を開けてリビングまで入って来る。

「お前らな、この広い名花市で他に行く所はねえのかよ?」

 俺はパーカーのフードを深く被り、ベランダから戻りながら言ってやった。だがどいつもこいつも、俺の言葉等は無かったかの様に好き放題している。

「野原の嫁。俺はアイスコーヒーだ」

「もおっ、未だ嫁じゃないんだから! それに私のどこにウエイトレスって札があるの」

「うお、そうだ、いい事を考えた。歩く七不思議! お前、俺の宿題やっとけって!」

 ヒロキに歩く七不思議と呼ばれた東条は返事をしない。

「その呼称は、既にハクヤ様には相応しくないと感じられるのですが」

 ユリアは相変わらず冷静だな。同じ聖剣としてマリも見習ってもらいたいのだがね。

 まあ、今はもうマリもユリアもただの高一の女子となった訳だが……。

「ユリアァ~」

「なんですか、情けない声で呼ばないで下さい」

「一引く一は、どうして一なんですかねえ?」

 脳の出来が違いすぎて、笑えてくる。

「何故、間違えた答えを、そうも堂々と言えるのですか。フリーズソード」

 額に右手を添えて、溜め息を捨てるユリアと同時に俺も溜め息を吐く。


 昼過ぎにもなると俺達はエアコンの前に並んで座って居た。暑い。マリが聖剣の力を持っていれば、冷気で冷えるのだが、仕方ないよな。マリも慣れない暑さと言うものに項垂れている。

「暑くね……今日の気温パなくね?」

 ヒロキの声がすっかり元気ねえな。気持ちは解かる。しかし、お袋が仕送りをしてくれてるとはいえど、電気代には注意したいのが本音だな。

 俺は一人パーカーとジーンズから、黒い上下の甚平に着替える。

「わあ~アキト様、そのお洋服は初めて見ましたよお! とても似合いますねえ~」

「甚平っつうんだよ。それよりウチでグダるのはいいが、出掛けないか」

 この提案にヒロキが食いつく。

「いいね! アキト、ちょっと耳貸せ」

「なんだよ」

 ヒロキが一つ横の和室まで俺の腕を引っ張り、耳打ちをしてくる。

「お前と赤月はうまくいってるだろ? そこでだ! アキト総長」

 なにがいいたいかは直ぐに解った。

「ヒロキ兵長よ、お前はまだマリの事を諦めてなかったんだな。ある意味すげーよ」

 肩を思いきり叩かれた。

「ったりめえよ! 男ヒロキ、今や一途な恋する乙女なんだよ!」

「乙女化してどうすんだ。で、なにか迷提案があるんだろ」

 素早く首を縦に振る。

「おうおうっ、歩く七不思議もユリアに結構入れ込んでると思う訳よ。そ・こ・で・だっ。トリプルデート大作戦を決行しようぜ!」

 俺とミサキは兎も角、東条とユリアがそう言った関係なのかは知れず。ましてや、このバカに至ってはマリと付き合ってる訳でも無い。むしろ観察してりゃ、ヒロキの片思いにしか見えない。トリプルデートか、本気なのか?

「ヒロキ兵長よ、いい加減、お前の恋が成就する日は来るんだろうな」

「来る! こんなに想っていて伝わらない訳がないっ!」

 何処からそんな自信が湧くんだか。俺は訝し気にヒロキの顔を見やる。

「相手は天然聖剣だぞ……」

「いや『元』だ! てな訳で、名花駅ショッピングモールまで一直線だぜ。……おーい、お前ら、今からモールまで遊び行くど!」

「突然だな。俺は元々火属性のユリアを使役していたから平気だが、てめえらはバテバテじゃねえか」

「いいから行くのっ、行くって言ったら行くのっ!」

 駄々を捏ねるヒロキ、いつぞやの映画作戦を思い出した。なんかロクな事が起きない予感がしてきたわ。


 俺達は揃って名花駅前へ。バスから降りるとロータリーの人混みがやはり酷い。ミサキがトコトコと歩いてこちらへと向かって来る。

「ねえねえ、これってヒロキ君の提案だよね」

 熱風が流れる駅前、ミサキのミニスカートが少し揺れる。ちきしょう、そっちに気が散るぜ。

「まあな。今度はトリプルデートらしいぞ」

 自然とミサキが俺の右手を握ってきた。こうして幸福なフラグが立ったのも、マリが訪れてからだ。

「トリプルデート? 私が知ってる限りじゃ、ヒロキ君はマリちゃんに告白してないよ?」

 もっと言ってやって下さい。もっと現実と戦えと。

「それに東条君はユリアちゃんと付き合ってるの?」

 意外とツッコむな。流石だ。

「いや……東条とユリア、マリとヒロキがうまく成就する為のデートなんだよ。多分な」

 東条は慣れない集団行動に戸惑っているのか、終始無言で俺とミサキの後方でロータリーを行き交う人々を眺めて居る。

 そして大分遅れてヒロキがバスから降りて来る。もう言われなくても解ってはいるが。

「お前、なにしてたんだ」

「なんかさー、大人だったら警察に突き出してるとこだってガチで叩かれたわー」

 そりゃそうだ。ヒロキは毎度バス代を払って無いんだしな。

 都会暮らしでは先輩だとヒロキは言っていた時があるが、何処が先輩だ。運賃払わない奴に先輩面はされたくない。まあ、見てても飽きないのが不思議だけどな。

「おーい、歩く七不思議と幽霊女ー」

「ぶーんってするんですよお~」

 ヒロキが東条達の方へと顔を向けると、マリがまた訳の解らないスキンシップをユリアと東条に叩き込んでいた。

「おい、お前ら――」


 ――……け……て。……たす……助けてッ!


「え」

 突然、風景が暗くなり、そこから確かに助けてと聞こえた。俺だけ? いやむしろ、この暗い空間に俺だけだ。皆は、それよりあれだけ居た筈の人々は何処へ行った。

 見える景色はグレー色に明るくはなってくるが、風が止まり、高いビルに囲まれたそこは名花駅前とは違う。

 カラス達が無数に飛び、その方角へと視線を向ける。似た様な光景を知っている。聖剣闘争――それを理解している者だけが認識出来る「裏の世界」だが、それとはまた違う。裏の世界は風景自体は同じの筈だ。こんな見た事も無い処は裏の世界とは違う。

「助けてッ!」

 又ノイズ交じりの女の声。誰の声だか聞き取れない。

「誰だ……何処に居るんだ!」

 途端、広いスクランブル交差点の様な場所、その真ん中に立っていた俺に突き刺さる様な殺気が感じられた。冗談だろ、なにが起きてんだ。

 四方八方を囲むビルの窓硝子が外側へと一斉に割れて、後方から銃声が一つ聞こえてきた。悪い夢でも見ているのか、なんで銃声なんて聞こえてくるんだ。

「マリッ! ミサキ! ヒロキ、東条ッ! ユリア、何処だッ!」

 誰も見当たらない、俺の声はカラスの鳴き声にかき消される。そんなカラスの群れがこちらに飛んで来るのを見ると、直ぐに両腕を交差させて眼前を塞ぐ。


 ――お前では誰も守れはしない……。


「なん……だとッ!」

 ノイズ交じりの声。さっき助けてと叫んでいたのは女の声だったが、今、聞こえたのは間違いなく男だ。

 カラスの群れが俺を通り過ぎた。そう思って眸を開ける。なんなんだ……またさっきとは違う風景。今度は眼前に煉瓦造りの塔が現れていた。塔の天辺はグレーの空に光を零すが、どう考えてもこれは現実の風景じゃない、筈だろ。

「皆ッ!」

 塔の中腹、そこに黒い十字架に張り付けにされて居る、ミサキ、東条、ユリア達の姿が確認出来た。しかしマリとヒロキの姿は見当たらない。俺達は確かに名花駅前のロータリーに居た筈だ。なにが起きてるってんだ。

 下唇を噛むと更に男の声とカラスの群れが俺を襲って来た。


 ――冥界の悪夢を見るといいんだ……。


 なんだ、意識が、遠のく。


「アキト、アキト? どうしたの?」

「へ? あ、あれ」

 喧噪のロータリー。時間が止まってた? 意味が解らないが、どうやら俺は白昼夢でも見て居たのか? 妄想癖も治したつもりだったが、しかし酷い妄想なのか夢だったのか……妙にリアルだった。

 男の声は言っていた。冥界の悪夢を見るといいと。冥界? マリとユリアがなにか関係しているのか。だとしたら嫌な予感がする。

「アキト様あ~カキゴオリ食べたいです~」

「あ、ああ」

 俺は一歩動こうとした時に気づいた。足元にカラスと思われる鳥の羽根が散乱している事に。

 まさか、あの光景は本物なのか。

 照りつける暑さ、アスファルトの熱とは別に嫌な汗が一つ、頬を伝う。あの二人の声は一体誰なんだ、今は考えても仕方ないかも知れないけど、また冥界のなにかを抽選で当てて無い事だけは祈りたいな。






 第一章 ウンタンシネマの怪


 名花駅前から徒歩一分の場所にある、ショッピングモール内。夏休みと言う事もあって、人混みでむさ苦しい事になっている。

 俺達はかき氷を食べようと、いつぞやの様に長い列を並ぶ。しっかし本当に人が多い。エアコンがガンガン効いてはいても、人の熱気だけで蒸し暑い感じがするな。

 ここのかき氷は美味くて雑誌にも載る程だ。別にこの店だけではないが、有名な店が結構フードコート内に勢ぞろいしている。

「らっしゃーい、なに味がいいんだい?」

 俺達の番が来て、元気のいいおっさんが一人で店を切り盛りしていた。

「はわあ、私はモッツァレラ味しか食べてないので、今回は別のカキゴオリを食べて見たいですねえ」

「ユリア、かき氷は初めてだったか?」

 東条の質問にメニュー片手に、悩ましい面持ちを見せながら答える。

「はい。しかし、奇特な味ばかりですね。一体なに味がいいのでしょうか……」

 迷っていると、ミサキが一度手を叩く。

「よしっ。私はトロサーモン味!」

「じゃじゃ、私はミソ味っていう物にしてみますう! 楽しみですねえ! カキゴオリのミソ、どんな味なんですかねえ」

 マリも味を決める。こいつが決めたらヒロキは即座に右手を挙げ、タンクトップから見える脇を左手で隠す。

「俺はー、のり塩味で……誰か奢って?」

 誰が奢るか。次に東条とユリアがほぼ同時に注文する。

「マリモ味だ」

「私はネギ味にします。理解に苦しむ味だらけです」

 残るは俺だけか、確かに理解には苦しむけど美味いんだよなあ。どうすっかな。ここは定番の人気メニューにしておくか。

「じゃあ、俺はハラミ味で」

 一番、意味不な味は間違いなくマリモ味だ。東条の奴、大丈夫か?


 かき氷を購入して、俺達は白い円型のテーブルの前に置かれる木製の椅子に腰を下ろして、かき氷を食べる。味噌、トロサーモン、のり塩、マリモにネギとハラミ味。かき氷ってこんな食いもんだったかと、少々疑問を抱くが美味い物は美味い。クセになるし、氷のスーっと溶ける感じとハラミの味が何とも言えないハーモニーを奏でる。

「ブホっ、ゴホ、何だこの糞味は」

 マリモ味を食べた東条が咽かえり、一度テーブルにかき氷を置く。案の定か、と言った面持ちで俺とヒロキが顔を見やると、東条は舌打ちをして一気にそれを頬張った。

「ミソって凄く美味しいんですね! 頭がキーンとします!」

「それはね、実はちゃんとした医学病名があるんだよ?」

 そう言うミサキの顔を見て、マリは心配そうな面持ちを見せていた。

「うー。私は病気ですかあ?」

 今頃気づいたか。そう考えていたらミサキが回答を出す。

「えっとね。口の中やのどの刺激を脳に伝える三叉神経が、急激に冷やされるから起こるだけだから、少し経てば治るよ!」

「ほえ~そうなんですか! 私、冷気が扱えなくなってから『冷たい』とか『暑い』とか、色々と体感してのるので新鮮ですう!」

「でもさー、良かったよなあ。マリつぁんも幽霊女もさ」

 唐突にヒロキが話し出す。

「聖剣としての使命も無くなってよお。能力とかも、使えなくなっちゃったみたいだけどさ。そっちのが平和ってこったろ?」

「その発想は無かったです。むしろ何の能力も無くなってしまってから私自身に価値があるものか……」

 ユリアの表情に影が差すのが見てとれる。

「くだらない。ユリア、お前はそんな事で悩んでいたのか」

「はい。私は、ハクヤ様のお役にもたてないので、無価値とは存じて居ります」

 こう言う所はマリに軍配が上がるな。こいつは自分を無価値だなんて思わない。能天気な天然だからな。

「ふん。余り思い詰める必要は無い。お前を冥界に帰さないと決めたのは俺だからな」

 少し間を空けて言葉を紡いだ。

「それにお前がいなければ、俺は復讐を果たせなかったんだ。別に……無価値な訳では無い」

 その言葉を聞きながらかき氷を一口食べ、ユリアを見やると心なしか微笑んでいた様にも見えた。

 何だかんだと、こいつ等もうまくやっていけてんだな。そう考えていたらヒロキが急に席を立つ。

「っしゃ! 何か腹立ってきたぜ! お前等なんでそんな仲が良いんだよ」

 別に仲良くしたくてしている訳では、無いと思うけどな。個人的にはマリとミサキが仲が良くて助かっているのは確かだ。

 東条とユリアも自然としているだけの様な気もするしな。

「そんな陽気なお前達には、こわ~い話をしてやるっ」

 夏だ。確かに怖い話で背筋がゾっとするのも悪くは無いんだが、つい先程、俺は妙な世界を体験してしまったからなあ。グレーに染まる異様な世界、無数のカラス、あれは現実の物を模した別の世界の様に感じられたんだよな。……にしても何だったのだろう、冥界だの銃声だの、それに、あの塔みたいな所は一体。

「ウンタンシネマは知ってるよな、そこのマスコットキャラ『うんたぬき君』も知ってるだろ?」

ああ、話が進んでたのか。我に返る、その怖い話とやらに耳を向ける。

「実はな、着ぐるみだから中の人は勿論アルバイトとかの筈だろう? なのに、モールが閉店した真夜中に凶器持ってウンタンシネマ内を歩いてるらしいんだよっ!」

 そ、そうか。としか感想がない。ミサキは半眼にして淡々と返事をする。

「あの可愛いキャラが凶器なんて、ありえない」

「甘いな、赤月は。続きがあんだよ、続きがよっ」

「とっとと言えよ」

 もったいぶるヒロキに対して言った。

「おーんっ、あのな……その凶器から血が滴り落ちて、朝の掃除業務員が床を見ると、血痕が残ってるんだってよっ! きっとこれはウンタンシネマに殺人鬼が潜り込んでて、夜な夜な人を殺して歩いてんだよ!」

 こいつ。俺より妄想癖だったけか。聖剣闘争のない今、殺人鬼なんてそうそう居る訳が無い。そりゃ殺人事件とかは名花市でも起きるんだろうけど。ウンタンシネマのマスコットが、そんな恐ろしい事するのかね。

「てな訳で、今日ここ、モール内にあるウンタンシネマへと真夜中に潜入調査しようぜっ、な?」

「はい?」

 ユリアはヒロキの頭を疑ったかの様な返事をした。たったの二文字の疑問形だ、それでもヒロキには大ダメージの筈だ。

「いやいや、はい? じゃなくてっ! 俺達でウンタンシネマの怪を紐解いてやろうじゃないのよ! 怖いか、怖いよな、怖いんだよな?」

 諄い。少しは心にダメージを負え。

 仮にだ。もし本当に、うんたぬき君の着ぐるみが殺人鬼だとして、殺人を犯してるのは中の人間だよな。どう戦えって言うんだ。いや、戦うってのは違うか、俺も聖剣闘争で疲れてんだな。正確には捕まえるって事なんだろうけど、警察に任せておけばいい話だ。

「バカか低能。そんなもん警察にでも任せておけ」

 珍しく意見が合ったな東条。

「バカと低能って……要するに同じだよね」

「いらんツッコミ禁止! てかよー、そんなんじゃなくてな、肝試しをしようって事」

「皆様、何を話してるんですかねえ、ユリアは解かる~?」

「何も知らない程、楽な事はありません」

 現状の把握に若干時間を取った。まさか肝試しって閉店したモール内のウンタンシネマに潜り込むって話か。

 それこそ、こっちが警察のお世話になりかねない。でもなあ、肝試しか。やばい、ちょっと楽しそうだ。流石ヒロキ兵長。

「んでな、組み合わせだよ組み合わせ。俺が勝手に決める。俺とマリつぁん。幽霊女と歩く七不思議。赤月とアキトな」

「……先程から聞く幽霊女とは、やはり私でしょうか。些か腹立たしい……」

「こいつにしたら俺なんて歩く七不思議だ。そのウンタンシネマの謎と俺、どっちが怪なんだ」

「今となってはお前より、うんたぬき君だろうな。さてと、かき氷も食ったし、肝試しの段取りを考えるか」

「え、ちょっとアキト、本気? もし警備員にでもバレたら――」

「キモダメシってご飯ですよね? それも美味しいんですか?」

「ああん、確かに最後にメシは付くけど肝試しは、ご飯じゃなくて俺とマリつぁーんの愛を確認する為のラヴイベントだよおっ!」

「ちょっと、バレて学校に報告とか、嫌だよ」

「俺だって嫌だけど、二人で夏の思い出作りたいだろ」

「それは作りたいけど……まあじゃあ、あれだよ? 本当に殺人鬼とか居たら守ってね」

「当然だろ」

「くあーっ! お前等は熱いねえ。先ずは考えようぜ」

「その低能の改造方法をか」

「うるせえよ歩く七不思議! どうやってモールに忍び込むかだろ」

「シノビコム? ミサキ様~私は何かお役にたてますか?」

「マリちゃんはヒロキ君に変な事をされない様に気を付けてね、迷提案のプロだろから。アキトは……平気だよね?」

 何が平気なのか。俺はヒロキみたいにはなれそうにないな、何とも羨ましい事だ。変態とは実に素晴らしいと思った。俺は何を考えているんだ。

「忍び込むと言う考えがいけないんだと思うのですが?」

「どういう意味だ? 低能な俺にも解かる様に説明!」

 低能全肯定か。気持ちいいな、ある意味。

「ですから、忍び込むと言うのは閉店したお店に入ろうとするから『忍び込む』になる訳です。だったら初めから、お店に居ればいいのではないでしょうか?」

「何を言ってんだこの幽霊女」

「お前……今の説明で気づかなかったのか」

「お? アキト総長は何か解かったのかよ」

「閉店する前からモール内の何処かに隠れてれば良いって事だろ?」

 ユリアは満足気に、答えた俺を見つめる。

「あー、なんか皆様ズルいですよお! 私は全然解からないです!」

「マリちゃんには難しいよね」

 駄々を捏ねるマリの頭を撫でて、ミサキは席を立つ。

「まあ、私もよくは解からないけど。折角の夏休み! 楽しまなきゃね」

 意気込むミサキの顔を、隣の席に座っていたマリが見上げた。

「ですねですねえ! ナツヤスミはガッコウがお休みなので、退屈なのかなっと思っていましたよお」

「俺がマリつぁんを退屈にさせないぜ」

 随分とドヤ顔してるが、実際の問題、ヒロキとマリが付き合ったとして……ああ、何か幸せそうに二人でじゃれ合う姿が思い浮かぶな。

「お前等、付き合えば?」

「なっ!」

 思わず口に出してしまった。俺の言葉にマリは下唇に人差し指を添え、首を傾げているが、ヒロキは滝の様な汗を流し始めた。

「おおおお、お前、なな、何を言ってらっしゃるのでしょうか」

 立ち上がってたミサキが拍手すると、ユリアと東条からは深い溜め息が零れた。じれったいし付き合えばいいんだよ。めんどくせえし。何て思って言った訳じゃないですよ、いやほんと。

「ヒロキ様と何処にお付き合いすればいいのですか?」

 天然と言うのか純粋と言うのか。こういうタイプが一番紛らわしくて、見てて苛々するんだよなあ。ミサキ何て直球で告白してきてくれたのに。

 滝の様に流れる汗を、かき氷の容器に垂らす。ヒロキ落ち着け。

「あの、話題が反れいる様に感じられるのですが」

「ユリア。放っておけ、構うだけ面倒だ」

「解かりました」

 そう言いながらも様子が気になるんだろ、東条よ。俺もその一人だ。

「じゃあ、ここはヒロキ君が思い切って告白してみよう!」

 更に追撃を決める。ヒロキはノックアウト寸前だ。いいぞ、もっとイジろう。

「マリ。ヒロキがお前に話ておきたい事があるらしいから、真剣に聞いてやれよ」

「は、はいです」

「待て、待て待て、マジすか。お前等……何だ!」

 こっちこそお前は何だ。折角キューピットになってやるんだから、有り難く思ってもらいたいものだ。

「とっとと告白しろ。チキン野郎」

「わーったよ! 急かすな! すぅーはぁー、よし。マリちゃん、改めて言わせてもらうけどな」

「はい?」

 男ヒロキはフードコート全体に聞こえる程の声量で言葉を発する。

「マリちゃんの事が好きだっ!」

 そのでかい声に客達がこっちを見る。恥ずかしいな。

「? はい、私も好きですよお」

 まじか、いや待て、このパターンって……。

「おおう! キタコレ」

「ヒロキ様もミサキ様も、皆さんの事大好きですよお」

「ほへ……」

 やっぱりか。よくある典型的なパターンだったな。今更バズる訳も無い黄金ルートだ。

 声量だけは恥ずかしいぐらいだったから、まあインパクトだけはあったな。しっかしあんだけテンパってて、よくまあストレートに好きだっなんて告白出来るな。ある意味で尊敬に値するわ。

「はっはっは、テンション上がるう~……」

「だだ下がりじゃねぇか。ヒロキ、お疲れ。お前は頑張った、安らかに眠れよ」

「それが親友に対する態度か。ああ終わったな僕ちん」

「恋愛感情ですか。理解し難い心情です。ハクヤ様は、そう言った感情はお持ちなのですか?」

「無い」

 即答だ。それはそれで呆気無くてつまらないなあ。幸福フラグは俺にだけ存在している様だ。

「で。どうするんだ、閉店まで隠れられる場所は」

 東条が話をぶった切った。もう少しヒロキにチャンスを作ってやればいいのにな。


 閉店の時間まで三時間と言う所まで色々なとこを巡って、ショッピングモールに上手く隠れる場所を探す俺達。

 今は夏場でアウトドア用品が売れ筋だろうか、キャンプ用品が色々と展示されてる店舗を通りすがりに見やると、俺に抜群な発想が生まれた。

「なあ、この展示されてるキャンプテントの中に隠れられないか?」

「お前天才かよ!」

「いや普通に思いついただけだけどな。それで大丈夫って保証は無いけど、トイレに隠れたりは無理だろうし、ここしか無かろうよ」

「大きなテントー、てか、本当にうんたぬき君が殺人鬼なのかなあ、何か怪しいよね」

 ミサキが俺にそう声を掛けてきた。

「どうせあいつの作り話? だろうし、それとあいつ等ペアなんだし、何かしらヒロキにもうワンチャン来るかも知れないしな」

「そもそもそれが狙いだったとか」

「あり得るよなあ」

「アキトは……その提案に乗った訳じゃないの?」

「実際は面白そうだから乗ったけど、結果が見えてんだよな」

「マリちゃん天然だしね!」

 周辺の客が居なくなった瞬間と、店員の目が此方に向いていない。二つの条件が重なった瞬間俺達は大きなテントの中に入り込む。

「意外と広いんですねえ! 小さなお家ですか?」

 これが家と言えるのは凄いな。

 しかし、肝試しは既に開始されている様にも思える。店員や警備員に見つかれば即アウトだしな。肝は冷えるわ。

「この後はどうするんですかあ?」

「ショッピングモールが閉店するのを待ってから、怖い怖い肝試しだって。マリちゃんは怖いの平気?」

「元聖剣なので、全然怖くないですよお!」

 それってヒロキの作戦全滅じゃないか? 若しもヒロキが「ヒロキ様ー怖いですう」と言う鉄板妄想してんなら、逆に怖がるのはヒロキよ、お前だけだぞ。

「暇だな。おい低能、何か無いのか」

「何かってなんだ。ってか皆少しは静かにな! 此処で見つかったら肝試しは無いんだからな!」

「いっその事、やめてしまえばいいと思うのですが」

「シャラープ! 幽霊女!」

「てめぇが一番うるせえ、チキンが」

「コケーッ! 肩小肉なめてると死ぬぞ!」

 東条からはニワトリ扱い、マリからは皆大好き宣言。トリプルデートねえ。

 本末転倒なのがユリアの放った、いっその事やめてしまえばいい、だ。此処まできてただかき氷を食べて、帰宅するんじゃ、うんたぬき君の濡れ衣も晴らせないままじゃないか。

「今は静かに待つか」

 俺の一言で一気に沈黙する。其処まで黙る事もないんじゃないか。暇だ。どんだけ肝試しに命掛けてんだ俺達は。

「眠いですう」

「大丈夫? マリちゃんは早寝早起きだもんね」

 広いとは言え、流石に寝そべるには、ちょっとキツイな。

「今日は徹夜なんだよな、マリにゃキツイよな」

 両手を前方に伸ばし、横に振るヒロキ。

「お、俺のせいじゃないぞ! いや……俺のせいだな。ごめんね、マリつぁん。俺がこんな企画をしたばかりに」

「大丈夫ですよお~。折角のキモダメシが楽しみなんですう」

「ああ、優しさが俺のピュアな心に響くぜ。やっぱりマリつぁんは俺にとって、永遠の天使だぜ」

 優しさなのか、天然なのか。微妙だな。


 暫く待って居ると、閉店を知らせる曲が店内全体に響き、俺達は息を殺して耐えた。

 すると照明が消えて、遂に閉店する。俺はスマホの懐中電灯を点けて、そっとテントの出入り口から外の様子を見る。全く人の気配がしない。

「いいぞ、出よう」

 そう言って俺から先にテントを出た。薄暗いショッピングモール内には、警備員が居ると予想される。現在地点は二階のアウトドア用品売り場、目的は四階にあるウンタンシネマである。

 全員がテントの中から出ると、ヒロキから今回の肝試しについて説明がされる。

「よし。説明するぞ! 今からあみだくじを作るから、それを元にさっき言ったペアで四階のウンタンシネマを全部見て回る!」

 何とも単純な説明だな。

 東条は欠伸をして、時刻を確認していた。俺も確認すると、二十三時を回っている。

 時間が余って暇になりそうだ。肝試しが終わったら又テントに隠れ、今度は脱出の為に開店を待たなくてはいけない。

「おい、野原。この肝試しはあのバカと、てめぇのフリーズソードを付き合わせる為の企画なのか」

「ついでにお前とユリアもな」

「必要無い」

「お前に無くてもユリアにはあるかも知れねえだろ?」

「なんだと……」

 その反応、満更でもないんじゃないか? 楽しいねえ、非リア充をリア充の俺が見下すこの感じ。たまんねえな。

「おーし、LINEであみだくじ作ったからやってくれよ。先ずは俺から……おっと、一番目みたいだな」

 何とも不公平なあみだくじだ。次に東条がくじを辿り、三番目を引く。これ、俺が引く意味もうないよな。俺とミサキのペアは二番目の出発だ。

 ただ、ミサキは怖い物が無いみたいだし、キャッキャな展開は期待出来ないだろうな。

「ぜっーたい、うんたぬき君は潔白だよね。あんなに可愛いのに殺人鬼とか、それこそ七不思議だよ」

「だなあ。まあ俺達は俺達で楽しめばいいんだと思う」

「そうだね! アキトとなら何でも楽しめそうだしね。それより、ヒロキ君はこのまま引き下がるのかな?」

「うーん。肝試しを実行するあたり、まだ諦めてないだろうな。それに原点はトリプルデートの筈だしな」

 そうこう言ってる間に、ヒロキが何処から拝借したのか木刀を片手に、意気揚々と鼻息を荒くしていた。

「次の番であるアキトに、俺達の番が終わったらこの木刀託すわ」

「託すのはいいけど、それ何処から持ってきたんだ」

「ん。すぐそこの店だけど」

「後でちゃんと返せよ……」

「大丈夫だっての。んじゃマリつぁん、一緒に行こうか!」

「はあい」

 スマホの電灯一つで歩き出したマリ達のペアだが……何か不安だ。仮に本当に殺人鬼が居るとしたら、今のマリに戦う力も無いし。かと言って俺とか東条が着いて行っても聖剣闘争の終わった今となっては俺達も凡人だ。待て待て、何が殺人鬼だ。そんな話はヒロキの作り話に決まってる。

「心配だね」

 ミサキの一言に一抹の不安をやはり覚えるのだが。殺人鬼は居ないとしても警備員が徘徊してるからな。

「着いてくか」

「ふふ、肝試しにならないけどね!」

「東条。お前どうする?」

「あ? ガキじゃないんだ、直ぐに戻ってくるだろう」

「じゃあ、第二番ペアしゅっぱーつ!」

 ミサキは俺の手を引き、半ば強引にマリ達の後をこっそりと尾行する。ここで終わるなよヒロキよ。


「わあい! 凄いです、前に来た時は人が沢山居たのに私達しか居ないんですねえ!」

「ハハ……マジで殺人鬼とか居ないよな」

 止まっているエスカレータを上り、マリ達に追いつく。既に腰が引けてるヒロキを見ると情けなくもなる。

 スマホの懐中電灯の灯かりが奇妙な影を映した気がする。

「誰か……居る。警備員にしては灯かりをもって無いな」

 不審な影はヒロキの持つ灯かりから、スッと消える。俺はエスカレータの途中で伏せて辺りを警戒する。

「え、今の影は何だ! さ、さてはアキト達の悪戯だな」

「ほえ? どうかしたんですかヒロキ様」

 悪戯じゃない。何かが確かに居る。此処まで解ればヒロキ達を逃がすしかない。

「おい! ヒロキ、マリ、こっちへ来い! 今の影は俺達じゃない!」

「へ?」

 ヒロキへ灯かりを向けると、それを遮る様に巨大な何かが立って居た。

「フシュルル」

 白い息を吐くそいつは巨大な身体とは打って変わって、細い四本の腕を器用に動かし、ボロ布を纏った懐から、鉈を取り出した。

 やばい、戦う力は無い、だけど気が付くと俺はヒロキとマリの元へと駆け出していた。

「アキト!」

 若しかしたら、之がミサキの声を聞く最後かも知れないな。訳の解らない怪物相手だぞ。聖剣も無しに勝てるとは思えない。

「ミサキ! 東条達に知らせてくれ!」

「う、うん!」

 怪物は更にもう一方の片手にも鉈を取り出す。尻もちを着くヒロキの眼前に滑り込み、震える手で木刀を奪う。

「アキト様!」

「出来ればこの怪物に心辺りが無いか訊きたいけどな、今はヒロキを連れて逃げろ! こいつは引き受ける」

「はい!」

「グォォ……醜いミニクイ、醜イ」

 咄嗟に東条に知らせる事を選んだけど、どうすんだコレ。ヒロキ達が立ち去る様を怪物はギョロリとしたでかく飛び出ている眸で追う。

「日本語通じるのかお前。何もんだお前」

「フシュアア」

「日本語通じてねえか……? てッ!」

 巨体とは思えない速度で右手の鉈を振り下ろしてくる。

 あぶねぇ、ギリギリで横に飛んで避けれた。片手にスマホ、片手に木刀じゃ動き辛いな。

「ヴぉまえ、おでが怖ク、ナイノガア」

 は? 何て?

「怖くないか訊いてんのか? そりゃこえーよッ! 見逃してくれんなら有り難い申し出なんだが?」

 スマホの灯かりを当てて、よく見ると凄い異形の怪物だと気づく。

 痩せた茶色い顔に鼻は無く、眸の位置もおかしい上に数センチ飛び出ている。腕だけは細く、四本有り、右手の関節が飛び出ている。でかい図体に巻かれるボロ布だけが衣服として見れる。

「ヴぉまえ、アノ世界ヲ、ミダのガア」

「あの世界……?」

 瞬間。銃声が響き渡る。目の前に居た怪物の心臓部分から血が飛び散り、俺の顔に垂れた。

「な……ッ」

 その銃声を聞き、慌ててエスカレータを駆け上がって来る東条達。

「野原!」

「アキト様!」

 怪物は灰色の砂へと姿を変えて空気中に舞う。そしてその背後に一人の、硝煙を口径から流す銃を手に立つ者。

「な、何なんださっきから……」

 頬に伝う怪物の血。俺は眼前に立つ鬼面を被った者へと、眸を向ける。

「………………」

「何とか言えよ、お前もさっきの怪物も何なんだよ……」

「……私は―――」


第九巻 完 第十巻へ続く。

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