第八巻 審判を招く者たち完結編

 最終章 死闘の聖剣闘争 ――四十年間の責務


「あああ、だから解らん、そもそもこの英語なんて科目は誰が作ったんだよ」

「ふん、雑魚は頭の中も雑魚なんだな」

 案の定、俺のうちで勉強会をする事になった暑い夏の日々。こちらが頭を抱える問題をスラスラ解いてノートをめくる東条。

「うー……一引く一? 一の何を引くんですか? ユリアー教えてよお」

「知りません。そんな幼稚な問題で躓かないで下さい」

 そしてなんで同じ聖剣なのに、ここまで脳みそが違うのだ?

「そもそも不登校のお前がなんでそんなに頭良いんだよ」

 やたらと東条に絡むヒロキ。

「生まれつきだ」

「アキト、もう一度こいつぶっ飛ばせ」

「ふっ、やるのか?」

「だああ、お前ら少しは黙れっつーの、ここ俺んちだからな、な?」

「ハクヤ様、何でこんなバカな聖剣に私は負けたのでしょうか」

「あーバカって言ったあ、バカって言う人がバカだって知ってるですう」

「はいはい、皆落ち着いてね。はい皆の分のコーヒー」

「わーい、コーヒーですう、角砂糖をザラザラザラ~」

「いやマリちゃん、だからそれもうコーヒーって呼べる代物じゃねえから」

「はあ、一生やってろお前ら」

 俺は溜め息を捨ててベランダに出る。


 今日も嫌味な程に天気が良い。俺はふと、死に神と戦った時の事を思い出していた。奴は強かった、それだけではない、不死と言うおまけつきらしい。もう二度とマリをあんな目にあわせない、その為に俺は強くなるって決めたのだ。奴は待っているのか? あの学院で俺達が来るのを。


「よしゃ、もう嫌だ、皆でプールに行こうぜ」

 出ましたヒロキの迷提案。

「ん? 何だあれ」

 遠くでドーム状の黒いオーラが膨れ上がっていた。そして次の瞬間。

「…………裏の世界か」

「あれ見てみろ」

 俺がそう言うと全員ベランダに出て来る。

「あの方角って……」

「巫女奉善学院か、しかし何だあの黒いオーラは」

「死に神の奴、なにを。マリ」

「はいっ」

「サーチアイってやつか、それであれは何だ?」

 左目の炎が今までに無い程に激しく揺れる。

「なにか、懐かしい感じがします」

 ユリアの言う懐かしいと言う言葉が引っ掛かる。

「見て、空からなんか黒いのが」

 ミサキの指差す空。ガラスが少しずつ割れる様に風景にヒビが入って、そこから黒い……鎖みたいな物が巫女奉善学院に伸びていく。

「おい、野原」

「ああ」

「ちょ、ちょっと待って! なにも作戦無いんだよ? 相手は不死なんでしょ……」

「それでも俺は行くぞ、どうすんだ野原」

「これが最後の戦いになる、皆、覚悟を決めよう……俺のサーチアイが異常な力を感じてる。多分誰か死に神と戦ってるんだ」

「誰かって、誰だよ、そもそもこの裏の世界自体、聖剣闘争を知る者しか存在出来ない空間なんだろ?」

「行けば解るさ」

 ミサキが俺の肩を掴む。

「飛んで行くんでしょ? なら私もついてく……」

「覚悟は――」

「したよ、私はちゃんとアキトを支える。もうあんな想いさせないから」

「マリに三人は乗せられねえからな。ヒロキ」

「じゃあ、仕方ねえから、おいお前は俺を抱っこしてけよ。本当はマリちゃんに乗りたかったんだからな?」

「勝手に首にでも掴まってろ、来いユリア……やっと奴と戦える」

「了解です」

 俺と東条は同時にベランダの手すりを蹴って空に出る。

「マリ解放、剣眼」

「目覚めろユリア、剣眼」

「たっ、たけえっ! お、おい、絶対に落とすなよな!」

「アキトっ! 行こ! 私達全員の未来は絶対に負けじゃないって信じてるっ!」

「ああ! 行くぞ皆!」

 裏の世界に青い軌道と赤い軌道が放物線を描いて駆け抜ける。まさかとは思っていたけれど、学院が視界に入り、俺のサーチアイに映り込んだのは知らない神主の衣装を着る老人と木崎先生の姿だった。

「あの時の寺の坊主か」

「なんかやばそうな雰囲気だよ、アキト」

「クッ……四十年経って尚、冥界に引き摺り込めぬと言うのか……」

「アッハハ、大人しく余生を楽しむ事も出来たのに、バカねえ、聖剣も持たないあんた達に私を冥界の忠犬には出来ないわよお、とっととくたばりなッ!」

「わしらが貴様を野放しにしたせいで今の若いもんが苦しんでおるッ、わしらは四十年の責務を果たさねばなるまいッ!」

「うるさいのよ、木崎。さあ、処刑の時間よお♪」

 黒い鎖が死に神の体に巻き付いていた。だがそんな事もお構いなしに死に神は鎌を振り下ろした。

「ア・ク・セ・ル・全・壊ッ! ミサキ、飛べッ!」

「任せて!」

「んん?」

 氷の壁を木崎先生の前に作り出し、同時にフリーズソードの刀身から氷のスロープを作りミサキはそのスロープの上を素足で滑り降りる。

「お主ら」

「木崎さん、掴まってッ!」

 ミサキがスロープの勢いに乗って木崎先生の手を掴み、更に続くスロープを辿って学院のプールへと不時着する。

「ぷはぁっ!」

 そしてどうやらもう一人の神主は東条と面識があるらしい。神主の眼前の地面に業火を巻いて刺さる槍、その柄に掴まって刃の上に足を置く東条はヒロキを学院のプール目掛けて投げ捨てた。

「なんでえ俺だけえッ!」

「お前さんは、あの時の……」

「奴は俺の獲物だ、あんたは引っ込んでろ」

「そうか……剣眼したのだな」

「……あんたとユリアのおかげだ」

 俺は作り出した氷全てを砕き、宙から死に神へとフリーズソードを振り下ろす。だが、死に神はその斬撃を回避すらせず、まともに喰らった。

「なるほどねえ、その左目の青い炎。木崎の教えって訳ねえ」

 俺の瞳孔が開いていく。肩から心臓にかけて斬撃は通った。そして派手に血飛沫を上げている、パックリと肩が斬れて筋肉や脈がまる見えの傷、この状況で死に神は、笑っていた。

「チッ、バカ野郎、そんなんでショックを受けてるなッ! こいつが不死身なのは承知の上だろうがッ!」

「出来れば信じたくなかったのが本音だろ」

 斬られた傷が見る見ると回復していく。俺がグラウンドに足をついた瞬間、死に神の太い腕の拳が腹を抉る様にブチ込まれる。

 それと同時に灼熱の炎を纏った東条の槍が死に神の脇腹を突き刺した。

「会いたかったぜ……あの日からずっとなあッ!」

「あらあら、負け犬が二匹も」

 死に神を捕らえていた黒い鎖が千切れた瞬間、東条の顔面にも死に神の拳が叩き込まれた。


「いかん……」

「え?」

「あの黒い鎖は奴と冥界を繋ぐ契約の楔なのじゃ、わしらはその鎖を召喚し不死のあやつを冥界に落とそうとしておったのじゃ」

「しょ、召喚ってそんな事どうやって」

「あの神主じゃ、あやつだけがその術を会得しておる。鎖を巻き、奴をこの上空、あのヒビの入った空、冥界へと送ってしまえば不死と言えども冥界に飲み込まれる」

「ちょっと、ヒロキ君聞いてた?」

「あー……空中飛行もプールに投げ込まれるのも、もう嫌だぞお?」


 殴り飛ばされる姿勢から空へと逃げる俺と東条。だが何かおかしい、死に神は俺達を見ていない。何だ、この違和感……それにあの黒い鎖は。

「空の亀裂から垂れてるのか、あの鎖」

「それがどうしたッ! とっとと奴をブチ殺すぞッ!」

「さあて、丁度邪魔者も居なくなった事だし……そのいつまでも結んでる印……解いてもらうわよッ! シャンティア解禁ッ! 剣眼ッ!」

「マズい、死に神は永井を殺してこれ以上鎖を召喚させないつもりじゃ!」

「もう、なにがなんだか解らない、永井って誰よッ」

「しゃーねえなあッ」

「え、ちょっとヒロキ君?」

「よく解んないけど、あの鎖が一本でもありゃアキト達に援護が出来んだろ? なら男ヒロキ、行くまでよ」


 俺は気づいた。やばい、状況が飲み込めていなかった。

「東条、お前の知り合いだろ、あの神主」

「知り合いって程じゃねえ」

「そうか……ったく、お前と話すだけ時間の無駄だった、間に合うか。あの人を助けるぞ」

 空に一度後退していた分、地上に戻るまで僅かに時間が掛かる。

「さようなら、この世界の最後の望みさん」

「間に合わねえ……ッ!」

「どけ野原、こっちは音速で行くぞ」

 頭上を見上げると東条が業火纏う槍を放っていた。直ぐに俺を追い越して死に神へと迫る。

「丁度いいわあ」

「!」

 神主の胸倉を掴み、死に神は自分に向かってくる槍の軌道に神主を盾にした。そして神主の体を貫き、更に死に神の心臓を貫いて地面に刺さる槍は纏っていた業火を消した。

「アッハハ、人殺しい、人殺しい。お前もついに人殺しに染まったのねえ♪」

「く……糞がッ、てめえにだけは人殺しとか言われたくねえんだよッ!」


「えげつねえ……見てないです見てないです、この鎖だろッ!」

「ふん、一般人がその鎖を手にしていた所でなんて事ないわあ、さあ、楽しみましょうよお聖剣闘争をッ!」

「こ、今度は大丈夫ダナ? よ、よしコレより聖剣闘争最終戦を開始するダナッ!」

 響くシンバルの音。

「くっそ、もうあの鎖はヒロキが手にしてる一本だけか」

「ボーっとするなッ!」

 ヒロキが天空から伸びる一本の鎖を手にしてプールに戻っていく姿を確認する。だがそんな事をしていたら死に神の鎌が真下から勢い良く振り上げられていた。その鎌の攻撃を下ってきた東条の槍の刃が弾いた。

「わ、悪い」

「神主が死んだ瞬間から消えてる鎖がなんかあんのかよ」

「貴方達負け犬が、気にした所でもう何も変わらないわよお。さあ、殺しあ――ゲホッ!」

「大丈夫か死に神、悪いもんでも吸い込んだのかよ」

 死に神の体内に俺の周囲に散るダイアモンドダストが入り込んでいた。

「面白い剣眼の力ね……」

「おい、そっちばかり気にしてていいのか!」

 遥か遠くから聞こえた東条の声。俺は死に神の顔面を踏み台に更に上空へと舞う。音速で飛んできた東条の槍は息もつかせぬまま死に神の体を射抜いた。

「少しは戦える様には――」

 瞬間、東条お得意の爆破が槍の通った赤いラインを軸に引き起こる。

「なったみたいねえ♪」

 ったく、本当に死に神だな。俺は学院の近場を通る線路へと着地した。

「さてさてえ、どっちから殺そうかしら、うーん、両方一辺にで♪」

 俺と東条の位置は死に神を中心に挟撃の陣形、両方一辺には――

「さあ、シャンティア、血を啜る時間よ」

 緑色のマントが風も無いのに靡く。俺のサーチアイが不規則な揺れを見せる。

「なにを……」

 マントが空へと螺旋を描いて昇り、瞬間、雨の様に細かく割けて広範囲へと降り注ぐ。とは言え所詮はマント……って。

「鉄化してんのかよッ!」

 尖ったマントの先は鋼鉄化し、俺の脇、線路のレールをへし折って突き刺さる。

「冗談は不死ってだけにしろよ」

 直ぐに両手から冷気を放出してレールの上を飛び抜けてマントを回避する。逃げ切った、なんてそんな安心は長くは続かない。砂利だらけの線路の下からマントが出現し、俺は鋭く尖ったそれに右肩を貫かれた。

「アキト様!」

 遠くで雷鳴が聞こえた。ゆっくりと降り始める雨。

「くそ……何でもありだな。あいつ」

 こうなったら逃げていても仕方ない。

「行くぞマリ」

「はい!」

 両手に炎の様に揺らめく冷気を思い切り放出し、ビルの間を飛行して死に神に近づく。まあバレるわ。

「負け犬みーつけた♪」

 それで俺に気を捕らわれている間に再度音速の槍が爆発を伴って死に神を射る。

「自己流、二の型、全弾掃射」

「サーチアイがなけりゃ煙幕で視界は最悪か? くたばれ、手甲粉塵招!」

 地上スレスレから周囲のダイアモンドダストを凍結させ、更に都合良く降り出した雨も凍結させた。それらを全て撃ち出して氷結の弾丸は回転を加えて死に神の背を捉えて次々と被弾していく。

「あー、痛いわねえ。掌に火薬仕込んで自らのその掌を炎にして爆破……それと周辺の水素を氷結させて弾丸扱いのガトリング銃の真似ごと……陳腐ね」

「!」

「ぐっ……離せ糞野郎」

「離してほしいのね、ほら」

 東条の胸倉を掴んでいた死に神はその体を真横のビルの群れに向かって蹴り捨てた。

「東条!」

「人の心配してる場合?」

「はやッ」

「私の属性、忘れたあ?」

 風か。

 ご丁寧にカマイタチと共に俺の飛行していた体を水溜まりの出来たアスファルトへと蹴りで叩き落とし、まるでゴミの様に俺はそのまま横のコンビニへと蹴り飛ばされた。コンビニを突き破っただけでは勢いは死なず、そのまま家並み何軒もブチ抜いてようやく止まった。壊れた水道管から零れる水の音と雨の音。

「マリ……ゴホッ、ゲホッ。ユリアの位置は……」

「そ、そんな事よりアキト様の傷を何とか――」

「どの道、治せる医者はいねえんだ、気にすんな」

 俺のあばらは、こりゃ全部イってるな。右足も何か曲がってはいけない方へと曲がっているし。額から流れる血でサーチアイを宿していた左目も開けられねえ。

「えぐっ、えぐっ、アキト様あッ!」

「バーカ……泣くのは早いだろ」

「もういいんですッ! この戦いは負けでも良いんですッ! お願いです、お願いだから……もう動かないでえぇ……ッ」

「行くぞ……マ……リ」

 意識が一瞬飛んだ。

 起き上がろうとした体勢から、水溜まりへと倒れる。

「く……そ、あと少し、あと少し動いてくれ……頼むからッッッ!」

「ア、アキト様……」

 気づくと俺は瓦礫を押し上げて、立ち上がって居た。使い物にならない右足の代わりにして悪いなマリ。

「いいか、こっからなにがどうなっても剣眼を解くなよ……マリ、解放、剣眼」


「ふぁーあ、んーもう負け犬も居ないのかしら……ウッがっ……こ、これは……」

「おい、発作だ、もう遊びはやめて直ぐにあたいの剣眼化を解くんだ」

 冷静にシャンティアが言う。

「居たッ! 木崎さん、あのビルの下ですッ!」

「フォッフォッ、若いの、しっかり『それ』を握っておるのじゃぞ!」

「わわわ、わーてるって! 二人抱えてなんつー速度で走りやがんだ、この爺さんッ!」


「おぉ……うお…………うぉぉお…………うぉぉおおおおおッッッ!」


「何!」

 全身全霊、片手で不安定な飛行で俺はようやく死に神の真横に出られた。

「アキトだッ! ヒロキ君ッ、それ貸してッ」

「お前がもう何者でも関係ねえッッ! 今、冥界ってやつに送り込んでやるッ!」

「こ、コイツッ! こんな体でッ!」

 折れて使えない右足の代わりにフリーズソードをアスファルトに突き刺した。

「水溜まりに突っ立ってた事、冥界で永遠に……後悔しろッ」

 周囲に散る無数のダイアモンドダスト、そして俺はフリーズソードのトリガーを引く。

「これで終わりだ、ア・ク・セ・ル・全・壊ッッ!」

 一点集中、刺したフリーズソードを軸に遠心力から左足で死に神のアゴを蹴り上げる。そして周囲のダイアモンドダストを水溜まりに集中させ、そこから氷の柱が突き出す。

「ぐっ……こんな時に発作ッ……」

「アキトッ! 受け取ってッ!」

「ミサキ!」

 前方の小さなビルから飛び降りてきたミサキから受け取ったのは黒い鎖だった。

「それを死に神に巻いて! あの空高くまでッ! マリちゃん大丈夫だから信じて飛んでッ」

「行くぞ……マリッ!」

「わ、解りました……ッ」

 俺の左手はもう凍傷していて使えない、どの道安定しないんだ。フリーズソードに一つ賭けてみるさ。アスファルトに刺さった切っ先から大量の冷気を放出し、空へと打ち上げた死に神を俺は追い駆けた。

「コイツッ! どこにそんな気力がッ!」

 喚くだけの死に神へ向けて鎖を投げ、捕らえる。

「この鎖はッ、あんな一般人がどうやってッ!」

「フォッフォ、死に神よッ! 四十年じゃ、その責務を果たせてもらうぞいッ!」

「このクソジジイがッ! 今ブチ殺し――」

「解るのかッ! お前に東条の気持ちがミサキの過去が木崎先生の想いがッ! 俺はお前にマリを傷付けられて色々と痛感したッ、そして今やっと届いたんだッ、俺の意思にッ」

 届いた、ギリギリだ。

 死に神の右腕に更に余った長さの鎖を巻き付け、俺は生きている唯一の右手に持つフリーズソードを逆手に持ち替える。

「お前が殺した人達はもう何も言えねえッ! そりゃそうだ、お前は今まで『負ける』事を考えずに不死を盾にワガママし放題のクソガキだったんだッ! そんなお前に物言う奴は変態の俺ぐらいだろうなッ!」

「やめ、やめっろッ」

「弱い者としか対峙せず不死の体で今まで誰にも怒られる事もない、頂点に居たお前も終わりだッ! 涙を流す事を忘れ、人の死を人の痛みを、人の悲しみもッ人の憎しみも理解しないで今まで俺みたいなバカを相手にせずに済んで良かったなッッ! お前は確かに『人間』じゃなかったッ! 人間の大切なもん全部捨てたんだ……終わりだお前の人生はッ」

 死に神にしがみ付いていた腕を解き、フリーズソードの切っ先は死に神を捕らえた。

「やっちまえアキトオオッ!」

「マリちゃんッ絶対に泣かないでッ! 止まらないでッ!」

「やめろッ! やめ――」

「アキトを信じてッッ!」

「イッッッッッッッ、ケェェェエエエエエェェッッッ!」

 フリーズソードから放たれる氷の波がどんどん死に神の体を空に出来た冥界の亀裂と思われる場所へと押し上げる。後数メートル、後数センチ、そこで氷の波は止まった。

「なッ!」

 死に神の体は鎖の効果なのか徐々に冥界に引き込まれていく。しかし死に神は足掻いた。初めて生きる為に足掻き、鎖を噛み砕こうとした。

「届けよ……届けえええッッッ!」

 一瞬だった。

 何が起きたのか正直パニック状態だった俺には理解出来なかった。死に神を押し上げていた氷の柱が突然爆発した。

 まさか――

「東条おおおッ!」

「ハッ……バカ野郎が何度も……言わすな。そいつは俺の獲物……だ」

 爆発した氷の波が死に神の体を僅かに押して、奴は冥界に飲まれた。東条の放った渾身の槍がトドメを刺したのだ。

 ハハ、すげえ、人間ってすげえな。俺は空気の薄い空中から、冥界の亀裂が消えていく光景を前にして意識を失っていく。


「終わりじゃ、冥王を信じ不死を得たつもりが結局、冥界の餌食となったか、さてあの英雄達のオペはまさに骨が折れそうじゃな、ファッファッ……」



 ――目を開け、聖剣闘争に勝利を納めた者よ

「……えっ」


 ――これで三度目の警告となる


「なん……だ……誰、だ」

 まるで強引に、意識を引きずり出される様に目が覚めた。


 ――選択の時は訪れた





 終章 人間だからッ!


 周辺の世界が瞬きをした瞬間異様にでかい鉄扉のある暗い室内へと景色が一変した。

「皆……ここは?」

「もしかしてよ、ラスボス倒した記念にこの扉の先にお宝でもあるんじゃ――」

「ちょっとヒロキ君黙って、なんか聞いた事ない声が……」

「あ、はい、確かに」

「痛っ……選択の時……ユリア、どういう事だ」

「お主達は目の前の人生を生きる事に必死だったから忘れておるのじゃろう、聖剣闘争の意味を、な」

「それって……優秀な聖剣は……まさか」

 皆は口を閉じた。その先は怖くて言いたくなかったのだ。

 聖剣闘争はそもそも新たな王が持つに相応しい優秀な聖剣を決める闘争。

 勿論、東条と死に神を破った優秀な聖剣は――

「マリちゃん……」

 マリは何も言わないまま、踵を返して俺達にその小さな背中を見せた。

 そして巨大な鉄の扉へ向けて、一歩踏み出した。それに続いてユリアまで無言のまま一歩を踏み出す。

「…………」

「選ぶが良い、そなたの聖剣を我に仕えるか――もしくは全てを捨て――死ぬかを」

 声の主が冥界の王……。

「なっ! おいコラ、どこにいやがるっ! 俺はまだマリちゃんに伝えてない事が山ほどあんだよっ! それになんだよその選択、ほぼ脅しじゃねえか! おい、アキトお前もなんか言ってやれよ!」

「…………」

 ヒロキは折れた足のまま座って居た俺の胸倉を掴んで怒号を上げる。

「おま、お前! 何で黙ってんだよっ! くそっ」

 俺から手を放し、ヒロキは両腕を大きく広げて叫んだ。

「こんな理不尽な選択ねえだろうが! どう考えたって仕えるしかねえ!」

「我はそなたに質問してはいない、そして聖剣にも問いかけてはいない」

「は?」

「…………」

「ちょっと待ってよ……そんなのないよ……アキトに死ぬかマリちゃんを手放すか選ばさせるなんて……こんなにボロボロになってまで戦ったんだよ!」

 乾いた風が俺の前髪を揺らす。

「私、行きますね……」

 そしてまた一歩進む。マリは一度もこちらを振り返らない。

「今一度問う聖剣の主よ」

「問わないで下さいっ! 私は色々と見て来ました、こうやってしっかりと自分の足で進む事も出来る様になりました。全部アキト様のおかげなんです」

 震える声、震える小さな肩。

「アキト様だけではありません、ミサキ様もヒロキ様も最後の戦いまでずっと背中を押してくれてたんです……もうアキト様達を困らせないで下さい……」

「……ならば門をくぐり冥界へと帰還するがよい」

 そしてマリは押し扉を開き、白い光の溢れる門をくぐる。

 俺は必然と体が動いた。

 一歩、門へ足を踏み込んだマリの腕を引っ張り、こちらを向かせる。

「アキト様……?」

「答えを出す」

 場は凍りついた様な風で包まれた。

「そなたの答えを訊こう」

「俺がどう答えるか、あんたは解ってる。一番初め、俺がこいつと廊下に立たされた時に、あんたはこう言った。……選択の時は訪れる……恐れずに汝の選択を選ぶがよいってな。俺は恐れてない、だから言える、マリは――」

 俺はマリの腕を更に引き、俺の胸元に抱き寄せる。

「お前なんかに渡さない!」

「アキト様あっ……ッ!」

「よく言ったアキトッッ! お前やっぱ俺の大親友だぜッ!」

「マリちゃん、アキトがああ言ってんだから……こっちにおいで」

「ミ、ミサキ様ああっうわああんッ!」

「フォッフォッ、冥界の王をお前呼ばわりとは、お主、本当に恐れてないのじゃな」

「ふっ、右足はへし折れてて、あばらも全部砕けて、左手は凍傷。格好つかない奴だ」


「その選択で良いのだな、汝らは後悔しないのだな?」


 俺、ミサキ、ヒロキ、マリ、俺達は声を揃えた。

「後悔なんてしないッ!」

「フフ……久しぶりだ、汝らの様な活き活きとした面持ちを見たのは。良いだろう、汝の選択、しかと聞き届けた。だが一つ条件がある」

「なんでも言えよ。もうこちとら怖いもんなんて無いもんでな」

「聖剣の力だけは返してもらう。勿論聖剣と契約の誓いをした力も」

「持っていけ、むしろ聖剣なんてもう御免だね」

「ファッファ、ついでじゃ、わしからも誓いの力を持ってゆくがよい」

「ユリアはどうなる?」

「汝の回答も訊こう」

「ハクヤ様……」

「ふっ……そうだな」

 ハクヤはユリアへ向けて手を伸ばす。

「お前は渡さない。それとも、家族なくした上にお前までなくせと言うのか?」

「ハクヤ様ッ!」


「汝らに問う 何故その答えに行き着いた」


 俺はミサキに視線を送り、順番に全員の顔を見て、思わず笑顔になった。

「じゃあ……皆で答えてみっか」

「そうだねっ! はいっ! せーのッ!」


『人間だからッ!』


「……門をくぐるが良い。汝らの帰るべき場所に通じている」

「おい、この右足折れてるバカを持ち上げて帰るぞ」

「おけい、おけいって、お前が仕切るなよっ!」


 俺達は恐れずに答えを弾き出した。そして門をくぐった先は――

「青い空っ! ってここ俺らの学校じゃねえかっ!」

「さて、このバカ者二人の治療をせねばな、特にこっちの頑固者」

「いってぇっ! このクソジジイ……医者だったのか……足折れてるバカよりはマシだ」

「そう言うとこが頑固者って言うのですねえ」

「ほれ、覚悟をせえよ、入院は確実なのじゃ」



 一週間後――


「野原アキトさん、点滴の時間……って、また居ないんですけどおっ! 木崎先生っ!」


 俺達はきっと、大人になってからこの想い出を思い返すだろう。


 その時は多分社会の厳しさや色々な事情で躓いた頃だと思う。そんな時の為に……俺達はいつだって後悔の無い選択を選び続けるだろう。

 きっとそれが――人間の強さだから。

しかし……未だ俺達の青春は終わらなかったんだ。むしろこれが始まりだった。


 ◇あとがき◇


 kindle版を発刊して、カクヨムでも第一冊目である節目を終えられた事を光栄に思います。こう読み返してみると若さが目立つ作品だなあっと痛感しますが、それはそれで持ち味の一つなんだろうかw 書き始めた当時は自分も若く、妻と結婚してから校閲を妻が担当し、書き上げた作品でした。東条ハクヤが悪人側だったのに実は熱い奴で悲しい出来事を乗り越えていくって言う設定が好きで、悪者=最後に倒されるって定義の一つを覆している……のか? いやあ死に神は悪者=最後に倒されるってパターンにはまっているから東条ハクヤを最初どんな印象で読んでいたかによって変わるかも知れないですね。現代ファンタジーが一番好きな執筆作品なだけに愛情はありますが、どうですかね、皆さんの好きなキャラはいましたか? もし誰か一人でも心に残るキャラがいてくれたら作者冥利につきますね。でわ、ご愛読ありがとう御座いました。もしこの巻から読み始めたって方も是非第一巻から読んでみて下さいね。


 皆さんの応援と読んでくれている方に感謝です。ありがとう御座います。次はkindle版二冊目になる『天然聖剣と冥界の王・嘘つき姫と涙の理由』でお会いしましょう。°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°


審判を招く者たち編 完

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