第十巻 嘘つき姫と涙の理由編②


 第二章 ヒロキの想い


俺達は名花市のショッピングモールで肝試しをする為に、モールの閉店する時間までアウトドア用品売り場のテントの中で息を潜めていた。

 そしてモールが閉店した夜間のウンタンシネマに現れると言う殺人鬼の話をヒロキから訊き、俺達は肝試しを開始する。

 中々マリへの告白がうまくいかないヒロキに対して俺とミサキでマリとヒロキを尾行する、が。ウンタンシネマに潜んで居たのは異形の怪物だった。戦う力の無い中、俺は怪物との対話を試みる、だがその最中で何者かによって怪物は死を迎えた……その何者かは鬼面を被り硝煙臭いその場で名乗りを上げた。


「……私はペルセポネ」

「ペルセポネ?」

 日本人の名前では無いだろうけど、先の怪物を容易く仕留める辺り、尋常じゃない奴なのは確かだと思った。黒髪は肩まで伸び、白い羽衣を着るペルセポネと名乗った女は続けた。

「今の異形成る者は、私を殺そうとしている者によって放たれた冥界の『タルタロス』の一員、屑星と呼んでいる者です」

 敵意は無いみたいだな。俺は右手で木刀の先端を着き、その場に胡坐を掻いた。又、冥界か。

「おい、アキト大丈夫だったか!」

 ヒロキとミサキが俺の傍まで駆け寄り、声を掛けてくれた。

「ペルセポネって言ったか、何だってそんな気持ち悪い仮面被ってんだ」

「此方に来る手前で『オルペウス』の手によって深い火傷を負ったのです」

 そのオルペウスの名を聞き、ユリアが話を紡ぐ。

「貴方様が冥界の女王ペルセポネ様ですか。そして死んだとされる大切な方を取り戻す為にハデス様の元を訪れたのがオルペウスですね」

 俺、ミサキ、ヒロキ、東条は話についていけずに居た。女王? オルペウス? タルタロスの一員? なんのこった。

「はわわ、ペルセポネ様ですか!」

ユリアは兎も角、あのマリですら知ってるって事は本当に冥界の偉い女王なんだろうな。

「いいのですよ、気軽にペルとでもお呼びください。冥界で呼ばれ慣れた響きですから」

「その冥界の屑星が言ってたんだけど、あの世界って何だよ? てか、あれあんたが殺しても良かったのか」

「タルタロスに堕ちた以上、この人間界に居座らす訳にはいきませんから。それとあの世界……奴、オルペウスの創り出した別次元冥界とでも呼びましょうか、あそこでは奴の力こそが全て」

 ゆっくりと話してる場合でも無さそうだ。先程の銃声も本物だったらしく、警備員達が四階にまで巡回を開始しようとしていた。

「さて、どうやって逃げる?」

 なにに置いても、冷静な東条。

「貴方達に聖剣の力を戻しましょう。闘争を戦い抜いた者達ならば、この場も容易く脱出出来る事でしょう」

「そんな事して大丈夫なのか?」

「ええ……貴方達なら、きっと……全てを知る事が出来たのなら、いずれまた会いましょう。私を狙うオルペウスの気配も近づいています、気を付けて下さいね」

 それだけ言い残すとペルは黒い霧の中へと姿を消した。まさかとは思ったが誓いの力も戻っているのか? 兎に角、今は逃げる事が先決だな。


「よっ、と」

 本当に誓いの力も戻っていた。ヒロキとミサキを抱えて四階の立体駐車場からとなりのビルまで聖剣化したマリと軽くジャンプ出来た。

「凄いですねえ、聖剣闘争も無いのに聖剣の力が出せるって!」

 イコール、平和じゃなくなったとも言えるがな。どちらにせよ、決していい出会いとは言えないだろうな。……あの世界とは、モールに入る前に見た、あの灰色に染まった世界の事なのだろうか。今は深く考えない様にしとくか。

「取り合えず、之で解散するか。もう肝試しは懲り懲りだしな」

「俺にもアキト達みたいにもっと……もっと力があれば」

「ヒロキ?」


 ――今はヒロキを連れて逃げろ! こいつは引き受ける

 

 思い詰めた面持ちで、夜空を見上げるヒロキの両拳に力がこもっていく。

「アキトはかっこいいよな……それに比べて俺、弱過ぎだろ、ちきしょう。マリちゃんに好いてもらう事ばかり考えてるくせに、さっきも助けるどころかビビってさ……」

 ヒロキなりに悔しい思いがあるって事か。

「どうした低能」

「うるせぇっ! 聖剣の力があるお前等に解ってたまるか。俺が言い出したんだ、俺が肝試しをしようって! 俺が……っ! なのにアキトやマリちゃんを危険に晒して、ビビってマリちゃんを守る事も出来なくてよ……戦う力が無いだけで俺はみっともねぇ負け犬なんだよっ!」


 ――いやいや、はい? じゃなくてっ! 俺達でウンタンシネマの怪を紐解いてやろうじゃないのよ! 怖いか、怖いよな、怖いんだよな? ――


「分かるのか? 本当に怖がってんの俺だけじゃねーかっ! 力も無いのに、マリちゃんを守れる訳ねーんだよ」

 俺達は黙ってヒロキの言葉を訊いていた。夏だと言うのに冷えた屋上のコンクリに立つ俺達は其々、顔を見やる。

「あの……ヒロキ様。私はバカなので何て言ったらいいのかよく解らないのですう……」

 マリの言葉にヒロキは首を左右に振る。

「悪い、俺らしくないよな。ちょっくら頭冷やしてから帰るわ、お前等は先に帰れよ」

 確かに、マリの言う様に何て言葉を掛けてやればいいのか解らない。

「アキト、いいの?」

 ミサキの言葉に小さく首を横に振り、俺達はその場を後にした。


 あいつ……思い詰めてたな。自分に力が無いから守れない、か。どうなんだろうか。力が無くても人の支えにもなれると思うんだが。でも、それは俺に力があるから言える台詞なのか? ヒロキからしたら、俺や東条の様に聖剣と誓いの力があるだけで十分羨むべき事なのかも知れない。

「眠れないの?」

 俺の横で転がっていたミサキが声を掛けた。

「まあ……なんつーか、ヒロキらしくないって思ってね。力だなんだって事で悩むなんてさ」

「うん。でもね、マリちゃんの事が本気で好きなんだと思うな。じゃなきゃあんなに悔しがらなかったと思う」

「確かに、ね」

「それに、私がヒロキ君の立場だったら、私だって悔しい、力があればって思うかも」

「そう言うもんなのか?」

「だから『本気で好き』なんだろうね」

 俺は溜め息を零した。

「明日、ヒロキのやつ来るかな。此処に」

「来てくれるって信じよ?」

「うるさいのが来ないと朝って感じしないしな」

「うんうん、アキトも考え込む事はやめて、ゆっくり休んで」

「ああ、おやすみ」


 翌朝、起床すると大概うるさい部屋が静まりかえっていた。マリもミサキもコーヒー片手に黙り込んでいる。

「あ、おはよ」

「アキト様、おはよう御座いますう」

「ヒロキは……来てないか」

「うん、何度かLINE送ったり電話もしてるんだけどね」

 ミサキがスマホの画面を見せてくる。LINEは既読がついていない。なにやってんだあいつ。仕方ない、あいつの自宅に直接電話掛けてみるか。

 寝起きのコーヒーを淹れてくれているミサキを横目に電話をした。

「あ、野原アキトです。ヒロキ君は――……そうですか、いえ、なんでもないんで大丈夫です。失礼します」

 ミサキが不安そうに此方を見つめてくるが俺は「帰ってないらしい」と答えて、勉強机の椅子に腰を下ろす。暫くの沈黙の後に玄関を開ける音がした。やっと来たのか。

「ん? なんだ揃いも揃って馬鹿面しやがって」

「ハクヤ様、空気読めてない登場だったみたいです」

 東条とユリアだったか。マジで空気読めてないな。いや別に来るのは勝手な訳だけど。いや勝手じゃないだろ、たまり場かうちは。

「ふん、あの低能は居ないのか。まあ、あいつがどれだけ力を欲した所で聖剣闘争の無い今となっては、土台無理な話だがな」

「そんな言い方しなくてもいいのに」

「野原の嫁。俺もアイスコーヒーだ」

「はいはい」

 やっぱヒロキはムードメーカーなんだなと痛感する。居るのと居ないのじゃ場の明るさが全然違うな。昨日の今日だ、うちに来ないのも無理は無いのかも知れないが、自宅にも帰ってないとなると話は別だ。探すしかないと思う訳で。

「ヒロキを探しに行くか」

 そう提案するとマリとミサキが強く頷く。

「賛成ですう!」

「やっぱてめぇは、あめぇな。放っておけばその内、来るだろう」

「俺は『その内』来るとかに期待してないんだよ。友達なんだ、力に成ってやりたいと思う事は普通だろ? 自宅にも帰ってないみたいなんだよ。心配だろ」

「はん、また綺麗事か。懲りねぇ奴だな」

「まぁまぁ、そうと決まれば早速行こうよ」

「私とアキト様は上空から探すですよお」

「まさか、俺とユリアにも捜索させるつもりか?」

 俺とミサキは顔を見合わせて「当たり前」っと答えてやった。額に右掌を添え、溜め息を吐くと、東条も腰を上げた。なんだかんだやっぱ皆ヒロキが心配なんだ。俺達はヒロキを探す事にした。



 断章 シャルロット現る 藤山ヒロキ編


俺の名前は知っての通り、藤山ヒロキ。アキトとは付き合い自体はまだ浅いけど、親友だ。あいつの聖剣、マリちゃんの事がバリ好きになってしまった青春うら若き少年だぜ。 まぁ、俺の場合アキトみたいにかっこよく戦う事も出来ないし、歩く七不思議みたいな芯の強い男でも無い。なにをやっても中途。ダサい男なんだよ。

「はあ、ダサいぜ俺……このままじゃただの痛い子だよなあ。さっきもアキトや歩く七不思議に八つ当たりみたいにしちゃったし」

 名花駅の近場の二十四時間営業のファーストフード店でジュースだけ注文して、窓側の席に腰を下ろし、外を走る車を横目で見つめながら、ストローを咥えていた。俺はスマホで時刻を確認する。もう朝方三時か、あー行き場の無いこの感情をどうせいと言うんだ。

「なんで俺じゃないんだろうかね、アキトに聖剣である、マリちゃんを握る資格があって……あーそういや夏休み前にマリちゃん、誓いの証しとしてアキトとキスまでしてんだよなあ」

 駄目だ、考えれば考える程ネガティブになるぜ。冥界の女王だって俺の事なんて見てもいなかったしよ。まさにアウトオブ眼中。

 ジュースを飲み干し、俺は店を出た。何処に行こうかな。なんか家にも帰りたくないのよな。適当に歩こうかな。俺はメンタルも弱過ぎな。もうピュアな硝子のハートはボロボロよ。

 裏路地に入り、暗く細い道を歩いていると古い神社に辿り着いた。おんぼろな鳥居を潜って、狭くこぢんまりとした場所に出た。幽霊とか居ないよな? マジこえーよ……。なんで一人肝試ししてんだろ俺。

「お兄ちゃん、なにしてるのだ?」

「え!」

 背後から突然幼女の声が聞こえた。マジかあ、ついに幽霊に憑りつかれるのかあ。俺は振り返り、幼女と思わしき人に顔を向ける。

「えっと、散歩ちゅーか、心の傷を癒やす旅に出てる感じか? 傷心旅行的な? ハハ……まあ、全部俺が悪いんだけどよ」

 その人物は白いニット帽を被り、和服の上着に和服のミニスカートを着る。和服は赤を基調に彩も鮮やかだ。身長は低く、それをカバーするかの様に厚底のシューズを履いている。えっ、なにこれ、幽霊のクセに可愛いじゃないっすか。

「可哀そう、心に傷を負う程の苦しみがあるんだね、お兄ちゃん」

 低いトーンで話す。

「まあ、全部自分の責任なんだろうなーって思うけど、どうにもやるせなくてさ。ホリホリーあるだろ? 人には自分がどうしょうもなく情けないなって思ってしまう意外な一面! 的なもんがさ。そーいう意外な一面ちゅーのが乙女の心に刺さったりするわけよお」

「ふーん」

 うっわ、めっちゃ興味無さそうだな。

「姫の名前はシャルロット。お兄ちゃんは?」

自分で自分の事を姫と呼ぶのね。

「お、俺は藤山ヒロキだけど……君、日本人じゃないの?」

「ニホンジン? 姫はそもそもこの世の者では無いのだ」

 やっぱりかああ、幽霊じゃねーか! 逃げよう、それが一番賢い筈だって! 苦笑いを浮かべて俺はダッシュしようと右足を踏み出す、するとシャルロットと名乗った幼女が、俺の右足に自分の左足で足払いをしてくる。

「うわっ」

「逃げないでよ。別に怖くないのだよ?」

 即座に俺は返事する。

「いや、怖いって! こんな時間に、こんな神社で、しかも日本人でも無い所かこの世の者じゃないって! 幽霊しか居ないでしょ!」

「うるさいなあ……フリーズソードと知り合いだと思って話掛けたのに」

 へっ?

「マリちゃんの事、知ってるのか?」

 シャルロットは淡々と答える。

「知ってるもなにも、姫も聖剣なのだ」

 なん、なんだってっ! マジかよ……聖剣って、マリちゃんや幽霊女と同じ、つまり冥界の住人って事か。

「それで、ヒロキはどんな傷を負ったのだ? 場合によっては助けてあげられるのだ」

「助け……?」

 俺も疲れてたのかな、こんな突然現れた聖剣に悔しい思いとか疎外感とか、色々と話してしまった。どんだけマリつぁんの事が好きなのか、とか。マリつぁんのスリーサイズをいつも推測してる、とか俺は話ながら自分で訳の分からない事を喋っているし、勝手に一人でダラダラと話続けてしまっている事に気づく。

「俺さあ……あいつの親友とか思ってたけど、本当はあいつ等は俺の事なんてどうでも良いって思ってるよな、うん、そうだ。でもなあ、俺ってホラ、根っからのバカだからよ、何でも信じて縋りたくなるんだよ」

神社の石段に座って、情けない自分と向き合った。

「フリーズソードに其処まで入れ込む? 変わった人種なのだ。所詮は聖剣と人の子、結ばれるなんて事無いのだよ? 諦めも肝心なのだ」

「ハ、ハハ……だよなあ。まあ俺はこんな感じだしね、シャルロットはなんだって、冥界から日本に降りてきたんだ?」

 シャルロットが俺の横に座り、顔を下げる。

「姫はフリーズソードの元に行かなければいけないのだ。そして――」

 俺は唾を飲み込む。

「殺さなければならないのだ」

「ちょっ! なんで! 聖剣同士なのに、それじゃまるで聖剣闘争じゃんよ!」

 蒼い眸で俺を見るシャルロット。

「姫は聖剣闘争に参加したかったのだ、現冥王の剣として名誉ある者になりたかったのに、聖剣闘争を制したフリーズソードは冥王の元に帰らず、人間界に残って暮らしてるって訊いたのだ……許せないのだ」

「だからってなにも殺すなんて事しなくてもいいんじゃないのか、俺はマリちゃんの事が好きで、あの冥界からの選択の時、アキトに激を飛ばした訳で……」

「ヒロキには責任取ってほしいのだ」

 なんでワタクシですのお!?

「せ、責任って……?」

「姫と聖剣の誓いをして、聖剣を、姫を握ってほしいのだ。そしてフリーズソードより優れた聖剣であると証明してほしいのだ」

 マジですかー……あれ、でもそれって。

「力が欲しいのだろ? 姫も活躍したいのだ」

 力……でもそれはマリちゃんを殺す為に、だよな。俺にはそんな事出来る訳が――

「ほれ、この誓いの指輪に口づけをするのだ」

 突き出された左薬指にはめられてる赤い宝石が装飾された指輪。之に口づけ? でもそれをしたら俺はマリちゃんを裏切る事になるんだよな。

「ええい、煮え切らない男なのだ。ほれほれお前も聖剣が持てるのだ、本望であるのだ」

 ズイっと指を近づけてきて、俺は抵抗する間も無く指輪に口づけをしてしまった。

「ほへ……どぅぅえええッ! ちょっとタンマ! マジで今の無しっ!」

 まさかでしょ、之で俺はマリちゃんを殺すとか言ってる聖剣の持ち主に成っちまったって事っすか!

「そうなのだよ。元々拾われる事の無い人種である奴を持ち主として、力が欲しいと望む者に手を貸す、コレが姫の誠実なる思いなのだ」

 そうか、心の声が聞こえるんだったな、聖剣は。

「ふふ……。楽しいのだ、これは盛大に楽しくなりそうなのだ」

「えっ……」

 な、んだ、意識が、飛びそう……だ。


第十巻 完 第十一巻へ続く。

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