第十一巻 嘘つき姫と涙の理由編③

 第三章 消失と捜索


 ヒロキの奴、自宅にも帰らないで何処に行ってんだ。俺とマリは上空から名花市内を探していた。両手に持つフリーズソードから冷気が噴射して浮力となっている。

 まさかヒロキにとってそんなに思い詰める程の想いだと思わなかったな。力が欲しい、か。あいつは気づいてないのかも知れない。力なんて無くたって、俺達にとってはあいつのバカな言動が明るさを齎している事を。

「アキト様、不思議な感覚がするですよお」

「不思議な感覚?」

「はい、なんと言うかユリアとは違う聖剣の気配みたいな? 感じですう」

 マリとユリア以外の聖剣? まさか、死に神の聖剣シャンティアじゃねぇだろうな。あんなのが又復活したらとんでもねえ事になるからな。

「シャンティアとは違う気配ですねえ」

「行ってみるか?」

「はあい、あれ?」

「今度はどうした?」

「いえ、今度は気配が消えたのでちょっとびっくりですう」

 俺達の気配を察知して気配を消したのか? それにしても、マリとユリア、そしてシャンティア以外にも聖剣っているんだな。その事に少し驚いた。

「沢山いますよお」

 なるほど、にしてもヒロキ何処だよ。建物の中に居るのか? 地上を捜索してるミサキと東条達に連絡してみるか。

 俺は背の高いビルの上に着地し、スマホで連絡を取る。三者通話にして全員に確認をする。

「あの低能、何処にもいねえな」

「私もバスで名花駅まで来たけど、見当たらないよ」

「それより気になる事が有りました。私達以外の聖剣の気配です」

「それならマリも感じたらしいけど、こっちの気配を察知したのか、その聖剣の気配も消えたらしいな」

 少し怪訝な面持ちをしていそうな声でユリアが話す。

「おかしいですね。聖剣闘争も終わって、もう冥界から聖剣が降りて来る事は無いと思っていたので……まだペルセポネ様とオルペウスも人間界に居るとしたらなにか有るのかも知れませんが。それに――」

「それに?」

「あの場を逃がす為とは言え、聖剣の力を私達に戻したのは、なにか理由がある様な気がしてしまうのです……」

 ペルがなにを考えて俺達に力を戻し、タルタロスに堕ちたという屑星の奴等を殺しているのか……そしてオルペウスが創り出したと言う別次元冥界、そこに多分俺は一度でも入り込んだんだよな。それだけじゃない、オルペウスは何故ペルを殺そうとしているんだ? 謎ばかりだな。

 今はまずヒロキの捜索だな。ここまで見つからないとなると、名花市に居ないのだろうか。いや、あのヒロキが電車の運賃を払うとは思えないな。それは間違いないだろう。

「ん……なん……」

「ん? どうした東条」

 ノイズが入る通話。

「くっ……ユリ……」

「駄目で……」

「どうしたの? 東条君の通話だけノイズが酷いよ?」

 そして突如、東条との通話が切れた。嫌な予感だけしかしない。東条達になにかが起きた、だがなにが起きたのか解らない。少なくとも東条は聖剣の力を使えるのだ。其処等の誰かになにかされたぐらいじゃこんな事にはならない筈だ。

「なにが起きたんだ……? 電波が悪かったのか」

「そんな感じじゃなかったよ! 東条君とユリアちゃん、誰かに襲われた?」

「まさかだろ、あいつだって聖剣を使える様になってるのに……」

「ペルさんの言ってたオルペウスの仕業……?」

「荒唐無稽だろ? 俺達にはなんの接点も無い筈だし」

「もう! なんでも否定するんだから。可能性の話だから、一つずつ考えてみないとね!」

 ミサキは若干? 怒ってる様に感じ取れる。

「そ、そうだな。二つの可能性を考えるとオルペウスに東条とユリアは襲われたって事になるけど」

「難しいお話ですう、ユリアならなにか解るのかも知れないですねえ」

 そのユリアと連絡が取れなくなってんだ。俺は何度も東条の携帯に発信しているが、まったく繋がらない。

「アキト、どうしよう……」

「仕方ないとりあえず、うちに帰るか。何者かに東条達が襲われたとしたら俺達も危険が迫ってる可能性があるしな」

「うん、そうしようか、じゃあ、このままバスに乗って帰るね」

「ああ。気を付けてな」

「アキトって心配性?」

「そうか?」

「そう思うな! なにか起きてもきっと解決してくれるだろうし、守ってくれそうで頼りになるよ! じゃあ、また後でね」

 通話を切り、俺は一息つく。此処まで成長出来たのは聖剣闘争でマリが死にかけたからだろうか。あの時は本当に自分が情けなかったから……もう二度とあんな思いはしたくないんだ。

「何度か東条の携帯に掛けてみるとするか。帰るぞ、マリ」

「はあい」

 ビルの屋上から飛び出し、真っ青な空を飛びながら東条に電話を掛けてみるが、何度掛けても直ぐに留守電に繋がってしまう。伝言メッセージを残すが、果たしてどうなんだ。

「ヒロキに続いて東条とユリアか。ったく、なにが起きてんだ」

「私達は大丈夫でしょうかあ?」

「解らん。けど若しも、オルペウスって奴が一連の事を行っているならこのままじゃ済ませない」

「私も頑張るですよお!」


 ベランダに着地し、自宅へと戻る俺とマリだが、暫く待ってもミサキが帰って来ない。LINEも未読のままだ、珍しいと言うか、こんな事は初めてだ。愛情が冷めた事への心配より、東条とユリアの様に消えた……なんて事を心配してしまう。

「お邪魔しますのだ」

「は?」

 テーブルに顔を突っ伏していたが、その顔を上げると、キッチンに見知らぬ幼女が突っ立って居た。どちら様だ? いや待てなにかおかしい、見える景色が灰色だ。俺は慌ててマリを呼ぶが、マリの姿が無い。

「マリ? おいマリ!」

 クスリと笑う幼女は不気味なオーラを纏って話をしてきた。

「二人きりで話したかったのだ」

「この世界は……? まさかと思うが別次元冥界ってやつか?」

「違うのだ、それはオルペウスが創り出した世界なのだ。姫の名はシャルロット」

「えーっと、すまんが姫って?」

「姫は姫なのだ、シャルロットが姫なのだ。とどのつまり、ペルセポネと冥王の間に生まれた一人娘なのだ」

「……で、その姫が俺になんの用だよ。まさか執事にしてやるから紅茶淹れろとか言い出さないだろうな?」

 訝し気な眸で俺はシャルロットを見つめるが、こいつは掌に乗せている蒼い鳥の亡骸を此方へと差し出してくる。

「な、なんだ?」

「情熱的な出会いに祝福をなのだ。姫は真実を語りに来たのだ」

「真実? どう言う事だ」

「お前の仲間は全員……亡骸になったのだ」

「なにを言ってる……? そんなん冗談じゃ済まないぞ」

「ん? 解り易く言ったつもりだったけど、全員死んだと言う意味なのだ」

「全員ってどう言う事だよ! ミサキは? ヒロキは、東条はユリアは!」

「それ、全員死んでるのだ。オルペウスの手によって」

 俺は気が動転した。皆が死んだ? ふざけるな、そんなの誰が信じられるっつーんだよ。

「………………オルペウスってやつは何者なんだ」

「冥界での落ち武者とでも言えるのかな。愛する家族を、冥界にへ来てまで連れ戻そうとしたけど失敗。それでタルタロスに堕ちたって訊いてたけど、オルペウスは確実にこの人間界に居る筈なのだ」

「そんな奴がなんで俺の恋人や友達を狙ったんだよ!」

「これは姫の憶測だけどー……妬ましいと思ったとかなのだよ。オルペウスは仲の良い恋人や友好関係を妬むのだ、そして――」

 少し間を開けてからシャルロットが続けた。

「全員を引き裂こうとするのだ。その衝動故に殺害に至る傾向がある、っと。そんな感じなのだよ」

「それを知ってるお前は何者だ」

「さっきから言っているのだ、冥王の王の一人娘シャルロット様なのだ。姫はオルペウスを捕らえ、母上であるペルセポネを冥界へと連れ帰る義務があるのだ」

「なら教えてくれ。ペルはなんの為に人間界に来たんだ?」

 質問だらけ過ぎたか。シャルロットは頬を膨らませて溜め息交じりな返事をしてくる。

「母上はオルペウスがタルタロスから放った屑星達の収拾にあたっているのだ」

「タルタロスってなんだよ」

 俺の質問攻めにシャルロットがどんどん不機嫌になっていく。

「奈落イコール、タルタロスなーのーだ。で、仲間全員を殺された気分はどうなのだ?」

「信じてねーからな。あいつらが殺される訳無い」

 呆れた面持ちで両手を肩まで上げて首を左右に振る。

「何処からそんな自信が出るのだ? 相手はタルタロスに堕ちた中でも極悪人のオルペウスなのだぞ?」

「相手がどんな奴だって俺の知った事じゃない。皆は絶対に生きているって信じてるし、何処かに連れていかれたんだとしたら、俺とマリで連れ戻すだけの話だ」

 拍手をしながら、テーブル前に立つ俺に賞賛を与えてくるシャルロットは、キッチンカウンターに腰を下ろし、片目を瞑ると長いブロンズ色の髪を片手で撫で上げる。

「へぇ……言う事はかっこいいじゃん。手掛かりも無いのに、どうやって亡骸を探すのだ? まあ、姫も忙しい身なのだ。ここいらで――」

「あ、おい待て!」

 シャルロットは舌を出す。

「ばいばーい」

 途端、風景が元に戻り色を取り戻した。

「……様……キト様?」

「あれ」

「アキト様? 大丈夫ですかあ?」

「あ、ああ……なあ、ペルと冥界の王の間に一人娘が居るって話は聞いた事あるか?」

「あるですよお! ハデスの名を継ぐ者として聖剣闘争を開催した王の元にペルセポネ様と一人娘が居るって噂を冥界で耳にしたのですう! きっと凄い人なんでしょうねえ、私なんかと大違いだと思う訳ですよお!」

 珍しく暑苦しく語りますね。まあいいんですけど……って事はガチでシャルロットの言ってる事は信憑性があるって事か。

「その娘の名前は知ってるか?」

「名前までは知らないですよお、ハデス様もペルセポネ様も大変大事にしていらっしゃったので」

 名前までは解らない、か。なんにせよ、ミサキとも連絡が取れなくなったのは間違い無い訳で……。

 シャルロットの言う通りで此方はなんの手掛かりも無い状態だ。こんな状況から、オルペウスを追うのは、どうなんだ? ペルに会って確認したいけど、ペルも何処に居るのやらだ。どうする……このまま自宅で待って居ても解決はしないだろう。けどミサキのスマホが充電切れしたってオチも一応は考えられる、もう少し自宅待機するか。

「偶には俺がアイスコーヒー淹れてやるよ」

「わあ、本当ですかあ! 嬉しいですう!」

 俺はグラスにアイスコーヒーを淹れ、どうせ沢山使うであろう角砂糖を一緒にマリの前へ置いてやったが、今にして思うと何故アイスコーヒーに角砂糖なんだ? 溶けるもんなのかね。仮に溶けなかったら底は砂糖の塊だろうに。

 マリはアイスコーヒーを飲み終えると結っていたツインテールを解き、ポニーテールにしようと悪戦苦闘している。大体マリの髪型はミサキが弄って整えていたから大変そうだな。

 夕暮れの空をベランダから眺め、俺は現状の把握、整理をしていた。先ずハデスの奥さんでもあるペルは奈落、つまりタルタロスからオルペウスの手によって人間界に訪れた屑星を殺す為に人間界を訪れている事。そしてその屑星、ウンタンシネマで出会った怪物は俺に「あの世界を見たのか」と拙い言葉で伝えようとしていた事。更にその世界と思わしき世界はオルペウスが創り出す別次元冥界と呼ばれているらしい。

 そして、ハデスとペルの間に居ると云われる一人娘、名前はシャルロット、こいつはオルペウスを捕らえ、ペルを冥界に連れ戻す役割をしていると言っていた。

 最後にオルペウス……こいつは仲の良い恋人や仲間が目障りらしく、そう言う奴等を引き裂いて殺してしまいたい程に憎いらしい、別次元冥界なんて物を創り出す辺りかなりヤバイ奴……って所か。いや、それだけじゃない。俺は一度名花駅前で、奴の創り出したと思われるその、別次元冥界へと入り込んでいる。其処で見聞きした事は、誰かが助けてと乞う声と男の声、それに銃声、そして……塔の中腹に張り付けられた俺の仲間達。

「………………」

 俺の胸が騒めく、なんだこの嫌な予感は、まさかとは思うが「予知」だったのか? あの光景はこれから起こる事が断片的に見えてしまっていた? そんな事があり得るのか。それにしてもおかしいだろ、あの塔にはヒロキとマリの姿は無かった筈だ。

「なんでヒロキとマリだけが……」


 ――うるせぇっ! 聖剣の力があるお前等に解ってたまるか。俺が言い出したんだ、俺が肝試しをしようって! なのに危険に晒して、ビビってマリちゃんを守る事も出来なくてよ……――


「なにか……関係があるのか?」

 俺の額髪を夏風が遊ぶ。自分の頬を両手で叩き、俺がしっかりしなくてはならないんだと自覚を促した。俺は今一度皆のスマホへと連絡を取る。ヒロキの実家にも掛けたが帰っては居なかった。

「マリ、行くぞ」

 俺は意を決して、皆を探す事を決めた。まさか、本当に殺されてなんかないよな。未だにファーストコンタクトの取れていないオルペウス……俺の周りで又も冥界絡みの事件が起きたと判断出来る。皆が殺された? 俺は未だミサキのニーソ姿を脳裏に刻んでないんだぞ。っと失礼、そんな簡単に東条が殺される訳ないだろ、殺しても死にそうに無い奴ナンバーワンだぞ。だけど力を持たないヒロキはどうだろう……それにミサキも。俺は最後まで望みは捨てないぞ。



第十一巻 完 第十二巻へ続く。

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