第二巻 審判を招く者たち編②

 第二章 命の価値が戦争を生むとしたら 


 聖剣闘争。冥界の新たなる王が持つに相応しい聖剣を決めるべく、人間界で聖剣達を戦わせて優劣を決める。バカらしい、そう思っていた。

 あの東条ハクヤと聖剣ユリアに出会うまでは。俺達はジャズの流れるオープンカフェでテラスの白い椅子に座っていた。もう大分日も暮れてきた。俺と天然聖剣は取りあえず分かる範囲でヒロキとミサキさんに現状を説明した。冥界について、聖剣闘争について、二人はただ黙って聞いてくれた。

「はわあ、これがケーキですかあ? フワフワしますう」

「あはん、その反応と表現、マリちゃんは可愛いなあ」

「アキト君も食べなよ? (うう、頑張れ私、せめて暗い話題は避けて……)」

「あ、おう。そういや、ここ初めて来たけどコーヒー美味いね」

「おっ、アキトはブラック派か、俺はダメダメだな、砂糖無いと無理」

「コーヒーってコレは飲み物なんですかあ?」

 ってお前、角砂糖で既にコーヒーの原型を留めてねえだろ、入れ過ぎ。角砂糖の山だ。

「さ、流石にそんな砂糖を入れたらコーヒーとは呼べないな」

「ていうかさ、明後日からもう夏休みなんだね、やっぱマリちゃんにも宿題が出るよね」

 宿題という単語は普通なら嫌気がさすが、天然聖剣は目からキラキラと星を出す。

「おっ、出ました恒例の宿題、っときたら……勉強会!」

「シュクダイにベンキョウカイ、ケーキとコーヒー、私それやりたいですう!」

「でもさでもさ、やっぱ一番は海っ! だろ? なあ? ねえ? アキト?」

 海、水着、ミサキさんの? 真夏の浜辺、太陽より輝く水着だと!

「あ、あの……アキト君、また鼻血出て……」

 ハッ、夏の定番妄想に思考回路がやばくなってたぜ。あ、夏休みって事はミサキさんの制服姿が暫く見られねえ! ああ、でも私服姿を見られたりとかするのか? マジ? やべ、テンションが上がった。

「勉強会も海も全て網羅だっ! だろっヒロキさんっ!」

「あたぼうよっ! 湘南が俺達を呼んでるぜっ!」

「はあ(夏休みかあ……その前になんとかアキト君に……っ!)」

「ミサキ様? ナツヤスミ前になにかあるんですかあ?」

「え? (そかっ、マリちゃんは人の内心が読めるんだっけ!)」

「なにかってなんだ? お前、勝手に人の心の声を聞いてるんじゃねえだろうな?」

「なんでもない、なんでもないからっ、うん、全然なんでもないのっ」

「ん? ぬああっ! ちょっと待て、マリちゃんはどこで寝るんだよっ!」

 突然大声を上げ、白い木製のテーブルに両手を落とした。

「勿論、アキト様のお家ですよお」

 俺は飲んでいたコーヒーを吹いた。マジで言ってんのか。ヒロキとミサキさんの視線が怖いのだが、気のせいだろ。

「アキトちゃん……分かってるよな?」

「いやいや、だったら代わってくれよ」

「ダメですよお、アキト様はいつ襲われてもおかしくないのですからあ」

「いや……それ言うとマリちゃんがいつ襲われても……この変態に」

 ヒロキの言葉に俺はむせ返った。

「バ、バカかっ! こんな奴をだれが襲うかっ!」

「わ、私コーヒーおかわりしてくるね……ってあー門限やばいっ、ごめん先に帰るねっ」

 慌てた様子を見せスマホで時間を確認し、席を立つミサキさん。そんな慌てたら、ほら短いミニスカがっ、あーもっと風吹けよっくそっ、落ち着け俺。

「それじゃ、また明日ねっ」

「はあい、また明日ですう、ミサキ様」

 ミサキさんの後ろ姿が見えなくなると、ヒロキも席を立った。

「よし、名残惜しいけど、俺も帰るかな徒歩だし、それじゃあね、マリつぁんっ」

「はあい、また明日ですねえ、ヒロト様」

 席を立ち、そのまま流れる様に両手を地面に着けるヒロキ。

「ヒロキです……ヒロキです……」

 ヒロキも帰宅し、テラスの席には誰も居なくなった。結局映画も観られなくて残念だったな。

「でわ、アキト様、飛んで帰りましょう~」

「ああ、そうだな、って飛んで?」

「えい」

 そう言うと聖剣に姿を変え、地面に向けられる切っ先から冷気が噴出した。

「っておい! うわっ、待てって!」

 身体が空へ向かって一直線、少し待て、息が苦しいぞ。

「む、無理……っ!」

「えとお、座標はコレぐらいで、でわ、斜めに下りまあす」

 なんだこれっ! 某有名な遊園地でもこんな高さから、落ちるなんてねーだろっ! ありえねええええええ! 俺の住むマンションがすげえ速度で視界に入る。そして……ベランダから窓を叩き割って俺は床を転がりながら部屋の中に落ちた。

「わーい、上手く飛んでこれましたあ」

 こ、この野郎……部屋に散らばる窓硝子の破片が大惨事を物語る。俺は遥か上空から斜めの角度で自宅まで一気に飛んできたらしい。ありえねえ。

「いってぇ……お前な……っ」

「はあい?」

 はあ、まあいいか。結局、朝からこいつに振り回された訳だ。割れた窓へ視線を流す、もう星が見える時間なんだな。先ほど空中に飛ばされた時は泡食って空なんて見てらんなかったからな。

「割れた硝子は掃除しとけよ。あー後、俺はベランダで寝るから、お前はベッドで寝ろ」

「ほえ?」

「ベッドってのはこの木製の……」

「これですねえ、わーフッカフッカですねえ! アキト様も横に寝るんですね?」

「だ、だ……誰が寝るかあああ! はあ、もういいや、風呂は明日起きたら入ろう……お前もちゃんと布団かけて寝ろよ、おやすみ」


 しかし、今日は本当に色々とあったな。あいつ、ちゃんと寝ているのだろうな。聖剣ねえ……生きている? だよなあ……。あの白髪野郎のユリアって奴も生きてるんだよな。冥界の王もなにが楽しくて命ある奴らを戦わせているのだか……冥界には冥界なりの政治があるっつーのか? この世界で言う所の戦争じゃねえか。いやまあ、国が冥界に幾つもあるのかは知らねーけど。はあ、寝付けないな。

「アキト様」

「……寝ろよ」

「あの、私、頑張りますから。だから、あの」

「分かったから寝ろ」

「……はい」

 冥界の王の聖剣になる為……あんな戦いを、おかしい……よな。狂っている。でもその戦いを否定するのは、天然聖剣の存在も否定する、か。いやいや、そもそも俺の日常を崩壊させたあんな聖剣……はあ、分からねえな。あの白髪野郎も聖剣の為に戦う道を選んでんのか? どうだかな、それにまだ知らないもう一人の聖剣適合者、どんな奴なんだか。ベランダに仰向けになりながら、星を眺めていると不思議と落ち着いた。ミサキさんとヒロキは突拍子もないこんな話を黙って聞いていたな。だあ、やめやめ、考えていたってしゃーない、それにガラではない。寝よう。太股、パンチラ、太股、パンチラ、太股、パンチラ……。さあ、世の女子高生達よ、ニーソを履けっ! そして俺の妄想に拍車をかけろっ!


 …………。


 ってあれ。

「ふんふんふ~ん♪」

「朝、か?」

「あ、おはようごさいますう、アキト様っ!」

「あー……なんだ硝子ちゃんと掃除してんのか」

「えへへ」

 くそ、よく見ると制服がすげー汚れてら。あの白髪野郎との戦いのせいだ。

「シャワーを浴びてくる、あーったく、昨日干そうとしてた洗濯物、元々はお前のせいで干せなかったんだから、お前が干しとけよ」

「はあいっ!」

 ザッとシャワーを浴びて、洗面台に向かって歯を磨く。しかし普通に考えたら、高校生で女子と同居って風に見えるよな。まあ「普通」じゃないからこりゃ例外だろうな。

「ほら、食パンだけだけど食えよ」

「この赤いのはなんですかあ?」

「苺ジャムだろ、いいからとっとと食えよ、遅刻すんぞ」

 どこからどう見ても「人間」だよなあ、これで聖剣っつーんだから驚きだわ。今日も天気がいいな。まさに夏っ! って感じ。俺と平行して通学路を歩く天然聖剣。周りの男子学生から妬ましそうな視線が刺さる。本当さ、代われるもんなら代わってくれてもいいんだぜ。っと通学路の途中、コンビニの前に着いて気づいた、こいつの生活用品を買わないとだ。

 歯ブラシとシャンプーとボディソープ……最低限でもそれぐらいか。

「あっ、アキト君~マリちゃ~ん」

 肩が一瞬ビクついた。まさか十回目の……。

「おはよー、どうしたの? コンビニに用?」

 ミサキさあああん! 今日は赤黒のストライプニーソっ! グッジョブ! 黒のミニスカに良くお似合い……って。

「ああ! やべ、昨日借りたハンカチ……洗ってない……」

「え? あー別にいいって、気にしないで。それとちょっとした噂を思い出したの」

「噂?」

「東条君の事でね」

「東条、ああ、白髪野郎か」

 俺達は三人並んで歩道を歩く。これ結構通行の邪魔だろうな。

「で、噂っつても、歩く七不思議って位だから今更感もあるけどな」

「新聞にも載ったって位だから本当なんだと思うけど、東条君のご両親、殺人で亡くなったって話なんだ。噂だとちょっと不可解な現場だったって」

「不可解?」

「凶器はなにも無かったのに刃物でこう……ザックリとね、それが丁度入学式の日の夜だったみたいで、警察の調べではどこを探しても凶器は無くてお手上げ状態みたい」

「んで例の七不思議、か」

「うん、だから学校にも登校しないで夜な夜な凶器を持ってなんかしてるとか七不思議になっちゃったみたいだけど……考えてみたらさ、凶器って、その、聖剣だったんじゃないかなって思って」

「そういや白髪野郎『冥界の聖剣は血を啜る悪魔』だとか言ってたな」

「私達聖剣は人殺しの道具ではないですよお? 悪魔でもないですう」

 その言葉にミサキさんは慌てた様子を見せた。

「あ、いや、そう言う意味じゃなくて、別にマリちゃんがとかって意味じゃないよ?」

「あいつどこかネジ飛んでる部分あったし、気にしても仕方無いかもな」

「それに、聖剣って要は使い手次第だと私は思うから、アキト君なら大丈夫! ね?」

「はいっ! 私もアキト様を信じているのでえ」

 白髪野郎は自分の家族を手に掛けたのか?

「えーと、はい、もうこの話は無しって事で(今日こそアキト君に……)暗い話は無し!」

「考えてても仕方無いって、俺らは俺ら、他は他だろ」

「そうそうっ! (やっと距離が近くなったんだもんね、頑張れ私)あっ、もう学校かー」

「さてさて、今日は何枚のプリントが配られるのでしょうねえ、あー楽しみだわ」

「ふっ、やっと来たか、マリつぁーんっ! 超ラブリィィっ!」

 校門前で煉瓦作りの壁に背を預けていたヒロキが駆け足でこちらに向かって来た。

「お・ま・え・はっ」

 ヒロキの顔面に片手を口と鼻を塞ぐ様に添えて進路を妨害する。

「朝っから暑苦しいんだよ!」

「しゅうませえんでえす……ぷはっ離せって! 一瞬息が止まったわ!」

「死ねば良かったのにね」

「うわ、赤月ひでぇ、俺のピュアなハートが――」

「はいはい、行こ行こ」

「今日も楽しいガッコウですねえっ」

 今日は厄日ではない事を祈るばかりだな。なんか良い事ないかね。悪い事の後には良い事があるって言うし。うーん、こんな時は妄想だな。ギラギラの太陽、真夏の海、光り輝くミサキさんの水着姿。火照る身体が心まで熱くし、俺達はそのままオールナイトラヴ! ハァハァ、良いぞ夏、もっと来い、さあもっと来いよっ! パッション!


「よし、お前達、明日から青春の夏休みだ、絶対に異性交遊を楽しめっ!」

 だから、それが高校教師の言う台詞か。

「でわ、今日は解散だっ! 成績が悪くても青春を楽しんだ者勝ちだぞっ、覚えとけっ!」

 担任が白い歯を見せて笑いながら教室を出て行く。直ぐに騒がしくなる教室。すると席を一つ丸々とジャンプしてヒロキがこちらにダイブして来る。

「マリつぁーーんっゴフッ!」

 飛び込んで来る顔面に軽く蹴りを入れてやった。少しは目を覚ませバカが。

「な、何故、止める、ア、アキトよ」

「いや、なんとなく。しかし、お前が一人の女子に熱意を持つとは思わなかったぞ」

 元気に飛び上がってヒロキが親指を立てる。

「だろ! これが一目惚れって奴だぜ」

「ほえ~、ヒロキ様は熱血漢なんですねえ」

 今度はちゃんとした名前で呼ばれたか。

「マリちゃん、ついに俺の名をっ!」

 ついにって、昨日知り合ったばかりだろ。そんなくだらない会話をしていると、天然聖剣目当ての男子達が集まって来た。暑苦しい奴らだな。

「だあーてめえ達は引っ込んでろ、マリちゃんの事を理解して無い奴は寄るなっ!」

 つまりお前はこいつが聖剣だと認識した上で好意を持っている、と。でも、まあ、偏見は良くねえか。聖剣でもこいつはちゃんと生きているのだし。

「あっ、アキト君、ちょっといい?」

 はあいミサキさん! 貴方の言う事なら三回くるくると回ってワンでも言います。

「えと、ここじゃちょっとあれだから……着いて来てくれる?」

「お、おう」

 あ、あれ。なんかマジな面持ち? 賑わう廊下を歩き、俺はミサキさんの後ろを着いて行く。階段を上り、辿り着いたのは屋上だった。見事に人の子一人も居ないな。

 俺は屋上の扉を閉め、ミサキさんの背中を見つめた。

「聖剣闘争とかなんか色々とあるし、今のアキト君は大変だと思うのね」

「まあ、確かに」

「だから――これ以上は放っておけないの」

 ミサキさんは、こちらへと近づいてつま先を立てると、背伸びして俺にキスをした。

「えっ!」

 ぬえええええええっ! なにがどうなったっ!

「その……昨日の質問で直球が良いって言ってたから、だから……い、一度しか言わないよ? …………す、好きだよ、アキト君」

 せ、せ、せ、青春キターーーーーっ! 脳内に向日葵が咲きましたあああ!

「え? マジ? え、でもなんで俺?」

「アキト君って放っておけないんだよね。勿論、聖剣とか大変だと思うけど、それを一緒に背負いたいって思ったんだ。ちゃんと考えた結果だよ? 中途半端な気持ちじゃないんだよ……」

 その言葉は少し心に響くものがあった。ずっと届かない存在だと思ってたし、所詮は俺の妄想なのだと。しかし今、こんなにそばに感じられる。

「あ、ありがとな、素直に嬉しいよ」

「それに」

 ミサキさんは一歩後ろに下がり両手を背中で組んだ。

「一目惚れだからねっ! って言うのは嘘」

 おい、嘘かい。

「放っておくと鼻血で貧血起こして倒れちゃいそうだしね」

 確かに、もう血液の半分は鼻血で垂れ流しました。

「それに、やだよ……? 東条君にやられちゃ、それに後もう一人居るって言う聖剣の持ち主にやられても。聖剣闘争って命賭けなんでしょ、アキト君もマリちゃんも、絶対に死んだらダメなんだからねっ! 私に出来る事、なんでもするっ! 絶対に支えるから」

 誰も死ななければ良い。そう思った。あの白髪野郎も、もう一人の適合者も。

 しかしこれは「戦争」なのだとも思った。冥界からすれば優劣を決める政治事なのだろうけれど、優秀な聖剣=人殺しの剣、そんなの間違っている気がした。

「聖剣って生きてるんだよね、命がちゃんとあるんだよね。あんなに純粋なマリちゃんだって……剣とか、そんなのどうでも良いんだよ、ちゃんと皆に、平等に、命があるんだもん」

「命、か」

 ミサキさんは笑顔を見せてくれた。 もし命の価値が戦争を生むとしたら……どんな世界でも、冥界も、間違っている。命は争う為に与えられた物ではない、あの天然聖剣だって……。うっわ、やめやめ、今俺は絶好に幸せなのだから、こんな事は後だ後。


 二巻 完 第三巻へ続く。

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