第6話 来訪者
ヨネサン達が案内されたのは集会所に隣接している部屋だった。来客用の部屋とのことで、ベッドの数もちょうど四つあった。
一行は各々荷物を置いて、しばしのあいだ身体を休めることにした。
「いやぁ、まさか村長が泊めてくれるなんてなぁ」
ベッドの上で寝転がっていたライザールが伸びをしながら言った。
「小さな村ですからね。他に宿泊できるような施設がないのでしょう」
ヨネサンはベッドに腰掛けて足を揉みながら答えた。普段研究ばかりで身体を動かしていないツケか、歩き詰めで足が棒のようだった。
「そうじゃなくて。あの話の流れなら、村から出ていけー、くらいは言われると思うでしょ。ヨネサンがぬけぬけと泊まれるところを教えてくれ、って聞いた時は吹き出しそうになったよ」
「村長にはそうできない事情があるのですよ」
「事情?」
「西の山でトロールらしきモンスターを見たという話を村長がしていたでしょう。今この村はその脅威に怯えているのです。我々があっさり村長の家に案内されたのだって、領主から派遣された冒険者だと勘違いされたからですし」
「なにそれ! あたしたちを利用しようとしてるってこと?」
窓の外を眺めていたシェルファが振り返って声を荒らげた。
「そこまではわかりませんが、少なくとも我々が滞在している間は、なにかあった時に助けてもらえるかも、くらいには思っているでしょうね。村長個人としては出て行ってほしくても、村の安全を考えると無下に追い出すわけにもいかない、といったところでしょう」
「だったら俺たちがそのトロールどもを退治してやればいいんじゃね? そうすりゃ村から感謝されて、村長の態度も変わるかもしれないじゃん。なんだったら今から俺が行って始末してこようか?」
ライザールは起き上がると、不敵な笑みを浮かべながら手の平に拳を叩きつけた。
「それはダメです」ヨネサンはぴしゃりと言った。「カイルから自衛以外の戦闘行為はするなときつく言われています」
「けど、もしそのアリーシャって子がトロールのせいで村を離れられないんだとしたら、俺たちがなんとかしてあげないと仲間になってくれないんじゃない?」
「その可能性はもちろんありますが……それを確認する為にも、まずは直接本人に会う必要があるでしょう」
「それでトロールが原因だったらどうすんの?」
「仮にそうだったとしても、我々だけで戦う選択肢はありません。一度街に戻ってカイルの指示を仰ぎます」
「たかがトロール相手に? 大げさだって」
「トロールを侮ってはいけません。一体二体ならまだしも、群れともなれば我々だけで戦うのはリスクが大きすぎます」
「じゃあ、あたしたちが滞在してる間にトロールが攻めてきたらどうするの?」
シェルファの問いかけに、ヨネサンは思わず押し黙った。
それこそが考えうる最悪の状況だった。
とにかくこのパーティはお人好しが多いとヨネサンは常々思っている。先ほどのライザールの過激な発言も、その裏にあるのは困った人を放っておけないという正義感の発露なのだ。シェルファもリアムも同様だ。目の前で村が襲われて見て見ぬフリなどできるはずがない。
リーダーのカイルですら、採算度外視で辺境の村からの討伐依頼を受けてきたりする。名声が得られる、という打算があってのこととはいえ、その根底に義侠心があるのは間違いない。
才能があり、名声を得た人間は得てして傲慢になりがちだが、彼らにそういった兆候がないのは純粋に素晴らしいことではある。
ただ、だからといってただ働き同然で戦っていれば、たちまちパーティの財政が破綻してしまう。それ以前に、パーティは対大型モンスター戦に特化している為、多数の敵と戦うことを不得手としている。カイルがいれば前線でリアムのフォローに動いてくれるが、彼がいない状況での戦闘は可能な限り避けたかった。
「……なんにせよ、すべてはアリーシャさんに会ってからです。村長の話では畑仕事に出ているとのことなので、夕方になれば戻ってくるはずです」
「ぱぱーっと俺たちで片づけちゃえば早いのに……」
「ダメなものはダメです。とにかく、あなたは方は勝手についてきたんですから、くれぐれも軽はずみな行動は慎んでください」
「ちぇっ、わかったよ……」
ライザールはつまらなそうに再びベッドに倒れ込んだ。
「……ところで、先ほどからリアムの姿が見えないようですが?」
ヨネサンはシェルファに問いかけた。いつもリアムにべったりな彼女がひとりでいるのは珍しいことだった。
「オルンなら、ちょっと前に出て行ったわよ」
実に不機嫌そうな声が返ってくる。
「どこへ行ったのですか?」
「知らないわよ! 一緒にいくって言ったら邪魔だからついてくるなって」
「きっとあれだよ。女漁りに行ったんだよ」
ライザールがにやにやしながら言った。
「イスタリスじゃあるまいし、オルンがそんなことするはずないでしょ」
「いやぁわからないぜ? リアムさんだって男だからなぁ。こないだだって一緒に女の子のいる店に飲みに行ったし」
途端にシェルファが目を剥いた。
「なにそれ! あたしそんな話聞いてないんだけど!?」
「なんでいちいちお前に報告しなきゃいけないんだよ」
それはたしかに、とヨネサンは心の中で頷いた。
「どうせあんたかイスタリスが無理やりオルンを連れて行ったんでしょ?」
「そんなことないって。リアムさん、結構楽しんでたぞ。女の子に、わぁ凄い筋肉ーって腕をべたべた触られてたし」
「なんですって?」
「おいおい知らないのか? ああ見えてリアムさん、結構モテるんだぞ?」
「冗談はやめて。あのゴーレムみたいに無口で不愛想なオルンがモテるだなんてありえないわ」
シェルファは自信満々に言い切った。なにげに酷い発言だが、彼女の場合「オルンの真の魅力を理解している女はあたしだけで十分よ」と言いたいだけで、悪意があるわけではない。問題はその想いが肝心のリアムにまったく伝わっていないことなのだが。
「冗談じゃないって。な、ヨネサン?」
「私に同意を求めないでください」
「まさか、ヨネサンも一緒だったの?」
シェルファの白い目が容赦なくヨネサンに向けられる。
「ええ、まぁ……」
「信じらんない。不潔。変態」
「別に行きたくて行ったわけではありませんよ」
大事な話がある――そんな理由で呼び出されて、指定された店に行ったらイスタリスとライザールが女を侍らせて乱痴気騒ぎを起こしていたのだ。ふたりともかなり酔っていたので帰るに帰れず、最後まで付き合う羽目になった挙句、なぜか支払いを持たされたという、ヨネサンにとっては思い出したくもない話だった。本人に確認してはいないが、リアムも同じような手口で呼び出されたのは間違いないだろう。
ヨネサンはその辺りの事情をシェルファにかいつまんで説明した。
「ほら、やっぱりあんたとイスタリスが悪いんじゃない!」
「けど、リアムさんだって満更でもなさそうな顔してたんだって。な、ヨネサン?」
「だから私に同意を求めないでください」
実際のところ『レニゴールの絶対守護者のメンバー』という肩書のおかげで、それなりに異性にモテるというのは事実である。それは冴えない容姿だと自認しているヨネサンでさえも例外ではない。
ライザールの言うようにリアムがモテるというのも本当のことだ。ただし彼に限っては、お店の女の子にちやほやされるといった意味合いの話ではなかった。
ヨネサンにはリアムがどこへ行っているのか、おおよその見当がついていた。
彼のベッドの横には甲冑が置かれていない。つまり身に着けたままということだ。
おそらくリアムはトロールの話を聞いて村の周辺を見回りに行ったのだ。誰に頼まれたわけでもなく、当たり前のようにそういったことをする。そしていざ村が襲われれば、損得を抜きにして戦う。それがリアムという男なのだ。
たしかに愛想はないが、彼とふれ合った者は朴訥な人柄の中に強い信念と優しさがあることに気付き、好感を抱く。ヨネサンもそのひとりだ。もっとも、行く前にせめて一言声をかけてほしいとは常々思っているのだが。
「だいたい子供のくせにそんなお店に行くんじゃないわよ!」
「俺はもう十六だぞ。立派な大人だっての」
シェルファとライザールの不毛な喧嘩は相変わらず続いているようだった。
「大人は自分のことを大人だ、なんて言わないのよ」
「うるせぇ、二百歳越えのババア」
「エルフで二百歳はまだ若いんですー」
「ふたりともその辺にしておきなさい。大声で騒ぐとご近所に迷惑でしょう。さっきも言いましたが、あまりパーティの評判を下げるような――」
「しっ!」
突然、シェルファが鋭く片手を上げて発言を制した。長い耳が小刻みに揺れている。
それでようやくヨネサンも気付く。
扉の向こうに人の気配があった。
シェルファが音もなく扉に忍び寄る。ヨネサンはいつでも魔法が詠唱できるよう素早く体勢を整えた。ライザールも同様である。
シェルファはそっとドアノブに手をかけると、一度こちらに目配せをしてから、勢いよく扉を引いた。
「わぁっ!?」
悲鳴と共に誰かが室内に倒れ込んできた。
その人物を見て、ヨネサンは緊張を解いた。扉の向こうで聞き耳を立てていたのは、まだ五歳くらいの男の子だったのだ。
「あら、ずいぶんと可愛らしいスパイさんね」
そう言いながら、シェルファは男の子の脇に手を入れて立ち上がらせた。
するとライザールが傍に寄って、男の子の顔を覗き込む。
「もしかして、今の俺たちの会話を聞いていたのか?」
叱られるとでも思ったのか、男の子はぶんぶんと勢いよく首を左右に振った。
「なぁシェルファ、お前の故郷の里では嘘つきはどうなるんだ?」
「あたしの里では、嘘つきは『百年くすぐり地獄の刑』に処されるわ」
シェルファが手をわきわきさせながら答えた。
「ちなみに盗み聞きをしたら?」
「盗み聞きはとんでもない大罪よ。もし見つかったら……」
やたらと深刻そうな顔になるシェルファ。
ごくり、と唾を飲み込む音は男の子のものだろう。
「なんと『足の裏千年くすぐり地獄の刑』よ!」
「どひゃー、そりゃ大変だ!」
ライザールが大げさに両手を上げた。ふたりの勢いに飲まれた男の子は目の端に涙をためて完全に固まってしまっていた。
「ふたりともいい加減にしなさい。可哀そうに、すっかり怯えてしまってるじゃありませんか」
ヨネサンが窘めると、さすがにやりすぎたと反省したのか、シェルファは男の子の頭を撫でながら「冗談だからごめんね」と謝った。そして膝をついて目線を合わせる。
「あたしはシェルファ。あなたのお名前は?」
「……ルカ」
「そう、初めましてルカ。これはお近づきの印」
そう言うと、シェルファは手のひらを上に向けて差し出した。
そこには小さな光の玉がふわふわと浮いていた。
光の精霊を召喚したのだ。エルフ族は精霊の扱いに長けており、特に水や光といった自然に存在する精霊との親和性が高いと言われている。
男の子がおそるおそる手を伸ばす。すると光の精霊はするりとその手を避け、追いかけてごらんとばかりに宙を舞った。
「わぁ!」
さっきまでの怯えはどこへやら、男の子は声を上げながら夢中になって光の玉を追いかけ始めた。
「……この家の子でしょうか?」
ヨネサンはライザールに問いかけた。
「たぶんそうだと思うけど、答えを知っている奴に聞いた方が早いんじゃね?」
ライザールの指先が部屋の入口を指していた。
目を向けると、そこには申し訳なさそうな顔で佇んでいる少女の姿があった。
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