第4話 同行者

 ニーレ王国の北端に位置する辺境都市レニゴール周辺は、多数のモンスターが生息する危険な地として知られている。

 もっとも、大地創成の時代からそうだったわけではない。

 およそ百年前、正体不明の魔神が突如現れ、王国各地で暴れまわるという事件が起こった。

 何年にも及ぶ激しい戦いの末に王国は勝利したが、魔神は死の間際に己の死地となった大地に呪いをかけた。

 それから数年後、王国各地で異変が起こる。魔神が討ち取られた土地から凶悪なモンスターが次々と現れ、数を増やし、あらたな脅威となったのだ。

 レニゴールの北にあるラウスピッツ山もその一つである。現在に至るまで、魔神の呪いを解けた者はおらず、レニゴールで暮らす人々はモンスターの脅威に怯えながら暮らしている。

 なかでも危険に晒されやすいのは、やはり旅人や商人だろう。彼らは神出鬼没なモンスターから自分の命と荷物を守る為、隊商を組むか、護衛を付けて旅の安全を図る。

 レニゴールでの一人旅は自殺しに行くのと同義なのだ。

 そしてそれは、腕に覚えのある冒険者とて例外ではなかった。


 昼過ぎにレニゴールの街を発ったヨネサンは、目的の村――リッド村に向かう街道を歩いていた。 

 旅の同行者は三名。そのうちのひとり、前を歩く赤毛の少年が振り返って話しかけてきた。


「なぁヨネサン、その新しいメンバー候補って、どんな奴なの?」


「シールド魔法が得意な魔法士です」


「そういうんじゃなくって、年齢とか性別とか、そういうやつ」


「あなたと同世代の女性ですよ」


「お、いいねぇ。見た目は? 可愛いの?」


「さて、さすがに資料には容姿についてまでは書かれていませんでしたね」


「そっかぁ、可愛い子だといいなぁ」


 赤毛の少年は浮かれた口調でそんな感想を口にした。

 少年の名はライザール。ヨネサンと同じく攻撃役アタッカーとしてパーティに所属する魔法士だ。百年にひとりの逸材と言わるほどの天才で、十五歳という異例の若さで魔法学校を卒業している。

 パーティに加入して一年足らずだが、人懐っこい性格もあって、古参メンバーと勘違いするほどに馴染んでいた。

 傍から見てもかなり浮かれているのは、普段から他のメンバーに子供扱いされていることもあって、後輩ができることが嬉しくてたまらないからだろう。単に年頃の男子らしく、女子に興味があるだけなのかもしれないが。


「でもさ、こんなこと言うのもなんだけど、わざわざ仲間を増やす必要なくない? 今のままでも十分過ぎるほど俺ら強いじゃん」


 いかにもライザールらしい自信に満ちあふれた意見である。


「より強大なモンスターと戦うことを想定しているんですよ。これから先、我々の想像を超えるような大型モンスターが現れないとも限りませんから」


「前に聞いたガジールって奴とか?」


「そうですね。ガジールも含まれます」


 ガジールとは二年前にレニゴールに現れ、人々を恐怖のどん底に叩き落とした恐るべき霜の巨人フロストジャイアントである。ヨネサンたちはそのガジールと戦い、痛み分けになったという過去があった。

 ガジールは今も北のラウスピッツ山に生息しており、いつかまた街を襲うのではないかと噂されている。


「ああ、そん時に俺がいればなぁ。火球魔法で軽く吹き飛ばしてやったのになぁ」


 ライザールが頭の後ろで手を組みながら言った。


「あんたはガジールを直接見てないからそんなことが言えるのよ」


 後ろから少女の刺々しい声が割り込んできた。

 パーティの回復役ヒーラーのひとり、エルフの精霊使いシェルファである。少女のような見た目をしているが、本人曰く、二百歳を超えているらしい。その天真爛漫な性格から良い意味でパーティのムードメーカー、悪い意味でトラブルメーカーとなっている。


「あんたのへなちょこ火球なんて、ガジールの鼻息で吹き飛ばされて終わりよ」


「ああん? なんだとコラ」


 眉をハの字にして凄むライザール。対するシェルファも負けじと語気を強める。


「だいたい、なんであんたが付いてきてるのよ! 誰もあんたを誘ってないでしょ!」


「俺だって新しい仲間がどんな奴か興味あるんだから別にいいだろ。そう言うお前だってリアムさんの後に勝手についてきただけだろうが!」


「お前って……あのね、言っとくけどあたしの方がずっと年上で大人なんだからね!」


「知るか。お子様体型のくせに」


「なんですってぇ!」


 また始まった――ヨネサンは軽く頭痛を覚え、こめかみに手を当てる。

 ライザールとシェルファはことあるごとに揉める。ダイアナ曰く「じゃれ合ってるだけ」らしいが、こうも頻繁に口喧嘩しているのを見ると、それも疑わしく思えてくる。争いは同じレベルの者同士でしか発生しないとはよく聞くが、少なくともふたりの精神年齢が近いのは間違いないだろう。


「ふたりとも、それ以上騒ぐなら今からでも帰ってもらいますよ」


 ヨネサンは仕方なく仲裁に入る。前後を挟まれたまま延々と喧嘩を続けられてはたまったものではない。普段であればダイアナが諫めてくれるのだが、いない以上は自分がやるしかなかった。


「だってライザールが」


 シェルファが口を尖らせる。


「先に余計な一言を付け加えたのはあなたでしょう、シェルファ」


「なによ、あたしが悪いって言うの?」


「そうは言ってませんが、あなたの方が年上で先輩でしょう。大人の女性を標榜するのなら、その程度でいちいち目くじらを立てないでください」


「なにそれ! ねぇオルン、ヨネサンがあんなこと言ってるけど酷くない?」


 シェルファが隣を歩いている男の腕を掴んで訴えた。


「お前が悪い」


 オルンと呼ばれた男は素っ気なく答えた。

 男の名はリアム。オルンというのはシェルファの付けた渾名である。長年パーティの盾役タンクを務める屈強な戦士で、滅多なことで口を開かない寡黙で不愛想な男である。実際、この旅が始まってからほとんど喋っていない。シェルファへの対応も冷淡に見えるが、この男は誰に対してもそうなのだ。

 ただ、いざ戦闘になると誰よりも勇猛果敢に戦い、パーティを守る鉄壁の盾と化す。『陸を行く不沈艦』『難攻不落の移動要塞』など、彼を称える異名はいくつもある。それでいて決して驕ることなく、黙々と己の役割をこなす実直な人柄から、ヨネサンはカイルの次に信頼を寄せていた。


「もう! オルンの馬鹿!」


 そう言ってシェルファはリアムの腕をぺしんと叩いた。


「へへーん、怒られてやんの」


「あなたもです、ライザール。自信を持つのは結構ですが、慢心が過ぎると足元をすくわれますよ」


「ちぇっ、わかってるよ」


 ライザールは不貞腐れたように答えた。


「……とにかく、私たちの仕事はこれから会う少女がパーティに加わるに値する人材かどうかを見極め、必要であれば勧誘することです。今みたいにみっともない喧嘩をしているところを見られて勧誘に失敗したら目も当てられません。くれぐれも言動には注意してください」


「へいへい」「はぁい」


 実に気のない返事が戻ってくる。

 ヨネサンは先行きに不安を覚え、気付かれないよう小さくため息を吐き出すのだった。



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