第5話 リッド村

 レニゴールの街を出発して二日目の昼過ぎに、ヨネサン達は目的地であるリッド村に到着した。

 ライザールとシェルファの口喧嘩こそ定期的に発生したが、懸念していたモンスターとの遭遇はなく、概ね平和な旅路だった。

 周囲では小麦畑が初夏の日差しを受けて黄金色に輝いている。もうまもなく収穫の時期ということもあって、畑で働く村人たちも活気にあふれている。

 畦道を縫うように歩いて行くと、やがて村の入口が見えてきた。

 入口には見張り役と思しきふたりの男が立っていた。ふたりとも槍のような武器を手にしている。のどかな村には似つかわしくない光景だが、ほんの二カ月前にトロールの襲撃があったことを考えれば当然の備えだろう。


「旅の者か? 村に何の用だ?」


 ふたりのうち年長の男がそう声をかけてきた。


「はじめまして。私はヨネサン。レニゴールの街で冒険者をしている者です」


 ヨネサンは営業用の柔和な笑みを浮かべながら答えた。


「冒険者だぁ?」


 男は胡散臭そうに一行を見る。田舎で暮らす者は他所者への警戒心が強い。特に冒険者は荒くれ者という印象を持たれがちな職業なので、珍しい反応ではなかった。


「その割にあまり強そうには見えないなぁ。おまけに子供までいるじゃないか」


 男の視線はライザールのところで止まっていた。


「おい、おっさん。俺らは『レニゴールの絶対守護者』と呼ばれるパーティだ。あまり舐めた口を利かない方が身のためだぜ?」


 ライザールが威嚇するように言う。

 効果はてきめんだった。


「レニゴールの絶対守護者って……ひょっとして霜の巨人フロストジャイアントを撃退したっていう、あの?」


「そうだ」と胸を張るライザール。


「お、おい、見てみろよ……」


 もうひとり男が相方の袖を引っ張った。その視線は少し離れた場所に立っているリアムの方へと向けられていた。

 ごくりと唾を飲み込む音が聞こえてきた。

 リアムは身長一九〇センチメートルを超える偉丈夫で、武骨な甲冑に身を包んだその姿は、誰の目にもわかりやすく強者に映るだろう。

 無論、見た目だけではない。リアムは数々の大型モンスターとの戦いで、未だに一度も倒れたことがない最強の盾役タンクである。


 男達は「ひょっとしたら……」「……かもしれん」とひそひそと会話した後、ひとりが「村長に確認するからしばらく待て」と言い置いて村の中へと走っていった。


 残された一行は仕方なく少し離れた場所で待つことにした。残った男がおっかなびっくりといった様子で、ちらちらと視線を向けてくる。

 それを受けて、ヨネサンはため息混じりに赤毛の若い魔法士に苦言を呈した。


「ライザール、あまり『レニゴールの絶対守護者』の名を大っぴらに使わないでください」


「なんで? 別にいいじゃんか。その方が話も通しやすくなるだろ?」


「いいですか、その呼び名は我々の功績に対して人々がつけたものであって、自ら名乗るようなものではありません。ましてや威嚇に使うなどもってのほかです」


 これはヨネサンの、というよりカイルの考えだった。

 カイルは基本的にパーティメンバーに細かいことをとやかく言う男ではないが、唯一メンバーに絶対守るように言っているのが、『パーティの名に泥を塗るような真似はするな』だった。

 実力だけでは世界一の冒険者パーティにはなれない。民衆の支持があってこそ高みに昇ることができると考えているのだ。


「我々の不用意な言動がパーティに不利益をもたらすこともあるのです。そのことを常に忘れないでください。あなただってカイルに叱られたくはないでしょう? 交渉事は私がやりますので、あなたは凄腕の冒険者っぽく隣で睨みを利かせててください」


「……わかったよ」


 ライザールは不貞腐れた顔をしながらも頷いた。

 歩く傍若無人と言われるライザールも、カイルの言うことには大人しく従うのだ。こういう時にカイルの名を出すと効果が絶大だというのは、この一年の付き合いで学んだことだった。


「ふふーん、怒らてやんの」


 さっそくシェルファが意趣返しとばかりに追撃したが、すぐさまリアムが間に入ったことで不発に終わった。


 その後、ヨネサン達は五分ほどで戻ってきた男の案内で村長の家に連れていかれた。

 事前に読んだ資料では、アリーシャの両親はすでに他界しており、伯父である村長に引き取られ、伯父一家と共に暮らしているのだという。そういう意味では手間が省けたと言えた。

 村長は人の良さそうな五十絡みの男で、戸惑いながらも一行を家の中へと招き入れた。家は村の集会所も兼ねているらしく、通された大部屋には二十人くらいが並んで座れる長いテーブルが置かれていた。

 一行は村長の対面に並んで座った。


「レニゴールの街からきた冒険者とのことですが……」


 村長の視線が端から順に四人を撫でていく。どういうわけか、その視線は何かを期待しているようにヨネサンには見えた。


「ええ、そうです」


「で、では、やはり領主様があなた方をこの村に派遣してくださったのですね!」


 その言葉に、ヨネサンは思わず目をしばたかせた。


「ちょっとおっしゃってる意味がわかりかねますが……我々は領主様に派遣されて来たわけではありません」


「ち、違うのですか……?」


「ええ」


「そうですか……」


 村長はがっくりと肩を落とした。小声で、いくらなんでも早すぎると思ったんだ、とこぼしている。


「あの、村長?」


「あ、ああ、失礼しました。実は西の山でトロールらしきモンスターを見たという者がおりまして……」


「トロール? たしかこの村は二カ月前にもトロールの被害に遭ってますよね?」


「ええ。ですから、つい先日そのことを領主様に陳情しに行ったばかりなんです」


「なるほど、それで我々が領主様に派遣されてやってきたと……それは勘違いしてしまうのも仕方ないですね」


 ヨネサンは無難にそう返しつつも、内心で舌打ちしていた。いくら急いでいたとはいえ、出発前に周辺の情報くらいは集めておくべきだった。

 トロールは執念深い。先日討伐された群れの残党が仕返しに戻ってくるというのはありえない話ではない。

 だが、それ以上に気掛かりなことがあった。

 村長は領主に陳情に行ったと言っていた。つまり領主はトロールの情報を知っていたことになる。

 カイルがどのタイミングでアリーシャの情報を聞いたのかにもよるが、領主が意図的にその情報を伝えなかったのだとすれば、笑い事では済まされない。


「しかし、そうなるとあなた方はなぜこの村に?」


 村長から至極真っ当な質問が飛んでくる。特に嘘を吐く必要もないので、ヨネサンは正直に答えることにした。


「我々がこの村を訪ねたのは、アリーシャという名の少女に会いにきたからです」


「アリーシャに……?」


 村長の顔に一瞬で強い警戒の色が帯びた。


「あの子のことを誰から?」


「領主様です。先日のトロール討伐の際に、アリーシャさんが目の覚めるような活躍をされたと伺っています」


「……あの子に会ってどうするおつもりですか?」


「我々のパーティに勧誘するつもりです」


「アリーシャを冒険者にすると言うのですか?」


「ええ。話を聞いた限りでは、アリーシャさんはとても素晴らしい能力をお持ちのようです。その能力は多くの人の為に、より強く輝ける場所でこそ発揮されるべきでしょう。我々は領主様の推薦を受けているパーティで、レニゴールの街でもそれなりに名が通っています。アリーシャさんが活躍する場として相応しいと自負しております」


「……」


「もちろん、無理強いをするつもりはありません。アリーシャさんの意思を第一に考えています。なので、まずは会ってお話をさせていただければと」


 しばしの沈黙の後、村長は疲れたように片手で顔を撫でてから口を開いた。


「……申し訳ないですが、あの子を冒険者にはしません。どうかそっとしておいてやってください」


 口調以上に強い拒絶があった。

 そこからの村長は頑なだった。何を言っても「あの子にはあなた方が言うような力はありません」の一点張りで、会うことすら拒否された。支度金の用意があることもほのめかしてみたが、まったく取り付く島もなかった。


 会うことすら拒否されるというのは、さすがに予想していなかった。少し過剰すぎる反応にも思える。なにかこちらのあずかり知らぬ事情があるのかもしれない。

 なんにせよ、このまま説得を続けても無意味だろう。ヨネサンはそう考え、仕方なく一旦出直すことにした。


 辞去する際、ヨネサンは村長にどこか泊れるところがないか尋ねた。ライザールが「この流れでそれ聞く?」という顔をしたが、当然無視する。

 ヨネサンには村長がどういう返答をするか、ほぼ予想がついていた。

 そしてそれは間違っていなかった。村長は苦々しい顔をしながらも、「それでしたら、私の家に泊ってください」と提案してきたのである。


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