第2話 シールド魔法

 その少女の才能が見出されたのは二カ月ほど前。レニゴールの街から西に二日ほど行った場所にトロールの群れが出現したことがきっかけだった。

 トロールは巨人族の一種で、身長は三メートル程度と巨人族としては小柄だが、岩のように硬い肌と赤い目を持つ凶暴なモンスターである。常に群れで行動し、行く先々で人や家畜を襲い、喰らう。

 レニゴールの領主は自ら騎士団を率いてトロールの目撃情報のあったというリッド村へと赴いた。

 村はまだ本格的な襲撃こそ受けていなかったものの、何頭かの家畜が喰われ、畑の一部も荒らされていた。

 このままでは満足に年貢を納められないという村長の陳情を受けた領主は、年貢の量を減らす代わりに、道案内兼予備戦力として村から何名か討伐軍に協力するよう要請した。

 村長はそれを受け、村人の中から参加希望者を募った。


 そうして集められた者の中に、ひとりだけ小柄な少女が交っていた。

 不審に思った領主が問いただしたところ、少女は「回復魔法が使えるので、わたしも協力させてください」と答えた。

 試しに転んで膝を擦りむいた従者を治療するよう命じると、少女はたちどころに傷を癒してみせた。それならば、と領主は少女に魔法士隊に加わるよう命じ、トロール討伐へと出発した。


 トロールは危険なモンスターだが、十分な訓練と経験を積んだ戦士が複数人いれば討伐が可能とされている。

 レニゴール騎士団の精強さは近隣諸国にまで名が轟くほどである。トロール程度であれば問題なく討伐できるだろうと誰もが考えていた。

 ところが、いざ戦闘が始まると騎士団は予想外の苦戦を強いられた。トロールの数が事前の報告よりも遥かに多かったのだ。

 騎士達は徐々に追い詰められ、トロールの毒牙は領主の身にまで迫った。

 その窮地を救ったのが、少女――アリーシャだった。

 彼女の展開したシールド魔法が群がるトロールの攻撃を弾き返し、領主の命を守ったのだ。

 そこから形成は一気に逆転した。

 アリーシャの魔法の援護を受けた騎士達は反撃に転じ、次々とトロールを討ち取り、領外へと追いやることに成功したのである。




「シールド魔法……」


 ヨネサンは我知らず呟いていた。

 それがアリーシャがメンバー候補に選ばれた理由だった。

 たしかにシールド魔法であれば回復魔法と効果が重複することはない。連携が難しいことに変わりはないが、理論的には十分に可能である。


 それにしても、だ。

 シールド魔法は基礎の魔法だが、同時に極めて扱いが難しいとされる魔法なのだ。対象に魔力を干渉させる回復魔法や支援魔法とは異なり、何もない空間に魔力を凝縮させて不可視の盾を作るには高い技術とセンスが必要とされる。それもトロールのような怪力を持つモンスターの攻撃を完璧に防ぐとなると、並の魔法士にできることではない。それをわずか十七歳の少女がやってのけた……。


 ヨネサンはあらためて領主から提供されたという資料に目を落とす。

 それによると、アリーシャは王都の魔法学校の出ではなかった。当然だろう。魔法学校の学費はその辺の村人が捻出できるほど安くない。それ以外にも高額な魔術書や実験に必要な材料など、揃えねばならない物も多い。それなりに裕福な者でなければ、魔法士を目指すことすらできないのだ。

 アリーシャが魔法を学んだのは、村に住んでいた薬師からだという。その薬師も二年前に病で亡くなっている。つまりそれ以降は独学ということになる。これもまた信じがたい話だった。


 顔を上げると、カイルと目が合った。

 その目は「わかっただろう?」と言っていた。


「……私にこの少女が本物かどうか見極めろと?」


「そうだ。もし本物だったら、パーティに入るよう説得してほしい」


「交渉も私が?」


「俺はしばらくこの街から離れられない。ダイアナにも俺の補佐としてここに残ってもらう必要がある」


「イスタリスは?」


「あいつが引き受けると思うか?」


「それは、たしかに……」


 あの「口は出すが手は出さない」を標榜する先輩魔法士が、わざわざ片田舎の村に赴いて面倒な交渉事を引き受けてくれるとは思えなかった。


「もし私がパーティに不要だと判断した場合は?」


「君の判断を優先する。任せる以上は当然だ」


 そこまで言われて断れるはずがなかった。もっとも、最初から断るつもりなどないのだが。


「わかりました。直接行って、確かめてきます」


「よろしく頼む。……すぐに発つのか?」


「早い方がいいでしょう。噂が出回ると他所に先を越されるかもしれませんからね。準備が出来次第、出発します」


「リアムを連れていけ。護衛はいた方がいい」


「それは助かりますが……彼を連れていくとなると、もれなくもうひとり付いてくるんですが……」


 思わず頬をひきつらせると、ダイアナが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「いいじゃない。人数は多い方が安全でしょ? それに回復役ヒーラーとしてシェルファの意見も参考になるだろうし、なにより置いていったら後で何を言われるかわからないわよ」


「それは勘弁願いたいですね」


 ヨネサンは苦笑しつつ、提案を受け入れた。

 その後、いくつか情報を確認し、旅の予定など細かな打ち合わせを行った。

 それらを終えると、カイルが席を立ってヨネサンの肩に手を置いた。


「ヨネサン、俺はここで満足するつもりはない。もっと上を目指す。君もそのつもりでいてくれ」


 その言葉に、ヨネサンは鳩尾あたりにかすかな痛みを覚えた。が、それを顔には出さずに「承知しました」と答えた。


「あ、そうだ」


 部屋を出ようとしたところでダイアナの声に引き留められる。


「あなたに手紙が届いていたのをすっかり忘れていたわ。食堂のあなたの席に置いておいたから、あとで回収しておいて」


「わかりました。ありがとうございます」


 ヨネサンは部屋を出て食堂に向かった。

 パーティのメンバーは揃って食事することが多い。そういうルールがあるわけではないが、全員独身なので自然とそうなるのだ。例外はイスタリスで、彼だけは招集が掛からない限り、外で毎晩のように飲み歩いている。

 食堂には誰もいなかった。部屋の中央にはメンバー全員が座ることのできる円形のテーブルがある。

 ヨネサンが加入したときは五人だったパーティも、次にメンバーが増えれば八人になる。この拠点に越してきた当時から使用しているこのテーブルも、八人で使うとなると少し手狭だろう。今度の引っ越しを機に買い替えたほうがいいかもしれない。

 そんなことを考えた途端、また胸にかすかな痛みを感じた。

 それを無視して、ヨネサンはテーブルの上に目を向ける。ダイアナが言っていた通り、自分の席のところに一通の封書が置かれていた。

 手に取り、裏面を確認する。

 差出人の名はトクゲン……ヨネサンの父親の名だった。



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