ある盾役の憂鬱外伝<盾の少女と未来への道標>

SDN

第1話 新しい回復役<ヒーラー>候補

 軋むような音を立てて扉が開く。

 入口をくぐると、じめっとした空気に出迎えられた。カビの臭いも少し鼻につく。室内はさほど広くなく、所狭しと装備品や道具が置かれている。


「ここもだいぶ手狭になってきたな……」


 ヨネサンは薄暗い室内を見渡しながら呟いた。レニゴールの街を拠点に活動する冒険者パーティ『レニゴールの絶対守護者』に所属する魔法士。二十五歳。役割は攻撃役アタッカー。その名が示す通り、攻撃魔法を駆使してモンスターを討伐する。

 と言っても、別に四六時中戦っているわけではない。平時は拠点の地下倉庫で装備品の状態を確認したり、必要があれば魔力付与エンチャントを施したりと雑用をしている。最近は依頼が立て込んでいたこともあって、倉庫に入るのは二週間ぶりだった。


 正面に置かれている盾役タンク用の甲冑に近づき、軽く触れてみる。付与されている強化魔法の効果が弱まっていた。前に術をかけたのが一月前だから、ちょうど切れる頃合いである。これは付与し直した方がいいだろう。

 正直に言えば面倒くさい。そもそも、倉庫に置かれている装備品は予備であり、メインで使われる装備品はメンバーが各自で所持し、手入れも自分達で行っている為、使われないことの方が多いのだ。

 だからと言って、いつでも使える状態にしておかなければ、予備を置いておく意味がない。


「魔力付与に関しちゃ、お前さんの方が腕がいい」


 以前、先輩魔法士のイスタリスにそう言われたことがあった。今にして思えば、雑用を押し付ける為の方便だったような気がしなくもない。

 所属するパーティには他に二人の攻撃役魔法士が在籍しているが、魔力の強さや扱える術の数において、ヨネサンは彼らの足元にも及ばない。

 魔力付与だけは自分の方が優れている……そんなささやかなプライドが、地味な仕事に向かわせる原動力だった。


 ひとつひとつ丁寧に、装備品に魔力を付与していく。

 なかでも盾役タンク用の甲冑の手入れは最も重要な作業である。実戦ではちょっとした魔法の有無が勝敗を分けることがある。面倒だからといって手を抜くわけにはいかない。

 しばらくは作業に没頭した。右の籠手に魔力付与を終えたところで、ふと名を呼ばれたような気がして、ヨネサンは振り返った。

 扉の影からパーティの回復役ヒーラーのひとり、ダイアナが顔を覗かせていた。困ったような表情から、どうやら何度か声をかけてくれていたようだ。


「すみません、集中していて気づきませんでした」


 そう謝ると、ダイアナは小さく首を振った。


「こっちこそ、作業中にごめんなさい」


「何かご用ですか?」


「あのね、カイルがあなたを呼んでるの」


「カイルが?」


 ヨネサンは眉をひそめる。

 カイルはヨネサンが所属するパーティのリーダーである。彼が個人的にメンバーを呼び出すことは滅多にない。伝達事項は全員が揃うことが多い食事時に済ませるからだ。

 何用だろうと訝しみながらも、ヨネサンは手にしていた籠手を元の位置に戻してすぐに倉庫を出た。

 ダイアナの後に続いて階段を上り、廊下に出ると自然と並んで歩く形になった。


「さっきは邪魔をしちゃってごめんなさい」


 ダイアナがあらためて謝罪の言葉を口にした。


「大丈夫ですよ。急ぎの作業じゃありませんから」


「そう? ならよかった。ヨネサンが倉庫の管理をしてくれているから、とても助かってるわ。いつもありがとう」


「いえ、ああいった作業は嫌いじゃありませんので」


 ヨネサンは愛想笑いを浮かべながらそう返した。我ながらよく言えたものだと呆れるが、ダイアナに感謝されて悪い気はしていない。


「そういえば倉庫の中、だいぶ物が溢れていたわね」


「長年活動を続けていれば、それなりに物も溜まってきますからね。そろそろ不要な物は処分したいところですが、なかなかそこまでは手が回らなくて……」


 パーティが拠点としているのは街の郊外にある一軒家である。かなり古い家で、あちこちにガタがきているので、そろそろ新しい拠点を探そうというのが、ここ最近のパーティ内での共通の話題となっていた。


「片づけ、私も手伝おうか?」


 そう提案してきたダイアナの表情から、それが社交辞令ではなく本気で言ってくれているのがわかる。


「お気持ちだけ受け取っておきます。あそこは半分、私の私物置き場と化してまして……作ったまま放置している魔道具とかも転がっていて危ないので」


「人手がほしいときは遠慮なく声をかけてね」


「そうさせてもらいます」


 そんな会話をしているうちにカイルの執務室の前までやってきた。

 ダイアナが軽くノックしてから中へ入り、ヨネサンも後に続く。


「カイル、ヨネサンを連れてきたわ」


 入って正面、奥にある執務机にカイルの姿があった。

 声をかけられたカイルは、なにか書き物をしている最中らしく「ああ」と生返事を返しただけで顔を上げなかった。

 ダイアナがヨネサンの方を向いて申し訳なさそうな顔をする。ヨネサンは目で「気にしていませんよ」と伝え、大人しくその場で待つことにした。


 カイルはリーダーとしてパーティのマネジメントをほぼ一手に引き受けている為、普段から多忙を極める。特に最近は領主や街の有力者と頻繁に会っているようで、一日の大半は外出しており、拠点にいる方が珍しいくらいだった。


 ヨネサンは何気なく室内に視線を巡らせた。左側の壁一面は書棚となっており、あらゆるジャンルの書物がびっしりと並んでいる。書棚に入りきらない分は床に積み上げられてあった。


(ずいぶんと増えたな)


 多忙なカイルが本当に全部読んでいるのか疑問だが、読書量は少なくともその辺の魔法士よりも多いだろう。

 彼は知識の重要さがよくわかっている。ただやみくもに力を振るうのではなく、行使すべき最善のタイミングと状況を見極める為に知識を活用する。それは街一番の冒険者パーティという名声を得ても変わらない。決して驕ることはなく、さらに貪欲に己を高めようとするカイルを、ヨネサンは尊敬していた。


「待たせてすまなかったな」


 書き物を終えたカイルが顔を上げて言った。


「それで、どういったご用件ですか?」


 余計なやり取りはせず、さっそく本題に入る。


「実はな、領主との専属契約が正式に決まったんだ」


「おお……」


 思わず感嘆の声が漏れた。

 領主との専属契約……領主から優先的に仕事を回してもらえ、戦闘の際には騎士団の援護まで受けられるという、レニゴールの街を拠点にする冒険者にとってひとつの到達点といえる立場である。

 そのパーティに自分たちが選ばれたのだ。

 ここ数年はそれを目標にして活動していたこともあって、喜びもひとしおだった。


「近いうちに領主が提供してくれる屋敷に拠点を移す予定だから、そのつもりで準備しておいてくれ」


「承知しました。……それで、そのことを伝える為だけに私を呼んだわけではないのでしょう?」


「察しがいいな。今回の契約を機に、パーティメンバーを増やそうと思っているんだ。領主と契約するとなれば、これからは今まで以上に成果を求められることになるからな。戦力強化は必須だろう」


「道理ですが、ひとつ懸念があります」


「なんだ?」


「メンバーを増やせば一人頭の報酬額が減ります。それによって皆のモチベーションが下がることが予想されます」


「実に君らしい指摘だな」


 カイルが苦笑する。


「すみません、商家の出なものでして」


「いや、いいんだ。たしかにそれは見過ごせない問題だ。だが、その心配は不要だ。今回の契約交渉で、討伐速度に応じて追加報酬が得られるよう領主に話を通した。素早く討伐すれば、その分だけ報酬額が上乗せされる。増えた人件費はそれで賄えるはずだ」


 さすが抜け目ない、とヨネサンは舌を巻いた。

 現在、カイルのパーティはヨネサンを含めて七人が所属しており、四~五人で編成される一般的なパーティと比べると大所帯である。その分、大型モンスター戦に特化することで、他パーティとの差別化を図っている。通常、複数のパーティを投入して行われる大型モンスター討伐を単独のパーティで成し遂げることで、激しい競争に打ち勝ってきた。

 その実績を今回の交渉材料として活用したのだ。

 大型モンスターは存在するだけで周囲に甚大な被害をもたらす。素早く討伐することで被害を最小に抑えることができるのならば、追加報酬を支払うこともやぶさかではないと領主も判断したのだろう。


「……となると、やはり増やすのは攻撃役アタッカーですか?」


 そう問いかけながら、ヨネサンは頭の中で候補となりそうな魔法士の名をリストアップしていた。

 が、カイルの返答は違った。


「いや、今回俺が考えているのは回復役ヒーラーだ」


 ヨネサンは思わず目をしばたかせた。


回復役ヒーラー? 回復役ヒーラーを三人体制にするのですか?」


「そうだ。パーティの火力は現状で十分に足りている。それよりも今はリアム――盾役タンクの負担を減らし、前線の安定化を図りたい」


「理屈はわかりますが……」


 盾役タンクが倒れればパーティは全滅するのだから、回復役ヒーラーを増やして手厚く守護するのは道理である。

 ただ、回復役ヒーラーは単純に人数が多ければいいというものではない。

 なぜなら回復魔法の効果は重複しないからだ。複数の回復魔法が同時に掛かっても、効果が倍増するわけではない。それどころか、魔法の種類によっては互いに効果を打ち消し合うことさえある。連携の難しさは攻撃役アタッカーの比ではない。複数の回復役ヒーラーを編成しているパーティがほとんど存在していないことが、それを物語っていた。


「連携についてはこっちでなんとかするわ」


 懸念が伝わったのか、それまで黙っていたダイアナが先回りするように言った。


「シェルファはこのことを知っているのですか?」


 ヨネサンはパーティのもうひとりの回復役ヒーラーの名を口にした。


「まだ話してないわ。けど、リアムの為だと言えば、あの子はきっと納得してくれると思う。文句は絶対に言うでしょうけど」


「まぁ言うでしょうね」


 あの姦しいエルフ娘が喚き散らす姿が容易に想像できた。


「……本当に回復役ヒーラー三人で連携できるとお考えなんですか?」


「正直に言うと、やってみなければわからないわ。だけど、パーティのこれからを考えるなら、やらなきゃいけないことだと思う」


 そう口にしたダイアナの目には、並々ならぬ決意が宿っているように見えた。

 それでヨネサンは理解した。今回の件は彼女が言い出しっぺなのだ。だとすれば、余計な口出しは無用だろう。

 ヨネサンはカイルに向き直った。


「新しく加入させる回復役ヒーラーの候補は、もう決まっているのですか?」


 カイルは質問に答える代わりに、一枚の紙をヨネサンに差し出した。

 それを受け取り、素早く目を通す。


「アリーシャ……」


 それが新しい回復役ヒーラー候補の名前だった。


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