第15話 望む未来

 戦いが終わり、真っ先に駆け寄ってきたのは、やはりアリーシャだった。


「怪我は――怪我は大丈夫なんですか!?」


 あまりにすごい勢いで詰め寄ってくるので、ヨネサンは思わず後ずさりした。


「大丈夫です。ウチには優秀な回復役ヒーラーがいるって言ったでしょう?」


 良かった、と胸をなでおろすアリーシャ。


「それよりも、あなたの方こそ怪我はありませんか?」


「はい。大丈夫です」


「緊急時とはいえ、無茶な要求をしてしまいました。それでも、あなたは期待以上の活躍を見せてくれました。本当に感謝しています」


「いいえ」アリーシャは首を横に振った。「感謝するのはわたしたちの方です。村の為にわざわざ戻ってきて戦ってくださったんですから……」


「その礼は私にではなく、彼らに言ってあげてください。私はどちらかというと彼らを止めに戻ってきただけですから」


 ヨネサンはちょうどやってきたライザールとシェルファを指さした。


「あれ、ヨネサン生きてるじゃん」


 ライザールが狐につままれたような顔で言った。


「人を勝手に殺さないでください」


 ヨネサンはため息交じりに応じた。止めの時の台詞が変だとは思っていたが、まさか死人扱いされていたとは。


「あんたヨネサンが死んだと思ってたの?」


 シェルファが呆れ顔で言う。


「いやだって、お前泣いてたじゃん。だからてっきり……」


「べ、別に泣いてないわよ!」


「嘘つけ。目が真っ赤だぞ」


「適当なこと言わないで!」


「いや鏡を見てみろって、酷い顔だぞ。あ、元からか」


「なんですってぇ!」


「やめなさい、ふたりとも。アリーシャさんがいるのよ」


 そう諫めたのはダイアナだった。後ろにはリアムの姿もある。


「そうよ! そんなことよりもアリーシャの魔法、すごかったじゃない!」


 シェルファが抱き着かんばかりの勢いでアリーシャに近づき、手を握った。


「い、いえっ、そんなことは……」


 突然のスキンシップに驚いたのか、アリーシャはたちまち固まってしまう。


「いやいや、たいしたもんだって! あんなすげえシールド魔法、俺見たことないし」


 ライザールも大げさに褒める。すると、リアムがゆっくりとした足取りでアリーシャの前に立った。そのままじっと少女の瞳を見つめる。


「あ、あの……?」


 戸惑うアリーシャに、リアムは静かに言った。


「ありがとう。おかげで助かった」


 短いが、今のアリーシャにとってこれ以上ない言葉だろう。

 誰かを守ることができた――そんな達成感からか、少女は両手で口を覆い、小さく肩を震わせるのだった。




「色々と苦労をかけたみたいだな」


 後ろから声を掛けられ、ヨネサンは振り返った。

 いつのまにかカイルが傍に立っていた。


「いえ、とんだ醜態を晒してしまいました」


 ヨネサンは昨晩のリアムとのやり取りを思い出して気まずさを覚えたが、なんとか顔には出さずに済んだ。


「とりあえず皆無事でよかったよ。よく持ちこたえてくれた」


 カイルは微笑みながらヨネサンの肩をぽんと叩いた。


「それよりも、どうしてあなた方がここに?」


 ヨネサンとしては聞かずにはいられなかった。


「ああ、実は君達が旅立ったあとで領主に面会を申し込んだんだ。一応、情報を提供してもらった手前、報告だけはしておこうと思ってな。そうしたら妙に態度がおかしかったんで問い詰めたらトロールのことを吐いたんだ。どうも領主は俺達が全員で村に向かうものと思い込んでいたらしい」


 やはり領主はトロールのことを黙っていたのだ。冒険者パーティが討伐してくれれば、騎士団を動員せずに済む。そんな腹積もりだったに違いない。

 たしかに一般的なパーティはあまりバラバラに行動するようなことはしない。領主にしてみれば、パーティ全員で村に向かったと思ってほくそ笑んでいたところにカイルが面会を申し込んできたのだから、さぞや面食らったことだろう。


「それで後を追ってきてくれたというわけですか」


「ま、そういうことだ。まさか隻腕のダラッジと戦っているとは夢にも思わなかったけどな。今回の件は事前に確認を怠った俺のミスだ。本当にすまない」


 そう言ってカイルは頭を下げた。


「いえ、確認を怠ったのは私も同じですから……。ところで領主はダラッジのことまで把握していたのでしょうか?」


「さすがにそこまで腐ってないと信じたいところだが……。なんにせよ、領主には俺たちを利用しようとした報いは受けてもらわないとな。とりあえずダラッジ討伐の報酬はきっちりと請求してやるつもりだ」


「あの領主が素直に応じるとは思えませんが……」


「やりようはいくらでもあるさ」


 カイルは不敵な笑みを浮かべて言った。

 有言実行。カイルならばこの状況を最大限利用することだろう。


「――ところで、あの子が例の回復役ヒーラーか?」


 カイルの視線はアリーシャへと向けられていた。


「ええ、そうです」


 ヨネサンもつられて見る。アリーシャは困ったような、それでいてどこか嬉しそうな表情でパーティの仲間に囲まれていた。


「あの様子だと勧誘には成功したみたいだな」


「いえ、残念ながら。成り行きで協力はしてもらいましたが、パーティへの加入は断られました」


「そうなのか?」


「詳細は後ほど報告しますが、彼女は心に問題を抱えておりまして、現時点で仲間にするのは難しいと思われます」


「現時点で、ということは、芽はあるのか?」


「わかりません。ただ、彼女以上にパーティに相応しい回復役ヒーラーはいないと断言します。私としては他の候補を探すのではなく、引き続き彼女を仲間にすべく動きたいと考えています」


 ヨネサンの発言に、珍しくカイルが目を見張った。


「ずいぶんと買っているみたいだな」


「ええ。なので、もう少しだけ猶予をいただけませんか?」


 するとカイルは小さく笑った。


「最初に言っただろう、君に任せると。それに元々期限を設けたつもりはないよ」


「……ありがとうございます」


 ヨネサンは深々と頭を下げた。


「もっとも、俺はそこまで待つ必要はないと見ているがな」


 カイルの予言者めいた発言に、ヨネサンは顔を上げて頷き返した。

 アリーシャは自らの意思で前を向いた。越えねばならない壁はまだいくつもあるだろうが、決して止まることなく、少しずつでも進み続けていくに違いない。


 ――望む未来は手を伸ばさなければ掴めない。


 そう焚きつけた手前、言った本人が立ち止まったままで良いわけがなかった。

 今回の一件で、ヨネサンは自分の望みがなんなのか、ようやくわかった。

 高みへと昇っていくパーティを、宝石のように輝く彼らの活躍を、そして未来を、一番近くで見届けたい。

 それが望みだった。

 たとえ能力が劣っていようが、そんなものは関係ない。あらゆる方法で己の価値を示し、パーティの一員であり続ける……。カイルから直接引導を渡されるまで、この特等席を誰かに譲るつもりはなかった。


「時にカイル。あなたは弓矢の扱いには長けていますか?」


 唐突なヨネサンの質問に、カイルは目をしばたかせた。


「いきなりだな。新しい戦術でも思いついたのか?」


「まぁそんなところです。それで、どうですか?」


「そうだな……自慢じゃないが大抵の武器は人並み以上に扱える自信がある」


 期待通りの回答だった。

 ヨネサンが満足げに頷くと、カイルが身を乗り出してきた。


「それで、どんな戦術なんだ?」


 こういうときのカイルは少年に戻ったような無邪気な顔をする。


「それは後日のお楽しみということでお願いします」


 ヨネサンはそう言ってはぐらかした。まだアリーシャが仲間になってすらいない状況で言っても狸の皮算用にしかならない。

 しかし、そう遠くない未来、アリーシャはパーティに加入する。そう確信していた。だから今からその準備をしておいても無駄にはなるまい。

 帰ったら、さっそく父に手紙を書こう。

 歓喜の輪の中心で、はにかんだ笑顔を浮かべている少女を見ながら、ヨネサンはパーティの未来へと思いを馳せるのだった。





 ……それからほどなくしてアリーシャはパーティに加入した。

 ダイアナやシェルファの献身的なサポートもあって、技術的にも精神的にも大きく成長を遂げ、わずか半年でパーティに欠かせない戦力となった。

 アリーシャのシールド魔法の援護を受けられるようになったリアムは、大型モンスターの攻撃を一歩も動かずに受けきる姿から『不動のリアム』という二つ名で呼ばれるようになった。

 そこからパーティはかつてないほどの快進撃を見せ、『レニゴールの絶対守護者』の名は王都でも知らぬ者がいないほどに高まった。

 このまま順調にいけば、間違いなく王国最高の冒険者パーティという高みへ至れるだろう。目指していた理想のパーティが完成する――ヨネサンは自分が考案した戦術が上手く機能したことに深い満足を覚え、無邪気に喜び、そして浮かれた。


 だから、その成功がひとりの男の心を犠牲にして成り立っていたことに、終ぞ気付くことはなかったのである……。


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