第14話 レニゴールの絶対守護者
凄まじい爆発音で、ヨネサンは目を覚ました。
いつのまにか意識を失っていたようだ。もっとも、時間にすればほんの数分か。
その証拠に、目の前には回復魔法を唱え続けてくれているシェルファの顔がある。未だ命があるのは間違いなく彼女のおかげだった。
戦いが続いているのは音だけでわかった。先ほどの爆発音はおそらくライザールの魔法だろう。意識を失っている間に合流したのだ。ただ、時おり聞こえてくる「くそがっ!」という罵声が、わかりやすく苦戦を教えてくれた。
相手は動きが緩慢な大型モンスターではない。それも十分に魔法攻撃を警戒している
だからこそ
そして、そんな状況下でアリーシャが冷静さを保てるはずもなく、焦りからか詠唱が雑になっていた。
ようするに、このままでは全滅も時間の問題だった。
「シェルファ……もう、十分ですから……今からでもリアムの援護を……」
「イヤ」
「これ以上は……魔力の無駄使いです」
「そんなことない! 絶対に助ける!」
シェルファは頑なだった。
だが、ヨネサンは気付いていた。彼女が唱えているのが傷を癒す為の魔法ではなく、延命の為の魔法だということに。
元々、精霊使いが使う回復魔法は、対象の自己治癒力を増幅させて傷を癒す為、瞬時に怪我を癒すような即効性はない。致命傷を負った時点で手遅れなのだ。
シェルファの目からぼろぼろと大粒の涙がこぼれ落ちる。彼女自身、助けられないことを理解している証だった。
「シェルファ――」
「それ以上言ったら、本気で怒るから」
「いいから、聞いてください……あなたも、リアムも、パーティに不可欠な存在です……ここで失うわけには……いかないんです……」
「そんなのあんただって一緒よ!」
ヨネサンは思わず黙り込んだ。
温かい感情が胸に広がっていく。嬉しかった。望んでいた言葉だった。このパーティのメンバーでいられて本当に良かったと心から思う。
だが、だからこそ、優先順位を違えさせるわけにはいかなかった。これから死ぬ者の為に、今戦っている者をないがしろにしていいはずがない。
この命がある限り、シェルファは魔法の詠唱を止めないだろう。
ならば――。
ヨネサンは最後の力を振り絞り、自身の心臓に麻痺の魔法を唱える。
「ヨネサン、ダメッ!」
気付いたシェルファが絶叫する。
そのときだった。
「――シェルファの言う通りよ」
馴染みのある、凛とした声。
いつのまにかすぐ傍に白い法衣を纏った女性が立っていた。
「ダイアナぁぁっ!」
シェルファが顔をくしゃくしゃにしてその名を叫んだ。
「シェルファ、代わるわ。あなたはリアムを」
ダイアナは優しく微笑み、シェルファの肩にそっと手を置いた。
それだけで、あれほど頑なだったシェルファがあっさりと場所を譲った。泣き顔から一転、力強い表情でリアムの方へと向き直る。
「なぜ……ここに……?」
ヨネサンはここにいるはずのない女性に呆然と問いかけた。
「話はあと。まずは傷を癒さないと」
ダイアナの手のひらが傷口に触れる。
「すぐに終わるから、少しだけ我慢してね」
そう言うや否や、ダイアナの全身から眩い光が放たれる。その光が彼女の手を通してヨネサンの全身を包み込んだ。
凄まじい魔力が体内に流れ込んでくるのがヨネサンにはわかった。大きく裂けていたはずの傷口が、まるで時間を巻き戻しているかのようにみるみる塞がっていく。
魔法学校で聖女とまで謳われたダイアナが扱う上級回復魔法『
「……おかげで命拾いしました」
礼を言うヨネサンに、ダイアナはにこりと微笑んだ。
「間に合って良かったわ」
「でも、どうしてあなたがここに?」
その問いに、ダイアナは「私だけじゃないわよ」と戦場の一角を指さした。
ヨネサンがつられて視線を向けると、リアムに攻撃を加えようとしているダラッジの元へ、凄まじい速さで接近してくる人影が見えた。
「カイルッ!?」
ヨネサンは思わず叫んでいた。
次の瞬間には、雷光のごときカイルの剣撃がダラッジの膝の裏を斬り裂いていた。
「グオオオォ」という苦痛の声と共に膝をつくダラッジ。
そこへタイミングを合わせたかのように、高速で飛来してきた光弾がダラッジの胸に命中、爆発した。
間髪容れずにもう一発。
立て続けに魔法攻撃を受けたダラッジの巨体が、地響きを立てて仰向けに倒れた。
「今の魔法は……」
ヨネサンの知るなかで、視認できないほどの長距離から、あれだけの威力の攻撃魔法を命中させられる魔法士など、ひとりしか存在しない。
イスタリス……あの無精な先輩魔法士まで駆け付けてくれたのだ。
ヨネサンは肺が空になるほどの安堵の溜息を吐き出した。まさしく九死に一生を得た思いだった。
「あの子が例の?」
ダイアナの目は必死に魔法を唱え続けているアリーシャへと向けられていた。
「そうです。彼女のこと、頼めますか?」
「任せて」
ダイアナはなんの気負いも感じさせない声で応じた。
たとえ事情を知らなくても、彼女になら安心して任せられる。アリーシャの隣へ向かうその背中からは貫禄すら感じられた。
「――みんな、いつも通りにやれば問題ない」
カイルがよく通る声でお決まりの台詞を口にした。
ここからはレニゴールの絶対守護者としての戦いになる。その宣言でもあった。
ヨネサンはよろよろと立ち上がった。
ダイアナが振り返って「無理しないで休んでいて」と言ってくれたが、今はこの身がどうなろうと共に戦いたい。そんな気分だった。
おもむろに起き上がったダラッジが怒りの咆哮を喉からほとばしらせる。あれほどの攻撃を受けても平然と立ち上がってくるのは、さすが
だが、もうヨネサンに焦りはなかった。
カイルがいるなら、己のやるべきことに集中できる。
ひとつ深呼吸してから、魔法の詠唱を開始する。
魔法を使った敵の弱体化。そして、その合間に攻撃魔法を放つ。それがヨネサンの戦場での役割だ。
攻撃魔法はダメージを与えることが目的ではない。他のパーティメンバーが攻撃を当てやすくする為の、いわば撒餌である。
見た目だけは派手なヨネサンの攻撃魔法に、ダラッジは大げさな回避行動を取る。そこへ狙いすましたイスタリスやライザールの攻撃魔法が効率よくダメージを与えていく。
ヨネサンはちらりとアリーシャを見た。
詠唱の合間を縫ったダイアナの短い助言だけで、アリーシャの魔法は目に見えて安定するようになっていた。
彼女のシールド魔法の効果はすさまじく、シェルファの支援魔法の効果と相まって、それまで回避行動も交えていたリアムは、今や完全に足を止めて正面からダラッジと渡り合っていた。カイルもリアムの援護は必要ないと判断したのか、仲間への指示出しと攻撃に集中している。
どんなに攻撃を加えてもびくともしないリアムに、ダラッジはむきになってだんびらを振り回す。だが、興奮から攻撃が雑になり、回避もおざなりになっていた。そうなれば
もはや相手が
そう、レニゴールの絶対守護者のメンバーが揃った時点で勝敗は決していたのだ。
「ヨネサンの仇だ! 喰らいやがれッ!」
最後はライザールの特大火球魔法によって、隻腕のダラッジは火柱の中で燃え尽きたのだった。
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