第12話 異変

 ヨネサンは畑仕事に戻るというアリーシャを途中まで送った後、その足で自警団の詰め所へと向かった。そしてリアム達に事の顛末を話し、今日中に村を出ていくと伝える。

 急なことにライザールとシェルファは文句を言ったが、アリーシャの勧誘を諦めた以上、この村に滞在し続ける理由はない。むしろ長居し過ぎると、ライザールあたりが村の為に残って戦うなどと言い出しかねない。ヨネサンとしては、その状況だけはなんとしても避けたかった。

 部屋に戻って手早く荷物をまとめ、村長にも挨拶を済ませる。

 出ていく旨を伝えたときの村長は、何とも言えない複雑な表情を見せた。アリーシャの勧誘を諦めたことへの安堵とトロールへの不安がないまぜになっているのだろう。


「街に戻ったら、私からあらためて領主様に村の状況を伝えておきますよ」


 泊めてもらった手前、そのくらいのことはするつもりだった。

 村を出る際、自警団の若者が数人見送りに来た。リアムが彼らに最後の助言をする。それが終わるのを待ってから帰路についた。


「結局、無駄足だったかぁ……後輩ができると思ったんだけどなぁ……」


 道すがら、ライザールが残念そうに言った。


「こればかりは当人の気持ちの問題ですからね。無理やりどうこうはできません」


 ヨネサンのその台詞は半ば自分に向けられていた。

 返ってきたのは「あーあ」というため息だった。


「どこぞの性悪エルフと違って、素直で優しそうな子だったのになぁ」


「同感。どっかの生意気小僧と違ってね」


 すかさずシェルファがやり返す。


「別にお前のことを言ったつもりはないっての」


「あら奇遇ね、あたしもよ」


 そんなふたりの不毛なやり取りを聞き流しつつ、ヨネサンはあらためてアリーシャという少女に想いを馳せる。

 パーティへの勧誘こそ諦めたが、このまま交流を絶つつもりはなかった。

 このままアリーシャが仲間にならなければ、少なくともすぐに自分がパーティから放逐される心配はなくなる。そんな気持ちがまったくないと言えば嘘になるが、今はアリーシャに魔法士への道を諦めてほしくない気持ちの方が遥かに大きかった。

 彼女にはもっと魔法を学んでほしかった。正しく学べば、彼女の才能は間違いなく開花する。それが自信となって、前を向く力にもなるはずだ。

 まずは手始めに、拠点にある魔術書を何冊か送るつもりでいた。折を見て、ダイアナと引き合わせてもいいかもしれない。


「今更だけどさ、本当にこのまま帰っちゃっていいの? 近くにトロールがいるんだろ?」


 ライザールの発言で、ヨネサンの思考は現実に引き戻された。


「街に戻ったらすぐにカイルの指示を仰ぎましょう。こうして慌ただしく村を出たのだって、その為でもあるんですから」


 その言葉に嘘偽りはない。ヨネサンとて、この四人だけで戦うことを避けたいだけで、トロールを放置するつもりはないのだ。


「けど、それで間に合うのかなぁ……」


 ライザールは不安そうに呟いた。

 こういうときの嫌な予感というものは、往々にして的中するものである。

 丘をひとつ越えたあたりだった。

 ヨネサンの脳内で、けたたましく警笛が鳴り始めた。村の周辺に設置した結界に何かが引っ掛かったのだ。だいぶ離れてしまったので正確な情報は把握できない。ただ、複数の邪悪な存在が村に侵入したことだけは確かだった。

 ヨネサンは無意識に村の方を振り返っていた。


「どうかしたのか?」


 リアムが問いかけてくる。ライザールとシェルファも何事かと足を止めていた。

 ヨネサンは正直に伝えるかどうか迷った。

 言えば彼らは絶対に引き返す。止めても無駄だということもわかっている。

 このまま黙っていれば、無用な戦いに巻き込まれずに済む。彼らはパーティに……いやレニゴールの防衛に必要不可欠な存在だ。その命を小さな村ひとつ守る為だけに危険に晒していいはずがない。

 それ以上に、どうにも胸騒ぎがしてならなかった。いくらトロールが執念深いとはいえ、前回手酷くやられた土地に、なんの勝算もなくのこのこと戻ってくるだろうか。

 この襲撃は、ただのトロールの仕業ではない。そんな気がした。

 だが、引き返さなければ確実に村は全滅するだろう。

 それはすなわち、アリーシャの才能が永遠に失われることを意味していた。


「村になにかあったのね?」


 勘のいいシェルファがそう指摘してきた。

 ヨネサンはやむなく頷いた。


「……結界に反応がありました。おそらくモンスターが村に侵入したんだと――」


 言い終えるよりも先に、ライザールとシェルファは駆け出していた。


「お待ちなさい!」


 制止の声もむなしく、ふたりの背中はあっというまに丘の向こうへと消えた。


「まったく、ちっとも言うことを聞きやしない」


 そう吐き捨てながらヨネサンは二人の後を追う。

 リアムも続くが、重い鎧を身につけている分、どうしても遅れがちになる。


「構わず先に行け。あいつらが無茶をする前に止めろ。俺もすぐに追いつく」


「……わかりました」


 ヨネサンは頷き返し、リアムを置いて村へ続く道を全力で走った。




 村の入口を潜った瞬間、村長の家の方角から爆発音が聞こえてきた。


「今のは……」


 急ぎ音のした方へ向かう。滅多にやらない全力疾走のせいで、心臓が口から出てきそうなほどに暴れている。

 道端に炭の塊のような黒い物体が転がっていて、ぷすぷすと煙をあげていた。大きさからして、おそらくトロールだろう。ライザールの火球魔法で丸焦げにされたのだ。


 村長宅の前にある広場に到着すると、案の定ライザールが三体のトロールと対峙していた。彼の後ろには自警団の若者達が他の村人たちを庇うように槍を構えている。

 ぱっと見た限りでは村人に犠牲者は出ていないようだった。


「ヌヴォアアァァッ!」


 トロールの一体が唸り声をあげながらライザールに殴りかかる。

 ライザールは口元に不敵な笑みを浮かべながら、機敏な動きでそれを躱した。

 彼が百年にひとりの逸材と言われるのは単に魔力が強いからではない。こと戦闘において、あらゆる面で秀でた才能を有しているからだ。当然身体能力も高く、本気で鍛えれば一流の戦士にだってなれるだろう。

 今度は残りの二体が同時に仕掛けるも、結果は変わらない。


「ノロマめ!」


 トロールの拳をひらりと躱し、ライザールは宙へと舞い上がった。

 浮遊魔法を使ったのだ。そのまま空中で静止した状態で右手を前にかざす。その指先から赤い光の粒が現れた。

 その数は三つ。ライザールが最も得意とする火球魔法だ。あの粒のひとつひとつが並のモンスターならば一撃で倒せるほどの破壊力を秘めている。

 放たれた火球が呆け顔で見上げていたトロールに直撃した。

 凄まじい爆発が起こり、熱風が周囲に吹き荒れる。

 それらが収まった時、三体のトロールは物言わぬ黒い物体に成り果てていた。

 浮遊魔法を維持しながら、同時に三つの火球を放つ……ライザールは簡単そうにやってのけたが、並の魔法士にできる芸当ではない。

 やはり彼は天才だ。ヨネサンはあらためてそう思った。


「ライザール!」


 ヨネサンが呼びかけると、ライザールはゆっくりと地面に着地し、周囲の凄惨な光景に似つかわしくない、さわやかな笑顔を向けてきた。


「お、ヨネサン、遅かったな」


「怪我は?」


「トロールごときにするわけないって」


 ライザールは無事であることを示すように両手をひらひらと振ってみせる。


「シェルファの姿が見えないようですが?」


 ヨネサンは周囲を見回しながら尋ねた。


「あいつなら畑の方に行っちまった」


「畑?」


「ほら、アリーシャって子と、昨日の子供がいたじゃん。まだ畑から戻ってないって聞いて様子を見に行ったんだよ」


 ヨネサンは眩暈を覚えた。

 まったく、こいつらときたらどうして勝手な行動ばかり取りたがるのか。


「なんで止めなかったんですか」


「あいつが俺の言うこと聞くわけないじゃん」


「だからってひとりで行かせるなんて」


「んなこと言ったって、ここの人たちをほったらかして俺まで行くわけにはいかないだろ?」


 言われてヨネサンは村人たちの方に視線を向けた。怯えた様子で身を寄せ合っている。ライザールの言った通り、その中にアリーシャとルカの姿はなかった。


「とにかく、急いでシェルファと合流しましょう」


 ヨネサンがため息交じりに言うと、まるでそれを阻止しようとするかのように村長宅の裏手から新たに五体のトロールが現れた。


「まったく、次から次へと鬱陶しい奴らだな」


 ライザールがそう吐き捨てながら前に進み出ようとする。

 ヨネサンはその肩を掴んで止めた。


「私が先に無力化するので、あなたはとどめだけお願いします」


 ライザールはたしかに天才だが、無駄に力を誇示しようとする悪癖がある。

 いくら豊富な魔力を持っているといっても、あれだけ派手に動き回って魔法を連発すれば相応に消耗する。ペース配分を誤れば、不測の事態が起こった時に対処できなくなる恐れがある。

 大事なのは効率だ。

 敵を無力化するだけなら、なにも丸焦げにする必要はない。

 必要な魔力量の計算と最適な術式の構築はすでに終えていた。

 ヨネサンは両手を前に突き出し、術を発動させた。トロールの頭上に白い煙が立ち込め、そのまま頭部を包み込む。

 ものの数秒で、五体のトロールはその場にあっけなく崩れ落ちた。


 ヨネサンが唱えたのは対象を眠らせる眠りの魔法スリープだった。

 基礎中の基礎の魔法だが、トロールのような知能の低いモンスターには絶大な効果を発揮する。それも対象の体質や抵抗力といったデータを基に最適な術式を組み上げているとなれば尚更である。

 ヨネサンの魔法で眠らされたトロールは、蹴ろうが殴ろうがそう簡単に目を覚ますことはない。


「そんなことしなくても、俺が一瞬で片づけるのに」


 ライザールが不満そうに口を尖らせた。


「安全策をとったまでです」


「それにしても五体を一瞬でとか、相変わらずヨネサンの眠りの魔法はエグいなぁ」


「その気になれば、あなただってできるでしょう。それよりも、私は先に行ってシェルファと合流します。あなたはトロールにとどめを刺してからきてください」


「いいけど、ここの人たちはどうすんだよ?」


 ヨネサンはその質問に直接答えず、村長に向かって声を張り上げた。


「あなた方は近くの湖に避難してください。トロールは本能的に水を嫌います。いざとなったら水の中に飛び込めば助かる可能性が高くなります」


 村外れに湖があることは、昨晩のうちにリアムから聞かされており、結界を張る際に自分の目でも確認してあった。

 ただ、トロールが水を苦手とするのは本当だが、別に水の中に入れないわけではないので所詮は気休めである。

 ヨネサンにとって優先すべきは仲間の安全であって、村のことは二の次である。彼らには可能な限り自衛してもらうしかない。

 村人達は不安そうな顔をしながらも、村長に促されてぞろぞろと移動を開始する。

 それを確認してから、ヨネサンは走り出した。


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