第8話 魔力値
「魔力値……ですか?」
アリーシャが小さく首をかしげる。
「そのままですよ。魔力の強さを数値化したものです」
ヨネサンは椅子に座り直しながら答えた。
聞きなれないのも無理はない。一般的に行われる魔力測定は、触れた者の魔力に反応して光を発する水晶玉を用いることが多いからだ。
魔力とは魔法の行使に必要な体内エネルギーの一種である。当然、その強さには個人差がある。魔法の効果は術者の魔力の強さに比例するので、同じ攻撃魔法でも魔力が強い者が使えば、それだけ威力が増す。
「これを使えば、正確な魔力値を測ることができます」
手にした魔道具をアリーシャに見せた。『光の強さ』などという曖昧な判定方法が許せなかったヨネサンが独自に開発した魔力を数値化できる計測器である。見た目は懐中時計にそっくりだが、大きさは二回りほど大きく、上部の突起部分には大きく口を開けたドラゴンの頭部を模した飾りがくっついている。
「ちなみに、アリーシャさんは魔力測定をなさったご経験は?」
「あ、ありません」
「でしたらこの機会にぜひ。ご自身の能力を正しく把握しておいて損はありませんよ」
これまでヨネサンが計測してきた魔法士の魔力値は、平均で一〇〇前後。一般人だと二桁いかないこともあるので、魔法士にとって魔力がどれだけ重要かがわかるだろう。
無論、魔法士の優劣は決して魔力だけで決まるものではない。魔法の運用には膨大な知識と技術が必要となる。ただ、魔力は後天的に鍛えることが難しい為、持って生まれた才能が魔法士の能力の大部分を占めているというのも事実である。
ちなみにヨネサンの魔力値は『一三九』で、これまでに最も高い魔力値を記録したのは、百年にひとりの逸材と言われるライザールの『四一六』だ。
はたして目の前の少女がどれほどの魔力を持っているのか、ヨネサンは純粋に興味があった。
「げ、それ持ってきてたんだ……」
寸劇が終わったのか、シェルファが嫌そうな顔をしながら席に着いた。すると、ごく自然にルカが彼女の膝の上に乗る。どうやらこの短時間ですっかり仲良くなったようだ。
「ドラゴンの生首とか、相変わらずグロい見た目してるよな」
ライザールもやってきて、椅子を逆向きにして跨るように座った。
「失敬な。私のご先祖様の国では、ドラゴンは『リュウ』と呼ばれ、神の使いとして神聖視されている生き物なんですよ?」
ヨネサンはドラゴンの頭を指先でつっつきながら反論した。設計からデザインまですべて自分で行ったのだから当然である。
「えっと、どうすれば?」
戸惑うアリーシャに、ヨネサンはドラゴンの口を指し示す。
「この口の部分に人差し指を入れていただくだけで結構です」
「わ、わかりました」
アリーシャはおっかなびっくりといった様子で人差し指をドラゴンの口へ入れた。
すると次の瞬間、ドラゴンの目が赤い光を放った。
「きゃっ!」と手を引っ込めるアリーシャ。
「ああ、抜かないでください。目が光るのはただの演出ですから」
「いらねーだろ、その演出……」
「趣味わるーい」
外野から心無い野次が飛んでくるが、ヨネサンはそれらを無視して「もう一度」とドラゴンの口をアリーシャに向けた。
「そう、そのまま十秒ほど…………はい、もういいですよ」
計測器を引っ込め、素早く本体部分を確認する。
そこに示された数値を、ヨネサンは思わず二度見してしまった。
「どうだった?」
ライザールが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。アリーシャも好奇心を抑えきれないのか前のめりになっていた。
ヨネサンは内心の動揺を隠して、まぁまぁとふたりを制した。
「そんなすぐに結果は出ませんよ」
「えっ?」
ライザールとシェルファが同時に声を上げた。彼らは計測結果がすぐに出ることを知っているのだから当然の反応である。
ヨネサンは計測器を懐にしまいながら、アリーシャに話しかけた。
「すみません、こいつの欠点でしてね、結果が出るまで時間が掛かるのです」
「そうなんですか……」
わくわくが空振りに終わったせいか、アリーシャは少し残念そうだった。
「結果が出たら、明日にでもお知らせしますよ」
「わかりました。楽しみにしてます」
「それでですね、そのついでと言ったらあれなんですが、アリーシャさんにもうひとつ、お願いがありまして……」
「な、なんでしょうか?」
「あなたの師匠の工房を見せていただきたいのです」
「お師匠様の? 見せるのは構いませんが……でもどうして?」
「私も魔法士の端くれとして、あなたがどんな環境で魔法を学んだのか純粋に興味があるのです。都合の良い時で結構ですので、ぜひ案内していただけませんか?」
アリーシャはたちまち思案顔になる。伯父の言いつけと好奇心が心の中で激しく鍔迫り合いをしているのだろう。
たっぷり十秒ほど迷ってから、少女は小さく頷いた。どうやら好奇心が勝利を収めたようだった。
「えっと、日中は農作業があるので、お昼休憩のちょっとの時間でよければ……」
「それで結構です。ありがとうございます。本当に助かります」
ヨネサンは心からの礼を言った。拒否されたら、場所だけ聞いて夜中に忍び込むつもりでいたので、そうせずに済みそうでほっとした。
「あっ、いけない、もうこんな時間!」
突然、窓の外を見たアリーシャが大声を上げた。
つられて見ると、外はすっかり暗くなっていた。
「すみません、なんだかんだでお時間を取らせてしまいました」
ヨネサンが詫びると、アリーシャは「こちらこそつい長居してしましました」とバツが悪そうに笑ってから、ルカを手招きした。
「ほら、ルカいくよ」
「えー、もっと遊びたい」
「ダメよ。早く戻らないと」
ルカ少年は不満そうに口を尖らせながらも、姉と慕う少女の元へ駆け寄った。
ヨネサンは先回りして、入口の扉を開けた。
「それでは、また明日」
そう言ってふたりを送り出す。
アリーシャはルカの手を引いて部屋を出て行ったが、直後に「きゃっ!」という悲鳴と共に尻もちをついて室内に戻ってきた。ルカを巻き込まないよう咄嗟に手を離したのはさすがと言えた。
「オルン!」
シェルファが声を上げた。同時に扉の影からぬうっと大男が姿を現す。どうやら、ちょうど戻ってきたリアムと鉢合わせになり、ぶつかってしまったらしい。
リアムは「すまない」と短く謝り、少女に手を差し伸べる。
「……」
アリーシャは甲冑を着こんだ大男を見つめたまま完全に固まっていた。気のせいか少し頬が赤い。
一方のリアムは、一向に手を掴んでくれない少女に戸惑いを隠せない様子である。
「お姉ちゃん?」
心配そうなルカの声で、アリーシャは正気に戻ったようだった。慌てて立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ご、ごめんなさいっ!」
「怪我はないか?」
「大丈夫ですっ! 失礼しますっ!」
アリーシャは目すら合わせず、ルカを抱えてリアムの横を駆け抜けていった。
脱兎のごとく、という表現が相応しい逃げっぷりだとヨネサンは思った。
「どうやら怖がらせてしまったみたいだな」
リアムが申し訳なさそうに言った。
「いやぁ、あれは怖がったんじゃないと思うなぁ」
ライザールは訳知り顔で言い、シェルファの方を向いた。
「な、だから言っただろ? リアムさんは意外とモテるって」
シェルファは「むぅ」と唸り、少女が走り去っていった方を見つめた。
「なんのことだ?」
リアムだけが完全に話題から取り残されていた。
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