第15話 女体喰らいの呪い峠①

【女が通ると精神崩壊するヤバい山があるらしい】


 大師「これは俺がバイク仲間から聞いた話なんだけどさ。関東の某山道に、自殺の名所が在るらしい。所謂禁足地みたいな場所で、そこにバイク仲間の知り合いが入って、えらい目にあったんだと」

 七師「精神崩壊って、えらい目ってレベルじゃねーだろ」

 大師「被害に遭ったのは禁足地に入ったカップルの女の方なんだけどさ。今も正気に戻らないままで、噂だと精神病院に入ってるそうだ」

 七師「女連れで浮かれてたんだろ。禁足地なんかに遊び半分で入った報いだな。やはりオカルティストは貞操を守り、己の神秘を高めるべき」


 孤高のオカルティストモテない七師の注目は、やはりカップルという単語に向いてしまうらしい。


 大師「知らずに入っちゃったみたいなんだよ。二人を助けてくれた地元の住職が言うには、山一つが丸々禁足地になってるんだと。そこは〈ヤマノキ様〉って神様が、放し飼いにされてる場所らしいんだよ。それで地域住民も全く近寄らないんだってさ」

 七師「山一つって広過ぎるだろ……」

 七師「場所は? 男だし凸してみたい」

 大師「住職から口止めされてるみたいで、教えてもらえなかった。ヤマノキ様に関して何か知ってる人いないか?」

 七師「ヤマノキ……山の木? 御神木とかか? 単純に森の精霊みたいなやつかな」

 七師「ヤマノキ様って名前は聞いた事ないけど、自分の住んでる地域に似たような伝承があったな。女が裏の山に入ると神様に祟られるから、絶対に入るなって。そこは山の上に墓地が在って、お寺も併設してた筈。あと山の斜面に、凄く大きい観音像? みたいなのが建てられてるんだよ。それが綺麗な女の観音様で、昔はエッチだな〜なんてよく思ってたな」

 七師「これかなり有力な情報じゃないか?特定してみようぜ!」


「——特定完了! 地図を送信しといたます」


 珍しく九郎の部屋に来ているマコトが、ノートパソコンのキーをかたたんと叩く。上下グレーの洒落気が無い部屋着は、成人女性が平日の昼間からする格好ではないだろう。

 彼女の前では、九郎が自分のパソコンに届いたメールを確認している。

 今日の彼女はいつもの黒い服ではなく、肩や胸元を大胆に露出した白いニットのオーバーサイズセーターの下に、黒い編みタイツを合わせた可愛らしい出で立ちであった。


「助かるよ。マコト、君もたまには一緒にどうだね?」

「絶対嫌ます。今週はオハニュの星占いで十二位だったますから、一歩も外に出ないます。てかオイラ、一応女なので!」

「相変わらず迷信深いねぇ」

「迷信じゃないますよ。オハニュの占いはますから」


 二人の前のテーブルに、エプロン姿の啓介が朝食を運んでくる。今日は焼きたてのワッフルと、ハムエッグだ。ブルーベリージャムの瓶とクリームチーズの容器を並べ、三人分の料理を取り分けていく。


「悪いますね。オイラまでご馳走になっちゃって」

「いえいえ。色々とお世話になってますから、これぐらいは……!」


 アカチャネルの愛好家である啓介にとっては、創設者たるマコトの存在はいまだに芸能人さながらである。その意気込みが反映されてか、朝食の内容にも気合いが入っている。


「にしても……マコトさんの言う通りですよ九郎さん。自分が女性だって事忘れてませんか?」

「失礼な。今日のボクは、いつにも増してフェミニンで可愛いだろう」

「そ、それは否定しませんけど……」

「ふふん。啓介くんはこういう格好が好きかね?」


 九郎は腕を上げ、腰のあたりまである長い襟足をうなじの辺りで掻き上げた。すると服の構造上、腋が丸出しになる。

 剃り残しの一つも無い綺麗な腋には、右の側に小さな黒子が在った。その肉感と豊かな乳房へと続く線がどうしようもなく扇情的で、啓介の性癖を一瞬で更新する。


「さ、食べたら出掛けるよ啓介くん。ヤマノキ様の呪いが如何なるものか、ボクのカラダで実験しに行こうじゃないかね」


 九郎は腋を見せつけるポーズのまま、頬にくしゃっと髪を溜めてそう告げた。


 数時間後。九郎の運転する黒い軽自動車が、山道を走っていく。周囲には見渡す限り木々ばかりで、建物の影は一向に見当たらない。


「こんな場所に、本当に集落なんて在るんでしょうか」

「地図を見る限り、もう直ぐ着く筈だよ。尤も今回は山道で向かっているから、集落に立ち寄る事はないだろうけどね」

「そっか……今回の目的地は山でしたっけ。ならもう既に、禁足地に入っているかもしれないって事か……」

「道も普通に舗装されているし、全然そんな感じはしないけどねぇ。ま、空振りだったら帰りに寿司屋にでも寄るとしよう」


 どうか空振りでありますようにという本音を飲み込み、啓介は周りの景色に目を配る。今回危険な目に遭うのは、彼ではなく九郎である。その前提が、何故か普段以上に啓介を緊張させていた。

 山の肌に遮られていた景色が開けると、山の麓にそれなりに大きな集落が見えてくる。田舎には違いないだろうが、農村ではなく近代化された住宅地といった感じだ。

 そして景色の端に見える山の側面には、黄金に輝く巨大な建造物が見えてきた。


「あ……九郎さん、あれがきっとチャネルで言われていた女性の観音像ですよ!」

「啓介くん。観音像というのは、元来女性であるのが一般的だとする説を知っているかね?」

「そうなんですか……?」

「奈良の大仏像が釈迦如来——仏教の開祖であるガウタマ・シッダールタをモチーフとしているのに対し、観音像は仏教由来の信仰ではないとされているのだよ。諸説あるが、オカルティスト達の間では、拝火教の女神を源流としているという説が有力でね。古代日本における拝火教信仰の名残が、仏教文化に吸収されたのだと言われているのさ」

「拝火教……あまり馴染みがありませんね」

「所謂太陽信仰だね。日本の神道も太陽の化身である天照大神あまてらすおおみかみを主神としているから、そういう点では似ているかな」

「そういえば、天照大神も女性の神様でしたっけ……」

「拝火教の太陽神は、アフラマズダという男性神なのだけどね。観音像のモチーフとなったアナヒタという女神は、アフラマズダの娘なんだ。河の神で、世界を流れるあらゆる河の源流になったともされているのだよ」


 相変わらず九郎は宗教に関する蘊蓄が豊富だ。嘘と真実の境界が曖昧な、眉唾物の内容ではあるが。

 遠目には金の塊だった観音像の細部が近づくにつれて視認できてくると、その造形が想像よりもずっと性的である事に啓介は驚く。

 顔の造形は仏像よりも古代西洋の大理石彫刻に近く、顔立ちそのものもどこか異国風である。また乳首を露出させた巨大な乳房や妙に肉感的な身体など、七師の一人が言っていたように、年頃の男児が見れば性的関心を大きく掻き立てられてしまうだろう。


「なんだかこう……怪しいというか、下品な像ですよね……」

「啓介くんはおっぱいが好きだねえ。男の子らしくて結構」

「んな⁉︎ そ、そそそんなんじゃありませんけど⁉︎」


 すると冗談を言って笑っていた九郎が急にブレーキを掛け、車を停めて静かに前方を観察する。


「どうしたんです?」

「道の奥……何か見えないかい? 動いているみたいだ」

「動物でしょうか……」

「いや、そんな感じじゃない。奇妙な動きだ。……そう、シャクトリムシみたいに」


 風に揺れる無数の葉の動きから違和感を見出そうと必死に目を凝らしていた啓介も、少し遅れてその妙な物体を発見する。それは確かにシャクトリムシを想わせる細長い物体で、弧を描いて縦に回るような動きで樹々の中を移動していた。その大きさは人間程もあり、一般に知られる生き物とは異質な存在であると察せられる。


「まさかあれが、ヤマノキ様でしょうか……?」


 観音像の存在から淫靡な女性型の怪異を期待していた啓介は、自分が恥ずかしくなる。遂に道路にまで出てきたそれは、三匹のシャクトリムシが尻の部分で繋がったような不気味な触手の怪物であった。それが車輪のように回転し、およそ生物とは思えない動きで道の真ん中へと姿を現す。

 九郎は運転席と助手席の隙間にある収納ボックスを開いて、双眼鏡を取り出した。覗き込むと、百メートル以上は離れた怪物の体構造が目視で大まかに把握できる。茶色い体表は皺が多く、かつて図鑑で見たブラキオサウルスの首を彼女は思い出した。

 その時。触手の根元で節になっている部分がぱっくりと裂け、黄色く濁った眼球がぐちゃりと開く。それと目線が合い、九郎は悪い予感に胸を躍らせる。

 三本の触手が節の方からぶくっと膨らむと、金切り声で叫びながら九郎達の方へと転がり始めた。


「く、九郎さんっ! こっちに向かってきます。逃げないと!」

「何を言っているのだね啓介くん。今回の目的は、女を精神崩壊させるという呪いの正体を突き止める事だよ。逃げ帰るのは簡単だが、それじゃこんな山奥まで来た甲斐が無いだろう」

「何言ってるんですか! 精神が崩壊するんですよ!?」

「安心したまえ。精神力の強さには自信が有るのでね」


 九郎は恐怖を感じない。そういう意味では、確かに人並外れた精神力の持ち主だと言えるだろう。実際、奇声を上げながらフロントガラスへと迫ってくる怪物を前に微動だにせず待ち構えていたのは、常軌を逸した胆力と言わざるをえまい。

 寧ろ男である啓介の方が完全に狂乱し、今にも車の外へ飛び出さん勢いで扉に身体を押し付けていた。だが目線だけが引き寄せられるように、九郎の姿を収めている。それが彼にできる、精一杯の怪異に対する抵抗だったのだろう。

 肉体を持っているように見えた触手の怪物は、さも当然のようにフロントガラスを通り抜けて車内へと侵入する。九郎へと伸ばす触手の先端には、ヤツメウナギの口に類似した無数の突起構造を持つ吸盤状の口が備わっていた。

 それは運悪く隙間の多い服を着ていた九郎の腋下から侵入し、乳袋をまさぐって彼女の乳首へと吸い付いたのである。二本の触手が左右の乳首を飲み込むと同時に、彼女は「お……おぉっ……♡」とハスキーな声質で甘い嬌声を上げる。

 自分の身に起きた変化に、九郎は動揺していた。胸は感じやすい方だと自覚していたが、異形の口に乳首を舐られる度に無数の突起の形状全てを乳首が感じ、その刺激が快楽となって脳に染み込む。


「な、成程……これは……きついね……!」


 乳首から伝わる刺激が乳房の内側へと波及し、普段は認識できない筈の自分の乳腺の形状までも、はっきりと感じられてしまう。快感に呼応して彼女の特異体質が乳腺に母乳を分泌させ始めると、乳腺から母乳が染み出して乳管を流れていく感覚までも、明瞭に脳へと伝わってきた。

 母乳の排出に伴う快感は乳首の表面に感じているそれの比ではなく、品の無い例えだが男性の射精とはこういうものなのだろうと、九郎は痺れる脳内に思考の泡を浮かべる。


「おほぉっ……♡」


 気の抜けた声を上げなければ呼吸もできない程に乱れている九郎の座るシートには染みが広がり始め、そこに向かって最後の触手が伸びていく。


「うう……くそっ!」


 その意味を察した啓介が爆発しそうな程に激しく脈打つ胸を騙して怪物に掴み掛かるも、腕は触手をすり抜けて触れる事さえかなわなかった。

 ならばせめて九郎を移動させようと肩を掴むと、その拍子に乳房がゆさりと揺れて、彼女は声にならない悲鳴を上げる。煮え滾った乳腺が乳房の中で攪拌されるような快楽の熱に、身を焼かれているようだ。

 涎を垂らして苦しむ九郎を見て、啓介は成す術も無く手を離す。

 そして遂に、残る触手が九郎の秘部へと接吻する。この日最大の不幸は、彼女が下着を着けていなかった事だった。触手は陰毛を掻き分けて容易く粘膜に辿り着き、肉を押し分けて内部へと侵入していく。


「あっ♡ 駄目っ♡ ボクの中に入ってくる……こんなの壊れるぅっ♡」


 成人男性並みのサイズである触手の怪物が九郎の胎に入れば、性器と内臓は致命的に破壊されてしまうだろう。

 だが不幸中の幸いというべきか、九郎の子宮へと入っていく怪物が、彼女の腹を膨らませる事はなかった。

 最終的には怪物のほぼ全身が九郎の体内へと入ってしまい、股座から伸びた二本の触手が乳房から母乳を吸う、異様な寄生状態が完成してしまったのである。

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