第7話 日本のアマゾンを目指して①

「おはよう、啓介くん。今日の朝食は何だね? ボクは和食をご所望だよ!」


 謎の不眠症から回復した九郎は、以前にも増して元気を取り戻し、喧しくなっていた。


「今朝は肉団子の甘辛卵あんかけと、茄子の味噌汁ですよ」

「ン素晴らしい! ン♡」


 心なしか、ノリも以前より鬱陶しい気がする。今朝は特に顕著だ。


 啓介が白飯を茶碗によそっていると、九郎がによによと下から顔を覗き込んでくる。


「啓介くん。今朝のはどうだったかね?」

「今朝……?」

「特別ボーナスだよ。ポナッターの個人チャットに送っているから、まだ見ていないのなら後で確認してみたまえ」


 ポナッターというのは、〈個人間でのチャットや通話〉と〈タイムラインでの不特定多数に向けた情報発信〉を両立した、国内最大手のソーシャル・ネットワーク・サービスである。

 運営元がアカチャネルと同じ会社だというのは、有名な話だ。


 配膳を終えた啓介は、九郎のテンションの高さに不安を覚えながらも、ポナッターの個人チャットを開く。九郎からの特別ボーナスを確認する為に。

 自分が寝ている間に見知らぬ男に犯されていたなど夢にも思わない九郎は、啓介が教えてくれた入浴法のお陰で不眠症が治ったと思い込んでいるらしく、〈昇給〉か〈特別ボーナス〉の二択を啓介へと持ち掛けた。金銭にあまり執着が無い啓介は、福袋を買うような軽い気持ちで特別ボーナスを選んだのである。

 九郎から送られてきたのは、〈特別ボーナス〉というファイルだった。それを開くと、画面いっぱいに肌色が広がる。

 写っていたのは、乳牛のコスプレに身を包んでベッドに横たわる九郎だった。コスプレとはいっても殆ど全裸に近い格好で、白地に黒い乳牛模様の付いた眼帯のような小さいビキニで辛うじて局部が隠れているのみである。耳や尻尾の飾りに加えて、手足を牛柄の布で覆っているのも、何とも言えないいやらしさがある。

 彼女の色素が薄い大きめの乳輪は大胆にはみ出しており、布に隠された乳首からは母乳が流れて、白く淫靡な筋を張り詰めた乳房の曲線と引き締まった身体に幾つも引かせている。

 残りの写真も過激なものばかりで、鼻に輪っかのピアスを付けて長い舌を出した挑発的な顔や、自分の胸を手で搾る瞬間を捉えた一枚が収録されていた。


「あがっ……か……!」

「君はボクの母乳が好きらしいからね。ホルスタインなボクを特別サービスだよ♡ 存分に使ってくれたまえ」


 正直現金より嬉しいと感じてしまった自分に、啓介は頭を抱えたくなる。

 そんな気持ちも知らず肉団子を頬張る九郎は、一旦箸を止めて話を切り出す。


「ときに啓介くん。今日から新しい取材に向かうよ」

「あれ、調べものはもう終わったんですか?」

「部屋の中で済む分はね。此処からは、フィールドワークで色々と集めなくてはならないのだよ」

「はぁ……で、何処に行くんです?」

「千葉県の北部。天園あまぞの村という小さな集落さ」

「千葉ですか。そこに何が有るんです?」

「ふふーん。これを見てみたまえ」


 九郎はノートパソコンを回し、啓介にはアカチャネルの表示された画面を見せる。


【俺の故郷が変なんです】


 大師「小さな頃、ほんの数年だけ住んでいた俺の故郷が凄く変な所で。最近ふとそこでの出来事を思い出したので、書き込んでみようと思ったんです」

 七師「因習村系じゃん!」

 七師「この手の話は作り話でも盛り上がるんだよな」

 七師「大師のスペックは?」

 大師「男。二十六歳。村にいたのは多分五歳頃まで。今は一人暮らし」

 七師「十四で一人暮らし? 親は?」

 大師「いないよ。村から一人で出された後は、施設に預けられたから」

 七師「おいおい、中々重い話だな」

 大師「そこも村の因習に関わる部分だから、追い追い話していきますね。村の名前とか場所ははっきりと覚えてないんだけど、俺が今住んでる場所が千葉県の北部で、村も施設もそこから然程遠くないのは確か。村から施設までは車で移動したんだけど、子供の記憶ながらに一時間程度だったのを憶えてる」

 七師「場所まで割と絞れてるのか」

 七師「言っちゃっていいの?」

 大師「いいです。此処に書き込んだのは、皆さんで村の場所を特定してほしいからなので。もし村の場所が分かれば、凸もしてみようかと思っています」

 七師「大師自ら行くのか!」

 七師「マハトマ! 神チャネルの予感!」

 七師「解析班の頑張り次第だぞ! 気合い入れてけ!」

 大師「村にいた時の記憶が残ってるのは出ていくまでの最後の一年分ぐらいで、その時の情報をこれから書いていきます」


 大師はしばらく時間を置いて、当時の事を一気に書き込んでいく。


 大師「村にいた頃は母親がいて、一人っ子だった俺と一緒に暮らしてた。当時既に普通に食事ができるようになっていた俺にも毎日のように授乳をしてくれてたのをよく憶えてる。下から見上げた時の顔しか思い出せないくらいだ。村には学校みたいなものは無くて、字の読み書きなんかは母親から教わってた」

 七師「五歳児に授乳……? もう既に変だぞ」

 七師「うらやま。自分も大師の村に生まれたかった」

 大師「村の中を一人で出歩くのは禁止されてて、外に出られるのは母親に付いていく時だけだった。外には自分と同じぐらいの子供達もいたけれど、話す事は禁止されていた。母親は特に働いている様子は無くて、出歩く時は村の集会所みたいな所へ食べ物を貰いにいってたんだ」

 七師「何か大師、隔離されてないか?」

 大師「多分そうだったんだと思う。俺はそれを当然の事だと教えられてたから、特に違和感は感じてなかった。それで村の景色なんだけど、かなりのド田舎だ。家は全部木製で、扉なんてものは無かった。家の中身は基本的に丸見えで、各家庭の生活領域を区切るものってよりかは、単に雨風を凌ぐ為の場所って感じ。それと、村中にやたらと蛙の置き物が有るんだ。下手したら、家の数よりも多かったかもしれない」

 七師「何かの宗教施設だったんじゃないか……?」

 七師「村の御神体とかなのかもしれんな」

 大師「それで、此処からが本題なんだけどさ。俺が村にいた間、見た村人が全員女だったんだよ。俺には父親がいなかったし、それは他の家庭も同じみたいだった。どの家でも母親が一人で、娘を育ててるんだ。今になって思えば、自分は男だから隔離されてたんじゃないかって気がする」

 七師「待て待て。ならどうやって子供を作るんだ? 男達は村の外へ出稼ぎに行ってるとかで、たまには帰ってきてたんじゃないのか?」

 大師「分からない。俺は短い間しか村にはいられなかったから。でも少なくとも俺は、村を出て外の常識を学ぶまでは父親なんてものの存在は知らなかった」

 七師「他に何か変な部分は無かったの?」

 大師「村人の服装とかは、外に比べると変だったように思う。皆同じ服を着てたんだ。真っ白な着物みたいな服で、村人達はふんどしを腰に巻いた上からそれを着て、腰を帯で巻いてた。丈が長くてワンピースになった柔道着みたいな感じ。布地はもっと薄くて質素だけど」

 七師「下にはふんどし以外に何も履かないのか?」

 大師「俺の記憶では、みんな太もも剥き出しで生活してたよ。上半身も開いた前の部分から丸見えで、臍とか、乳輪も大きい人ははみ出してた。おまけにみんなやたらと巨乳なんだ。頭より小さい胸の大人を見た記憶が無い」

 七師「エロ過ぎだろ。なんだその楽園」

 大師「あ、でも時々変な人もいたな。左の胸だけが、ぺったんこになってるんだよ。それで、乳首だけが異常にでかいんだ。人間の唇みたいに。その人達は赤い服を着てて、村人からは〈ニグシモ様〉って呼ばれて特別扱いされてる感じだった」

 七師「急に不気味な話だな……」

 七師「ギリシャ神話とかのアマゾネスっぼいよね。女だけの部族ってところとか、片方の胸が無いって部分も」

 七師「日本のアマゾン伝説か……これは是非とも明らかにしてみたいな」


 九郎はそこで一旦、パソコンを閉じる。


「このチャネルは一ヶ月ほど前に建てられて以来、常にランキングの上位を維持し続けている人気のチャネルでね。今も尚、数々の考察が日夜交わされている。ボクも前々から注目していたのだよ」

「特定はもうされたんですよね? その天園村って所で」

「チャネル内ではまだだよ。天園村というのは、地図にも載っていない集落でね。特定したのは、うち専属の解析班だ」


 九郎の説明と同時に、玄関でがちゃりと扉が鳴る。


「丁度いい。啓介くんにも紹介しておこうかね」


 ダイニングキッチンに入ってきたのは、猫背気味の女性だ。黄土色のロングコートの下には白いセーターとベージュのチノパンを履いており、丸い眼鏡を掛けている。腰辺りまである黒い髪を、後頭部で一つに括ってベレー帽を被った個性的な出で立ちだ。

 伏せがちな姿勢のせいで少し見え辛いが、一目で相当な美人だと分かった。


「ちょっと九郎氏! 誰か、その幸薄そうで、そこはかとなくエロい男性は!」

「新しく雇った助手の啓介くんだよ。そのうち死んでもらう予定だ」

「あぁー! 良いますねぇ。モブ顔成人男性の心霊リョナ!」

「良くありませんが」


 会って数秒で啓介は理解した。この女は、九郎と同種の危険人物だと。


「此方のかたはどちら様なんです?」

「さっき話していた、うちの解析班だよ。ほら、脳にウジ虫湧かせてないで自己紹介しな」

「申し遅れますた! オイラ、アカチャネルの管理人をやらせてもらってる薬袋みないマコトます!」


 その独特な口調が、啓介の中で一つの答えと付合する。


「もしかして……〈全智の神〉さん⁉︎」

「そうホギねえ!」


 アカチャネルを普段から使う啓介にとっては、雲の上の人物だ。世界は狭い。そう感じずにはいられなかった。


「今回の件は出張になるし、ガセの可能性も高かったから、長らく後回しにしていたのだけどね。マコトが裏を取ってくれたのだよ。それで取材へこぎつけたという訳だ」

「女だけの村……俄には信じ難いですが、確かに気になりますね。でも男の私が入って大丈夫なんでしょうか?」

「ボクが君に確かめてほしいのはそこでね。アマゾネスという部族は、子孫を残す為に外部の男を集団で犯して、子種を奪ってから殺したのだそうだ」

「成程……その実験体に私を……」

「さ、行くよ啓介くん。命懸けの大乱交旅行の始まりだ!」

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