最終話 三千世界の鴉を殺し、君の死体が見てみたい
今はもうその名を呼ぶ者さえいなくなった廃村から、九郎と啓介は車を出す。
「啓介くん、帰りに少し寄りたい場所があるんだ。付き合ってくれたまえ」
「いいですよ。何処に行くんです?」
「不知ず森神社さ。今回のお礼を言いに行こうと思ってね」
「夜の禁足地ですか……ついでに寄るにはヘビーですね……」
「安心したまえ。あれだけ強力な厄祓いをぶちかませば、東京近郊じゃ向こう半年は、霊現象なんて起こりようもないよ」
啓介は、それはそれで寂しいものだと思ってしまう自分に気付く。今回だって、何度も命が危なくなる場面があった。目の前で人が何人も死んだ。
それなのに何処かやり切った気持ちさえあるのは、はたから見れば異常な事なのだろう。
彼は、それでもいいと思った。
「何はともあれ、九郎さんが無事でよかったです。今回こそは駄目なんじゃないかって、ヒヤヒヤしましたよ」
「君の死体を見るまでは死ねるものかね。楽園にだって、これ程面白い題材はないだろうに」
「ええ。是非そうしてください」
予想外の返事に、九郎は思わずルームミラー越しに啓介の方へ視線を遣る。
「……また壊れてしまったかね?」
「壊れてなんていません。本心ですよ」
「それは困る。壊れてくれていた方が、まだ直しようがあるというものだよ」
怪訝な顔をする九郎に対し、啓介は何とか上手い言葉を捻り出そうと苦心している。
「な、何というかその……死ぬのが怖くないとかそういうのではなくて、私にとっては九郎さんがそばにいてくれさえいれば、それでいいといいますか……」
しどろもどろに話す啓介を眺めて、九郎は「ふ〜ん」と満更でもない笑みを浮かべる。
「だからその、私は……九郎さんに死体を見てもらいたいです!」
ふと啓介が窓の外へ視線を移すと、もの凄い速さで不知ず森神社が流れていく。
「あ、あれ⁉︎ 九郎さん、通り過ぎちゃいましたよ⁉︎」
九郎は躊躇いなくアクセルを踏み、人気のない夜の道をぶっ飛ばしていく。
「行き先変更! 今から亀戸ロードホテルに行くよ。部屋は眺めの良い場所……七階の角部屋が良い!」
愛してその人を得るのは最上である。
愛してその人を失うのは、その次に良い。
だからボクは
三千世界の鴉を殺し、君の死体が見てみたい。
—終幕—
三千世界の鴉を殺し、君の死体が見てみたい【電網探偵・明石家九郎の事件簿】 鯨鮫工房 @Jinbei_Sha
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