第18話 虚飾のカラスが神に鳴く②



 九郎と啓介は同じ家へと連れていかれ、黒装束の女から夜までの待機を言い渡される。時刻はまだ昼過ぎであり、まだまだ時間はありそうであった。


「九郎さん……どうしましょう。こんな状況じゃ、仮に肉芝仙を倒せても、その後に殺されちゃいますよ……」

「そうだね。先ずはこの首輪をどうにかしなくては。その為にも、今から屋敷に潜入するよ」

「……分かりました!」


 黒い羽根が散ると、発信機の付いた九郎と啓介の肉体がその場に残され、いつも通りの姿(啓介は当然男の姿である)に戻った二人が家屋から出ていく。かつて九郎が名も知らぬ男に自分の肉体を犯させた時のように、生霊だけを肉体から離したのだ。

 無論霊体である為に村の人間からは見えず、彼女らの前を悠々と横切って屋敷に向かう事ができた。歩きながら、啓介は疑問を一つ口にする。

 

「九郎さん、そういえば。さっきの話を聞いて一つ、気になった事があるんです」

「どうしたのかね?」

「ククさんは、肉芝仙への捧げものに昔は牛を使っていたと言っていましたよね。それってやっぱり、人間と比べて数を確保しやすいからだと思うんですよ」

「倫理的な観点を敢えて外すならば、確かにそうとも考えられるだろうね」

「……でもこの村では、人間の女性を生贄にしているんですよね。それも誰でもいい訳ではなくて、ある程度の肉体的な基準が設けられているように感じたんです。さっきも私と九郎さんの品定めをしていたようでしたし。それにしては、儀式の頻度が多過ぎるように思いませんか?」

「良い所に目を付けるじゃないかね。前回私達が村を訪れて直ぐに儀式が始まったのが偶然だとしても、今回の訪問との間に空いている期間はたったの二か月弱……こんなペースで女達を消費していたら、直ぐに村全体が立ちいかなくなってしまう筈だ」

「外部からの人間を無理矢理生贄に捧げたケースもあまり多くなさそうな口ぶりでしたし、明らかに辻褄が合いませんよ。天園村のチャネルを立てた大師さんの年齢から考えて、この儀式が少なくとも二十年近く前から実施されているものだと仮定すると、人口の増加が消費のペースに追いつく訳がありません」


 啓介の指摘に、九郎は手を口に遣って一瞬考え込む。


「外部から女達を輸送する手段が有るのか……それとも、村の内部で充分な数の女を用意する何らかの手段が有るのか」


 九郎の予想は後者だった。現実的な手段は前者に違いないが、ここまでの荒唐無稽な集落が尋常な手段で運営されている筈もない。


「……啓介くん、まだ調べていない場所があったよ。肉芝仙の巣食う彼岸側ではなく、村の在る此岸側の森だ」

「行ってみますか。まだ時間はあります」

「鬼が出るか蛇が出るか。楽しくなってきたねぇ」


 行き先を屋敷から変更し、枝葉をすり抜けて森の奥へと入っていく。彼岸側の森が比較的平らなのに対し、此方は切り立ってかなりの急勾配になっていた。地形を無視して移動できる霊体の姿でなければ、登るだけでも一苦労だったに違いない。

 そのまま濃い茂みをひたすらに抜けていくと、三十分程で崖の上へと到達した。平らになった広い空間は背の高い無数の木の林となっており、空は樹冠に覆われて完全に塞がっている。そして樹々の隙間を歩いていたのは、全裸の女達だったのである。

 彼女等は皆一様に九郎達が付けられたものと同じ首輪が掛けられており、啓介の脳裏には〈人間牧場〉という言葉が浮かんだ。彼女らの乳房は巨乳症で異常に発達しており、腹の辺りまで垂れ下がった乳房を子供がちゅくちゅくと吸っている。


「あの不自然な乳房は……品種改良の結果という訳かね。彼らは此処で、肉芝仙の餌に適した人間を飼育していたのだよ」

「そんな非効率な事があり得るんでしょうか……?」

「よく見たまえ啓介くん。今目の前で乳を吸われている女の顔に、見覚えはないかね?」

「……あ」


 九郎が指摘した女の顔には、カエデの面影が感じられたのである。しかし彼女が生き返った筈もない。あの女の正体は、二人いたカエデの娘のどちらかだろう。


「そんな馬鹿な……たったの二か月で……!」

「品種改良の結果か、神の力を借りた外法か……何にせよ、ここまで急速に人体を成長させる方法を用いているのは間違いなさそうだ。たったの二か月で十歳か二十歳近く年を取っているのだから、その寿命も極めて短いのだろうね」

「なんて酷い事を……! 人間の命を何だと思ってるんだ……!」


 もしかしたら自分達の運命を、彼女ら自身も自覚しているのかもしれない。だからこそ、天園という〈救済〉に自分の命を捧げられるのだろうか。


「一見村のように見えた下の施設は、あくまで肉芝仙に女の身体を吟味させる為のディスプレイでしかないのだろうね。授乳される役の子供達と一緒に、餌になる為だけに山を下りるんだろう」

「……一応これで、儀式の頻度に関する謎は解けましたね。これからどうします?」

「ボクは今、もう一つ気になる事ができたよ。今この場にいる女達はボクらと同じ首輪を付けている訳だが、仮に今ククが首輪を爆破させるスイッチを押した場合、全てが一斉に爆発すると思うかね?」

「いやぁ……流石にそんな本末転倒な事にはなりませんよね」

「同意見だ。爆破スイッチがあるとすれば〈その信号にはある程度の指向性がある〉か、或いは〈コンピューターなどで指定した番号の首輪を、ピンポイントで起爆できる〉かのどちらかである可能性が高い。……爆弾自体がハッタリである可能性もあるがね」

「私は一番目の説が一番あり得ると思います。パソコンのソフトウェアを経由した遠隔での操作なんて、精々数十メートルの射程距離しかありませんよね。それで村全体の脱走者を管理しようっていうのは無理があるかなと」

「そうだね。おそらくは指向性の強い赤外線ポインタのような起爆装置を、自分と部下達に持たせているんだろう。脱走者が出れば発信機で追跡して、車なりで追いつけば容易に殺せる。さて、この場合どうすれば、ボク達が生き残れる可能性が最も高くなると思う?」


 啓介は一瞬考え込み、既に脳内へ出ていたであろう答えを躊躇いながらも口にする。


「此処の女性達に……囮になってもらう事でしょうね」

「その通り。時間が近付いたら姿を偽装して、この場所まで上がってくるんだ。当然発信機でバレるだろうけど、此処に辿り着いてさえしまえば、他の発信機が起爆信号を吸ってくれる筈だ。そうやって犠牲者が出れば、混乱は益々大きくなる」

「……命を利用しているみたいで、気は進みません」

「気持ちは分かるよ。だが彼女達を救えるものなんて、もう何処にも存在しないんだ。ボク達はそう信じたからこそ、この儀式の連鎖を終わらせに来た。違うかね?」

「……違いません。ごめんなさい、我儘ばかり言ってしまって」

「構わないさ。ボクにとっては、啓介くんが命を軽々しく犠牲にできるような異常者になってしまう事の方がよっぽど困るとも。この場が異常であるという事を、どうか忘れないでくれたまえよ」


 九郎が能力を解くと、二人の意識は一瞬で肉体の側へと戻ってくる。その後はなるべく静かに時を待ち、できるだけ周囲の警戒心を緩める事に努めた。


 そして、遂に日が沈み始める。


 九郎と啓介は【解読不能の愛ブラック・チェンバー】で周囲の景色に同化すると、此岸の森へと向かって移動を始めた。道中で九郎達の家に向かうククとすれ違い、啓介は一瞬心臓が跳ねる。

 だが気付かれる事はなく、二人は崖を登り始める。啓介は既に男の姿へと戻っていたが、それでも生身での登攀は中々に難しい。スーツではなく部屋着姿だったのは幸いといったところか。

 後ろから終われるかもしれない恐怖が、首の後ろをじりじりと焼く。少し登った辺りで、河辺の辺りが騒がしくなり始めた。


「逃げ出したのがバレたようだね。だが発信機を確認する為の時間も必要な筈だ。今のうちに登ってしまうよ」

「は、はい!」


 枝葉に阻まれる道なき道を、啓介は肌が傷付くのも厭わずに掻き分け続ける。

 やがて後方から追っ手の立てる音が聞こえ始めても、鳴ろうとする心臓を抑え込むように無心で手足を動かし続けた。最早隠れもせず、半ば走りながら上へと進む。明確な目的地を見つけていなければ、ここまで大胆に進む事はできなかっただろう。

 三十分余りの逃避行の果てに、二人は人間牧場へと辿り着く。


「啓介くん、走れ!」


 九郎は息一つ切らさず、奥へと走る。透明化を解いて普段着に偽装した姿を敢えて現すと、女達の中へと突っ込んでいった。


「逃げろ! 此処にいたらされるぞ!!」


 九郎が鬼気迫る声で嘘を叫ぶと、女達は戸惑い始める。自分達の首に付いているものが何かを、彼女らが知らない筈はない。爆弾として認識されるからこそ、脱走に対する抑止力として機能し得るのだから。

 すると崖の下から黒装束の一人が這い上がり、九郎達のいる方向を目掛けて起爆スイッチを押して赤いレーザーを放つ。その狙いは疲労のせいか大きく逸れ、無関係な女の首に照射された。

 ぴん、と一瞬電子音が鳴り、ばしっと小さく爆炎を上げて女の首輪が爆発する。それは首を抉り、闇の中で鮮血を噴き出させた。


「あぎゃっ! ぎひいいいいいっ!」


 女は悲鳴を上げながら倒れ、首を押さえてびくんびくんと痙攣する。

 その姿を見て、周囲の女達を一気に恐慌が包んだ。自分達が処分されるのだと勘違いした女達は、混乱の叫びを上げながら樹々の間を逃げ惑う。

 遅れて牧場に辿り着いたククは、その光景に唇を噛んだ。


「静まりなさい! 今のは只の事故です。貴女達を殺しに来たのではありません!」


 大声で宥めようとするも、無数の悲鳴に言葉が潰されてしまう。寧ろククの荒げた声色だけが伝わって、彼女達を恐怖させる一方だ。


「チッ……こうなっては、仕方ありませんね」


 ククは起爆レーザーポインタを闇雲に振ると、その軌道上にいた女達の首輪が幾つも一斉に鳴り始める。


「ひいいいいいいっ!!」


 暗闇の中で次々に爆炎が炸裂し、女達は弛緩した身体から母乳や尿を垂れ流して倒れていく。


「く、クク様! 何を⁉︎」

「逃げ出す者は全員処分しなさい。元よりその為の装置です。肉芝仙には、しばらくの間死体で我慢してもらう事にしましょう」


 ククは冷酷に告げると、自ら先陣を切って女達を処分していく。初めは苛立っていた顔付きも、辺りに悲鳴と肉片の混ざる血煙が満ちるにつれて、狂気の笑みに歪んでいった。


「あはっ! あはははははっ! これは良い。一度でいいから、こんな風に贅沢な殺し方をしてみたかったんですよ!」


 背後に控える部下達は彼女の狂乱ぶりに腰が引けながらも、後に続いて処分を開始する。

 地面に踞って服従を示す個体にさえ、ククは容赦なく引き金を引いた。


「さて、そろそろ当たりましたかぁ? 貴女方二人が死んでくださらないと、どんどん無駄な命が奪われていきますよぉ!」


 その時。彼女の背後で、絶叫が響く。ククが反射的に振り返ると、そこには部下の一人を踏み付ける肉芝仙の姿が在った。


「た、助け——やだやだやだ!」


 必死の懇願も虚しく、肉芝仙の巨体に体重を掛けられ胴体を押し潰された女は、口から内臓を吐いて破裂する。

 瞬間、次は自分の番だと理解した部下達は、一目散に逃げ始めた。


「馬鹿な……何故こんな場所にいる⁉︎」


肉芝仙が姿を現した理由は、周囲に立ち込めるあまりにも濃厚な血の臭いであった。

 目の前で部下達が惨殺されていく様を見ながらも、ククは努めて冷静にその場を動かない。その判断が彼女の命運を分ける。

 背後から不意に伸びた九郎の腕が、レーザーポインタを持つ手と首を捕らえたのだ。


「なっ……貴女は……!」

「ようやくまともに話ができそうだね、クク。君にはずっと、聞きたい事があったのだよ」

「聞きたい事……⁉︎」

「天園とは、素晴らしい場所なのだろう。ならばどうして、君は行こうとしないのだね?」

「ふ、フン。そんな事ですか。私も当然、かつては天園を目指す女の一人でしたよ。ですが私は生まれつき身体が弱く、子供を産めない身体になってしまったのです。此処の女達のように子供を産んで育てられる身体さえ有れば私だって——」

「そうかね。それ以上はもう結構だ」


 九郎はククの台詞をばっさりと切り捨てると、首を押さえていた手で彼女の小さな乳を掴む。すると、まるで風船でも膨らむかのように、乳房が着物の下から肥大化し始めたのである。

 乳房だけではなく全体的に小柄なククの身体全体が、骨格から作り変えられていく。そして、村の女達と同等かそれ以上の豊満な身体へと変貌を遂げた。

 サイズの全く合わなくなってしまった着物がはだけ、腹の辺りまで垂れ下がった乳房が露出してしまう。その先端で勃起する巨大な乳首は、乳輪が黒くぶつぶつとして、彼女が散々に虚仮にした容姿をそのまま形にしていた。


「わ、私の美しい身体が……こんなに醜く……!」

「ボクは君の心を形にしてあげただけだよ。君には随分と醜く見えるらしいね」

「だ、黙れ! カエルの餌の分際で——」


 ククの首に、肉芝仙の舌が巻き付く。


「どうやら、今宵の餌は君に決めたようだ。望みが叶って良かったじゃないか」


 分かれた舌がククの肥大化した乳首の先を愛撫すると、彼女はその異常な快感に身を痙攣させる。


「あっぎゃあっ……! お、お前、私に何をした……!」

「女として味わえる最高の快感だよ。君のような下衆がイける、最初で最後の天国だ。存分に楽しむといい」

「ふっふざけっあっ!!♡ やめろっ! この恩知らずっ♡ 誰がお前に餌を与えて大きくしてやったとッ♡」


 肉芝仙は乳房のみならず、性器や上下の口にも管を挿入してククのあらゆる穴をしゃぶり尽くしていく。人生で初めて感じる快楽にククはひしゃげた蝦蟇のような声で喘ぎ、まるで二匹の蝦蟇同士が交尾をしているかのようだ。

 奇しくも彼女の身体は、神にとって史上最高の捧げ物になったようであった。


「君程に肉芝仙の事を想い続けた女はいないよ。せめて我が子に抱かれながら、地獄に落ちるといい」


 肉芝仙はククの身体を隅々まで犯し尽くすと、全身の穴に管を挿入されて身動きもできずに痙攣する彼女を頭から丸呑みにしていく。その手は最後の快楽を味わおうとしたのか、無意識に自分の乳首を必死に愛撫していた。


「い、嫌ぁ……カエルに食われるなんて嫌ぁぁぁ……!」


 この上ない懺悔の言葉と共に、その穢れた魂を納めた肉体は、黒い髪のまま飲み込まれていった。

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