第9話 日本のアマゾンを目指して③
二人は姿を消したまま、蝦蟇人間を追おうとする。だが不意に黒い羽根がばりばりと剥がれ、偽装が解けてしまった。
「おやぐにんさん、どご行っだだー?
家の中から、カエデが大声で二人を呼んでいる。
「しまった……彼女に願いを上書きされてしまったようだね」
他人の望みを虚構の現実として叶える【
「仕方あるまい。森への調査は後回しにして、一先ずは村長の話を聞くとしようか」
家の中心に在る大座敷には、黒い着物を身に纏う若い細身の女が、九郎達を待っていた。
「はじめまして。わたくし、この集落の代表をしております、ククと申します」
流暢な標準語だ。服装も村人のように露出の多いものではなく、一般的な着物の形状をしている。
「これはどうも。水質管理センターから来た、カラスマといいます。後ろにいるのは助手のドマです。この度は事前の告知も無しに訪問してしまい、申し訳ございません」
「いえいえ、構いませんよ。この集落には元より外部との連絡手段などございませんから。それで、本日はどのようなご用で?」
「此方の河を源流とする流域で、基準値を超える数値の水銀が検出されまして。健康被害を防ぐ為に、原因の調査を行なっているんです」
「おや、そうでしたか。わたくし共で何かお力になれる事は?」
「……森の方を調査する許可をいただけますと助かります。此方の地域は私有地だと伺っておりますので」
「ええ、わたくしの一族が所有しております。ですがそういう事情であれば、やむを得ませんね。ただ、もう直に日が落ちます。今晩はわたくしの屋敷に泊まって、明日の早朝から調査に伺っていただいた方がよろしいかと」
有無を言わせぬ口調に、九郎は一旦頷くしかなかった。村長が一帯の地主である以上、村人達も許可を得て此処で暮らしている事になる。強く咎める事はできない。
「分かりました。お言葉に甘えて、今夜は泊まらせていただきます」
「付いていらしてください。夕飯の準備ができておりますので。カエデ、貴女も来なさい」
ククは探偵二人とカエデの一家を連れて、河から離れた位置に在る屋敷へと先導していく。屋敷だけは他の家と違って壁が有り、それどころか窓も全て塞がれて中が全く見えないようになっていた。
床が高くなって襖に囲まれた一階部分に入ると、そこは無数の長卓が並べられて、大量の料理が並べられている。そこには村の女達が集まっており、皆席に座っていた。
九郎達も食卓に招待され、黒い着物を着た使用人から食事を配膳される。見た事も無い獣の肉を加熱料理したものや山菜料理に加えて、盆の中央で鮮やかに映える赤飯が一際目を引いた。
「何かの……お祝い事ですか?」
啓介の素朴な疑問に、横に座っていたカエデがばしんと彼の背中を叩く。
「今日はおらの祝いだべな! ニグシ様にしゅぐふぐされだ日の晩には、こうしであがまんま炊いで祝うだよ」
ニグシ様。啓介の脳裏には、直ぐにあの蝦蟇人間の姿が思い浮かぶ。
「その……ニグシ様に祝福されると、どうなるんですか?」
「ニグシ様は、母親を助げる神様でな。いづも河の向ごうがら、おらたぢのこど見守っでくださるだよ。この村の母親たぢはニグシ様にしゅぐふぐされで、ようやぐいぢにんまえどしでみどめられるだべ」
一人前の母親になった祝い。そう聞くと、悪いもののようには思えない。案外あの蝦蟇人間も、将門公のように人々を見守る神なのかもしれないと啓介は思った。
「おらもこの日の為に、ずっど自分のカラダ育ででぎだだよ。ほれ、おめも見でみろ」
カエデは着物の前をはだけ、啓介に乳房を見せてくる。間近からだと、色素が沈殿した巨大な乳輪とピンポン玉より大きな乳首がよく見え、その淫靡で下品な肉感がより感じられた。長く垂れた乳房の間から覗く腹筋は鍛えられて綺麗に割れており、肥大化した乳房から受ける印象とは裏腹に、引き締まっているのが分かる。体毛は殆ど処理していないのか、腋と下腹部には野生的な毛が立派に茂っていた。
確かに素晴らしい肉体ではあるのだが、良い母親として認められる為に、肉体的な美しさを磨くというのが啓介にはどこか引っ掛かった。
食事自体は意外とつつがなく終わり、女達は各々の棲家へと解散していく。食事中は姿を消していたククが厨房の奥から姿を現し、九郎達の下へやってきた。
「二階に寝床を用意してあります。どうぞ、上がってお休みください」
二人で上階に向かうと、小さな畳の個室に布団が二つ敷いてある。まだ寝るには少し早い時間だった為、九郎はスマートフォンのテザリングで繋いだノートパソコンを開いて、アカチャネルを確認し始めた。勿論、天園村に関する件のチャネルである。
彼女はそこに、幾つかの写真を投稿していく。日中にこっそりと撮影していた、集落の断片的な景色だ。
七師「事後報告になってしまいすみません。今、大師さんの故郷と思しき集落に凸しています」
七師「え、これマジかよ。本当に蛙の置物じゃん」
七師「まだ場所も特定されてないのに、あり得ないだろ。捏造だね」
七師「場所は身内で特定しました。この辺りに住んでいる友人がいたので」
七師「これが捏造じゃないって証拠出せる?」
すると七師は新たな写真をアップロードする。それは今までの被写体をアップに写したものとは違い、引き気味に撮られた一枚だ。そこに収められていたのは、茅葺き屋根の粗末な家と、大量の蝦蟇の置き物だった。自作するにはあまりに大掛かりな景色を見て、チャネラー達は一瞬黙り込む。
大師「此処です」
待望の一言が書き込まれた。
大師「うろ覚えだけど、間違い無いと思う。この家も記憶の片隅に残っています」
七師「急展開過ぎる」
七師「正直ネタとして楽しんでたのに。実在したのかよ」
七師「本当に女だけの村だった?」
七師「今のところ、女性にしか会っていません。私は女なので、今日は村の奥に在った大きな屋敷に泊まらせてもらっています」
七師「宿泊してるのかよ!」
大師「そこが配給所です。今も残っているんですね」
七師「今は配給ではなく、皆で一緒にご飯を食べる食堂のような場所として使われていました」
大師「いや、昔からそうだったんだと思います。俺は隔離されていたので、母も仕方なく家に持ち帰って食べていたんだと思います」
七師「幾つか村のかたから話を聞けたのですが、大師さんはニグシ様というものをご存知ですか?」
大師「村の女の人の何人かがニグシモ様と呼ばれていたのは憶えてるけど、ニグシ様というのは初めて聞きました。でも、語感が似ていますね」
探索班と大師の間で行われる確認の応酬を、チャネラー達は息を飲んで見守る。
七師「まさかこんな夜中に事態が動き出すとはな」
七師「俺達も凸できないか? 祭りの匂いがしてきた」
七師「凸はマハトマだけど、本当に無理だけはしないでくれ探索班さん」
七師「ニグシ様は、母親を助ける神だと言っていました。ニグシ様に祝福されると、一人前の母親になれるのだそうです。それと、ニグシ様はいつも河の向こうから村の女性達を見守っているらしいです」
大師「河。ありました。村の真ん中を流れてる大きなのが。ニグシモ様達は、いつもそこで水浴びをしているんです。胸が変になっているのを見たのも、その時です」
新情報の応酬に触発されたのか、此処で一人のチャネラーが新たな考察を投下する。
七師「蝦蟇の置き物について色々と調べてたんだけどさ。蛙関連で、一個気になるのを見つけたんだよ。〈
七師「肉芝……ニグシに発音が似てるな」
七師「今来ている集落の人達は独特の方言で話すのですが、か行とた行の発音が濁るんです。もしかしたら、ニクシ様と言っているのかもしれませんね」
七師「土着の宗教なのかもしれないな。肉芝仙に関する記述はネット上に殆ど無くて、母親を助けるって伝承は見つからなかったけど」
七師「明日、また色々と村の中を見て回ってきます。肉芝仙に関しても、機会があれば聞いてみようと思います」
九郎は一旦アカチャネルから切り上げると、啓介に向けてにたりと笑った。
「思わぬ収穫だよ、啓介くん。肉芝仙というものが、どうやらあの蝦蟇人間に関係ありそうだ。明日は色々と進展が見込めそうだね」
「なら今日は早めに寝て、明日に備えましょうか」
寝床に入り、そこからどのぐらいの時間が経っただろうか。啓介はふと目を覚ます。何かノイズのようなものを感じ取ったのだ。横では九郎が寝ていたが、起こすのも悪いと思って一人で外へ出てみる事にした。
手探りでこっそり屋敷の外へ出てみると周囲に明かりこそ無いが、山奥だからか星の光が異様に明るく、闇の中でも周囲がよく見える。
妙な気配を感じたのは、カエデの家の方向だった。夜這いするようで気が引けたが、こっそりと家の裏手に近寄ってみる。そして、壁から顔を出して向こう側を伺う。
その先にいたのは、着物の前をはだけてふんどしを外した姿のカエデだった。彼女は河の中で仰向けに横たわっており、両脚をM字型に広げて下品な姿勢を取っている。開いた口からは舌を垂らし、息を荒くさせて興奮しているのが分かる。彼女は明らかに、性交を誘っていた。
河の向こう岸に佇む、蝦蟇人間に対して。
「来で……おらの
日中の振る舞いからは想像できない程に淫乱な甘い声で喘ぎながら、カエデは蝦蟇人間に自分を食すよう懇願する。その願いを聞き遂げたのか、蝦蟇人間は彼女に向かってのっそりと河を渡り始めた。そして巨体でカエデに圧し掛かると、その赤ん坊のような口で彼女の肥大化した左乳首を舐り始める。じゅぽじゅぽと淫靡な水音が辺りに響き、カエデがその快楽に獣のような下品な声で、吠えるように喘いだ。
それから数十分に渡って、蝦蟇人間はカエデの乳首を口内で嬲り続けた。しゃぶられていない方の乳首からは幾筋もの母乳が噴き出し、彼女はそれと股間の茂みに隠された恥部を手で乱暴に弄って、蝦蟇のように不細工な声を上げて自慰に耽っている。そして蝦蟇人間の分厚い唇の中から乳首が解放された時には、彼女の乳首は更に肥大化して変形し、まるで人間の唇同然になっていたのだ。
全身が痙攣し、舌をびんと伸ばして最早抵抗もままならないであろうカエデの乳首に、蝦蟇人間は口の奥から伸ばした細長い管状の舌を挿入していく。乳首から乳房内の乳腺へと続く乳管を犯され、彼女はいよいよ叫び声を上げてよがり狂う。
「あっ! ニグシ様がおらのながにぃ♡ おっ、おらの乳っごが♡ 嫌あ、乳っご食われる♡ せっがぐこごまで育ででぎだのにぃぃぃ♡」
己の末路を悲観するような言葉を吐きつつも、その口調は嬉々としていた。まるで自分の惨めさに興奮しているかのように。そして、彼女の予感は現実となる。
蝦蟇人間は乳首から差し込んだ舌で、カエデの乳房の中身を吸い始めたのだ。無論、麻酔などしている筈もない。乳腺が、脂肪が形を残したまま吸引力のみで引き千切られていき、歓喜の混じる絶叫が集落中にこだまする。
そして中身を吸い尽くされて伸びた皮だけになった彼女の左乳房に、蝦蟇人間は何かを吐き出し始めた。その正体は啓介にも直ぐに分かる。蛙の卵だ。幾つもの黒い玉を内包するジェル状の物体が皮だけになった乳房に逆流し、元通りにぱんぱんの乳房として置き換わったのである。
目を向いて絶頂するカエデを河の中に残し、悍ましい儀式を終えた蝦蟇人間は河の向こう岸へと去っていく。卵を産み付けられた哀れな女の髪は、痛みか恐怖、あるいはその両方によって真っ白に脱色していた。
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