二通目 北嶋への手紙
その日青木は、一通の手紙を前に頭痛に苛まれていた。
いや、自身の経営するの写真スタジオに来るまでは絶好調だったのだ。朝の目玉焼きは好みの焼き具合だったし、いつも跳ねている寝ぐせもすんなり落ち着いた。出勤の途中信号待ちに長い列ができる新幹線の架橋の下も珍しく混んでいなかった。スタジオの入り口のマットに近所の黒猫がこれ見よがしに寝転んだりはしていなかった。
今週はいいスタートが切れたと鼻歌のひとつも出そうになった時、ヘアメイク担当の北嶋凜子が申し訳なさそうな顔で妙な手紙を持ってきたのだ。
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Dear 子猫ちゃん
ハァイ♪
久しぶりだね、My honey。キミのことをこう呼ぶのは、3年ぶりカナ?
この手紙を読んで、キミはびっくりしているだろうネ。
キミと別れてから、僕がどんなに寂しかったか……キミにはきっとわからないと思う。キミを想ってどれほどの涙を流したことか、キミはきっと想像すらできないだろう。
もちろん、別れのきっかけが僕にあるってことは、わかってる。でもね、あれはほんの、気まぐれなんだ。いわゆる気の迷い。魔が差した、ってやつ。僕は僕の欲望に負けてしまったんだと思ってる。
僕は今でもキミを深く愛しているし、キミだって本当はそうだろう。たった3年じゃ、僕らの愛の炎は消えたりしない。それどころか、ますます深く熱く燃え滾っているよ。
本当なら今すぐにでも、真っ赤な薔薇の花束と甘いキスを携えてキミの元に駆けつけていきたい。でもね、あいにく僕は今、両腕を骨折して入院中の身なんだ。だからこの手紙だって、代筆してもらってるって有り様。我ながら情けないよ。今すぐにでもキミをこの両腕で抱きしめたいのに。。。
だから、キミの方からこっちに来て欲しい。薔薇の花束なんていらない。キミだけ来てくれれば、それでいい。(でも、甘いキスは欲しいカナ笑)
会えない時間が愛を育てるって、よく言うだろ? でももう、5年だよ。意地を張るのもいい加減にして、そろそろ素直になってもいい頃だ。電話番号を変えたり、知らないうちに引っ越ししたり、そんな馬鹿げたことはもうやめて、また僕と元のように暮らそう。
3年経って、キミは少し老けたかもしれない。でもそんなこと、気にしないよ。恥ずかしがる必要なんてない。だって僕は、キミの心の美しさをわかっているからネ。
満天の星空を眺めながら、僕はひとり、味気ない病室でキミを待っています。(でも、早く来ないと看護婦さんとイイ感じになっちゃうかもよ? なんてネ笑)
永遠にキミだけの王子様、より。
P.S. もうすぐリンゴの美味しい季節だネ。キミの焼いたアップルパイが懐かしいよ。ぜひ一緒に食べたいな。
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青木は手紙から北嶋へと視線を移して、心配そうに言った。
「北嶋、よく打ち明けてくれた。3年も前からストーカー被害を受けていたのか。気が付かなくてすまない。それにしても、これは大変じゃないか。警察に相談に行くなら、一緒に行くよ」
言われた北嶋は言いにくそうに答えた。
「いえ、オーナー。ストーカーじゃなくて、これは勝手に単身赴任中のアホでおバカな夫からの手紙なんです」
それを聞いた瞬間の、青木のなんともいたたまれない気持ちを想像してほしい。
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