八通目 途切れた記憶の返信

 数日後、届け先不明だった謎の手紙の手がかりは意外なところからやってきた。青木オーナーの妻千草が差出人の住所の近くにそういえば伯母がいたと連絡を取ったのだ。


 伯母は足を悪くして数年前から施設にはいっているが、施設で米寿を祝ってもらったと嬉しそうに語ったそうだ。記憶のしっかりしている叔母は高瀬家のことを覚えていた。


 くだんの掛け軸も見た覚えがあるという「確かに玄関に飾ってあって、脇柱に楚々としたお茶花が添えてあった」そうだ。「掛け軸の下には抹茶茶碗も飾ってあったわ」とかなり印象に残っているようで、これは何か手掛かりになりそうだとスタッフ一同期待した。


 まだ若いのにそのしつらえが出来ることに、かなり茶道の心得のある人なのかと思ったと伯母は語ったそうだ。


 「高瀬さん? 旦那さんおられましたよ。小柄でシュッとした感じのいい方だったけど、早くに亡くなられてね。確か交通事故だったと聞きましたよ。まだ小さな子どもを抱えてそのあと大変そうでしたね」


「あの掛け軸? 借りていた? そう。

あの掛け軸を見たのは、旦那さんが亡くなって、少しばかりあとでしたよ。えーと、三回忌前後くらいだったかしら。

特になにも聞かなかったけれど。玄関に飾られているくらい大事にしておられたので、なにかいわれがあるんでしょうねぇ。」


「あ、そうそう。

旦那さんが亡くなられて、一周忌が終わった頃だったと思うのだけど、玄関先で何かもめてたわね。

配布物だったか、回覧板だったか。届け物を持って行った時、高瀬さん。あ、奥さんね。この事故で二つの家族が不幸になったって泣かれていたわ」


「訪ねて来ていた人? 年配の女性だったと思うけど。何だかとても疲れたような感じで、見ていて気の毒でしたね」


「その方。何か長いものを高瀬さんの奥さんに渡しておられましたね。掛け軸かどうか? そんなこと中を見てないからわかりませんよ」


 「まぁ、高瀬さん亡くなられたの? まだ若いでしょうに。娘さんが一人おられたけど、進学で家を離れてねぇ。そろそろ三十を過ぎた頃かしら。そうなの。娘さんも寂しくなるわね」


「藤野? いえ、知らないわ。

高瀬さんとはほんのご近所付き合いくらいしかなかったし、あまり旦那さんのご不幸の話しをするような仲でもなかったから」


「そう、高瀬さん。亡くなったの」



******************************

 

 高瀬 かなえ様


 いきなり見知らぬ名前からの手紙に驚かれていると思います。

私は宛先の住所に現在住んでいる者で、青木千草と申します。

まずは高瀬様のお便りを開封してしまいましたことを、心からおわびいたします。


 高瀬様のお手紙は宛先の住所には届いています。

ただ宛名の藤野 則子様はこの住所を離れて久しく、今どこにおられるのか残念ながら辿ることは私どもではできませんでした。


 『和顔愛語わげんあいご』、心に染みるいい言葉ですね。心に留めておきたいと思いました。亡くなったお母様もそう思って玄関に飾っていたのかもしれませんね。


 『茶掛ちゃがけ』のことを部外者の私どもがあれこれ申し上げるのも筋違いとは思いますが、今ご縁のあるのは高瀬様のみのようでもありますしこのままお手元に置かれてはどうでしょうか。

余計なアドバイスかとも思いましたが、もし何か一言必要であるならと蛇足を承知で書かせていただきました。


 お役に立てず申し訳ありませんでした。


            青木 千草


******************************


 





 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る