四通目 謎な男への返信

 青木は恐ろし気な手紙を横目にして捨てられもせず、かと言って隠すことも出来ず、再び触ることも怖くて出来ずに困っていた。


 何しろ平和に生きてしたのだ。今まで生きてきて一番命の危機を感じたのは、大学受験で3日徹夜した翌日の面接の練習で椅子に座ったまま意識を飛ばし、頭から床に突っ込んで驚くようなたんこぶを作ったときくらい。

 

 警察にお世話になるのは免許の更新のとき。上層部にも警察署にも、交番のお巡りさんにも知り合いもいない。撮影から印刷、アルバム加工までの全作業社内で済ます家内工業的自営の写真館で利害が絡む相手もいない、たぶん。お金の方も明朗会計、一応会計士にもついてもらっている。


 ロケのある日の天気とお客様の体調が一番気がかりという生活で、一体どこの誰に何故命を狙われているのか。「小指の先ほど」でかまわないから、何か教えてほしい、そう青木は思った。


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 お手紙ありがとうございます。

どこのどなたか存じませんが、ご忠告ありがとうございました。


 「巻き込まれた」「アノ件」が何を指すのかさっぱり心当たりがなく、どの手をどう引けばいいのか悩んでおります。


 とはいえ命は惜しく生まれたばかりの娘のためにもお言葉にあるように長生きはしたいので、ご指示通り数日はおとなしく家に居ようと思います。


 状況は不明ながら、お宅様にはたいそうなご迷惑をおかけするようです。

どうかよろしくお願いします。



            青木 啓介


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 青木は返信をしたためると、フチの焦げた封筒に入っていた返信用らしい黄色の封筒にそっと入れて封をした。


 それから休む旨、スタジオで受付をしている飯島に連絡をした。「お大事に」という見舞いの言葉をもらって、ため息をひとつつく。


 明日、どんな人物がこの返信を回収しに来るのだろう。ともかくその人物にコレを渡して、あとは一週間ほど家で大人しくしていればいいだけの話だ。ちょうど検討したいイベントもあったのでこの暇にあちこちに連絡を取ってみよう。


 返事を書いたことで、変に安心してしまった青木なのである。


 それより、妻の千草にスタジオに行かない理由をなんと言ったものか。そっちの方が問題かもしれないなと、青木は思った。



 ◇ ◇ ◇

 

 翌日返信を受け取りに来たのは、いつもスタジオの商品の配送をしてくれる馴染みの宅配業者のお兄さんだった。


「青木さん、おはようございます。今日はご自宅にと依頼があったのでこっちに伺いました。あ、こちらご注文の商品です」


 にこやかにお兄さんが差し出したのは、安っぽい金ぴかの少し厚みのある封筒だった。

 

「代金引換払い、代引きで五万円です」

「五万?」

「はい。あとこの商品の封筒の中に二次元コードが入っているので、その黄色い封筒の『返信』はそこからお願いしますとのことでした」


 助けが無料でなかった事への驚きと自分の命の値段は五万円なのかというなんとも言えない気持ちに見舞われつつ、拒否してこの後命を狙われるようなことになったら後悔してもしきれないだろう。五十万でなかったことを良しとして、とりあえずここは払っておくか。そう意を決して財布を開けた青木なのであった。


 ◇ ◇ ◇


「詐欺じゃん! どう考えてもそれ、詐欺以外の何物でもないじゃん!」


 青木がそう妻の千草から言われたのは、思わぬ休みを楽しく過ごした数日後のことだった。

 

 



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