五通目 過去の「母への返信」

****************************


母上様


 お元気ですか? 

武光は元気でやっています。


 殿様と叔父上に付いて、お寺を巡りお不動さんと観世音菩薩に手をあわせました。

京都は観光客が多く、食事をするのも大変です。


 さて母上からのお便り、受け取りました。

お土産は何が良いでしょう。 

有名なお店のあぶらとり紙とか、お漬け物がいいでしょうか。

元気で帰るのが一番とは思いますが、なにか母上の喜ぶものを用意したいと思います。


 帰宅がいつになるかわかりませんが、安心して待っていてください。

あ、夜遊びとかしてませんからね。


        武光より

****************************


「ねぇ、返事ってこんな感じでいい?」


 パソコンで「母への返事」を打っていた小野ゆいが後ろを振り返った。


「おー!いい感じじゃん」

「この出だしってさ、あのトンチの小僧さんのアニメのエンディングじゃない?」

「わー!懐かしい。再放送の再放送で見たわ」

「だって昔っぽい手紙っていったら、あれしか知らないもん」


 この古い母から息子への手紙に返事はあるのかと聞く凛子に、わからないと持ち主(の孫)のフウミンが答えた。それを聞いた最年長のカメラマンにして二児の母の杉井陽子が、それはでは手紙を出した「母」が可哀想だと言ったのだ。


 息子が高校生になってろくに返事もしなくなったのが母としてかなりショックだったらしい。ならばと皆で「母への返事」を考えてみたのである。


「この返事さ。最後の夜遊び云々はいらないと思う。余計心配になるもん」

「わかった。最後の一分は削除ね」


 プリントアウトした紙を畳んで、小ぶりの巻物の紐に挟むと皆なんとはなくほっとしたような、一仕事終えたような気持ちになった。


 ◇ ◇ ◇ 


 後日「お宝を鑑定する番組」でフウミンこと横井文香が巻物を広げたとき、プリントアウトした「返事」がハラリと落ちた。この紙片を司会者が拾い読み上げると、会場に温かい笑い声が溢れた


 「手紙」を鑑定した先生が鑑定の最後に微笑みながら訂正した。


「大変心温まる返信ですね。ただ二点ほど訂正させてください。一つに菊池武光が行ったのは京都へのお寺巡りではありません。二つ、この母親が求めたのはお土産ではないんです。ただこの「母の手紙」への武光の返事は今だ発見されていません。こんな「返信」が届いたら、武光の母親は違う意味で喜んだでしょうね」


 さてこの日の鑑定でフウミンの「母の手紙」が、思いのほか高額の鑑定となったことはまた別の話しである。


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る