三通目 「強(つよし)への返信」までの1時間

 一呼吸おいて、皆が一斉に口を開いた。


「実写化だって!実写化!」

「フウミン、原作知ってるの?」 

「ううん、知らない」

「なんなん、それ」


「で、依頼はトークの指南とデートの監視ってことよね?」

「ゆいさん、しかもデート、明日ってあるよ」

「監視はともかく、『トークスキル』の伝授の猶予が明日の19時までってさ。なんか、厳しそう」

「でも、ほら。ここ。『仕事中はビシッとしてる』って。期待していいんちゃう?」

「頼まれた『つよし』が、ナンボのモンかにもよるよね」 

「ちょっと!フウミン!言い方!」


「初デートに高級そうなフランス料理って、そもそもハードル高くない?」

「えー、結奈ちゃん初手しょてでフランス料理はダメな人?わたしなら嬉しいけどな」

「凛子さんは誘われてないから」


「ねえ、凛子さんの初デートってどこだったんですか?戦場カメラマンの彼氏さんだし、聞きたいです」

「え、聞きたい?聞きたいよね。あのさ、弓人ってさ……」


「いや、それ今はいいから。あとで凛子さんとフウミン二人でやって」

「もう、小野さんったら」


「で、元に戻って。返事よ。返事。」

「うーん。これ結構無理ゲー?」

「ところで、この差出人ってどういう人?『いい感じのガールズ48』の元センタ―で『つよし』の奥さんって事?」

「『いい感じ』じゃなくて、『いいんじゃないガール』じゃなかった?」

「そもそも『いいんじゃないガール』も違う気がするんだけど。どっかに情報ないの?」

「えーとね。ここに書いてある。読むね」


 再び、門野夕紀が雑誌を手にした。


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【差出人情報】

 我妻わがつま ゆう:探偵、我妻わがつま つよしの妻で大変気が強い。結婚前は、千葉市発のアイドルグループの中心的存在だったが、実は、関西で育っており(中学の時に親の離婚で千葉に転居)、関西育ちであることや、関西弁を隠して活動していた。結婚していったん芸能界を引退したが、最近復帰した。容姿端麗で頭脳明晰。元・ボクシング部のためフィジカルも強い。5歳と2歳の2人の娘がいる。我妻興信所の職員でもあり、調査の助言をすることもある。35歳。


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「わー、カッコいいやん」

「ちょっと凛子さんあるよね」

「フウミン。アンタいい子ね!今度おごるわ」


「35歳で旦那と子どももいるんだ。いいなぁ」

「夕紀ちゃん、大丈夫。35歳までにはまだ一年もある!」


「そういうのは、今はこっちに置いておこう。返事よ、返事。」

「青木さん、どう思います?」


 鈴置に礼を言われてほっと一息ついていた青木は、いきなり話を振られて心臓が嫌な音をたてた。そこに居た全員の目が青木に向かう。


 来たぞ。この流れだ。ここは慎重に返事をしないと先ほどの手紙をもう一度読み聞かされた挙句、個々の感想やら解説を一から聞かされる。


 青木はちょっと天井を眺めて口を開いた。


「了解」

「了解、で?そのあとは?」 

「いや、『了解』だけ」

「え?それだけですか?」

 北嶋が不満げに言った。


「うん、僕なら『了解』だけだな。依頼は事細かく書かれているし、この上に質問は必要ない。無理な理由を並べても聞いてもらえそうにないから、承知する以外に道はなさそうだよ」


「なるほど」

「なんだか実感がこもっていそうな解答ですね」

「え、そ、そうかな?」

「青木さん、なに動揺してるんですか」


「それで、どうやって『トークスキル』を鍛えるんです?」

「いやそれは、『つよし』君が考えることで、ここは返事だけでいいんだろ?」

「あ、そっか」


「じゃ、返事は『了解』で」

 そう言っていつもまとめ役の小野が雑誌の宛先を確認していると、まぜっかえすのが得意な大西が待ったをかけた。


「でもさぁ、『了解』だけじゃ、ちょっと短すぎない?」

「だよね。もっとこう、枝葉が欲しいというか、色合いが欲しいというか」

「確かに」

「やっぱりここはさ、映画の撮影の話題には絶対触れるべきだよね」

「そうそう! 何しろヒロイン役だし」


 その後女性スタッフたちの会話は、『つよし』と『優』の夫婦関係というか力関係に流れてゆき、誰かの


「あ! もうこんな時間。子どもを迎えに行かないと」

 という発言でなし崩しに解散となった。後にはくだんの雑誌がくだんのページをひろげたまま机の上に残されたのだった。


 青木はその雑誌を手に取ると、改めて『つよしへの手紙』を読んだ。


「うん、やっぱり僕は了解だけでいいと思うんだけどな」

 青木は雑誌に書かれた「返信募集」のアドレスを確認した。


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 優へ

   仔細 了解


 PS

 ヒロイン抜擢、おめでとう

帰ったらお祝いだね

         つよし


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